新世界の空へ飛べ~take off to the new world~ アルファポリス版

葉山宗次郎

文字の大きさ
上 下
13 / 163

自棄

しおりを挟む
「なっ」

 記事の文字を忠弥は何度も読み返す。

「し、新大陸で、有人飛行、成功……人類……初……」

 驚きで揺れる目で文字を追いながら忠弥は口にする。
 そして、混乱する脳に伝えるが、動揺する脳は混乱しっぱなしで全てを把握することが出来ない。
 鼓動は激しくなり、汗があふれ出る。
 目の前の視界がぐるぐると回り、目眩がする。
 耳鳴りも酷く、地上なのにまるで、きりもみ飛行を体験した時のような気分だ。
「お、落ち着け」
 忠弥は言葉に出して自分に言い聞かせる。
 そして、渡された記事をもう一度読み返した。

 新大陸にてメイフラワー合衆国科学協会会長のダーク氏、製作したフライングランナー号によって人類初の有人動力飛行に成功

「人類……初……有人……動力……飛行……」

 何度読んでも記事の内容は同じだった。

「そんな、なんで……」

 自分で空を飛ぶことを夢見てきてこれまでずっと過ごしてきた。
 誰も飛び立ったことのない空へ飛んでいくことが忠弥の夢であり、この世界で生きていく目標だった。
 そのために様々なことを行ってきた。
 いくつもの模型飛行機を作り、村の周辺を回って飛行機の実験に良い場所を探した。
 なんとか内燃機関を得られないかと思案し実験し、つてを見つけようとした。
 昴と偶然出会って、必死にアピールして島津と提携し、資金稼ぎに原付二輪を作り出した。
 技術者を見つけるために特許や提携を行った。
 勿論、成功だけではなく、失敗も数多くあった。
 だが、失敗しても忠弥は気にしなかった。
 失敗しても成功に至る道筋が着実に見えていたからだ。
 何度も失敗しても、成功に近づいている感触があり、むしろさらに情熱が燃え上がっていた。
 それらが、全て無意味になった。
 他の誰かが、有人動力飛行を成功させてしまった。
 これまでの努力が、時間が、全て無駄になって仕舞った。

「あああっっっっ」

 忠弥は叫んだ。
 自分の足下が、これまで作り上げてきた全てが崩れ去っていくような感覚となり、目の前が真っ暗になった。



「大丈夫! 忠弥!」

「あ、危なかった」

 突然崩れ落ちた忠弥を義彦が抱き留め、昴が駆け寄る。

「ショックで気絶しただけだ」

 息があるのを見て義彦は一安心する。

「兎に角、寝かせよう」

 格納庫に設けられた休憩所に連れて行き、畳の上に布団を敷いて寝かせる。

「何でこんなことに、たかが初飛行を奪われたくらいで」

「そうだね。でも、忠弥にとってはとても大事なことだったんだよ」

「大事?」

「ああ、誰もやったことのない、誰も到達したことのない領域に踏み込むのは凄くワクワクするからね」

「そうなの」

「ああ、雪が降った時、真っ白で平らな雪原に最初の一歩を踏み入れるようなものだよ。凄くワクワクするだろう」

「そうですねお父様」

 雪が降った時の庭の景色を思い出して昴は納得した。
 真っ白で平らな雪原を見ただけで興奮し、駆け出して時間が経つのを忘れて走り回った。
 だが、愛犬が庭を駆け回った後を、足跡がそこら中にあるのを見ると気分が落ち込んだのを覚えている。

「でも、それぐらいで落ち込むのですか」

「情熱の入れ具合が違うからね。忠弥君はそれこそ、人生をかけて、全てを注ぎ込んで行ったんだよ。その分、ショックも大きいんだよ」

「はあ」

 珍しく人を気遣う父義彦を見て昴は、納得しなかったが受け入れた。

「兎に角、休ませてあげよう。問題なのは起きた時だね」

「起きた時ですか?」

「ああ、ショックが大きすぎて、何をするか分からない。自暴自棄にならなければよいんだけど」

「見張りますか?」

「あまり人が居ると休めない。部屋から離れて様子を見ておこう」

「はい」



「あっ」

 数時間後、忠弥は目を覚ました。
 何故、寝ているのか最初は分からなかったが、何が起きたのか徐々に記憶が戻ってきて、把握する。

「そうか、人類初の称号がなくなったんだな」

 そう呟いて忠弥は起き上がったが、目は虚ろで生気が無かった。
 枕元に置いてあった新聞を再び手に取り、記事を読む。
 何度読み返しても同じ文面、人類初の有人動力飛行の文字が書かれていた。

「……何だよ……」

 飛行するために作って来たのに目の前で先を越された。
 今までのが全て水の泡になった事に忠弥は絶望を抱いた。
 忠弥は新聞を手放し、立ち上がると靴も履かず、フラフラと休憩室を出て格納庫の中に出ていく。
 そして、目の前に玉虫、人類初の動力有人飛行を行うはずだった機体が目に入る。
 脇目も振らず作っていた試作機玉虫が無性に苛立たしくなる。
 これまでの人生の全てを捧げて作ってきて、あと一歩のところでかすめ取られてしまった。
 そのことが苛立たしい。
 精魂込めて作り上げてきた玉虫が、徒労の象徴として映り、忠弥を嘲笑っているように感じた。

「……」

 忠弥は無意識に近くに置いてあったハンマーを右手で拾って握りしめる。
 ゆっくりと試作機に近寄り、ハンマーを頭の上まで大きく振り上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...