上 下
11 / 14

(11) 魔女の儀式

しおりを挟む
 翌日の土曜日、悠太郎は正午より少し前に紘也の家にやって来た。

 五月も下旬にさしかかり、よく晴れて陽射しの強い日だった。悠太郎は、黒地にゴールドのはくプリントが入ったゴシック調のロックTシャツと、インディゴブルーの細身のデニムパンツをまとっている。腕には、ラピスラズリがはまった細い銀のバングルを着けていた。

 紘也は、私服の悠太郎を見るのは初めてだった。ブレザーとシャツの制服姿のときより、その体つきはいくぶん華奢きゃしゃに見える。まるで雑誌の表紙を飾る外国人モデルのように、その日の悠太郎は華やかだった。紘也はどきりとして、わずかにほおが赤くなる。

 紘也が料理をするときは、動きやすいカジュアルなルームウェアを着るのが習慣だった。ゆったりとしたスウェットのセットアップを身につけていた紘也は、少し恥ずかしくなる。彼が来る前に、自分も新しい外出着に着替えておけばよかった……。今まで他の友人を家に招いたときには考えもしなかった後悔が、初めて紘也の胸をよぎった。

 リビングに通されると、悠太郎は借りていた本と、小さな紙袋に入った包みを紘也に手渡した。

「これ、コーヒーだよ。近くに専門店があったから、豆からいてもらった。ブラジル産のだけど……良かったかな。コーヒー、切らしたって言ってたからさ」

「あ……ありがとう」

 悠太郎は、これから自分がくわだてていることを、知りはしない……。そう思うと、紘也は悠太郎の顔をまともに見られなかった。短く礼を言うと、そっけなくそれを受け取る。彼に背を向けてキッチンに向かうと、わざとはずんだ声で言った。

めし、もうすぐできるからさ。座っててよ」

 コンロの上では、ブイヤベースの鍋がことことと音を立てている。

「何か手伝うよ。皿を並べるくらい、出来るから」

 悠太郎はそう言いながらキッチンに入って来ると、シンクで手を洗い出した。紘也がちらりとその顔を見やると、どこか沈んだ表情をしている。紘也は、無理に笑顔をつくり話しかけた。

「最後の晩餐ばんさんじゃあるまいしさ、せっかく飯食いに来たんだから、そんなに深刻な顔するなよ。言っただろ? 今日だけ付き合ってくれたら、もう友達ヅラはしないって……」

 紘也の顔を見返した悠太郎も、ぎこちなく微笑んでみせた。孤独に憂う、美しいはしばみ色の瞳……。紘也は、惹きつけられたように目を離せなくなる。

「うん……解った。ごめん。紘也」

 悠太郎の返事に我に返った紘也は、コンロの方に向きなおり、鍋の火を止めた。

「謝るなって。さあ、出来たぜ! 冷めないうちに、食べようよ」



 二人はダイニングのテーブルに向かいあって座った。紘也は、湯気の立つブイヤベースの鍋から、白身魚やムール貝、殻付きの海老を悠太郎の皿に取り分けてやる。

「アイオリソース……あ、マヨネーズみたいなもんなんだけど。それをつけたパンに、スープを浸して食べてみて」

 紘也に勧められるまま、悠太郎は付け合わせのバゲットを小さくちぎり、ソースをつける。それにブイヤベースのスープを浸してひと口食べた悠太郎は、驚いて言った。

「すごく、美味いよ! こんなに美味いもの食べたの、久しぶりだなぁ……」

「そう? ありがとう。魚料理、嫌いじゃなくて良かった。たくさん作ったから、どんどん食べなよ」

 空腹だったのか、悠太郎は笑顔でうなずくと、無心に食べ始めた。そんな彼をしばらくじっと見つめながら、紘也は企てていたことを、つい思い留まりそうになる。今ならまだ、彼の信頼まで失うことはない……。だが瞳を閉じてその心の声を振り払うと、意を決して立ち上がった。

「食後に出そうかと思ったけど、もらったコーヒー、れるよ。今飲みたくなっちゃった。お前も飲むだろ?」

「ああ、俺も飲みたいな。ブラックでいいよ」

 キッチンの奥に立つと、紘也は食器棚の引き出しを開けて、ビニールの小袋をそっと取り出した。その中には、小さな白い錠剤が数粒入っている。それはときおり不眠に悩まされる父親が、医師から処方されているものだった。

 悠太郎に背を向けたまま、二つのカップに熱いコーヒーを注いだあと、片方のカップに袋から全ての錠剤を落とし、スプーンで静かにかき混ぜる。その行為がまるで魔女の儀式のようだと、紘也は思わずにいられなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

オメガバース・イケメン敵国王は僕を生で食べたい

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...