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(11) 魔女の儀式
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翌日の土曜日、悠太郎は正午より少し前に紘也の家にやって来た。
五月も下旬にさしかかり、よく晴れて陽射しの強い日だった。悠太郎は、黒地にゴールドの箔プリントが入ったゴシック調のロックTシャツと、インディゴブルーの細身のデニムパンツを纏っている。腕には、ラピスラズリがはまった細い銀のバングルを着けていた。
紘也は、私服の悠太郎を見るのは初めてだった。ブレザーとシャツの制服姿のときより、その体つきはいくぶん華奢に見える。まるで雑誌の表紙を飾る外国人モデルのように、その日の悠太郎は華やかだった。紘也はどきりとして、わずかにほおが赤くなる。
紘也が料理をするときは、動きやすいカジュアルなルームウェアを着るのが習慣だった。ゆったりとしたスウェットのセットアップを身につけていた紘也は、少し恥ずかしくなる。彼が来る前に、自分も新しい外出着に着替えておけばよかった……。今まで他の友人を家に招いたときには考えもしなかった後悔が、初めて紘也の胸をよぎった。
リビングに通されると、悠太郎は借りていた本と、小さな紙袋に入った包みを紘也に手渡した。
「これ、コーヒーだよ。近くに専門店があったから、豆から挽いてもらった。ブラジル産のだけど……良かったかな。コーヒー、切らしたって言ってたからさ」
「あ……ありがとう」
悠太郎は、これから自分が企てていることを、知りはしない……。そう思うと、紘也は悠太郎の顔をまともに見られなかった。短く礼を言うと、そっけなくそれを受け取る。彼に背を向けてキッチンに向かうと、わざと弾んだ声で言った。
「飯、もうすぐできるからさ。座っててよ」
コンロの上では、ブイヤベースの鍋がことことと音を立てている。
「何か手伝うよ。皿を並べるくらい、出来るから」
悠太郎はそう言いながらキッチンに入って来ると、シンクで手を洗い出した。紘也がちらりとその顔を見やると、どこか沈んだ表情をしている。紘也は、無理に笑顔をつくり話しかけた。
「最後の晩餐じゃあるまいしさ、せっかく飯食いに来たんだから、そんなに深刻な顔するなよ。言っただろ? 今日だけ付き合ってくれたら、もう友達ヅラはしないって……」
紘也の顔を見返した悠太郎も、ぎこちなく微笑んでみせた。孤独に憂う、美しい榛色の瞳……。紘也は、惹きつけられたように目を離せなくなる。
「うん……解った。ごめん。紘也」
悠太郎の返事に我に返った紘也は、コンロの方に向きなおり、鍋の火を止めた。
「謝るなって。さあ、出来たぜ! 冷めないうちに、食べようよ」
二人はダイニングのテーブルに向かいあって座った。紘也は、湯気の立つブイヤベースの鍋から、白身魚やムール貝、殻付きの海老を悠太郎の皿に取り分けてやる。
「アイオリソース……あ、マヨネーズみたいなもんなんだけど。それをつけたパンに、スープを浸して食べてみて」
紘也に勧められるまま、悠太郎は付け合わせのバゲットを小さくちぎり、ソースをつける。それにブイヤベースのスープを浸してひと口食べた悠太郎は、驚いて言った。
「すごく、美味いよ! こんなに美味いもの食べたの、久しぶりだなぁ……」
「そう? ありがとう。魚料理、嫌いじゃなくて良かった。たくさん作ったから、どんどん食べなよ」
空腹だったのか、悠太郎は笑顔でうなずくと、無心に食べ始めた。そんな彼をしばらくじっと見つめながら、紘也は企てていたことを、つい思い留まりそうになる。今ならまだ、彼の信頼まで失うことはない……。だが瞳を閉じてその心の声を振り払うと、意を決して立ち上がった。
「食後に出そうかと思ったけど、もらったコーヒー、淹れるよ。今飲みたくなっちゃった。お前も飲むだろ?」
「ああ、俺も飲みたいな。ブラックでいいよ」
キッチンの奥に立つと、紘也は食器棚の引き出しを開けて、ビニールの小袋をそっと取り出した。その中には、小さな白い錠剤が数粒入っている。それはときおり不眠に悩まされる父親が、医師から処方されているものだった。
悠太郎に背を向けたまま、二つのカップに熱いコーヒーを注いだあと、片方のカップに袋から全ての錠剤を落とし、スプーンで静かにかき混ぜる。その行為がまるで魔女の儀式のようだと、紘也は思わずにいられなかった。
五月も下旬にさしかかり、よく晴れて陽射しの強い日だった。悠太郎は、黒地にゴールドの箔プリントが入ったゴシック調のロックTシャツと、インディゴブルーの細身のデニムパンツを纏っている。腕には、ラピスラズリがはまった細い銀のバングルを着けていた。
紘也は、私服の悠太郎を見るのは初めてだった。ブレザーとシャツの制服姿のときより、その体つきはいくぶん華奢に見える。まるで雑誌の表紙を飾る外国人モデルのように、その日の悠太郎は華やかだった。紘也はどきりとして、わずかにほおが赤くなる。
紘也が料理をするときは、動きやすいカジュアルなルームウェアを着るのが習慣だった。ゆったりとしたスウェットのセットアップを身につけていた紘也は、少し恥ずかしくなる。彼が来る前に、自分も新しい外出着に着替えておけばよかった……。今まで他の友人を家に招いたときには考えもしなかった後悔が、初めて紘也の胸をよぎった。
リビングに通されると、悠太郎は借りていた本と、小さな紙袋に入った包みを紘也に手渡した。
「これ、コーヒーだよ。近くに専門店があったから、豆から挽いてもらった。ブラジル産のだけど……良かったかな。コーヒー、切らしたって言ってたからさ」
「あ……ありがとう」
悠太郎は、これから自分が企てていることを、知りはしない……。そう思うと、紘也は悠太郎の顔をまともに見られなかった。短く礼を言うと、そっけなくそれを受け取る。彼に背を向けてキッチンに向かうと、わざと弾んだ声で言った。
「飯、もうすぐできるからさ。座っててよ」
コンロの上では、ブイヤベースの鍋がことことと音を立てている。
「何か手伝うよ。皿を並べるくらい、出来るから」
悠太郎はそう言いながらキッチンに入って来ると、シンクで手を洗い出した。紘也がちらりとその顔を見やると、どこか沈んだ表情をしている。紘也は、無理に笑顔をつくり話しかけた。
「最後の晩餐じゃあるまいしさ、せっかく飯食いに来たんだから、そんなに深刻な顔するなよ。言っただろ? 今日だけ付き合ってくれたら、もう友達ヅラはしないって……」
紘也の顔を見返した悠太郎も、ぎこちなく微笑んでみせた。孤独に憂う、美しい榛色の瞳……。紘也は、惹きつけられたように目を離せなくなる。
「うん……解った。ごめん。紘也」
悠太郎の返事に我に返った紘也は、コンロの方に向きなおり、鍋の火を止めた。
「謝るなって。さあ、出来たぜ! 冷めないうちに、食べようよ」
二人はダイニングのテーブルに向かいあって座った。紘也は、湯気の立つブイヤベースの鍋から、白身魚やムール貝、殻付きの海老を悠太郎の皿に取り分けてやる。
「アイオリソース……あ、マヨネーズみたいなもんなんだけど。それをつけたパンに、スープを浸して食べてみて」
紘也に勧められるまま、悠太郎は付け合わせのバゲットを小さくちぎり、ソースをつける。それにブイヤベースのスープを浸してひと口食べた悠太郎は、驚いて言った。
「すごく、美味いよ! こんなに美味いもの食べたの、久しぶりだなぁ……」
「そう? ありがとう。魚料理、嫌いじゃなくて良かった。たくさん作ったから、どんどん食べなよ」
空腹だったのか、悠太郎は笑顔でうなずくと、無心に食べ始めた。そんな彼をしばらくじっと見つめながら、紘也は企てていたことを、つい思い留まりそうになる。今ならまだ、彼の信頼まで失うことはない……。だが瞳を閉じてその心の声を振り払うと、意を決して立ち上がった。
「食後に出そうかと思ったけど、もらったコーヒー、淹れるよ。今飲みたくなっちゃった。お前も飲むだろ?」
「ああ、俺も飲みたいな。ブラックでいいよ」
キッチンの奥に立つと、紘也は食器棚の引き出しを開けて、ビニールの小袋をそっと取り出した。その中には、小さな白い錠剤が数粒入っている。それはときおり不眠に悩まされる父親が、医師から処方されているものだった。
悠太郎に背を向けたまま、二つのカップに熱いコーヒーを注いだあと、片方のカップに袋から全ての錠剤を落とし、スプーンで静かにかき混ぜる。その行為がまるで魔女の儀式のようだと、紘也は思わずにいられなかった。
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