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1st Dive:Vapor Trail
1‐13 敬慕
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本編前告知
本作、Vapor Trailのアニメを先日YouTubeにて公開しました。百合SFロボットアクションです。
URL→ https://youtu.be/Cg28QAn1UXs (コピペ等でお願いします)
作画枚数7028枚、本編35分。一部の効果音以外すべて一人で制作しました。
以下本編です。何卒。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
銀の矢作戦《オペレーションシルバーアロー》開始四時間前。八洲軍基地内は静寂に包まれていた。耳鳴りがするほどの静けさ。遠くでダクトの風鳴りが反響している。その中を往く足音が一人分。ノルン・ルーヴのものだった。
機体のチェックを済ませ、残りの工程をスタッフに任せた後の、出撃前最後の自由な時間。彼女はたった一人の戦友を探していた。
その戦友は物静かで、不器用で、けれど胸の内に熱いものを秘めた、優しい人だ。普段待機中はドックで自分の機体に向かって日がな一日を過ごすような人が、今日は――正確には二週間前から――ドックにいない。自室にも食堂にもいないとなると、あと思いつく場所は一つだった。
ノルンは巨大な円筒形をしている八洲軍基地を縦に貫くメインエレベーターに乗り込む。最上階を示すRのボタンを押し、動作に身を任せる。一瞬、心地いいGがかかる。セヴンスに乗って機体の限界まで負荷をかけた時、DDLが吸収しきれず体にかかるGが確かこのくらいだと教本には書いてあった。
数十秒かかり、目的階へ到達する。エレベーターを降り、三重のエアロックを抜けたその先。生臭い風が前髪を撫でる。一面の青と蒼。八洲軍基地最上層、地上ブロック。
ノルンの視線の先。柵状の手すりにもたれかかり、彼方を見つめる黒髪の女性がいた。
「もうすぐ出撃っすよ、先輩」
その声に女性は振り返り、やわらかくはにかむ。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
未宙は何か行き詰った時、いつもここに来る。ノルンはそれを知っていた。あの日、天螺《あまつみ》と出会い、未宙がリザと再会した日も、ここにいて一晩中海を眺めていたことを思い出す。
きっと先輩のことだから無残なまでに破壊された天螺を見て、リザという人を傷つけたことに申し訳なくなって直接会いに行けていないのだろう。
遥か彼方、水平線の上に、赤黒い雲が重たく広がっている。そのさらに向こうにはうっすらと旧軌道エレベーターが一筋のラインを描き、空を裂いている。
これから自分たちは、そこへ飛び込んでゆく。
地上から見る空と海は、あまりに大きすぎて少しだけ怖くなる。翼のないこの肉体ではどうしようもないもの。どうしようもなさすぎて、普段そこを飛んでいる自分が、何か人間とは違う全く別のものになっているような気さえする。ノルンはそんなことを考えて、ふと、普段は絶対にしないことをした。
「差し支えなければ、聞いてもいいっすか――?」
やめろ、と自分自身が言う。踏み込んではならない。きっと、傷付くだけだと。
けれどノルンは聞いた。きっとそうしなければ、ずっと後悔するような、そんな気がしたのだ。
「あたしは、なんで飛ぶんだろう、って」
ノルンは何も言わず、ただ聞いていた。
「小さいころから、空を飛びたかった。施設の低い天井や、偽物の景色じゃない空を飛びたかった。ただ、自由になりたくて」
未宙は親指と小指を広げ手を飛行機のような形にして、それを空に浮かべながら続ける。
「けど、リザがいなくなって、リザを追いかけるために軍に入って。こんな形だけど、リザにまた会えて――」
掌を返し、握りしめる。ぎり、という音がノルンには聞こえた気がした。
「フェンリルに、負けて」
そう言う未宙の目は、しかし絶望の色に染まることはなく、むしろその先を見据え昂ってすらいた。
「答えは、出ましたか――?」
ノルンは未宙の目を見る。きっとこの人のことを忘れないように、目に焼き付けながら。
「あたしは、ただ、リザと一緒に居たいんだ。そのために必要なら空を飛ぶし、あいつらとも戦う。答えは最初から出てたんだ」
なんで、とノルンは思った。私はこんなにもあなたのことを想っているのに、なんでそんなに、どこかへ行ってしまいそうな表情でそんなことを当たり前のように言ってしまえるんだ。どうして一人のことをこんなに愛せてしまうんだ。だから、本当は言うつもりはなかったけれど、少し仕返しをしたくなってしまう。
「教えてくれて、ありがとうございます。――実はこの前、リザさんに会ったんです」
驚いた表情の未宙をよそに、ノルンは語る。
「あの日――フェンリルと戦った日、あたしの先輩に何してんだ、って文句言おうと思って」
二週間前、未宙が撃墜され何とか基地に戻った後、未宙がコクピットから運び出されてすぐ、ノルンは天螺《あまつみ》のコクピットへと向かった。整備員の制止も聞かず席に腰を下ろし、先程まで未宙が繋がっていたコードを自らのジャックに接続、機体を起動した。
第一世代クレイドルがパイロットと接続、共有する情報量は普段ノルン含めた一般パイロットが使用している第二世代以降のクレイドルシステムとは比べ物にならない。当然、ノルンの適正値ではその負荷に耐えられるはずもなかった。
意識が流転し、拡張されてゆく。自分という存在の輪郭が揺らぐ。無限に自己と言う存在が薄く引き延ばされてゆく感覚の果てに、ノルンは一人の少女を見た。
白い髪、銀の髪留め、空のような青の瞳。
愛する人が唯一愛する少女が、そこにいた。
感情が情報として流れ込んでくる。他者の内部が自分を覆ってゆく。
未宙への想い。
傷つけたことへの謝罪。
会いたいという焦がれ。
ともに居たいという願い。
けれど、それは叶ってはいけないという思い。
自分は未宙の愛したリザではないという諦め。
茫漠たる一人の人間の心が、ノルンを打ち付ける。
その感情を一言で表すならば、愛だった。
本当に、この人は未宙のことを、先輩のことを大切に想っていて、大好きで。
こんなに人のことを愛せるのだと、ノルンは思った。
未宙も、リザという人も、優しすぎるほどに優しすぎる。
「あー、あたし、何言ってるんだろ。らしくないっすね……」
天螺から降ろされ、意識が戻った後、ノルンは第一世代クレイドルについて調べた。だが非常に堅牢なセキュリティで情報は隠されていた。基地内の同じようにクレイドルを研究しているスタッフに訊ねたところ、その機能の殆どは現在使用している第二世代以降のものの出力増強版とのことだ。だが不可解なことに、第一世代には外部からのアクセスが全くできないブラックボックス領域が、各フォルダ内に少しずつ、計約三〇〇TB存在するという。当時の開発スタッフは全て外部からの者で現在連絡を取れるものはほぼいなかった。というのも、その殆どが死んでいた。
あまりにもきな臭い、何か後ろめたいものがあるに違いないことが見え透いていた。
おそらく、リザという少女のことと関係がある。だがそのことをノルンは未宙に伝えなかった。戦う際、不要な情報に踊らされてほしくなかったからだ。
今この人に必要なのはそんな情報でも、自分と言う存在でもない。
ここはひとつ、人生の先輩として背を押してやらなければならない。優しすぎる二人を再び引き合わせるキューピットというところだ。
「会いに行ってあげてください。先輩の、一番大切な人に」
ノルンは言った。本心からの言葉だった。本心であると自分に言い聞かせた。
抱きしめたいと思った。このまま行かせたら、先輩はどこかへ行ってしまう。取り返しのつかないことになるという直感があった。
やめておけという自分の声を無視して、手を伸ばす。潮風に揺れる黒髪。はためく軍の制服。その布地に指が触れようとした時。
「ありがとう」
未宙が優しい声で、そう言った。ノルンは手を下ろす。全く不思議なものだ。たったそれだけのことが、その一言が、今までのどんなことよりも嬉しかったのだから。
自分はこの人のことが本当に好きなんだなと、そう思った。結局自分も先輩やリザさんと同じ部類の人間なのかもしれないと思うと、少し嬉しくなった。
踵を返し、ノルンはエレベーターホールに向けて数歩進む。
けれど自分はそんなただのお人よしじゃないぞ、とノルンは心の内で笑う。だから最後にひとつだけ、楔を打つ。
「あたしは先に空に上がります。――けど、忘れないでください」
どうかこの言葉が、先輩を繋ぎ止める枷になることを祈って。
「先輩がどこに行っても、私がちゃんと見てますからね」
愛しています。その六文字、たった十二バイトの言葉は、潮風とともに飲み込んだ。
本編前告知
本作、Vapor Trailのアニメを先日YouTubeにて公開しました。百合SFロボットアクションです。
URL→ https://youtu.be/Cg28QAn1UXs (コピペ等でお願いします)
作画枚数7028枚、本編35分。一部の効果音以外すべて一人で制作しました。
以下本編です。何卒。
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銀の矢作戦《オペレーションシルバーアロー》開始四時間前。八洲軍基地内は静寂に包まれていた。耳鳴りがするほどの静けさ。遠くでダクトの風鳴りが反響している。その中を往く足音が一人分。ノルン・ルーヴのものだった。
機体のチェックを済ませ、残りの工程をスタッフに任せた後の、出撃前最後の自由な時間。彼女はたった一人の戦友を探していた。
その戦友は物静かで、不器用で、けれど胸の内に熱いものを秘めた、優しい人だ。普段待機中はドックで自分の機体に向かって日がな一日を過ごすような人が、今日は――正確には二週間前から――ドックにいない。自室にも食堂にもいないとなると、あと思いつく場所は一つだった。
ノルンは巨大な円筒形をしている八洲軍基地を縦に貫くメインエレベーターに乗り込む。最上階を示すRのボタンを押し、動作に身を任せる。一瞬、心地いいGがかかる。セヴンスに乗って機体の限界まで負荷をかけた時、DDLが吸収しきれず体にかかるGが確かこのくらいだと教本には書いてあった。
数十秒かかり、目的階へ到達する。エレベーターを降り、三重のエアロックを抜けたその先。生臭い風が前髪を撫でる。一面の青と蒼。八洲軍基地最上層、地上ブロック。
ノルンの視線の先。柵状の手すりにもたれかかり、彼方を見つめる黒髪の女性がいた。
「もうすぐ出撃っすよ、先輩」
その声に女性は振り返り、やわらかくはにかむ。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
未宙は何か行き詰った時、いつもここに来る。ノルンはそれを知っていた。あの日、天螺《あまつみ》と出会い、未宙がリザと再会した日も、ここにいて一晩中海を眺めていたことを思い出す。
きっと先輩のことだから無残なまでに破壊された天螺を見て、リザという人を傷つけたことに申し訳なくなって直接会いに行けていないのだろう。
遥か彼方、水平線の上に、赤黒い雲が重たく広がっている。そのさらに向こうにはうっすらと旧軌道エレベーターが一筋のラインを描き、空を裂いている。
これから自分たちは、そこへ飛び込んでゆく。
地上から見る空と海は、あまりに大きすぎて少しだけ怖くなる。翼のないこの肉体ではどうしようもないもの。どうしようもなさすぎて、普段そこを飛んでいる自分が、何か人間とは違う全く別のものになっているような気さえする。ノルンはそんなことを考えて、ふと、普段は絶対にしないことをした。
「差し支えなければ、聞いてもいいっすか――?」
やめろ、と自分自身が言う。踏み込んではならない。きっと、傷付くだけだと。
けれどノルンは聞いた。きっとそうしなければ、ずっと後悔するような、そんな気がしたのだ。
「あたしは、なんで飛ぶんだろう、って」
ノルンは何も言わず、ただ聞いていた。
「小さいころから、空を飛びたかった。施設の低い天井や、偽物の景色じゃない空を飛びたかった。ただ、自由になりたくて」
未宙は親指と小指を広げ手を飛行機のような形にして、それを空に浮かべながら続ける。
「けど、リザがいなくなって、リザを追いかけるために軍に入って。こんな形だけど、リザにまた会えて――」
掌を返し、握りしめる。ぎり、という音がノルンには聞こえた気がした。
「フェンリルに、負けて」
そう言う未宙の目は、しかし絶望の色に染まることはなく、むしろその先を見据え昂ってすらいた。
「答えは、出ましたか――?」
ノルンは未宙の目を見る。きっとこの人のことを忘れないように、目に焼き付けながら。
「あたしは、ただ、リザと一緒に居たいんだ。そのために必要なら空を飛ぶし、あいつらとも戦う。答えは最初から出てたんだ」
なんで、とノルンは思った。私はこんなにもあなたのことを想っているのに、なんでそんなに、どこかへ行ってしまいそうな表情でそんなことを当たり前のように言ってしまえるんだ。どうして一人のことをこんなに愛せてしまうんだ。だから、本当は言うつもりはなかったけれど、少し仕返しをしたくなってしまう。
「教えてくれて、ありがとうございます。――実はこの前、リザさんに会ったんです」
驚いた表情の未宙をよそに、ノルンは語る。
「あの日――フェンリルと戦った日、あたしの先輩に何してんだ、って文句言おうと思って」
二週間前、未宙が撃墜され何とか基地に戻った後、未宙がコクピットから運び出されてすぐ、ノルンは天螺《あまつみ》のコクピットへと向かった。整備員の制止も聞かず席に腰を下ろし、先程まで未宙が繋がっていたコードを自らのジャックに接続、機体を起動した。
第一世代クレイドルがパイロットと接続、共有する情報量は普段ノルン含めた一般パイロットが使用している第二世代以降のクレイドルシステムとは比べ物にならない。当然、ノルンの適正値ではその負荷に耐えられるはずもなかった。
意識が流転し、拡張されてゆく。自分という存在の輪郭が揺らぐ。無限に自己と言う存在が薄く引き延ばされてゆく感覚の果てに、ノルンは一人の少女を見た。
白い髪、銀の髪留め、空のような青の瞳。
愛する人が唯一愛する少女が、そこにいた。
感情が情報として流れ込んでくる。他者の内部が自分を覆ってゆく。
未宙への想い。
傷つけたことへの謝罪。
会いたいという焦がれ。
ともに居たいという願い。
けれど、それは叶ってはいけないという思い。
自分は未宙の愛したリザではないという諦め。
茫漠たる一人の人間の心が、ノルンを打ち付ける。
その感情を一言で表すならば、愛だった。
本当に、この人は未宙のことを、先輩のことを大切に想っていて、大好きで。
こんなに人のことを愛せるのだと、ノルンは思った。
未宙も、リザという人も、優しすぎるほどに優しすぎる。
「あー、あたし、何言ってるんだろ。らしくないっすね……」
天螺から降ろされ、意識が戻った後、ノルンは第一世代クレイドルについて調べた。だが非常に堅牢なセキュリティで情報は隠されていた。基地内の同じようにクレイドルを研究しているスタッフに訊ねたところ、その機能の殆どは現在使用している第二世代以降のものの出力増強版とのことだ。だが不可解なことに、第一世代には外部からのアクセスが全くできないブラックボックス領域が、各フォルダ内に少しずつ、計約三〇〇TB存在するという。当時の開発スタッフは全て外部からの者で現在連絡を取れるものはほぼいなかった。というのも、その殆どが死んでいた。
あまりにもきな臭い、何か後ろめたいものがあるに違いないことが見え透いていた。
おそらく、リザという少女のことと関係がある。だがそのことをノルンは未宙に伝えなかった。戦う際、不要な情報に踊らされてほしくなかったからだ。
今この人に必要なのはそんな情報でも、自分と言う存在でもない。
ここはひとつ、人生の先輩として背を押してやらなければならない。優しすぎる二人を再び引き合わせるキューピットというところだ。
「会いに行ってあげてください。先輩の、一番大切な人に」
ノルンは言った。本心からの言葉だった。本心であると自分に言い聞かせた。
抱きしめたいと思った。このまま行かせたら、先輩はどこかへ行ってしまう。取り返しのつかないことになるという直感があった。
やめておけという自分の声を無視して、手を伸ばす。潮風に揺れる黒髪。はためく軍の制服。その布地に指が触れようとした時。
「ありがとう」
未宙が優しい声で、そう言った。ノルンは手を下ろす。全く不思議なものだ。たったそれだけのことが、その一言が、今までのどんなことよりも嬉しかったのだから。
自分はこの人のことが本当に好きなんだなと、そう思った。結局自分も先輩やリザさんと同じ部類の人間なのかもしれないと思うと、少し嬉しくなった。
踵を返し、ノルンはエレベーターホールに向けて数歩進む。
けれど自分はそんなただのお人よしじゃないぞ、とノルンは心の内で笑う。だから最後にひとつだけ、楔を打つ。
「あたしは先に空に上がります。――けど、忘れないでください」
どうかこの言葉が、先輩を繋ぎ止める枷になることを祈って。
「先輩がどこに行っても、私がちゃんと見てますからね」
愛しています。その六文字、たった十二バイトの言葉は、潮風とともに飲み込んだ。
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