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嘘から出た実
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その日、夕飯を食べ終えた廉は、溜まっていた課題もアルバイトの予定もなかったため、いつものように馨の部屋でゲームをしていた。
「馨ちゃん、良いの?翔平さんじゃなくて」
「良い。その方が気が紛れる」
馨は画面を見ながらそう雑に答えた。その指先は相変わらず、やたらと素早い動きでコントローラーを捌いている。しかし、廉は見逃さなかった。翔平の名前を出されただけで後ろから見ても耳が赤くなっているのが分かったのだ。
気が紛れるっていうか、まーだそんな感じなんだ……。翔平さん、苦労してんなぁ。
廉は馨に見られないよう、苦笑いを浮かべる。以前、この部屋で泣き出されたことを思い返せば、馨にも幾分か気持ちに余裕ができ始めた事が分かったが、廉としては付き合い始めの時こそ一緒に居たくなるものじゃないかと不思議に思った。
まぁ、この人の場合……色々キャパオーバーなのだろう。
同人誌や漫画にラノベ、ゲームソフトの積み上げられたこの部屋を見渡しながら勝手にそう納得する。今まで人と親密に親交を深めてこなかったからこその鉄壁の要塞がそれを物語っていた。
「ねぇ、気が紛れるって……喧嘩してるわけじゃないんでしょ?」
「まぁ……廉やシゲとは違うし」
また馨は雑に答える。視線は画面にしがみつき、プレイには一切のブレがない。
「あのですねぇ……。俺とシゲは別に付き合ってるわけじゃないんスけど」
廉のその返しに馨はやっと画面から視線を外した。ちゃっかりポーズ画面なのは流石と言ったところだろう。
「は……嘘、でしょ?」
「嘘じゃねーし」
「あんなに毎日一緒にいて?」
「なんなら俺、馨ちゃんともいますけどー?」
馨は一瞬固まったが、数秒後には納得して「確かに……」と小さく呟くとまたゲームの続きを始めた。
そりゃ、一緒にいることは多いに決まってんじゃん。
同じ学年で同じ寮なのだ。必修科目の授業も何コマか被っている。そうなると他学年の寮生よりは一緒に過ごす時間は必然的に長くなるのは当たり前だった。それに、最近は以前より成亮もただの堅物ではなくなった気がしていた。図書館で過ごす時間よりも、友人と一緒に居るところを見かけるようになったし、自室に籠って勉強するよりも時間が合う限り誰かと一緒にいる事も増えた。勿論、あの真面目な性格が一気に変わる訳もなく、毎日決まった時間分は机に向かっている。きっと今だってまだ食堂あたりで誰かと話しているのだろう。
「でもほら、もうすぐそうもいかなくなるよ」
「え、なんで」
「若葉祭。ほら、ゼミで話なかった?」
そう言われて昨日のゼミを思い出すと、担当の教授が文化祭がどうのって言っていたのを思い出した。
「一年生ってさ、サークルや部活に入ってようが入っていまいが関係なく仕事あるんだよ。説明されたでしょ?」
「あー……」
廉は興味なさげに答えた。『仕事』と言われてしまうと楽しそうな雰囲気は全く浮かばない。廉達の通う大学は、一年生の必修ゼミでは内外装の装飾を割り当てられるのが慣わしだった。そうする事で文化祭への参加意識を持つことができ、自然と当日も参加させるという、学校側と運営委員会の策略である。部活やサークルに所属していない新入生の加わり方を考えての方針でもあった。
「でも、運が良ければすり抜けられるんでしょ?」
廉がニヤリと笑った。教授の説明の中では全ての一年生ゼミが内外装をやる訳ではなかったのを思い出した。一年生ゼミの中でも模擬店出店枠がニ枠用意されていて、その枠を抽選で勝ち取れば内外装準備は免除され、模擬店の出店が出来る。そこで出店枠を勝ち取る事をこの時期『すり抜け』と呼んでいるという。
「すり抜けって言っても、当日忙しいし全然すり抜けられてないよ。ていうかどっちも忙しいから。だからシゲと一緒にいれるのは、今のうち」
馨は呆れつつ、溜息を漏らす。
「だから、別にあいつと一緒にいたいわけじゃないんですけど?」
「ふぅん」
「そういう馨ちゃんも翔平さんと一緒にいる時間減るんじゃないの?俺、ここいて良いんですかぁ……っぶ!」
廉の言い分を聞き終わる前に、馨はすぐ側にあったゲームキャラクターのぬいぐるみを投げつけた。
「ひっでぇ!」
「後輩のくせに生意気」
馨はゲーム画面を見つめたまま、廉の方を見ずに言った。
「っとに!馨ちゃんのくせに生意気」
隣の部屋の成亮にも向かいの部屋の崇人にも聞こえないように、声を出来る限り殺し、廉は壁に向かってそう言い放つ。結局、あの後翔平が馨の部屋にやってきて廉は追い出されてしまった。
「はー、やだやだ。これだからリア充は!馨ちゃん恋愛経験ゼロだったくせしてさ、あんな顔して俺こと追い出すんだもんなっ」
独り言が宙を舞い、虚しい空気だけが部屋の中を纏う。廉は嫌気が差して舌打ちをしながらマットレスに顔を埋めて小さく唸ると、すぐ真横の壁をじっと見つめた。
あーもうっ!
なんだっつーの、この嫌な気持ち悪さというか……ソワソワする感じ!
廉は壁に向かって眉を寄せる。成亮とはあの時から何もない。かと言って、「付き合おう」とか「好きだ」とか互いに気持ちをぶつけたわけじゃない。そう、廉と成亮は明確に『恋人』ではないのだ。ああいう関係は軽い口約束みたいなものから始まるというのに、そんな会話すらない。だから廉からしたら『そういう行為をしちゃった相手』で止まっている。不純といえば不純。でも成り行きだし、自分から手を出した訳じゃない。だからこそ、自分のこのモヤモヤとした気持ちがよく分からなかった。
廉はマットレスの上で寝返りをし、軽く壁に拳を当てる。馨に言われた事を思い返すが、実際文化祭の準備ですれ違いが起きた所で、大した事はないのだろう。
そう、大した事はない。
シゲとはどうせ、顔をつき合わせば喧嘩する腐れ縁のようなものなんだから。
月日が流れ、一年生ゼミに本格的な文化祭準備という仕事が回ってきた。廉のゼミは校門とその周りの外装準備をあてがわれ、成亮のゼミは運良く数少ない屋台出店枠を勝ち取り『すり抜けゼミ』となったのだ。
「ったく神様は見る目ねぇな。なんでいっつーもシゲの味方なんだよ」
廉は成亮の部屋で寝転びながら言った。今日は昨晩から頼み込み、なんとか部屋でノートを見ることを許可してもらえたのである。
「またそれか。もう決まった事だろ」
勉強机で広げたノートパソコンから目を離した成亮は、寝転ぶ廉を見下ろしながら呆れたように言う。緑に借りた簡易テーブルの上には、一向に進む様子のない廉のノートパソコンの画面が見えた。
「力仕事しないのは、やっぱりずるいと思うんだよな、俺」
「こっちだって屋台の組み立てもあるし、当日の仕事も、荷物運びや買い出しだってあるぞ」
「でもさ、当日お金も稼げるし楽しそうじゃん?こっちはこのクソ暑い炎天下の下で大工仕事だよ」
廉がオーバーに両手を挙げる。もう夏は終わって暦の上では秋を謳う季節ではあったが、まだ外の気温は夏の名残がある。今日も日差しは強く、クーラーや扇風機がフル稼働する気温だった。
「差し入れしてやるから」
「やだよ、お前の差し入れとか。絶対センス悪いもん。緑くんに頼むし」
「なら、欲しい物を言ってくれたら持って行く」
「なんだよ、必死になるなって。気持ち悪ぃな」
真剣な顔してあの手この手を使おうとする成亮に、廉はふざけて「ウゲー」と言った。が、しかし。その反応を受けた成亮は眉をハの字に寄せ、困ったような、少し残念そうな、普段絶対に見せない表情をする。
「なっ……なんだよ、その顔」
二人して黙り込む。すると、先に口を開いたのは成亮だった。
「いや……」
改まって何か言い出そうとする成亮に、廉はごくりと唾を飲んだ。普段自信たっぷりの声が尻すぼみになっていく。そんな成亮の些細な変化が、廉にとってはむず痒さを覚えた。
「だから、なに?」
気になって廉が急かす。その声は少し震えていた。馨の話や、馨と翔平の仲の良さを思い出すと、期待と不安が入り混じった変な気持ちがぐるぐると腹の辺りを探った。
いやまぁ、別に俺はこいつのこと好きとかそんなふうに考えたことは一度もないんだけど……。
じっとして返事を待っていると、成亮が机の椅子から立ち上がり、廉の側に座り込む。突然の接近に心臓がぎゅっと握られた気がして、廉も身体を起こした。
「……黄野」
低い成亮の声が小さく響く。切なそうな顔をして、ゆっくりと廉へと近づいた。
「ちょ、タンマ。待ってってシゲ」
焦って後退りをするが、同時に成亮も身体を寄せてくる。
どうしよう、この流れでまたキスとかしたら。どうしよう、またそういう雰囲気になって触られたら……。
廉は再びごくりと唾を飲んだ。まるで大事な物を見るような成亮のその瞳が熱い。そんな視線に耐えかねて、思わず強く目を瞑り、顔を横に背けた。
ここでまた一線超えるなら……。翔平さんと馨ちゃん達のような、ちゃんとした関係性が欲しい……。だけど、そんなこと、俺から言いだせるわけ……。
「……悪い」
「……へ?」
強く瞑っていた目を恐る恐る開けると、成亮は身体を廉から離し、また椅子に座ろうとしていた。
あれ……なんで……?
なんで、と思うのはおかしい気もしたが、今の流れは触られて当然だと思っていた。
「シゲ、あの」
「黄野。そのノート貸してやるからもう部屋に戻れ」
「は?いや、なんでいきなり」
「良いから」
成亮はそう言って机のノートパソコンに向き直ると、それから何を言っても「部屋に戻れ」としか言わなかった。頑として態度を変えない成亮の背を見た廉は、返事の代わりにわざとらしく大きな舌打ちをし、いつもよりも強めに部屋のドアを閉めた。
炎天下の作業は思っていた以上に地獄だと、廉は嘆いた。ベニヤ板を大学内のガレージ下へ運び込むだけで大量の汗が噴き出し、首に巻いていたタオルは、たちまち重さを増していく。ペットボトルに入っていた飲み物も、あっという間に空になった。
「暑い……無理、死ぬっ」
「へばるの早いって……今度はこれ、ペンキ塗る作業あるんだから」
弱音を吐いた廉の横で、同じゼミの河島真奈美が難しい表情をしながら言った。廉は大して話したことはなかったが、図案担当に誰かに推薦されていたのを覚えている。見た目は大人しそうな女の子だが、グループワークや人前ではっきりと意見を言う性格。普段おろしている黒い長い髪は、作業の邪魔にならないように後ろで束ねられていた。鉛筆を手に持ち、完成図とベニヤ板を交互に睨み付けている。その額にはじんわり汗が滲んでいた。
「なに、お前が描くの?」
「だって押し付けられたんだもん!まだ他にもあるからこれ先にやれって言われて」
「ふぅん」
「見てないで手伝ってよ」
「俺、絵とか無理だから。見ててやるから描いてよ」
「ったくもう……女の子の全員が全員、美術得意だとか思わないでよね」
そう言いつつも、真奈美は内心嬉しそうにベニヤ板の上で鉛筆を走らせた。
高校の時はアルバイトに明け暮れて、部活動なんてしていなかったし、文化祭の準備もクラスで決めた当番の日以外にやる事はなかった。まさかこんなにもがっつりと参加させられるとは思ってもいなかった廉は、尚更外装担当からすり抜けた成亮を羨んだ。
「黄野くん、そっち押さえて」
「あ、おう……ってか上手いじゃん」
廉は言われた所を両手で押さえながら言った。お世辞ではなく、こうも軽々と綺麗な曲線をサラッと描き上げる事に感心した。
「やめてよ、こんなのラフだし」
褒められ慣れていないのか、真奈美は顔を上げて大きく首を振りながら否定する。そんな真奈美を見て廉はケラケラと笑いながら「いやいや、マジマジ」と謙遜するなと言ってやった。
「美術部だったとか?」
「……ううん、ずっと吹奏楽部。でも文化祭とかでこういうの作るの好きだったから」
「へぇ」
なるほど……。だから同じ高校の奴が図案担当に推薦したのか。
余程嬉しかったのか、真奈美は緊張した表情を見せながら、時折口元を緩める。それを廉から見られまいと、黙々とベニヤ板に向かって作業を進めた。
「ただいまぁ……」
玄関を開けた廉はそのまま雪崩れ込んだ。靴を脱ぐのも億劫な程、体力が奪われている。大学の文化祭を舐めに舐めていた。高校よりもお金がある分、楽ができると思っていたが、寧ろその逆。規模の大きさと準備期間と準備物の多さが尋常ではない。今日はあの後、真奈美の描いたラフにペンキを塗り始めたのだが、廉達の通う大学に校門が二箇所存在する事を再認識した途端、嫌な疲れが押し寄せたのだ。
「お、れんれんお帰り~。丁度よかった、シャワー浴びようよ。俺一人で入るの忍びなくてさ」
タイミングよく部屋から出てきた緑が、廉を出迎えた。
「緑くん……ただいま。でも今、俺、そんな気力ない……」
正直階段さえ上がる気力がもうなかった。長時間暑い日差しを背負いながらしゃがんでベニヤ板と睨めっこを続けて居れば、体力は年齢関係なく削られていく。
「引きずって良いなら連れてくけど?その代わり後でアイス買ってきて欲しいなぁ」
ニヤニヤと笑いながら緑は廉の頬をつつく。その頬にはペンキが飛んでいて、よく見ると廉の手や着ている服のあちこちにもペンキが着いていた。
「なにその条件。めちゃくちゃ鬼なんだけど。絶ッ対自分で歩くし……」
「なーんだ、つまんない。んじゃ、俺先入ってるから。入れるなら乗り込んできて良いよーん」
「うぃーっす」
力無く片手を軽く挙げて廉は答えた。やっとこ歩いてきたのにコンビニまで行くのは流石にしんどい。さっさとシャワーを浴びて今日は寝るに限る。明日は幸い、作業予定はなかったし、授業も二限からだった。
重い身体を起こして、履いていたスニーカーを雑に脱ぐと、廉は階段を這い上がった。荷物を引き摺って上がったため、いつもよりも物音が立つ。それに気がつき、部屋から顔を出したのは成亮だった。
「響いているぞ」
成亮は顎で廉の荷物を指した。
「煩い、すり抜けのズルゼミめ……。炎天下で作業させられる他のゼミを敬え」
ぎりっとした瞳で成亮を睨む。引き摺った荷物は最上段を上り切ったと同時に廊下に放り投げられた。
「まだ準備は始まったばかりだろ。そんなんで持つのか?」
仕方ないな、と呟きながら成亮は廊下に投げ捨てられた廉の荷物を持ち上げ、廉の部屋の扉を開けた。
「もう無理。全然お手上げ。外は暑いし、ペンキ塗りの体勢もしんどいし、腰は痛いし全然帰れねぇし!」
廉は文句を言いながら部屋に入るなり汚れた服のまま大の字で寝転がった。その様子を見た成亮も流石に「お疲れ」と声をかける。
「全然足りねーよ、もっと労え」
「なら、どう労えっていうんだ」
成亮は廉の荷物をテーブル横に置き、寝転がる廉の真横に座った。
「アイス買ってくるとかさぁ?」
「それ、さっきお前が緑さんに頼まれてたやつだろ」
「んだよ、聞いてたのかよ」
廉は成亮の座る反対方向へ身体を向けた。成亮は廉の背中を黙って見つめる。
「……今日、作業してるところ見かけた」
「ふぅん。すり抜けられてラッキー、あいつら炎天下で可哀想って思ってた訳?」
不貞腐れながら廉が答えたが、成亮は「いや」とそれを否定した。
「随分、楽しそうに見えたんだが」
すると、廉は起き上がって反論した。
「どこがだよ!ったく……。暑くてだるくて散々だっつーの。俺、緑くんとシャワー浴びてくるから」
廉は調子が狂う、と文句を散々言いながら衣装ケースから着替えを取り出すと、ドタドタと下の階へと降りて行った。
文化祭準備が始まって数日が経った。河島真奈美とペアを組まされ作業に当たっていた廉だったが、その日は他の男子学生達と校門に立てるアーチの支柱を組み立てていた。ペンキ作業は一通り終えたが、ここからは力仕事が多い。それに、これを完成させれば外の作業はほぼ終わりだった。女子達は内装の小さな飾り付けへと移り、最後の仕上げ部分は男手に任されていた。廉としては内装の方が有り難かったのだが、周りに却下され、使い慣れない工具を手にして黙々と板を繋ぎ合わせていく。釘を打つのは中学の技術家庭の授業以来だった。
「ひぇ……これ四面柱だからまだ全然終わんねぇじゃん」
「黄野、サボったら全員から恨まれるぞ」
「サボんねぇーよ。お前こそちゃんとやれって」
一緒に作業をしている男子学生達とケラケラと笑い合う。先日の成亮に「随分楽しそうだった」と言われたのは間違いなかった。廉自身、今はそう思う。自分達が作った物が三日間程、沢山の人が通る門へ使われる。そう言われればやり甲斐もあるが、責任も重大だ。下手な物を作って途中で壊れてしまうのを避けなければならない。遊び半分の気持ちで出来ないからこそ集中が必要だと分かっているからこそ、この作業の一節一節で力を抜かないとやっていられなかった。たぶん、そんな所を成亮に見られたのだろう、廉はそう思っていた。
「そういえばさ、ペンキ塗りの時めちゃくちゃ真奈美ちゃんと良い感じだったじゃん?」
「はぁ?」
次に支柱へ付けるベニヤ板を確認している最中、いつぞや成亮との喧嘩原因を作り出した前田がニヤニヤと笑いながら廉に尋ねた。
「あ、それ俺も気になってた!」
「あの子、見た目も可愛いし、めちゃくちゃ良い子だし、どっちかっていうと廉には勿体ない相手なんだけど」
「どういう意味だよ!つーか、何もねぇって言ってんだろ」
前者の言葉はさておき、廉は真奈美との関係を否定した。否定するもなにも、何もなかったし、ただペアを組んでペンキを塗っていただけだ。
「いやいや、あの子ゼミ中も廉の方見てるしねぇ?」
「そうそう。ペンキ作業中もすっごい嬉しそうだったし」
前田に続いて他の男子も頷き始める。思うところある、と口々に皆が口を開いた。
「いやいや、待てって。どうしてそうなるんだよ……」
眉を寄せ、苦笑いをしながら廉は呆れ顔で言った。
ったくどうしてそう、行事になると誰かと誰かをくっ付けたがるかなぁ……!そういう俺も、そのタイプの人間だと分かっているけどっ。
「だって、初日あれだけ疲れた、しんどいだの言ってた廉が、ちゃんと作業日欠かさず顔出すんだもんなぁ」
「そりゃ、バイトなきゃ来るだろ」
ていうか、来なきゃ来ないで煩いくせにっ!それに、寮内なんてもっと面倒なんだからな。シゲだけならまだしも、翔平さんにバレたら最悪だぞ……!
「でもよく考えてみ?前の廉なら来てないって」
ジト目を向ける廉を置いて、前田はウンウンと頷きながら言った。自分の事を全部知っているような口振りに小さな苛立ちを覚えたが、なんとなく廉自身も前田の言い分には納得がいく。
「丸くなったんだなぁ、って思ったけどこれは違うと見た」
「可愛い子に来てって言われたらねぇー?」
「いや、違うから」
「こりゃもう、春の予感っすねぇ!」
「何言ってんだ、これから来るのは秋ですけど?」
その場にいた廉以外が騒ぎ出す。呆れ顔で廉は逃げるように「ちょい、休憩!」と言うとその場を離れた。作業場のガレージ下からはサボりだなんだという声を背中に投げられたが、最早あそこにいた方が作業をする以上に疲れる気がした。
ったく……。全然進まねぇし。どうすっかなぁ、内装の様子見に行ってそっち手伝って……。
「あれ、何してるの?」
「え?」
廉が振り向くと、ガレージ下の様子を見に来た女子達が見えた。その中には真奈美の姿もあり、廉はタイミングよくあの場を離れた自分に心の中で拍手する。
「もしかして、サボり?」
クスクスと笑いながら真奈美が尋ねた。
「いや違うって。ちょっと集中切れただけっつーか」
他の女子は廉の言い訳に興味を示さず、先に行くと言ってガレージ下へと向かっていく。
「ふぅん。あ、そうそう。そろそろ撤収して欲しいんだよね。他のゼミもガレージ下使いたいんだって」
「そうなんだ?んじゃ、戻るか……」
踵を返そうと思ったが、この二人で戻った方が後々面倒だと廉は悟る。今戻れば完全に面白がられ、真奈美にも嫌な思いをさせる気がした。
「あ、ちょっと待って」
廉はガレージ下へ向かうとしている真奈美を止めた。
「何?」
「あー、えっと。自販機に飲み物買いに行くんだけど、河島も来る?」
我ながら誤魔化し方下手クソじゃんっ。
廉は苦笑いを同時に浮かべる。
真面目な河島が片付けを他のゼミメンバーに放り投げて、俺の誘いに乗っかる訳なんて……。
「うんっ」
あれ……?
真奈美が嬉しそうに視線を外しながら返事をしたのを見て、廉は一瞬呆気に取られてしまった。
「意外だったなぁ」
「ん、何が?」
自販機から転がり落ちてきたアイスココアを手渡し、廉は首を傾げた。
「もっと不真面目だと思ってたんだよね」
「それって俺の事?いやいや、俺って超真面目だもんね」
ふざけてそう返すと「嘘だぁ」と、真奈美は笑った。
片付け作業をサボっている時点で河島の言う通りなんだけどさ。俺はどっちかと言ったら全然真面目じゃない。サボったらすぐ分かるし、寮内に口煩いのがいるからそれを回避するためにここへ来ていただけだし……。
「まぁ、ちゃんと参加してれば特に煩いシゲも黙るしな」
「シゲ?あぁ、寮の友達?」
「あー……まぁ、そんなとこ」
廉は曖昧な返事をした。
それに。あいつの様子もどっか変だからとっつきにくいし……。
頭の中で廉は成亮の顔を思い浮かべる。思い返せば、この間から成亮の様子がおかしい。今までなら、寮に帰れば課題は終わったのかや、またゲームかなど、嫌味ったらしく絡んでくるのだが、最近はそれがぱったりと止んだ。寧ろ、全然興味のなさそうな文化祭の準備について尋ねてくる。
それも、俺のゼミの話ばっかし。他ゼミの進捗まで聞くは真面目故なのか、それとも不真面目な俺を監視しているつもりなのか……。どっちにしろ面白くはないだろうに。
すり抜けゼミだから今も暇なのだろうか。そう呑気に考えながら、廉はレモンティーのペットボトルの蓋を開ける。
「あのさ、黄野くん」
「ん?」
「文化祭当日って、何してる?」
「当日……?えーと……」
まだ予定は無かった。無かったけれど、学祭には顔を出すのは確実だった。籠ろうとしたって寮長自ら部屋まで乗り込み、引っ張り出しに来るのは想像がつく。加えて最近は馨ちゃんという可愛くない味方付きだ。逃げられる気がしない。
「たぶん、寮の先輩達と回ってる予定」
「そっか。ねぇ、それってずっと?」
「え?」
そう聞かれると分からなくて、廉は黙り込む。もしかしたら各ゼミやサークルでの当番で別行動になる事だってある。よくよく考えれば内外装だけの廉とは違って、他の寮生は当日仕事がある人達ばかりだった。
「いや、どっかでバラけるとは思う……けど、それがどうかした?」
当日に担当できる仕事があるのが少し羨ましいなんて呑気に考えていると、真奈美は何かを決心した様な真剣な眼差しを廉に向けた。
「なら、私と」
真奈美のほんのり赤くなったその頬が見え、廉の身体が強張った。同時に、どくんと胸の奥で心臓が強い脈を打つのを感じ、驚いて息を飲み込んだ。
その時だった。
「黄野、ここに居たのか」
自販機売り場すぐ側の階段から、聞き慣れた声が響いた。
「え、あぁ。シゲ」
廉が真奈美から視線を外し、階段の方を見上げると、こちら二人の様子を静かに見つめながら降りてくる成亮の姿が見えた。
「ガレージ下の作業場を譲って欲しいって伝えたから、俺達も片付けの手伝いをしようと思って」
よく見ると、成亮の後ろの方からゆっくりと気怠そうに階段を降りてくる者が数人見えた。その様子を見て、廉は手伝おうと言い出したのは成亮ただ一人に違いないと察した。
「あーごめんごめん、今撤収中だからもうちょい待って!」
「撤収中なのに自販機か?」
成亮の視線が廉の持つペットボトルに移り、真奈美へと移る。目が合った真奈美は、成亮の怪訝そうな視線から逃げるように下を向いた。
「うるせぇな、俺さっきまでちゃんとしてたしっ」
「片付けまでが作業だろ」
「んっとに、口煩いなぁ。へいへい、分かりましたよ、行きますよーだ」
廉は唇を尖らせ、ペットボトルの中身を一気に飲み干すと、それを成亮に無理矢理押し付ける。
「それ、よろしく」
廉はそう言い捨てると、真奈美と成亮を置いて不貞腐れたままガレージ下へと向かって行った。
「まったく……あいつは厄介なサボり癖がついてるな」
成亮は呆れた様子でボソリと呟きながら、手渡されたペットボトルを自販機横のゴミ箱に捨てる。
「……あの」
成亮が振り向くと、まだそこには真奈美の姿があった。再び目が合って、互いに黙りこくる。成亮からすると、真奈美は初対面の女子学生だった。先に口を開いたのは真奈美だった。成亮は後から来たゼミメンバーに「先に行っててくれ」と声をかけた。
「何か用か?」
どうせ先に使っていたガレージ下を横から使わせろと言ってきた文句だろう。寮内でも、毎回作業日の日に疲れたと騒ぐ廉がいるため、成亮はそう推測する。
いや。仮にそうだとするなら、俺に言うより、担当のゼミ教員に直談判したら良い。こっちも勝手に教員同士で話を付けてきたと聞いていたし……。
「黄野くんと、仲が良いんですか?」
「え?」
予想外の問いに成亮は、珍しく気の抜けた声を出した。しかし、目の前の彼女の目は至って真剣だった。額に眉を寄せ、握った拳が強く握られているのがわかる。
「同じ寮で暮らしているから、話さない仲ではないが……」
話さないというか、鼻に付くというか。見ていると苛立つ時もあれば、無性に触りたくなる相手でもある。しかしそれを目の前にいる彼女に言うわけにはいかなかった。
「そう、ですか……。なら、お願いがあって」
「お願い?」
一瞬、背中のあたりがヒヤリとしたが、成亮は気のせいだと感じて真奈美の話に耳を向ける。
「はい。私、黄野くんのこと、いいなぁって思ってて。だから、文化祭当日に告白しようかなぁって思ってるんです」
真奈美が顔を赤く染め、下を向きながら言った。
「こ、……告白って、あいつに……か?」
「はい。でも、当日は寮の先輩と回るって言ってたから……。だから、ほんの少しだけ、十分とかそれだけで良いんです。二人にして欲しくて」
だんだんと真奈美の声が萎んでいく。それでも成亮の耳にはハッキリと全部聞こえていた。
「……ダメですか?やっぱり、先輩の言うことは絶対的な感じなのかな……?」
「いや、そんなことは無い」
成亮は咄嗟に首を横に振る。
寮の先輩はなんだかんだで面倒見の良い連中が多い。無理強いは絶対にしない。たぶん……。
成亮は誤解を解かねばと即答したのを後悔した。
「じゃあ、ほんの少しで良いんです!協力して貰えないですか?」
小さな希望に見えたのだろうか、真奈美が成亮に詰め寄った。その目は真剣で、真っ直ぐ成亮の胸を刺す。思わず視線を外して、後ろに仰け反った。
彼女が黄野に想いを寄せているのはよく分かったし、その強い気持ちは否定してはいけない気がした。しかし……なぜだろう。なんだ、この感じ。嫌な気持ち悪さが喉の辺りをぐるぐると渦を巻く。ザワザワと胸のあたりももどかしい。こんなに不安な気持ちになったことはあっただろうか。自分の口から「協力をする」と言いたくなくて、奥歯を噛み締める。同時にカラカラに渇いた喉が唸り、成亮は思わず手の甲を口元に持っていく。
「ダメ、ですか?」
真奈美が不安そうな顔で成亮の顔を覗き込む。成亮は唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「悪い……。あいつと俺は、そんなに仲は良くない……だから」
成亮は歯切れの悪い返答をし、詰め寄る真奈美の身体を離した。
「若竹荘に住んでる先輩達の方が、きっと相談にも乗ってくれるはずだ。協力が出来なくて申し訳ない」
成亮はもう一度小さな声で謝ると、廉のいるガレージ下へと逃げるように向かって行った。
本当はたぶん、誰よりも近い位置にいる……。そんな気がするが、それを彼女に言うのが凄く嫌だった。
「れんれーんっ!お待たせ」
「のわっ!」
ふざけた呼び方で名前を呼ばれ、振り向くと同時にずんと背中に重さが加わる。その拍子に体勢を崩してしまい、廉は玄関戸横の壁に手をついた。背中でケラケラと笑うその声主にジト目を向けながら「重いっ!」と振り下ろそうと身体を揺らすが、緑は一向に離れようとしない。
「やめてやれ、廉が潰れるぞ」
「緑、その絡みダルい」
その背後から顔を出したのは翔平と馨。二人して呆れ顔で緑を見ていた。
「えー。れんれんそんな弱くないよね?」
「いやいや、俺めちゃくちゃか弱いんですけどっ!緑くんは自分が意外とデカいこと自覚して!」
再び廉が勘弁してくれと言うと、渋々とのしかかっていた身体をやっと離す。狭い玄関に四人が並んで靴を履いていると、朝食の片付けを終えたマキが慌てながら食堂から顔を出した。
「待って待って。余っちゃったからこれ、三人に持って行ってあげて」
そう言って小さな可愛らしい巾着袋を廉と緑に手渡した。
「なんスかこれ」
渡された巾着袋は見たところ緑の方が大きく膨らんでいた。
「おにぎり。朝食べてないのに学祭はしんどいでしょう?あ、緑くんはこれ響くん達に渡してね。きっと崇人くんも一緒だから」
マキはにこりと笑って言った。
「え、マジ?あの二人、今日も帰ってきてないの?」
相変わらずな事なのだが、流石に文化祭まで調子を変えない事に緑の声が裏返った。
「崇人くんの研究手伝いしてたら、自分の発表準備ギリギリだって言っててね。あ、でも今回は崇人くんがお手伝いしてるみたいよ」
「そりゃ、そうして貰わないと響が不憫なだけだ」
翔平は苦笑いをしながらそう言った。その一方で成亮は、屋台運営の準備があるため誰よりも早く大学へ向かっていた。丁度マキが寮に朝食を作りに来た所ですれ違ったという。学内のコンビニは学祭期間中は休業しているため、大学へ着くまでにコンビニに寄る必要があるが、マキとすれ違った時間を考えるとそんな余裕はない。珍しく寝坊をしてしまったらしいが、そんな成亮の性格を考えるとまずは遅れまいとして大学に真っ直ぐ向かうに違いない。
「だからそれ、ちゃんと渡してあげてね」
「了解。渡してきます」
「うん、よろしくね」
「んじゃ、マキさん。行ってきます」
翔平が手を振っているマキに声をかけ、それを合図に四人は玄関を出た。
「そういえば、廉のゼミが作った門のアーチ、昨日見たけど凄かったね」
玄関戸がぴたりと閉じたのを見て、馨が言った。昨日、夕方遅くにゼミのメンバーとその担当教授総出で校門装飾を完成させた。馨はゼミの展示ブースの準備を終えて帰る際に偶然居合わせたと言う。
「え、マジ?やった、馨ちゃんに褒められたー!」
珍しく馨に褒められた廉は嬉しそうにニコニコと笑い、嫌がる馨の肩を抱こうとしたところを翔平に止められた。
「んで、シゲは何の店って言ってた?」
「え?あー……えーと」
廉は肩にかけていた小さなショルダーバッグから事前に配られた文化祭のパンフレットを取り出した。
「なに、聞いてないの?」
緑が一緒になって覗き込む。
「まぁ、あいつそういうの自分から言わないし」
「えー?それ、れんれんがまた怒らせて教えてくれなかったんじゃないの?」
「んな事ないッスよ」
パラパラとページをめくり、屋台の紹介ページを見つけると「あ、たこ焼きじゃん」と廉より先に緑が答えた。
「こりゃ仕込み大変そうだな」
「混ぜすぎて腱鞘炎になるかも……」
「馨ちゃん、それはないって」
緑がケラケラと笑った。廉はパンフレットを仕舞い込みながら、先を歩く先輩の後を追う。足は三人にかろうじて着いていくが、なんとなく気持ちだけが別方向へ向いていた。先ほど緑に言われたことが気になってしまって仕方ない。
確かに先輩達よりは一緒にいるけれど。俺らがいつだって何でも話す間柄じゃない事は知ってるくせに。なーんか、緑くんの言い方、引っかかるんだよなぁ……。
廉は眉間に眉を寄せた。
別に、怒らせてないし。あっちがいつも勝手に、怒って……。そう、勝手に怒って、何も言わずにいつも一人で不機嫌になるんだ。そうだ、俺が知らないのも、俺に話してくれなかったのも勝手にあいつが怒ってるからであって……。いや、待てよ。いつ、怒らせた?全然記憶にない。
直近のやりとりを思い出してみたが、心当たりは全くない。寧ろいつも通りだったし、学祭が近づくに連れ、成亮の方も準備が忙しくなり、喧嘩どころではなかった。
てか、あいつに怒られるのが面倒だから、俺も頑張ってた訳じゃん?じゃあ、何だ……?
俺、シゲに何した……?
ふと、以前の部屋でのやりとりを思い出す。
『随分、楽しそうに見えたんだが』
あの時、少しだけ寂しそうな顔をしていた気がする。たぶん……だけど。その日は確か、河島とペンキ作業を開始した日だった日で……。
廉は炎天下できつかった事もはっきり思い出した。
……もしかして。ヤキモチ……?いや、いやいやいや。ないないないない。あいつに限ってそれは、絶対ない!断言したって良い。あの堅物ド真面目モンスターのプライド的にヤキモチは絶対にない。
廉が大きく頭を振るう。すると、その様子をたまたま見かけた馨がそばに寄ってきた。
「どうしたの、顔赤いけど」
「えっ、いや赤くないって!」
「どう見ても赤いけど……。最近急に寒くなったし、体調悪くなったら早く言いなね」
柄にもなく馨が廉を心配する。相当おかしな百面相をしていたのだろう。廉は適当に馨に返事をすると、手に持っていた巾着袋を見て、また恥ずかしさにため息をついた。
開会式を終え、本格的にスタートした文化祭は廉の想像を超える盛り上がりを見せていた。今までこんなに多くの人が学内を往来する所を見たことがなかったからこそ、口をあんぐりと開けてしまう。カラーTシャツを着て呼び込んでいる学生の多さ、近隣地域から足を運んでいる来場者もいれば、受験を考えている高校生達の制服姿も目に入る。正直、高校の文化祭と同じ様な客入りを想像していた廉は往来する人数の多さに若干の興奮を見せ、緑達に笑われた。
「まだ序盤だよ、れんれん」
「うん。昼頃になると本当に人が増える」
緑に同調した馨は、それこそまた始まったばかりだというのに、物凄く疲れた顔をした。
「へぇ……」
「まぁ、この辺は大学っていったらここしかないからな」
廉は『若葉祭』とどでかく自分達で描いた校門装飾を見上げる。炎天下の作業は確かにしんどかったが、外装担当に決まった際に翔平に言われたことを思い返せば色々腑に落ちる。
うん、まぁ、悪くねぇーじゃん。
廉は小さく鼻を鳴らす。それを後ろで翔平達がくすくすと笑っていた事には気がついていなかった。
「そんじゃ、俺ひびきんとこ行って、サークルの方見てくるから。後でまた連絡するねー」
「あ、了解っス。そしたら、俺も先にこれ届けてくるんで」
緑を見送りながら廉も二人にそう言って、屋台ブースの連なる中庭へと足早に向かった。先程しまったばかりのパンフレットをもう一度取り出し、成亮のゼミ屋台の場所を確認する。
ええっと、確か……。
パンフレットのページと、実際の屋台へ何度も視線を動かす。それらしき屋台を見つけたのだが、人通りのせいで成亮の姿は確認出来ない。廉はスマホを取り出し、成亮に電話をかけた。しかし、案の定すぐに留守番サービスへ接続される。
あんのクソ真面目……っ!
廉は軽く舌打ちをし、行き交う人を避けながら成亮のゼミ屋台へと進んだ。
そろそろ交代の時間だと思って、成亮は腕時計を確認した。あと数分と数秒で呼び込みは終わり、屋台で売り子に代わる。思っていた以上に呼び込みはキツい。柄にもないことを初手でするものじゃないと、成亮は反省さえ覚えた。普段から人と上手くコミニケーションを取れる訳でもないのに、来場者に声をかけて尚且つ「ウチのゼミのたこ焼きを食べてください」なんて言うのは、かなりのハードルだった。
こういうのは黄野の方が合ってるんだろうな……。
悔し紛れにそんなことを思う。そう言えば、ここ最近は自分達の方も準備が佳境に入ったせいで、全く話せていなかった。話せないぐらいはまだ良い。我慢した時期が以前にもある。ただ、気になるのは彼女の事だった。廉と話せていないからこその不安はそこに尽きる。もしかしたら、もう彼女は学祭を待たずに想いを伝えているかもしれない。だとしたら自分はどうしたら良いのだろうか。
俺ははまだ、自分の気持ちをあいつに伝えきれていないのに……。
そう思った途端、嗅いでもいないのに鼻のあたりでソースが焼き焦げる香ばしい匂いが蘇った。朝から何も食べていないため、腹の虫がきゅるきゅると空腹を唸らせる。
なにもこんな時に……。
しかし、この後に店番が回ってくるのはタイミングが悪い。成亮はゆっくりと息を吐き、ゼミの名前がでかでかと書かれた看板を床に下ろした。
炭酸飲料でも買って誤魔化すか……。
近くにあった自動販売機が目に入り、成亮はポケットから小銭入れを取り出す。その際、邪魔になったスマホを一緒に出すと、画面に通知が数件入っているのが見えた。交代でも早まったのかと通知を開くと、成亮の目は丸く大きく見開いた。その通知は全て着信で、それも『黄野廉』の名前で埋まっていたのだ。彼からの連絡がそもそも珍しい。いつも決まって課題を見せてくれ等のしょうもない内容のメッセージが多いため、成亮はその通知を数回見直した。すると、何かを察したのか、スマホが震え画面が着信画面に切り替わった。
「……なんだ?」
『あー!ったく、出んの遅ぇよ。今どこ!』
不機嫌そうな廉の声が耳に響く。それがなんだか嬉しくて、廉に見えないことを良い事に成亮は口元を緩ませた。
「今、中庭に向かってる。何かあったのか?」
『……いや、別に。マキさんがお前にって、おにぎり渡されてんの。朝早かったし、どうせ真面目なお前のことだから何も食わずに仕事してたんだろ』
成亮の足取りが少しずつ加速していく。目の前の階段をいつもより数秒早く駆け降りた。重たい看板を背負っているというのに、足取りがやけに軽く、中庭へと小走りする。
「あぁ。丁度、何か食べたいと思っていた所だ。助かる」
『……あっそ。んじゃ、俺中庭の端の方にいるから。さっさと見つけて』
「……分かった」
成亮がそう答えると廉は通話を切った。その足取りは、さっきよりももっと軽くなっていた。
珍しく浮ついた声だったと廉は思った。不覚にも成亮に可愛げがあるように思えて、頭を横に振る。
ないないない!シゲなんて全然、これっぽっちも可愛くないっ!
全力の否定を心の中で何度も唱える。脳裏に張り付く成亮の顔を散らそうと、軽く握った拳で額をぐりぐりといじめた。
「あれ……黄野、くん?」
眉を寄せ、額に拳を当てている廉の顔を心配そうに覗き込んだのは、偶然そこに居合わせた真奈美だった。
「おぉ……来てたんだ?」
「うん。みんなで頑張ったのに来ないのは勿体無いから」
にこりと笑って真奈美が答えた。
「でも、黄野くんこそ先輩達と回るんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだよ。後で落ち合う約束してんの。今はシゲ待っててさ」
廉が困った様に笑う。手に持っていた小さな巾着袋を見せて「これ渡さなきゃいけなくて」と言った。
「ふぅん。シゲって、この間の」
「そう。仏頂面の辛気臭くて嫌な感じのやつ」
「嫌な感じ……?」
「アイツ、クッソ真面目かと思えばすーぐ嫌味ったらしい言い方してきたりさぁ。毎日小言とかすげぇ言ってくるんだよな」
まぁ、最近は互いに準備が忙しかったりして、嫌味も小言もそんなに言われなければ、全然話せてもないんだけど。
「でも実は仲が良いんでしょ?」
「え?」
いつもより棘のある言い方が気になって、廉は真奈美の顔をまじまじと見つめた。不貞腐れたようなそんな表情は、彼女から成亮を良くないと思っているのが伝わってくる。
「彼にも聞いたけど……やっぱり仲良いもの。二人とも、何か隠してるみたいで凄く怪しいなぁ」
「怪しいって……別に何もないけど」
本当に。何の関係もない。以前ちょっとした触りっこはあったけど、あの時だけだ。今はただ、同じ寮に住んでいて、少し距離が近いだけの同級生。たぶん。だって、そうじゃないと……。
「じゃあ、何もないなら、私と付き合ってほしい……な」
「……え?」
予想をしていなかった彼女の言い分に、廉は思わず気の抜けた声を出した。一方で、真奈美は顔を真っ赤にして廉を見上げている。
「ごめん、急に……。まだ言うつもり、全然無かったの。でも、黄野くんが青沼くんの話する時も、青沼くんが黄野くんの話をする時も、なんかモヤモヤして、凄く焦っちゃって……言わなきゃって、勝手に口が滑ったというか……」
いつもより早口で真奈美言う。廉を見上げていたはずの顔は表情が見えない程に下を向いていた。
「えっと……あの」
「でもっ、す、好きなのは、本当でっ」
真奈美の肩と、声が揺れた。廉の心臓がばくばくと煩く鳴る。周囲の楽しげな音よりも、それがやけに大きく耳に響いた。告白された事は初めてじゃないが、こんな勢いで告白された事はなかった。
「いや待って、いつアイツと俺の話したの!」
そう言いながら廉は、自販機の前でばったり出くわしたことを思い出した。
「あ、あの時……!」
廉は額に手を当て、その場にしゃがみ込む。頭上から小さな「ごめんなさい……」が聞こえ、数秒ほど項垂れると、ゆっくりため息を吐いた。
「いや、その……あのさ」
廉は顔を上げ、真奈美の目を見た。
「謝ることないって。全然嬉しいよ、ありがとう。でも、俺……河島とは付き合えない」
廉は立ち上がりながら言った。真奈美の目が薄らと涙を浮かべている。その顔を見て、廉の胸がきゅうっと締め付けられた。だが、それでも彼女の気持ちをそのまま受け取る訳にはいかない。
「俺、多分だけど……ほんと、多分。アイツのこと結構好きなんだよね……」
「でも……青沼くんは男の人だよっ」
真奈美は下唇を噛みながら廉をじっと見る。泣かないように、我慢しているのが分かって、廉は少しだけ目を逸らした。
「まぁ、その……シゲとはさ、ぶっちゃけ仲は良くないよ。毎日顔を合わせば喧嘩するし、世話焼き加減うぜーし、嫌味っぽいし、良いとこねぇし。本当に全然良いとこねぇんだけどさ、あいつといるのは楽なの。なんでか知らねーけど、いなきゃいないでご飯ちゃんと食べたのかな、とか凄く気になる相手なんだ」
真奈美は鼻を啜った。本気で自分を想ってくれていたのは凄く有難くて、嬉しい。でも、それと同時に成亮へ対する想いを自覚して、むず痒くて仕方ない。
「……たしかに、今日はまだ何も食べていない」
「え……うえええっ!シゲっ、なんでっ」
廉が振り向くと、少しだけ顔を赤らめた成亮が肩で息をしながら立っていた。驚いたのは廉だけではなく、真奈美も目を見開いている。
「なんだその目は……。ここに居るから見つけろと言ったのはお前だろ」
「いや、だとしても空気読めって!本当そういうところが」
「なんだ、さっきのセリフは嘘か?」
「はぁ?んだよ、聞いてんじゃねぇーよ!」
頬を赤く染めながら廉は悪態をつく。そんなやりとりを目の前にした真奈美は、二人の前で大きなため息をついた。
「……黄野くんも、空気読めてないと思うけど」
「あ……いや、その……。ごめん……」
「ううん。こっちこそ、本当に……いきなりごめんね。でも、流石に二人して嘘はつかないでほしかったな、そしたらこんなに焦って言わなかったのに」
「嘘?いやいや、俺ら別に嘘とかは」
「何言ってんの、どっからどう見ても仲良いじゃない」
真奈美は少しだけ膨れた顔をしたが、すぐににこりと笑った。
「で、なんでここに居るの」
馨が思いっきり嫌そうな溜息をついて廉に軽く蹴りを入れた。視線は相変わらずゲーム画面の映るモニターから離れようとしない。
「……匿ってくれたって良いじゃん」
「ダメ。これから翔平くんがここに来るんだもん」
「うーわ。出た出た、そうやってくっついた途端に毎日イチャイチャするカップル。本当、風紀の乱れっていうの?マジで勘弁してって」
「さっさと出てって」
「スンマセーン」
馨にピシャリと言われ、廉は黙り込む。あの後、真奈美が去ってからさっきの話はなんだ、詳しく聞かせてくれと成亮に迫られて散々逃げ回った。途中、成亮の当番交代が遅いとゼミのメンバーから連絡が来なければと思うと、変な鳥肌が立って仕方ない。おかげでマキから渡された巾着袋は手渡す事ができず、後で合流した馨に代わりに渡して来てもらったのだ。その後も、時間が空いたタイミングで成亮からの着信が続き、最終的には翔平達を置いて先に帰寮し部屋に篭っていたのだが、馨が帰って来たところに乗り込んで今に至る。
「これを機に素直になれば?今さっき帰って来たよ」
ほんの数十分前に成亮は帰ってきていたのは廉も知っている。階段を上がる足音が、いつも聞く彼の歩き方なのも分かっていた。
「……馨ちゃんがそれ言う?」
馨はムッとした顔を廉に見せると、手に持っていたコントローラーを置き、黙って立ち上がると急に部屋の外へと出て行った。
「えっ、ちょ、馨ちゃん!?」
ドタドタと二階に駆け上がる足音が響く。嫌な予感がして廉はその後を慌てて追いかけた。
「まっ、待ってマジで本当!」
廉が馨に追いつくと同時に成亮の部屋の扉が開いた。駆け込んでくる廉と、いつも以上にムスッとした馨が視界に飛び込み、成亮はぽかんと口を開けている。
「シゲ、廉ウザいから後よろしく」
呆然としている成亮に向かって馨はそれだけ言うと踵を返して階段を降りて行った。
「ちょ、馨ちゃんっ」
「……任されました」
「なっ、了解すんなって、あ、ちょっ!」
馨を追いかけ用とした廉の腕を掴み、成亮はそのまま部屋へと引き入れ、扉をしっかりと閉めた。
「おい、何すんだよ」
「昼間の話が終わってない」
「いや、その話は……」
真剣な成亮の目が廉をじっと見据えた。昼間よりも心臓の高鳴りが強い。耳の奥で、鼓動が激しく音を立てていて、成亮が何かを言っていたがぼんやりと聞こえにくい。それでも、はっきりと「俺はお前が、好きだ」という声だけは聞こえた。
「う、嘘つけ!絶対揶揄ってるだろ!」
「揶揄ってない。準備期間、全然話もできなくて辛かった。我慢しないで、あの時お前に触ってしまえばって何度も思った」
成亮の腕を掴む力が少し強くなる。
「お前の気持ちも確かめないで前みたいな済し崩しの関係は嫌だった。だから、少し頭を冷やして出直そうとしたんだ」
あの時のおかしな態度の理由が分かって、廉は少しだけ安心した。
なんだ……そういう事……。
「……でも、俺たち仲、悪いじゃん」
「あぁ。悪いな」
「俺、すぐ文句ばっかだし、シゲのこと悪く言うじゃん」
「そうだな、腹が立つぐらいな」
「すぐまた喧嘩売るかもだけど」
「良い。全部買う」
そう言って成亮は廉を自分の胸に引きこんだ。途端に全身の毛が逆立つ気がして、身体にひゅんと冷たい風が流れ込む。その入り込んだ冷たい風がじわじわと熱を帯びて、指の先から頭のてっぺんまで熱くなるのを感じた。
「本当に、焦った……。異性のが良いのかもしれないって思って」
「なにそれ。シゲのくせに弱気じゃん」
「お前は……人の気も知らないで、煽ってくれるな」
成亮は噛み付くように廉の唇に自分のそれを重ねた。いきなりの行為に廉はシゲの胸を何度も叩くが、一向に離して貰えず、むしろ角度を変えて何度も深く深くキスをされた。
「ん……ぁ、ふ……やぁ」
やっと離された唇。強引に奪われたというのに、離れ難くてもっと繋がっていたいと声が漏れる。強く激しく口腔内を掻き回され、廉の目がとろんと溶け出し、腰が砕けてその場に崩れ落ちた。成亮に支えられ、部屋の壁際に畳まれた布団に寄りかかる様に座らせられ、再び深いキスを落とされる。
「ふっ……んん、……」
キスをしながら身体を撫でられ、さらに力が抜けていく。身体の芯が溶けてしまいそうで、廉は不安になって成亮の背中にしがみついた。それに答えるよう、成亮の仕掛けるキスに激しさが増す。上顎も喉の奥も、歯列まで熱い舌で舐められた。初めての快感に逃げ腰になる廉を、成亮は強い力で抱きしめる。背中の裾から手を入れられ、直接肌を撫でられると、びくんと廉の身体が跳ねた。
「んっ……ちょ、シゲ……やめ」
成亮の服を皺がつくほど握りしめた。すると、背中にいたはずの成亮の手のひらが、ゆっくりと腰にまわり、臍の上をなぞる。
「ひぁっ……」
恥ずかしい声が部屋に響いた。慌てて口に手当てると、今度はくぐもった声が漏れ始めた。
「んん、ぁ……やぁっ」
胸の突起に触れられて、自然と腰がしなった。自分の中心がどんどん硬くなり、恥ずかしさにもじもじと脚を擦り合わせる。すると、成亮が大きく息を吐いた。
「……んだよ、これは……その、生理現象っていうか……。お前が変なとこ触るから……んっ」
同性の興奮する姿を目の前にして、萎えてしまったのかと悪態をついた廉だったが、かえってそれは成亮を煽ったようだった。再び唇を塞がれ、舌を絡め取られる。鼻から甘ったるい声が漏れ、口内を掻き回された。その所々を強く吸われると、身体の奥が痺れるように疼く。どんどん膨らんでいく廉の中心に恥ずかしくなって、脚を閉じようとしたところを成亮が自分の脚を割り入れた。
「……隠すな」
「ざっけんな……こんなの、恥ずいっつーの……!」
顔を覗き込まれた廉は両腕で顔を隠した。キスだけで勃ち上がったことが恥ずかしくて仕方ない。しかし、それは自分だけでないことがすぐに分かった。成亮が押し付けてきたそこも、同じぐらいに膨れ上がっていたのだ。
「安心しろ……俺も同じ状況だ」
「ば、バッカじゃねーの……!寧ろ全然安心できる訳……うぁっ、あ、あぁっ」
悪態を返した廉の勃ち上がった中心を成亮は割り入れた脚でぐいぐいと擦る。その刺激にやられ、高い声が漏れ出てしまった。
「やぁ……ん、やめ……はぁ、ああっ」
同時に胸の突起を再び責めれて、身を捩る。敏感なところを一気に責められ、頭の中がぼうっとした。
「ここ、気持ちいいのか……?」
「うるさ……んぁっ、やぁ……シゲ、まって、無理ぃ……それ、だめぇ……」
「嫌じゃなさそうだな」
そう言って成亮は意地悪く笑う。その顔がより一層、廉の感度を強くさせた。涙目になった廉のまぶたにキスを落とすと、成亮は廉の着ていた服を脱がした。
「お前も、脱げよ……」
「分かった」
ゆっくり頷いた成亮は、着ていた服を脱ぎ捨てるともう一度廉の唇に吸い付いた。
「ぁ、……ふぅ」
びくんと身体が跳ね、甘い吐息が漏れる。次第に成亮の唇は首筋、鎖骨へと降りていき、露になった胸の突起にたどり着いた。
「んっ……ふぅ……あ、あっ、あっ」
指とは違う滑った感覚に全身が痺れていく。じゅっ、と音を立てて吸われると甘くて高い声が漏れた。
「あんっ……」
甘噛みされ、自分の中心に刺激が降りて行く。気持ち良すぎて、何も考えられない。何度も繰り返される甘い刺激に廉は仰け反った。親指と人差し指で摘ままれて引っ張られれば、腰が揺れて高い声が上がる。再び乳首を口に含まれ、ぷくりと赤くなったそれを舌で転がされる。何度も繰り返され、次第に強くなる刺激に廉はイヤイヤと首を振った。
「も……そこ、しつこ……いっ、やだぁっ」
涙目で廉が訴えると、成亮は乳首を弄るのをやめ、今度は硬く反り上がった中心に手を伸ばした。
「まっ、ちょ……シゲ、やめ」
「きついだろ、俺もそろそろ限界だ」
履いていたデニムを取り払われ、全身が露わになると、成亮は廉の腰を持ち上げて後ろから押さえつけるように体勢を変えた。
「え、なに……やだ、無理っ、恥ずいってこの格好っ!」
尻を突き出すような体勢にされ、廉は顔を真っ赤にして暴れた。これから何をどうされるのか、期待と不安が全身を駆け巡る。しかし、それ以上に羞恥心のが勝って、目から涙がどっと溢れた。
「良いから」
「良くなっ……ひぁっ」
先端を指で擦られ、乳首もつねられる。両方からの刺激にたまらず身体をくねらせると、後ろの双丘に熱くて硬いモノが押し付けられた。
「ば、バカ!絶対無理!無理無理無理だって!」
そんなの挿るわけない、と首を思いっきり横に振ると成亮が身体を折り曲げて耳元で囁いた。
「今日は挿れないから」
「今日はって……今日じゃなくても絶対無理だっつーの!」
ぶんぶんと首を振る廉を他所に、成亮は再び廉の反り立つものをゆるゆると扱き始める。
「うぁっ……」
先端から先走りが垂れ、くちゅくちゅと卑猥な音が部屋に響く。すると、太腿に成亮の熱くて硬いものがぬるりと入り込んできた。
「なに……」
「足、強く閉じてくれ」
廉は言われるままに足を閉じた。くちゅ、ぬくちゅ、と先程よりも水音を増して、成亮が抜き差しをし始める。
「あっ……なん、これ……ふぁっ、あ、あ、あっ」
同時に揺れる廉の中心を握られる。熱い手のひらで再び扱かれると、今までとは違う感覚がどっと押し寄せた。
「あっ、あ、あっ……やっ、……だめっ」
扱かれるたびに脚が揺れ、成亮の硬いものが廉の裏筋を刺激する。頭の中が真っ白になり、今にも意識が飛びそうになる程気持ち良い。この硬いモノで自分の奥を突かれたら、一体どうなってしまうのだろうか。考えるだけで、全身が敏感になり、肩が跳ねる。
「あっ、あ、あ、あっ」
口に手を当てたせいでくぐもった声が部屋に漏れた。それと同時に成亮の手の動きが早くなり、一気に吐精感が込み上げる。
「あっ……も、無理ぃ……出、る……出るからぁっ」
「れ、ん……」
耳元で名前を囁かれると同時にどくんと中心が脈打つ感覚と、内腿に生暖かいものがじわりと広がった。呼吸が一瞬止まり、直ぐに肺いっぱいに息を吸い込む。下を見ると自分の中から白濁の精液が飛び出して、成亮の手のひらを汚していた。
「……気持ち、良かったか?」
「んなの、聞くなっ……」
成亮の額を指で弾くと、廉は成亮の首に腕を回して噛み付くようにキスをした。
「ね……待って」
「無理だ」
「シゲ、もうダメだって……」
「……嫌だ」
「ちょ、本当に」
「……廉」
「……っ、だあーーっ!もう夕飯時だって言ってんの!呼びに来られたらどうすんだよ、バカシゲっ!もう無理だっつってんの、着替えろよドロドロだろ!」
「聞かせれば良い。牽制になる。俺はまだしたりない」
「ふざっけんな!首席のくせに下半身大馬鹿かよ!」
「なんだとっ」
「あっ、おまっ、その体勢卑怯だからなっ!」
「まーったく。れんれん達くっついた途端あれだもんなぁ」
「本当、どうなったって煩い」
「まぁ今日だけは多めに見てやるか」
「馨ちゃん、良いの?翔平さんじゃなくて」
「良い。その方が気が紛れる」
馨は画面を見ながらそう雑に答えた。その指先は相変わらず、やたらと素早い動きでコントローラーを捌いている。しかし、廉は見逃さなかった。翔平の名前を出されただけで後ろから見ても耳が赤くなっているのが分かったのだ。
気が紛れるっていうか、まーだそんな感じなんだ……。翔平さん、苦労してんなぁ。
廉は馨に見られないよう、苦笑いを浮かべる。以前、この部屋で泣き出されたことを思い返せば、馨にも幾分か気持ちに余裕ができ始めた事が分かったが、廉としては付き合い始めの時こそ一緒に居たくなるものじゃないかと不思議に思った。
まぁ、この人の場合……色々キャパオーバーなのだろう。
同人誌や漫画にラノベ、ゲームソフトの積み上げられたこの部屋を見渡しながら勝手にそう納得する。今まで人と親密に親交を深めてこなかったからこその鉄壁の要塞がそれを物語っていた。
「ねぇ、気が紛れるって……喧嘩してるわけじゃないんでしょ?」
「まぁ……廉やシゲとは違うし」
また馨は雑に答える。視線は画面にしがみつき、プレイには一切のブレがない。
「あのですねぇ……。俺とシゲは別に付き合ってるわけじゃないんスけど」
廉のその返しに馨はやっと画面から視線を外した。ちゃっかりポーズ画面なのは流石と言ったところだろう。
「は……嘘、でしょ?」
「嘘じゃねーし」
「あんなに毎日一緒にいて?」
「なんなら俺、馨ちゃんともいますけどー?」
馨は一瞬固まったが、数秒後には納得して「確かに……」と小さく呟くとまたゲームの続きを始めた。
そりゃ、一緒にいることは多いに決まってんじゃん。
同じ学年で同じ寮なのだ。必修科目の授業も何コマか被っている。そうなると他学年の寮生よりは一緒に過ごす時間は必然的に長くなるのは当たり前だった。それに、最近は以前より成亮もただの堅物ではなくなった気がしていた。図書館で過ごす時間よりも、友人と一緒に居るところを見かけるようになったし、自室に籠って勉強するよりも時間が合う限り誰かと一緒にいる事も増えた。勿論、あの真面目な性格が一気に変わる訳もなく、毎日決まった時間分は机に向かっている。きっと今だってまだ食堂あたりで誰かと話しているのだろう。
「でもほら、もうすぐそうもいかなくなるよ」
「え、なんで」
「若葉祭。ほら、ゼミで話なかった?」
そう言われて昨日のゼミを思い出すと、担当の教授が文化祭がどうのって言っていたのを思い出した。
「一年生ってさ、サークルや部活に入ってようが入っていまいが関係なく仕事あるんだよ。説明されたでしょ?」
「あー……」
廉は興味なさげに答えた。『仕事』と言われてしまうと楽しそうな雰囲気は全く浮かばない。廉達の通う大学は、一年生の必修ゼミでは内外装の装飾を割り当てられるのが慣わしだった。そうする事で文化祭への参加意識を持つことができ、自然と当日も参加させるという、学校側と運営委員会の策略である。部活やサークルに所属していない新入生の加わり方を考えての方針でもあった。
「でも、運が良ければすり抜けられるんでしょ?」
廉がニヤリと笑った。教授の説明の中では全ての一年生ゼミが内外装をやる訳ではなかったのを思い出した。一年生ゼミの中でも模擬店出店枠がニ枠用意されていて、その枠を抽選で勝ち取れば内外装準備は免除され、模擬店の出店が出来る。そこで出店枠を勝ち取る事をこの時期『すり抜け』と呼んでいるという。
「すり抜けって言っても、当日忙しいし全然すり抜けられてないよ。ていうかどっちも忙しいから。だからシゲと一緒にいれるのは、今のうち」
馨は呆れつつ、溜息を漏らす。
「だから、別にあいつと一緒にいたいわけじゃないんですけど?」
「ふぅん」
「そういう馨ちゃんも翔平さんと一緒にいる時間減るんじゃないの?俺、ここいて良いんですかぁ……っぶ!」
廉の言い分を聞き終わる前に、馨はすぐ側にあったゲームキャラクターのぬいぐるみを投げつけた。
「ひっでぇ!」
「後輩のくせに生意気」
馨はゲーム画面を見つめたまま、廉の方を見ずに言った。
「っとに!馨ちゃんのくせに生意気」
隣の部屋の成亮にも向かいの部屋の崇人にも聞こえないように、声を出来る限り殺し、廉は壁に向かってそう言い放つ。結局、あの後翔平が馨の部屋にやってきて廉は追い出されてしまった。
「はー、やだやだ。これだからリア充は!馨ちゃん恋愛経験ゼロだったくせしてさ、あんな顔して俺こと追い出すんだもんなっ」
独り言が宙を舞い、虚しい空気だけが部屋の中を纏う。廉は嫌気が差して舌打ちをしながらマットレスに顔を埋めて小さく唸ると、すぐ真横の壁をじっと見つめた。
あーもうっ!
なんだっつーの、この嫌な気持ち悪さというか……ソワソワする感じ!
廉は壁に向かって眉を寄せる。成亮とはあの時から何もない。かと言って、「付き合おう」とか「好きだ」とか互いに気持ちをぶつけたわけじゃない。そう、廉と成亮は明確に『恋人』ではないのだ。ああいう関係は軽い口約束みたいなものから始まるというのに、そんな会話すらない。だから廉からしたら『そういう行為をしちゃった相手』で止まっている。不純といえば不純。でも成り行きだし、自分から手を出した訳じゃない。だからこそ、自分のこのモヤモヤとした気持ちがよく分からなかった。
廉はマットレスの上で寝返りをし、軽く壁に拳を当てる。馨に言われた事を思い返すが、実際文化祭の準備ですれ違いが起きた所で、大した事はないのだろう。
そう、大した事はない。
シゲとはどうせ、顔をつき合わせば喧嘩する腐れ縁のようなものなんだから。
月日が流れ、一年生ゼミに本格的な文化祭準備という仕事が回ってきた。廉のゼミは校門とその周りの外装準備をあてがわれ、成亮のゼミは運良く数少ない屋台出店枠を勝ち取り『すり抜けゼミ』となったのだ。
「ったく神様は見る目ねぇな。なんでいっつーもシゲの味方なんだよ」
廉は成亮の部屋で寝転びながら言った。今日は昨晩から頼み込み、なんとか部屋でノートを見ることを許可してもらえたのである。
「またそれか。もう決まった事だろ」
勉強机で広げたノートパソコンから目を離した成亮は、寝転ぶ廉を見下ろしながら呆れたように言う。緑に借りた簡易テーブルの上には、一向に進む様子のない廉のノートパソコンの画面が見えた。
「力仕事しないのは、やっぱりずるいと思うんだよな、俺」
「こっちだって屋台の組み立てもあるし、当日の仕事も、荷物運びや買い出しだってあるぞ」
「でもさ、当日お金も稼げるし楽しそうじゃん?こっちはこのクソ暑い炎天下の下で大工仕事だよ」
廉がオーバーに両手を挙げる。もう夏は終わって暦の上では秋を謳う季節ではあったが、まだ外の気温は夏の名残がある。今日も日差しは強く、クーラーや扇風機がフル稼働する気温だった。
「差し入れしてやるから」
「やだよ、お前の差し入れとか。絶対センス悪いもん。緑くんに頼むし」
「なら、欲しい物を言ってくれたら持って行く」
「なんだよ、必死になるなって。気持ち悪ぃな」
真剣な顔してあの手この手を使おうとする成亮に、廉はふざけて「ウゲー」と言った。が、しかし。その反応を受けた成亮は眉をハの字に寄せ、困ったような、少し残念そうな、普段絶対に見せない表情をする。
「なっ……なんだよ、その顔」
二人して黙り込む。すると、先に口を開いたのは成亮だった。
「いや……」
改まって何か言い出そうとする成亮に、廉はごくりと唾を飲んだ。普段自信たっぷりの声が尻すぼみになっていく。そんな成亮の些細な変化が、廉にとってはむず痒さを覚えた。
「だから、なに?」
気になって廉が急かす。その声は少し震えていた。馨の話や、馨と翔平の仲の良さを思い出すと、期待と不安が入り混じった変な気持ちがぐるぐると腹の辺りを探った。
いやまぁ、別に俺はこいつのこと好きとかそんなふうに考えたことは一度もないんだけど……。
じっとして返事を待っていると、成亮が机の椅子から立ち上がり、廉の側に座り込む。突然の接近に心臓がぎゅっと握られた気がして、廉も身体を起こした。
「……黄野」
低い成亮の声が小さく響く。切なそうな顔をして、ゆっくりと廉へと近づいた。
「ちょ、タンマ。待ってってシゲ」
焦って後退りをするが、同時に成亮も身体を寄せてくる。
どうしよう、この流れでまたキスとかしたら。どうしよう、またそういう雰囲気になって触られたら……。
廉は再びごくりと唾を飲んだ。まるで大事な物を見るような成亮のその瞳が熱い。そんな視線に耐えかねて、思わず強く目を瞑り、顔を横に背けた。
ここでまた一線超えるなら……。翔平さんと馨ちゃん達のような、ちゃんとした関係性が欲しい……。だけど、そんなこと、俺から言いだせるわけ……。
「……悪い」
「……へ?」
強く瞑っていた目を恐る恐る開けると、成亮は身体を廉から離し、また椅子に座ろうとしていた。
あれ……なんで……?
なんで、と思うのはおかしい気もしたが、今の流れは触られて当然だと思っていた。
「シゲ、あの」
「黄野。そのノート貸してやるからもう部屋に戻れ」
「は?いや、なんでいきなり」
「良いから」
成亮はそう言って机のノートパソコンに向き直ると、それから何を言っても「部屋に戻れ」としか言わなかった。頑として態度を変えない成亮の背を見た廉は、返事の代わりにわざとらしく大きな舌打ちをし、いつもよりも強めに部屋のドアを閉めた。
炎天下の作業は思っていた以上に地獄だと、廉は嘆いた。ベニヤ板を大学内のガレージ下へ運び込むだけで大量の汗が噴き出し、首に巻いていたタオルは、たちまち重さを増していく。ペットボトルに入っていた飲み物も、あっという間に空になった。
「暑い……無理、死ぬっ」
「へばるの早いって……今度はこれ、ペンキ塗る作業あるんだから」
弱音を吐いた廉の横で、同じゼミの河島真奈美が難しい表情をしながら言った。廉は大して話したことはなかったが、図案担当に誰かに推薦されていたのを覚えている。見た目は大人しそうな女の子だが、グループワークや人前ではっきりと意見を言う性格。普段おろしている黒い長い髪は、作業の邪魔にならないように後ろで束ねられていた。鉛筆を手に持ち、完成図とベニヤ板を交互に睨み付けている。その額にはじんわり汗が滲んでいた。
「なに、お前が描くの?」
「だって押し付けられたんだもん!まだ他にもあるからこれ先にやれって言われて」
「ふぅん」
「見てないで手伝ってよ」
「俺、絵とか無理だから。見ててやるから描いてよ」
「ったくもう……女の子の全員が全員、美術得意だとか思わないでよね」
そう言いつつも、真奈美は内心嬉しそうにベニヤ板の上で鉛筆を走らせた。
高校の時はアルバイトに明け暮れて、部活動なんてしていなかったし、文化祭の準備もクラスで決めた当番の日以外にやる事はなかった。まさかこんなにもがっつりと参加させられるとは思ってもいなかった廉は、尚更外装担当からすり抜けた成亮を羨んだ。
「黄野くん、そっち押さえて」
「あ、おう……ってか上手いじゃん」
廉は言われた所を両手で押さえながら言った。お世辞ではなく、こうも軽々と綺麗な曲線をサラッと描き上げる事に感心した。
「やめてよ、こんなのラフだし」
褒められ慣れていないのか、真奈美は顔を上げて大きく首を振りながら否定する。そんな真奈美を見て廉はケラケラと笑いながら「いやいや、マジマジ」と謙遜するなと言ってやった。
「美術部だったとか?」
「……ううん、ずっと吹奏楽部。でも文化祭とかでこういうの作るの好きだったから」
「へぇ」
なるほど……。だから同じ高校の奴が図案担当に推薦したのか。
余程嬉しかったのか、真奈美は緊張した表情を見せながら、時折口元を緩める。それを廉から見られまいと、黙々とベニヤ板に向かって作業を進めた。
「ただいまぁ……」
玄関を開けた廉はそのまま雪崩れ込んだ。靴を脱ぐのも億劫な程、体力が奪われている。大学の文化祭を舐めに舐めていた。高校よりもお金がある分、楽ができると思っていたが、寧ろその逆。規模の大きさと準備期間と準備物の多さが尋常ではない。今日はあの後、真奈美の描いたラフにペンキを塗り始めたのだが、廉達の通う大学に校門が二箇所存在する事を再認識した途端、嫌な疲れが押し寄せたのだ。
「お、れんれんお帰り~。丁度よかった、シャワー浴びようよ。俺一人で入るの忍びなくてさ」
タイミングよく部屋から出てきた緑が、廉を出迎えた。
「緑くん……ただいま。でも今、俺、そんな気力ない……」
正直階段さえ上がる気力がもうなかった。長時間暑い日差しを背負いながらしゃがんでベニヤ板と睨めっこを続けて居れば、体力は年齢関係なく削られていく。
「引きずって良いなら連れてくけど?その代わり後でアイス買ってきて欲しいなぁ」
ニヤニヤと笑いながら緑は廉の頬をつつく。その頬にはペンキが飛んでいて、よく見ると廉の手や着ている服のあちこちにもペンキが着いていた。
「なにその条件。めちゃくちゃ鬼なんだけど。絶ッ対自分で歩くし……」
「なーんだ、つまんない。んじゃ、俺先入ってるから。入れるなら乗り込んできて良いよーん」
「うぃーっす」
力無く片手を軽く挙げて廉は答えた。やっとこ歩いてきたのにコンビニまで行くのは流石にしんどい。さっさとシャワーを浴びて今日は寝るに限る。明日は幸い、作業予定はなかったし、授業も二限からだった。
重い身体を起こして、履いていたスニーカーを雑に脱ぐと、廉は階段を這い上がった。荷物を引き摺って上がったため、いつもよりも物音が立つ。それに気がつき、部屋から顔を出したのは成亮だった。
「響いているぞ」
成亮は顎で廉の荷物を指した。
「煩い、すり抜けのズルゼミめ……。炎天下で作業させられる他のゼミを敬え」
ぎりっとした瞳で成亮を睨む。引き摺った荷物は最上段を上り切ったと同時に廊下に放り投げられた。
「まだ準備は始まったばかりだろ。そんなんで持つのか?」
仕方ないな、と呟きながら成亮は廊下に投げ捨てられた廉の荷物を持ち上げ、廉の部屋の扉を開けた。
「もう無理。全然お手上げ。外は暑いし、ペンキ塗りの体勢もしんどいし、腰は痛いし全然帰れねぇし!」
廉は文句を言いながら部屋に入るなり汚れた服のまま大の字で寝転がった。その様子を見た成亮も流石に「お疲れ」と声をかける。
「全然足りねーよ、もっと労え」
「なら、どう労えっていうんだ」
成亮は廉の荷物をテーブル横に置き、寝転がる廉の真横に座った。
「アイス買ってくるとかさぁ?」
「それ、さっきお前が緑さんに頼まれてたやつだろ」
「んだよ、聞いてたのかよ」
廉は成亮の座る反対方向へ身体を向けた。成亮は廉の背中を黙って見つめる。
「……今日、作業してるところ見かけた」
「ふぅん。すり抜けられてラッキー、あいつら炎天下で可哀想って思ってた訳?」
不貞腐れながら廉が答えたが、成亮は「いや」とそれを否定した。
「随分、楽しそうに見えたんだが」
すると、廉は起き上がって反論した。
「どこがだよ!ったく……。暑くてだるくて散々だっつーの。俺、緑くんとシャワー浴びてくるから」
廉は調子が狂う、と文句を散々言いながら衣装ケースから着替えを取り出すと、ドタドタと下の階へと降りて行った。
文化祭準備が始まって数日が経った。河島真奈美とペアを組まされ作業に当たっていた廉だったが、その日は他の男子学生達と校門に立てるアーチの支柱を組み立てていた。ペンキ作業は一通り終えたが、ここからは力仕事が多い。それに、これを完成させれば外の作業はほぼ終わりだった。女子達は内装の小さな飾り付けへと移り、最後の仕上げ部分は男手に任されていた。廉としては内装の方が有り難かったのだが、周りに却下され、使い慣れない工具を手にして黙々と板を繋ぎ合わせていく。釘を打つのは中学の技術家庭の授業以来だった。
「ひぇ……これ四面柱だからまだ全然終わんねぇじゃん」
「黄野、サボったら全員から恨まれるぞ」
「サボんねぇーよ。お前こそちゃんとやれって」
一緒に作業をしている男子学生達とケラケラと笑い合う。先日の成亮に「随分楽しそうだった」と言われたのは間違いなかった。廉自身、今はそう思う。自分達が作った物が三日間程、沢山の人が通る門へ使われる。そう言われればやり甲斐もあるが、責任も重大だ。下手な物を作って途中で壊れてしまうのを避けなければならない。遊び半分の気持ちで出来ないからこそ集中が必要だと分かっているからこそ、この作業の一節一節で力を抜かないとやっていられなかった。たぶん、そんな所を成亮に見られたのだろう、廉はそう思っていた。
「そういえばさ、ペンキ塗りの時めちゃくちゃ真奈美ちゃんと良い感じだったじゃん?」
「はぁ?」
次に支柱へ付けるベニヤ板を確認している最中、いつぞや成亮との喧嘩原因を作り出した前田がニヤニヤと笑いながら廉に尋ねた。
「あ、それ俺も気になってた!」
「あの子、見た目も可愛いし、めちゃくちゃ良い子だし、どっちかっていうと廉には勿体ない相手なんだけど」
「どういう意味だよ!つーか、何もねぇって言ってんだろ」
前者の言葉はさておき、廉は真奈美との関係を否定した。否定するもなにも、何もなかったし、ただペアを組んでペンキを塗っていただけだ。
「いやいや、あの子ゼミ中も廉の方見てるしねぇ?」
「そうそう。ペンキ作業中もすっごい嬉しそうだったし」
前田に続いて他の男子も頷き始める。思うところある、と口々に皆が口を開いた。
「いやいや、待てって。どうしてそうなるんだよ……」
眉を寄せ、苦笑いをしながら廉は呆れ顔で言った。
ったくどうしてそう、行事になると誰かと誰かをくっ付けたがるかなぁ……!そういう俺も、そのタイプの人間だと分かっているけどっ。
「だって、初日あれだけ疲れた、しんどいだの言ってた廉が、ちゃんと作業日欠かさず顔出すんだもんなぁ」
「そりゃ、バイトなきゃ来るだろ」
ていうか、来なきゃ来ないで煩いくせにっ!それに、寮内なんてもっと面倒なんだからな。シゲだけならまだしも、翔平さんにバレたら最悪だぞ……!
「でもよく考えてみ?前の廉なら来てないって」
ジト目を向ける廉を置いて、前田はウンウンと頷きながら言った。自分の事を全部知っているような口振りに小さな苛立ちを覚えたが、なんとなく廉自身も前田の言い分には納得がいく。
「丸くなったんだなぁ、って思ったけどこれは違うと見た」
「可愛い子に来てって言われたらねぇー?」
「いや、違うから」
「こりゃもう、春の予感っすねぇ!」
「何言ってんだ、これから来るのは秋ですけど?」
その場にいた廉以外が騒ぎ出す。呆れ顔で廉は逃げるように「ちょい、休憩!」と言うとその場を離れた。作業場のガレージ下からはサボりだなんだという声を背中に投げられたが、最早あそこにいた方が作業をする以上に疲れる気がした。
ったく……。全然進まねぇし。どうすっかなぁ、内装の様子見に行ってそっち手伝って……。
「あれ、何してるの?」
「え?」
廉が振り向くと、ガレージ下の様子を見に来た女子達が見えた。その中には真奈美の姿もあり、廉はタイミングよくあの場を離れた自分に心の中で拍手する。
「もしかして、サボり?」
クスクスと笑いながら真奈美が尋ねた。
「いや違うって。ちょっと集中切れただけっつーか」
他の女子は廉の言い訳に興味を示さず、先に行くと言ってガレージ下へと向かっていく。
「ふぅん。あ、そうそう。そろそろ撤収して欲しいんだよね。他のゼミもガレージ下使いたいんだって」
「そうなんだ?んじゃ、戻るか……」
踵を返そうと思ったが、この二人で戻った方が後々面倒だと廉は悟る。今戻れば完全に面白がられ、真奈美にも嫌な思いをさせる気がした。
「あ、ちょっと待って」
廉はガレージ下へ向かうとしている真奈美を止めた。
「何?」
「あー、えっと。自販機に飲み物買いに行くんだけど、河島も来る?」
我ながら誤魔化し方下手クソじゃんっ。
廉は苦笑いを同時に浮かべる。
真面目な河島が片付けを他のゼミメンバーに放り投げて、俺の誘いに乗っかる訳なんて……。
「うんっ」
あれ……?
真奈美が嬉しそうに視線を外しながら返事をしたのを見て、廉は一瞬呆気に取られてしまった。
「意外だったなぁ」
「ん、何が?」
自販機から転がり落ちてきたアイスココアを手渡し、廉は首を傾げた。
「もっと不真面目だと思ってたんだよね」
「それって俺の事?いやいや、俺って超真面目だもんね」
ふざけてそう返すと「嘘だぁ」と、真奈美は笑った。
片付け作業をサボっている時点で河島の言う通りなんだけどさ。俺はどっちかと言ったら全然真面目じゃない。サボったらすぐ分かるし、寮内に口煩いのがいるからそれを回避するためにここへ来ていただけだし……。
「まぁ、ちゃんと参加してれば特に煩いシゲも黙るしな」
「シゲ?あぁ、寮の友達?」
「あー……まぁ、そんなとこ」
廉は曖昧な返事をした。
それに。あいつの様子もどっか変だからとっつきにくいし……。
頭の中で廉は成亮の顔を思い浮かべる。思い返せば、この間から成亮の様子がおかしい。今までなら、寮に帰れば課題は終わったのかや、またゲームかなど、嫌味ったらしく絡んでくるのだが、最近はそれがぱったりと止んだ。寧ろ、全然興味のなさそうな文化祭の準備について尋ねてくる。
それも、俺のゼミの話ばっかし。他ゼミの進捗まで聞くは真面目故なのか、それとも不真面目な俺を監視しているつもりなのか……。どっちにしろ面白くはないだろうに。
すり抜けゼミだから今も暇なのだろうか。そう呑気に考えながら、廉はレモンティーのペットボトルの蓋を開ける。
「あのさ、黄野くん」
「ん?」
「文化祭当日って、何してる?」
「当日……?えーと……」
まだ予定は無かった。無かったけれど、学祭には顔を出すのは確実だった。籠ろうとしたって寮長自ら部屋まで乗り込み、引っ張り出しに来るのは想像がつく。加えて最近は馨ちゃんという可愛くない味方付きだ。逃げられる気がしない。
「たぶん、寮の先輩達と回ってる予定」
「そっか。ねぇ、それってずっと?」
「え?」
そう聞かれると分からなくて、廉は黙り込む。もしかしたら各ゼミやサークルでの当番で別行動になる事だってある。よくよく考えれば内外装だけの廉とは違って、他の寮生は当日仕事がある人達ばかりだった。
「いや、どっかでバラけるとは思う……けど、それがどうかした?」
当日に担当できる仕事があるのが少し羨ましいなんて呑気に考えていると、真奈美は何かを決心した様な真剣な眼差しを廉に向けた。
「なら、私と」
真奈美のほんのり赤くなったその頬が見え、廉の身体が強張った。同時に、どくんと胸の奥で心臓が強い脈を打つのを感じ、驚いて息を飲み込んだ。
その時だった。
「黄野、ここに居たのか」
自販機売り場すぐ側の階段から、聞き慣れた声が響いた。
「え、あぁ。シゲ」
廉が真奈美から視線を外し、階段の方を見上げると、こちら二人の様子を静かに見つめながら降りてくる成亮の姿が見えた。
「ガレージ下の作業場を譲って欲しいって伝えたから、俺達も片付けの手伝いをしようと思って」
よく見ると、成亮の後ろの方からゆっくりと気怠そうに階段を降りてくる者が数人見えた。その様子を見て、廉は手伝おうと言い出したのは成亮ただ一人に違いないと察した。
「あーごめんごめん、今撤収中だからもうちょい待って!」
「撤収中なのに自販機か?」
成亮の視線が廉の持つペットボトルに移り、真奈美へと移る。目が合った真奈美は、成亮の怪訝そうな視線から逃げるように下を向いた。
「うるせぇな、俺さっきまでちゃんとしてたしっ」
「片付けまでが作業だろ」
「んっとに、口煩いなぁ。へいへい、分かりましたよ、行きますよーだ」
廉は唇を尖らせ、ペットボトルの中身を一気に飲み干すと、それを成亮に無理矢理押し付ける。
「それ、よろしく」
廉はそう言い捨てると、真奈美と成亮を置いて不貞腐れたままガレージ下へと向かって行った。
「まったく……あいつは厄介なサボり癖がついてるな」
成亮は呆れた様子でボソリと呟きながら、手渡されたペットボトルを自販機横のゴミ箱に捨てる。
「……あの」
成亮が振り向くと、まだそこには真奈美の姿があった。再び目が合って、互いに黙りこくる。成亮からすると、真奈美は初対面の女子学生だった。先に口を開いたのは真奈美だった。成亮は後から来たゼミメンバーに「先に行っててくれ」と声をかけた。
「何か用か?」
どうせ先に使っていたガレージ下を横から使わせろと言ってきた文句だろう。寮内でも、毎回作業日の日に疲れたと騒ぐ廉がいるため、成亮はそう推測する。
いや。仮にそうだとするなら、俺に言うより、担当のゼミ教員に直談判したら良い。こっちも勝手に教員同士で話を付けてきたと聞いていたし……。
「黄野くんと、仲が良いんですか?」
「え?」
予想外の問いに成亮は、珍しく気の抜けた声を出した。しかし、目の前の彼女の目は至って真剣だった。額に眉を寄せ、握った拳が強く握られているのがわかる。
「同じ寮で暮らしているから、話さない仲ではないが……」
話さないというか、鼻に付くというか。見ていると苛立つ時もあれば、無性に触りたくなる相手でもある。しかしそれを目の前にいる彼女に言うわけにはいかなかった。
「そう、ですか……。なら、お願いがあって」
「お願い?」
一瞬、背中のあたりがヒヤリとしたが、成亮は気のせいだと感じて真奈美の話に耳を向ける。
「はい。私、黄野くんのこと、いいなぁって思ってて。だから、文化祭当日に告白しようかなぁって思ってるんです」
真奈美が顔を赤く染め、下を向きながら言った。
「こ、……告白って、あいつに……か?」
「はい。でも、当日は寮の先輩と回るって言ってたから……。だから、ほんの少しだけ、十分とかそれだけで良いんです。二人にして欲しくて」
だんだんと真奈美の声が萎んでいく。それでも成亮の耳にはハッキリと全部聞こえていた。
「……ダメですか?やっぱり、先輩の言うことは絶対的な感じなのかな……?」
「いや、そんなことは無い」
成亮は咄嗟に首を横に振る。
寮の先輩はなんだかんだで面倒見の良い連中が多い。無理強いは絶対にしない。たぶん……。
成亮は誤解を解かねばと即答したのを後悔した。
「じゃあ、ほんの少しで良いんです!協力して貰えないですか?」
小さな希望に見えたのだろうか、真奈美が成亮に詰め寄った。その目は真剣で、真っ直ぐ成亮の胸を刺す。思わず視線を外して、後ろに仰け反った。
彼女が黄野に想いを寄せているのはよく分かったし、その強い気持ちは否定してはいけない気がした。しかし……なぜだろう。なんだ、この感じ。嫌な気持ち悪さが喉の辺りをぐるぐると渦を巻く。ザワザワと胸のあたりももどかしい。こんなに不安な気持ちになったことはあっただろうか。自分の口から「協力をする」と言いたくなくて、奥歯を噛み締める。同時にカラカラに渇いた喉が唸り、成亮は思わず手の甲を口元に持っていく。
「ダメ、ですか?」
真奈美が不安そうな顔で成亮の顔を覗き込む。成亮は唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「悪い……。あいつと俺は、そんなに仲は良くない……だから」
成亮は歯切れの悪い返答をし、詰め寄る真奈美の身体を離した。
「若竹荘に住んでる先輩達の方が、きっと相談にも乗ってくれるはずだ。協力が出来なくて申し訳ない」
成亮はもう一度小さな声で謝ると、廉のいるガレージ下へと逃げるように向かって行った。
本当はたぶん、誰よりも近い位置にいる……。そんな気がするが、それを彼女に言うのが凄く嫌だった。
「れんれーんっ!お待たせ」
「のわっ!」
ふざけた呼び方で名前を呼ばれ、振り向くと同時にずんと背中に重さが加わる。その拍子に体勢を崩してしまい、廉は玄関戸横の壁に手をついた。背中でケラケラと笑うその声主にジト目を向けながら「重いっ!」と振り下ろそうと身体を揺らすが、緑は一向に離れようとしない。
「やめてやれ、廉が潰れるぞ」
「緑、その絡みダルい」
その背後から顔を出したのは翔平と馨。二人して呆れ顔で緑を見ていた。
「えー。れんれんそんな弱くないよね?」
「いやいや、俺めちゃくちゃか弱いんですけどっ!緑くんは自分が意外とデカいこと自覚して!」
再び廉が勘弁してくれと言うと、渋々とのしかかっていた身体をやっと離す。狭い玄関に四人が並んで靴を履いていると、朝食の片付けを終えたマキが慌てながら食堂から顔を出した。
「待って待って。余っちゃったからこれ、三人に持って行ってあげて」
そう言って小さな可愛らしい巾着袋を廉と緑に手渡した。
「なんスかこれ」
渡された巾着袋は見たところ緑の方が大きく膨らんでいた。
「おにぎり。朝食べてないのに学祭はしんどいでしょう?あ、緑くんはこれ響くん達に渡してね。きっと崇人くんも一緒だから」
マキはにこりと笑って言った。
「え、マジ?あの二人、今日も帰ってきてないの?」
相変わらずな事なのだが、流石に文化祭まで調子を変えない事に緑の声が裏返った。
「崇人くんの研究手伝いしてたら、自分の発表準備ギリギリだって言っててね。あ、でも今回は崇人くんがお手伝いしてるみたいよ」
「そりゃ、そうして貰わないと響が不憫なだけだ」
翔平は苦笑いをしながらそう言った。その一方で成亮は、屋台運営の準備があるため誰よりも早く大学へ向かっていた。丁度マキが寮に朝食を作りに来た所ですれ違ったという。学内のコンビニは学祭期間中は休業しているため、大学へ着くまでにコンビニに寄る必要があるが、マキとすれ違った時間を考えるとそんな余裕はない。珍しく寝坊をしてしまったらしいが、そんな成亮の性格を考えるとまずは遅れまいとして大学に真っ直ぐ向かうに違いない。
「だからそれ、ちゃんと渡してあげてね」
「了解。渡してきます」
「うん、よろしくね」
「んじゃ、マキさん。行ってきます」
翔平が手を振っているマキに声をかけ、それを合図に四人は玄関を出た。
「そういえば、廉のゼミが作った門のアーチ、昨日見たけど凄かったね」
玄関戸がぴたりと閉じたのを見て、馨が言った。昨日、夕方遅くにゼミのメンバーとその担当教授総出で校門装飾を完成させた。馨はゼミの展示ブースの準備を終えて帰る際に偶然居合わせたと言う。
「え、マジ?やった、馨ちゃんに褒められたー!」
珍しく馨に褒められた廉は嬉しそうにニコニコと笑い、嫌がる馨の肩を抱こうとしたところを翔平に止められた。
「んで、シゲは何の店って言ってた?」
「え?あー……えーと」
廉は肩にかけていた小さなショルダーバッグから事前に配られた文化祭のパンフレットを取り出した。
「なに、聞いてないの?」
緑が一緒になって覗き込む。
「まぁ、あいつそういうの自分から言わないし」
「えー?それ、れんれんがまた怒らせて教えてくれなかったんじゃないの?」
「んな事ないッスよ」
パラパラとページをめくり、屋台の紹介ページを見つけると「あ、たこ焼きじゃん」と廉より先に緑が答えた。
「こりゃ仕込み大変そうだな」
「混ぜすぎて腱鞘炎になるかも……」
「馨ちゃん、それはないって」
緑がケラケラと笑った。廉はパンフレットを仕舞い込みながら、先を歩く先輩の後を追う。足は三人にかろうじて着いていくが、なんとなく気持ちだけが別方向へ向いていた。先ほど緑に言われたことが気になってしまって仕方ない。
確かに先輩達よりは一緒にいるけれど。俺らがいつだって何でも話す間柄じゃない事は知ってるくせに。なーんか、緑くんの言い方、引っかかるんだよなぁ……。
廉は眉間に眉を寄せた。
別に、怒らせてないし。あっちがいつも勝手に、怒って……。そう、勝手に怒って、何も言わずにいつも一人で不機嫌になるんだ。そうだ、俺が知らないのも、俺に話してくれなかったのも勝手にあいつが怒ってるからであって……。いや、待てよ。いつ、怒らせた?全然記憶にない。
直近のやりとりを思い出してみたが、心当たりは全くない。寧ろいつも通りだったし、学祭が近づくに連れ、成亮の方も準備が忙しくなり、喧嘩どころではなかった。
てか、あいつに怒られるのが面倒だから、俺も頑張ってた訳じゃん?じゃあ、何だ……?
俺、シゲに何した……?
ふと、以前の部屋でのやりとりを思い出す。
『随分、楽しそうに見えたんだが』
あの時、少しだけ寂しそうな顔をしていた気がする。たぶん……だけど。その日は確か、河島とペンキ作業を開始した日だった日で……。
廉は炎天下できつかった事もはっきり思い出した。
……もしかして。ヤキモチ……?いや、いやいやいや。ないないないない。あいつに限ってそれは、絶対ない!断言したって良い。あの堅物ド真面目モンスターのプライド的にヤキモチは絶対にない。
廉が大きく頭を振るう。すると、その様子をたまたま見かけた馨がそばに寄ってきた。
「どうしたの、顔赤いけど」
「えっ、いや赤くないって!」
「どう見ても赤いけど……。最近急に寒くなったし、体調悪くなったら早く言いなね」
柄にもなく馨が廉を心配する。相当おかしな百面相をしていたのだろう。廉は適当に馨に返事をすると、手に持っていた巾着袋を見て、また恥ずかしさにため息をついた。
開会式を終え、本格的にスタートした文化祭は廉の想像を超える盛り上がりを見せていた。今までこんなに多くの人が学内を往来する所を見たことがなかったからこそ、口をあんぐりと開けてしまう。カラーTシャツを着て呼び込んでいる学生の多さ、近隣地域から足を運んでいる来場者もいれば、受験を考えている高校生達の制服姿も目に入る。正直、高校の文化祭と同じ様な客入りを想像していた廉は往来する人数の多さに若干の興奮を見せ、緑達に笑われた。
「まだ序盤だよ、れんれん」
「うん。昼頃になると本当に人が増える」
緑に同調した馨は、それこそまた始まったばかりだというのに、物凄く疲れた顔をした。
「へぇ……」
「まぁ、この辺は大学っていったらここしかないからな」
廉は『若葉祭』とどでかく自分達で描いた校門装飾を見上げる。炎天下の作業は確かにしんどかったが、外装担当に決まった際に翔平に言われたことを思い返せば色々腑に落ちる。
うん、まぁ、悪くねぇーじゃん。
廉は小さく鼻を鳴らす。それを後ろで翔平達がくすくすと笑っていた事には気がついていなかった。
「そんじゃ、俺ひびきんとこ行って、サークルの方見てくるから。後でまた連絡するねー」
「あ、了解っス。そしたら、俺も先にこれ届けてくるんで」
緑を見送りながら廉も二人にそう言って、屋台ブースの連なる中庭へと足早に向かった。先程しまったばかりのパンフレットをもう一度取り出し、成亮のゼミ屋台の場所を確認する。
ええっと、確か……。
パンフレットのページと、実際の屋台へ何度も視線を動かす。それらしき屋台を見つけたのだが、人通りのせいで成亮の姿は確認出来ない。廉はスマホを取り出し、成亮に電話をかけた。しかし、案の定すぐに留守番サービスへ接続される。
あんのクソ真面目……っ!
廉は軽く舌打ちをし、行き交う人を避けながら成亮のゼミ屋台へと進んだ。
そろそろ交代の時間だと思って、成亮は腕時計を確認した。あと数分と数秒で呼び込みは終わり、屋台で売り子に代わる。思っていた以上に呼び込みはキツい。柄にもないことを初手でするものじゃないと、成亮は反省さえ覚えた。普段から人と上手くコミニケーションを取れる訳でもないのに、来場者に声をかけて尚且つ「ウチのゼミのたこ焼きを食べてください」なんて言うのは、かなりのハードルだった。
こういうのは黄野の方が合ってるんだろうな……。
悔し紛れにそんなことを思う。そう言えば、ここ最近は自分達の方も準備が佳境に入ったせいで、全く話せていなかった。話せないぐらいはまだ良い。我慢した時期が以前にもある。ただ、気になるのは彼女の事だった。廉と話せていないからこその不安はそこに尽きる。もしかしたら、もう彼女は学祭を待たずに想いを伝えているかもしれない。だとしたら自分はどうしたら良いのだろうか。
俺ははまだ、自分の気持ちをあいつに伝えきれていないのに……。
そう思った途端、嗅いでもいないのに鼻のあたりでソースが焼き焦げる香ばしい匂いが蘇った。朝から何も食べていないため、腹の虫がきゅるきゅると空腹を唸らせる。
なにもこんな時に……。
しかし、この後に店番が回ってくるのはタイミングが悪い。成亮はゆっくりと息を吐き、ゼミの名前がでかでかと書かれた看板を床に下ろした。
炭酸飲料でも買って誤魔化すか……。
近くにあった自動販売機が目に入り、成亮はポケットから小銭入れを取り出す。その際、邪魔になったスマホを一緒に出すと、画面に通知が数件入っているのが見えた。交代でも早まったのかと通知を開くと、成亮の目は丸く大きく見開いた。その通知は全て着信で、それも『黄野廉』の名前で埋まっていたのだ。彼からの連絡がそもそも珍しい。いつも決まって課題を見せてくれ等のしょうもない内容のメッセージが多いため、成亮はその通知を数回見直した。すると、何かを察したのか、スマホが震え画面が着信画面に切り替わった。
「……なんだ?」
『あー!ったく、出んの遅ぇよ。今どこ!』
不機嫌そうな廉の声が耳に響く。それがなんだか嬉しくて、廉に見えないことを良い事に成亮は口元を緩ませた。
「今、中庭に向かってる。何かあったのか?」
『……いや、別に。マキさんがお前にって、おにぎり渡されてんの。朝早かったし、どうせ真面目なお前のことだから何も食わずに仕事してたんだろ』
成亮の足取りが少しずつ加速していく。目の前の階段をいつもより数秒早く駆け降りた。重たい看板を背負っているというのに、足取りがやけに軽く、中庭へと小走りする。
「あぁ。丁度、何か食べたいと思っていた所だ。助かる」
『……あっそ。んじゃ、俺中庭の端の方にいるから。さっさと見つけて』
「……分かった」
成亮がそう答えると廉は通話を切った。その足取りは、さっきよりももっと軽くなっていた。
珍しく浮ついた声だったと廉は思った。不覚にも成亮に可愛げがあるように思えて、頭を横に振る。
ないないない!シゲなんて全然、これっぽっちも可愛くないっ!
全力の否定を心の中で何度も唱える。脳裏に張り付く成亮の顔を散らそうと、軽く握った拳で額をぐりぐりといじめた。
「あれ……黄野、くん?」
眉を寄せ、額に拳を当てている廉の顔を心配そうに覗き込んだのは、偶然そこに居合わせた真奈美だった。
「おぉ……来てたんだ?」
「うん。みんなで頑張ったのに来ないのは勿体無いから」
にこりと笑って真奈美が答えた。
「でも、黄野くんこそ先輩達と回るんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだよ。後で落ち合う約束してんの。今はシゲ待っててさ」
廉が困った様に笑う。手に持っていた小さな巾着袋を見せて「これ渡さなきゃいけなくて」と言った。
「ふぅん。シゲって、この間の」
「そう。仏頂面の辛気臭くて嫌な感じのやつ」
「嫌な感じ……?」
「アイツ、クッソ真面目かと思えばすーぐ嫌味ったらしい言い方してきたりさぁ。毎日小言とかすげぇ言ってくるんだよな」
まぁ、最近は互いに準備が忙しかったりして、嫌味も小言もそんなに言われなければ、全然話せてもないんだけど。
「でも実は仲が良いんでしょ?」
「え?」
いつもより棘のある言い方が気になって、廉は真奈美の顔をまじまじと見つめた。不貞腐れたようなそんな表情は、彼女から成亮を良くないと思っているのが伝わってくる。
「彼にも聞いたけど……やっぱり仲良いもの。二人とも、何か隠してるみたいで凄く怪しいなぁ」
「怪しいって……別に何もないけど」
本当に。何の関係もない。以前ちょっとした触りっこはあったけど、あの時だけだ。今はただ、同じ寮に住んでいて、少し距離が近いだけの同級生。たぶん。だって、そうじゃないと……。
「じゃあ、何もないなら、私と付き合ってほしい……な」
「……え?」
予想をしていなかった彼女の言い分に、廉は思わず気の抜けた声を出した。一方で、真奈美は顔を真っ赤にして廉を見上げている。
「ごめん、急に……。まだ言うつもり、全然無かったの。でも、黄野くんが青沼くんの話する時も、青沼くんが黄野くんの話をする時も、なんかモヤモヤして、凄く焦っちゃって……言わなきゃって、勝手に口が滑ったというか……」
いつもより早口で真奈美言う。廉を見上げていたはずの顔は表情が見えない程に下を向いていた。
「えっと……あの」
「でもっ、す、好きなのは、本当でっ」
真奈美の肩と、声が揺れた。廉の心臓がばくばくと煩く鳴る。周囲の楽しげな音よりも、それがやけに大きく耳に響いた。告白された事は初めてじゃないが、こんな勢いで告白された事はなかった。
「いや待って、いつアイツと俺の話したの!」
そう言いながら廉は、自販機の前でばったり出くわしたことを思い出した。
「あ、あの時……!」
廉は額に手を当て、その場にしゃがみ込む。頭上から小さな「ごめんなさい……」が聞こえ、数秒ほど項垂れると、ゆっくりため息を吐いた。
「いや、その……あのさ」
廉は顔を上げ、真奈美の目を見た。
「謝ることないって。全然嬉しいよ、ありがとう。でも、俺……河島とは付き合えない」
廉は立ち上がりながら言った。真奈美の目が薄らと涙を浮かべている。その顔を見て、廉の胸がきゅうっと締め付けられた。だが、それでも彼女の気持ちをそのまま受け取る訳にはいかない。
「俺、多分だけど……ほんと、多分。アイツのこと結構好きなんだよね……」
「でも……青沼くんは男の人だよっ」
真奈美は下唇を噛みながら廉をじっと見る。泣かないように、我慢しているのが分かって、廉は少しだけ目を逸らした。
「まぁ、その……シゲとはさ、ぶっちゃけ仲は良くないよ。毎日顔を合わせば喧嘩するし、世話焼き加減うぜーし、嫌味っぽいし、良いとこねぇし。本当に全然良いとこねぇんだけどさ、あいつといるのは楽なの。なんでか知らねーけど、いなきゃいないでご飯ちゃんと食べたのかな、とか凄く気になる相手なんだ」
真奈美は鼻を啜った。本気で自分を想ってくれていたのは凄く有難くて、嬉しい。でも、それと同時に成亮へ対する想いを自覚して、むず痒くて仕方ない。
「……たしかに、今日はまだ何も食べていない」
「え……うえええっ!シゲっ、なんでっ」
廉が振り向くと、少しだけ顔を赤らめた成亮が肩で息をしながら立っていた。驚いたのは廉だけではなく、真奈美も目を見開いている。
「なんだその目は……。ここに居るから見つけろと言ったのはお前だろ」
「いや、だとしても空気読めって!本当そういうところが」
「なんだ、さっきのセリフは嘘か?」
「はぁ?んだよ、聞いてんじゃねぇーよ!」
頬を赤く染めながら廉は悪態をつく。そんなやりとりを目の前にした真奈美は、二人の前で大きなため息をついた。
「……黄野くんも、空気読めてないと思うけど」
「あ……いや、その……。ごめん……」
「ううん。こっちこそ、本当に……いきなりごめんね。でも、流石に二人して嘘はつかないでほしかったな、そしたらこんなに焦って言わなかったのに」
「嘘?いやいや、俺ら別に嘘とかは」
「何言ってんの、どっからどう見ても仲良いじゃない」
真奈美は少しだけ膨れた顔をしたが、すぐににこりと笑った。
「で、なんでここに居るの」
馨が思いっきり嫌そうな溜息をついて廉に軽く蹴りを入れた。視線は相変わらずゲーム画面の映るモニターから離れようとしない。
「……匿ってくれたって良いじゃん」
「ダメ。これから翔平くんがここに来るんだもん」
「うーわ。出た出た、そうやってくっついた途端に毎日イチャイチャするカップル。本当、風紀の乱れっていうの?マジで勘弁してって」
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馨にピシャリと言われ、廉は黙り込む。あの後、真奈美が去ってからさっきの話はなんだ、詳しく聞かせてくれと成亮に迫られて散々逃げ回った。途中、成亮の当番交代が遅いとゼミのメンバーから連絡が来なければと思うと、変な鳥肌が立って仕方ない。おかげでマキから渡された巾着袋は手渡す事ができず、後で合流した馨に代わりに渡して来てもらったのだ。その後も、時間が空いたタイミングで成亮からの着信が続き、最終的には翔平達を置いて先に帰寮し部屋に篭っていたのだが、馨が帰って来たところに乗り込んで今に至る。
「これを機に素直になれば?今さっき帰って来たよ」
ほんの数十分前に成亮は帰ってきていたのは廉も知っている。階段を上がる足音が、いつも聞く彼の歩き方なのも分かっていた。
「……馨ちゃんがそれ言う?」
馨はムッとした顔を廉に見せると、手に持っていたコントローラーを置き、黙って立ち上がると急に部屋の外へと出て行った。
「えっ、ちょ、馨ちゃん!?」
ドタドタと二階に駆け上がる足音が響く。嫌な予感がして廉はその後を慌てて追いかけた。
「まっ、待ってマジで本当!」
廉が馨に追いつくと同時に成亮の部屋の扉が開いた。駆け込んでくる廉と、いつも以上にムスッとした馨が視界に飛び込み、成亮はぽかんと口を開けている。
「シゲ、廉ウザいから後よろしく」
呆然としている成亮に向かって馨はそれだけ言うと踵を返して階段を降りて行った。
「ちょ、馨ちゃんっ」
「……任されました」
「なっ、了解すんなって、あ、ちょっ!」
馨を追いかけ用とした廉の腕を掴み、成亮はそのまま部屋へと引き入れ、扉をしっかりと閉めた。
「おい、何すんだよ」
「昼間の話が終わってない」
「いや、その話は……」
真剣な成亮の目が廉をじっと見据えた。昼間よりも心臓の高鳴りが強い。耳の奥で、鼓動が激しく音を立てていて、成亮が何かを言っていたがぼんやりと聞こえにくい。それでも、はっきりと「俺はお前が、好きだ」という声だけは聞こえた。
「う、嘘つけ!絶対揶揄ってるだろ!」
「揶揄ってない。準備期間、全然話もできなくて辛かった。我慢しないで、あの時お前に触ってしまえばって何度も思った」
成亮の腕を掴む力が少し強くなる。
「お前の気持ちも確かめないで前みたいな済し崩しの関係は嫌だった。だから、少し頭を冷やして出直そうとしたんだ」
あの時のおかしな態度の理由が分かって、廉は少しだけ安心した。
なんだ……そういう事……。
「……でも、俺たち仲、悪いじゃん」
「あぁ。悪いな」
「俺、すぐ文句ばっかだし、シゲのこと悪く言うじゃん」
「そうだな、腹が立つぐらいな」
「すぐまた喧嘩売るかもだけど」
「良い。全部買う」
そう言って成亮は廉を自分の胸に引きこんだ。途端に全身の毛が逆立つ気がして、身体にひゅんと冷たい風が流れ込む。その入り込んだ冷たい風がじわじわと熱を帯びて、指の先から頭のてっぺんまで熱くなるのを感じた。
「本当に、焦った……。異性のが良いのかもしれないって思って」
「なにそれ。シゲのくせに弱気じゃん」
「お前は……人の気も知らないで、煽ってくれるな」
成亮は噛み付くように廉の唇に自分のそれを重ねた。いきなりの行為に廉はシゲの胸を何度も叩くが、一向に離して貰えず、むしろ角度を変えて何度も深く深くキスをされた。
「ん……ぁ、ふ……やぁ」
やっと離された唇。強引に奪われたというのに、離れ難くてもっと繋がっていたいと声が漏れる。強く激しく口腔内を掻き回され、廉の目がとろんと溶け出し、腰が砕けてその場に崩れ落ちた。成亮に支えられ、部屋の壁際に畳まれた布団に寄りかかる様に座らせられ、再び深いキスを落とされる。
「ふっ……んん、……」
キスをしながら身体を撫でられ、さらに力が抜けていく。身体の芯が溶けてしまいそうで、廉は不安になって成亮の背中にしがみついた。それに答えるよう、成亮の仕掛けるキスに激しさが増す。上顎も喉の奥も、歯列まで熱い舌で舐められた。初めての快感に逃げ腰になる廉を、成亮は強い力で抱きしめる。背中の裾から手を入れられ、直接肌を撫でられると、びくんと廉の身体が跳ねた。
「んっ……ちょ、シゲ……やめ」
成亮の服を皺がつくほど握りしめた。すると、背中にいたはずの成亮の手のひらが、ゆっくりと腰にまわり、臍の上をなぞる。
「ひぁっ……」
恥ずかしい声が部屋に響いた。慌てて口に手当てると、今度はくぐもった声が漏れ始めた。
「んん、ぁ……やぁっ」
胸の突起に触れられて、自然と腰がしなった。自分の中心がどんどん硬くなり、恥ずかしさにもじもじと脚を擦り合わせる。すると、成亮が大きく息を吐いた。
「……んだよ、これは……その、生理現象っていうか……。お前が変なとこ触るから……んっ」
同性の興奮する姿を目の前にして、萎えてしまったのかと悪態をついた廉だったが、かえってそれは成亮を煽ったようだった。再び唇を塞がれ、舌を絡め取られる。鼻から甘ったるい声が漏れ、口内を掻き回された。その所々を強く吸われると、身体の奥が痺れるように疼く。どんどん膨らんでいく廉の中心に恥ずかしくなって、脚を閉じようとしたところを成亮が自分の脚を割り入れた。
「……隠すな」
「ざっけんな……こんなの、恥ずいっつーの……!」
顔を覗き込まれた廉は両腕で顔を隠した。キスだけで勃ち上がったことが恥ずかしくて仕方ない。しかし、それは自分だけでないことがすぐに分かった。成亮が押し付けてきたそこも、同じぐらいに膨れ上がっていたのだ。
「安心しろ……俺も同じ状況だ」
「ば、バッカじゃねーの……!寧ろ全然安心できる訳……うぁっ、あ、あぁっ」
悪態を返した廉の勃ち上がった中心を成亮は割り入れた脚でぐいぐいと擦る。その刺激にやられ、高い声が漏れ出てしまった。
「やぁ……ん、やめ……はぁ、ああっ」
同時に胸の突起を再び責めれて、身を捩る。敏感なところを一気に責められ、頭の中がぼうっとした。
「ここ、気持ちいいのか……?」
「うるさ……んぁっ、やぁ……シゲ、まって、無理ぃ……それ、だめぇ……」
「嫌じゃなさそうだな」
そう言って成亮は意地悪く笑う。その顔がより一層、廉の感度を強くさせた。涙目になった廉のまぶたにキスを落とすと、成亮は廉の着ていた服を脱がした。
「お前も、脱げよ……」
「分かった」
ゆっくり頷いた成亮は、着ていた服を脱ぎ捨てるともう一度廉の唇に吸い付いた。
「ぁ、……ふぅ」
びくんと身体が跳ね、甘い吐息が漏れる。次第に成亮の唇は首筋、鎖骨へと降りていき、露になった胸の突起にたどり着いた。
「んっ……ふぅ……あ、あっ、あっ」
指とは違う滑った感覚に全身が痺れていく。じゅっ、と音を立てて吸われると甘くて高い声が漏れた。
「あんっ……」
甘噛みされ、自分の中心に刺激が降りて行く。気持ち良すぎて、何も考えられない。何度も繰り返される甘い刺激に廉は仰け反った。親指と人差し指で摘ままれて引っ張られれば、腰が揺れて高い声が上がる。再び乳首を口に含まれ、ぷくりと赤くなったそれを舌で転がされる。何度も繰り返され、次第に強くなる刺激に廉はイヤイヤと首を振った。
「も……そこ、しつこ……いっ、やだぁっ」
涙目で廉が訴えると、成亮は乳首を弄るのをやめ、今度は硬く反り上がった中心に手を伸ばした。
「まっ、ちょ……シゲ、やめ」
「きついだろ、俺もそろそろ限界だ」
履いていたデニムを取り払われ、全身が露わになると、成亮は廉の腰を持ち上げて後ろから押さえつけるように体勢を変えた。
「え、なに……やだ、無理っ、恥ずいってこの格好っ!」
尻を突き出すような体勢にされ、廉は顔を真っ赤にして暴れた。これから何をどうされるのか、期待と不安が全身を駆け巡る。しかし、それ以上に羞恥心のが勝って、目から涙がどっと溢れた。
「良いから」
「良くなっ……ひぁっ」
先端を指で擦られ、乳首もつねられる。両方からの刺激にたまらず身体をくねらせると、後ろの双丘に熱くて硬いモノが押し付けられた。
「ば、バカ!絶対無理!無理無理無理だって!」
そんなの挿るわけない、と首を思いっきり横に振ると成亮が身体を折り曲げて耳元で囁いた。
「今日は挿れないから」
「今日はって……今日じゃなくても絶対無理だっつーの!」
ぶんぶんと首を振る廉を他所に、成亮は再び廉の反り立つものをゆるゆると扱き始める。
「うぁっ……」
先端から先走りが垂れ、くちゅくちゅと卑猥な音が部屋に響く。すると、太腿に成亮の熱くて硬いものがぬるりと入り込んできた。
「なに……」
「足、強く閉じてくれ」
廉は言われるままに足を閉じた。くちゅ、ぬくちゅ、と先程よりも水音を増して、成亮が抜き差しをし始める。
「あっ……なん、これ……ふぁっ、あ、あ、あっ」
同時に揺れる廉の中心を握られる。熱い手のひらで再び扱かれると、今までとは違う感覚がどっと押し寄せた。
「あっ、あ、あっ……やっ、……だめっ」
扱かれるたびに脚が揺れ、成亮の硬いものが廉の裏筋を刺激する。頭の中が真っ白になり、今にも意識が飛びそうになる程気持ち良い。この硬いモノで自分の奥を突かれたら、一体どうなってしまうのだろうか。考えるだけで、全身が敏感になり、肩が跳ねる。
「あっ、あ、あ、あっ」
口に手を当てたせいでくぐもった声が部屋に漏れた。それと同時に成亮の手の動きが早くなり、一気に吐精感が込み上げる。
「あっ……も、無理ぃ……出、る……出るからぁっ」
「れ、ん……」
耳元で名前を囁かれると同時にどくんと中心が脈打つ感覚と、内腿に生暖かいものがじわりと広がった。呼吸が一瞬止まり、直ぐに肺いっぱいに息を吸い込む。下を見ると自分の中から白濁の精液が飛び出して、成亮の手のひらを汚していた。
「……気持ち、良かったか?」
「んなの、聞くなっ……」
成亮の額を指で弾くと、廉は成亮の首に腕を回して噛み付くようにキスをした。
「ね……待って」
「無理だ」
「シゲ、もうダメだって……」
「……嫌だ」
「ちょ、本当に」
「……廉」
「……っ、だあーーっ!もう夕飯時だって言ってんの!呼びに来られたらどうすんだよ、バカシゲっ!もう無理だっつってんの、着替えろよドロドロだろ!」
「聞かせれば良い。牽制になる。俺はまだしたりない」
「ふざっけんな!首席のくせに下半身大馬鹿かよ!」
「なんだとっ」
「あっ、おまっ、その体勢卑怯だからなっ!」
「まーったく。れんれん達くっついた途端あれだもんなぁ」
「本当、どうなったって煩い」
「まぁ今日だけは多めに見てやるか」
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