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1・5 聞きたいこと
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「エルーシャ様、お待たせしました」
フリッツの背後には、護衛と従者の制服を着た子どもたちが数名控えている。
後ろの扉は開いたままだ。
そこから他の仕事をしていた子たちまで、なぜか真剣な顔をして覗いている。
「ロイエ様は帰宅されました」
「ありがとう、仕事が早くて助かったわ」
案の定、ロイエは「婚約者に会いに来ただけなのに、追い返されるのはおかしい」とゴネたらしい。
「王妃殿下の面会状が必要だと伝えたところ、偽の面会状を渡されました。王家の印もありませんし、あろうことか王妃殿下のサインのつづりを間違えていました。子どもでももう少しマシな偽装をします」
「それに1年前に荒魔竜を倒した英雄とは思えない軟弱さでした。今は鍛錬もせず遊びほうけているという噂は本当のようです」
護衛と従者ががっかりしたように肩を落とした。
「わたしたちがエルーシャ様との面会を拒絶するので、ロイエ様はおもしろくなかったのでしょう。突然剣を抜き、飛びかかってきたのです。私が『どうぞ』と道を譲ったところ、ロイエ様はそのまま突き進み、レンガの壁へ情熱的に口づけていました」
その情景を思い浮かべ、叔母が声を上げて笑う。
ロイエはバカにしていた孤児に追い返されて、屈辱的だったはずだ。
「ね、私の使用人は優秀なんですよ」
「主人の教育がいいのね」
叔母は本日10杯目のハーブティーを飲み終える。
「でもロイエが今回だけで諦めると思えないわね」
「平気よ。私は大切な使用人たちに、これ以上つまらない仕事をさせるつもりなんてないわ」
「なにか考えがあるのね?」
エルーシャは先ほどフリッツに渡された、開封済みの手紙を持ち上げる。
「このお便りに返事をすれば解決するはずよ。さっそく明日出かけるわ」
「まぁ相変わらず頼もしいじゃない。みんな、ご主人様が優秀でよかったわね……って、どうしたの?」
集まっている子どもたちはみな、なにか聞きたそうな面持ちでエルーシャの様子をうかがっていた。
フリッツも不満そうに、いつもは誇らしげに着ている青い制服へ視線を落とす。
「ロイエ様がおれたちの制服を見て『俺の髪の色だな。エルーシャが俺にベタ惚れの証拠だ』と言っていました」
「全然違うわ」
エルーシャは即答する。
それらの制服はすべて、エルーシャが仕立て屋と相談して細部までこだわったものだ。
エルーシャは青を基調とした、それぞれの仕事に合わせた制服を着ている子どもたちを見つめる。
(みんなによく似合っている。私を励ましてくれるきれいな青色……)
エルーシャの真顔は笑顔に変わった。
「この色を見るとね、私はひとりじゃないって思えるのよ!」
エルーシャが手を広げると、それが合図となる。
みんなわっと駆け出し、飛びついてきた。
「「「エルだいすき!!」」」
「わたしも!」
エルーシャに重なる子どもたちの表情は、すでに使用人の役割を脱いでいる。
エルーシャも今は主人ではなくなった。
心のまま、大切な人たちを抱きしめる。
「主人と使用人に、つかの間の休息が訪れたわね」
叔母は微笑みながら席を立ち、カップを片付けはじめた。
フリッツの背後には、護衛と従者の制服を着た子どもたちが数名控えている。
後ろの扉は開いたままだ。
そこから他の仕事をしていた子たちまで、なぜか真剣な顔をして覗いている。
「ロイエ様は帰宅されました」
「ありがとう、仕事が早くて助かったわ」
案の定、ロイエは「婚約者に会いに来ただけなのに、追い返されるのはおかしい」とゴネたらしい。
「王妃殿下の面会状が必要だと伝えたところ、偽の面会状を渡されました。王家の印もありませんし、あろうことか王妃殿下のサインのつづりを間違えていました。子どもでももう少しマシな偽装をします」
「それに1年前に荒魔竜を倒した英雄とは思えない軟弱さでした。今は鍛錬もせず遊びほうけているという噂は本当のようです」
護衛と従者ががっかりしたように肩を落とした。
「わたしたちがエルーシャ様との面会を拒絶するので、ロイエ様はおもしろくなかったのでしょう。突然剣を抜き、飛びかかってきたのです。私が『どうぞ』と道を譲ったところ、ロイエ様はそのまま突き進み、レンガの壁へ情熱的に口づけていました」
その情景を思い浮かべ、叔母が声を上げて笑う。
ロイエはバカにしていた孤児に追い返されて、屈辱的だったはずだ。
「ね、私の使用人は優秀なんですよ」
「主人の教育がいいのね」
叔母は本日10杯目のハーブティーを飲み終える。
「でもロイエが今回だけで諦めると思えないわね」
「平気よ。私は大切な使用人たちに、これ以上つまらない仕事をさせるつもりなんてないわ」
「なにか考えがあるのね?」
エルーシャは先ほどフリッツに渡された、開封済みの手紙を持ち上げる。
「このお便りに返事をすれば解決するはずよ。さっそく明日出かけるわ」
「まぁ相変わらず頼もしいじゃない。みんな、ご主人様が優秀でよかったわね……って、どうしたの?」
集まっている子どもたちはみな、なにか聞きたそうな面持ちでエルーシャの様子をうかがっていた。
フリッツも不満そうに、いつもは誇らしげに着ている青い制服へ視線を落とす。
「ロイエ様がおれたちの制服を見て『俺の髪の色だな。エルーシャが俺にベタ惚れの証拠だ』と言っていました」
「全然違うわ」
エルーシャは即答する。
それらの制服はすべて、エルーシャが仕立て屋と相談して細部までこだわったものだ。
エルーシャは青を基調とした、それぞれの仕事に合わせた制服を着ている子どもたちを見つめる。
(みんなによく似合っている。私を励ましてくれるきれいな青色……)
エルーシャの真顔は笑顔に変わった。
「この色を見るとね、私はひとりじゃないって思えるのよ!」
エルーシャが手を広げると、それが合図となる。
みんなわっと駆け出し、飛びついてきた。
「「「エルだいすき!!」」」
「わたしも!」
エルーシャに重なる子どもたちの表情は、すでに使用人の役割を脱いでいる。
エルーシャも今は主人ではなくなった。
心のまま、大切な人たちを抱きしめる。
「主人と使用人に、つかの間の休息が訪れたわね」
叔母は微笑みながら席を立ち、カップを片付けはじめた。
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