【完結】偽王女を称える婚約者に裏切られたので賭けに出たら~敵国の冷酷な皇太子殿下が「君しか愛することはない」と求婚してくるのですが!?~

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
43 / 47

43 身勝手な恋慕

しおりを挟む
 *

 ミスティナは階上の部屋に向かうと、広いバルコニーから庭園の噴水を見下ろしていた。
 庭園を挟んで向かいには、招待客が食事やダンスを楽しんでいる建物がある。
 背後で扉の開閉音が鳴り、ミスティナは振り返った。

(……来たようね)

 バルコニーと室内の境界は開け放たれているため、部屋に侵入した者の姿が見える。
 やってきたヴィートン公爵の娘、クルーラは後ろ手で扉の内鍵をかけて平然と密室にしてから、バルコニーに足を踏み入れた。

「ミスティナ、全然お便りをくれないから心配していたのよ。だから様子を見に来てあげたの」

 クルーラの片手には魔導杖が握られている。
 先ほどヴィートン公爵を捕らえたとき、クルーラが透明になる魔術の込められた魔導杖を使用してそばにいたことは、「視」ていた。
 ミスティナはヴィートン公爵にこのバルコニーにいる話をしたが、実際はクルーラに聞かせるためだった。

「それでね、そろそろレイナルト様を返してもらいたいの」

「なんのこと?」

「だってレイナルト様に密書で呼ばれたのはあなたじゃない。本当の王女である私だったのよ」

 クルーラは全く疑いのない顔で、つらつらと話し続ける。

「それなのにお父様とリレットが余計なことをして、ミスティナをレイナルト様の元へ向かわせるなんて……浮気性の男って、なにをやらせてもダメね。そのせいでミスティナは勘違いをして、私の邪魔をするんだから」

 ミスティナはなにも言わない。
 クルーラは笑みを絶やさなかったが、瞳が不吉に底光りする。

「あなた、純粋な惚れ薬でレイナルト様をたぶらかしているんでしょう?」

「クルーラはいつも、自分の想像だけで話すのね」

「想像じゃないわ。今度こそ私が手に入れるはずだったのに……」

 ミスティナの瞳に、怒りとも悲しみともつかない感情が揺らいだ。

「安心して、あの粗悪品の惚れ薬は捨てておいたから。もう二度と、アランのような犠牲者を出すつもりも、あなたを野放しにするつもりもないわ」

「私はただ、アランを素敵な人だと思っただけよ。フレデリカお姉様を一途に想いを寄せていることなら、誰が見てもわかったし」

「……わ、わかるのね」

「だから私、お父様にアランと婚約したいって頼んだわ」

「フレデリカとアランの気持ちを知っているのに?」

「知っているからよ。フレデリカはお姉様なんだから、妹に大切な恋人をゆずってあげるべきでしょう? それにアランなら、私を永遠に愛してくれるはずだったのよ」

 しかしまがい物の惚れ薬では、アランの心を奪うこともできない。
 彼は毒素の蓄積で体を蝕み、慢性的な魔病を起こすだけだった。

「他の男たちなら仕方がないと思っていたわ。でもアランまで私から逃げるなんて……ひどい人」

「ひどいのはあなたよ。アランが病んでいたのに、部屋に閉じ込められたまま、侍医を呼ぶことを禁止したんでしょう? 自分が毒を盛ったとバレないように」

「だって私はどんなことをしても、なにをしても、ずっとずっと愛し続けてくれる人がほしいんだもの」

 クルーラは夢見がちな少女のように、頬を染めて笑っている。

(それで惚れ薬を飲ませて、次はレイの心を掌握しようとしているのね)

 ミスティナは怒りをこえて、哀れみすら感じた。

(惚れ薬は相手の心を蝕むだけなのに)

「あのね、クルーラ。あなたがなにかをほしがっているその気持ちは、きっと恋でも愛でもないわ。ただの中毒よ」

「相手の心が手に入るのなら同じでしょう?」

「……あなたの考えは、ヴィートン公爵夫妻が王国を搾取するのと同じ発想だわ」

「あんな浮気者たちと一緒にしないで!」

 叫んだクルーラからは笑みが消え、そこには剥き出しの憎悪が揺らいでいる。

「私は完全な、不変の愛を求めているだけよ!」

 クルーラはいつも両親にちやほやされ、彼らの自慢のおもちゃのように甘やかされていた。
 しかしそれでは満たされなかったのだろう。

(クルーラは両親からの愛情に満足していないのね。だから彼ら以外の愛がほしくてたまらないんだわ。それで自分以外の人を、都合のいい道具のように扱おうとしている)

 そしてクルーラは両親を憎みつつも、彼らに与えられような愛しか知らなかった。
 だから彼らのようなやり方――レイナルトを蝕む薬を使ってでも、彼を支配しようと躍起になっている。

「でも、心はそんなに簡単じゃないわ。純粋な惚れ薬を使えば、その人の心が壊れてしまうもの。互いに不幸になるだけ」

「やってみなければわからないわ」

「わかるのよ」

 ミスティナは断言する。
 彼女の前世を知らないクルーラは、薄い笑みを口元に浮かべた。

「やっぱりレイナルト様に純粋な惚れ薬を使ったのね。持っているのね」

 クルーラはバルコニーにいるミスティナへと、ゆっくり近づいていく。

「そうだわ。レイナルト様に惚れ薬を飲ませたあなたを殺せば、彼にかかっている効果は切れるのかしら? 試す価値はありそうね」

 クルーラは持っていた魔導杖をくるりとひるがえした。
 その物騒な先端をミスティナへと向ける。
 スイッチひとつで、相手を焼き尽くす安易で手軽な攻撃魔術が詰められていることは、『視』ればわかった。

「その前にミスティナ、チャンスをあげるわ。あなたがレイナルト様に使った純粋な惚れ薬を渡しなさい」

――そうすれば命だけは助けてもいいわ、と、うそぶく。

 ミスティナはようやく微笑んだ。
 彼女はこれから起こることに恐れを見せず、静かに告げる。

「チャンスはね、価値のあるものにだけ賭けるのよ」

 そしてバルコニーに背を預け、迷いなく答えた。

「レイの心は渡さないわ」

 強烈な破壊音が響き渡る。

 クルーラの魔導杖の先端から、威力だけが重視された火柱が吐き出された。
 ごうごうと燃え盛る灼熱の魔術が、ミスティナへと襲いかかる。
 その直前、紅蓮の炎は彼女の目の前で弾けて消えた。

(えっ!?)

 クルーラの悲鳴が上がる。
 見ると彼女は魔導杖を握ったまま、身体を空へと投げ出していた。
 バルコニーから落ちたクルーラの姿が見えなくなると、階下の庭園で大きな水しぶきの音が上がる。

「なんだ!?」

「誰かが噴水に飛び込んだぞ!」

(そんな、まさか……)

 ミスティナはとっさに、自分を『視』る。
 そこには堅牢な魔術防壁が、彼女を守るように覆っていた。

(クルーラは自分で放った魔導杖の火炎が魔術防壁に弾かれた衝撃で、バルコニーから落ちたということ?)

 人が集まってきたのか、庭園が騒がしくなる。
 ミスティナは予想外の事態に一気に力が抜け、床に座り込んだ。

(ここまで完璧な魔術を扱える人物なんて、ただひとりだけ……)

 見るとクルーラが鍵をかけていた部屋の扉は、先ほどの破壊音に似つかわしい無惨さで大破していた。
 そこから当然のように、レイナルトが入ってくる。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...