【完結】偽王女を称える婚約者に裏切られたので賭けに出たら~敵国の冷酷な皇太子殿下が「君しか愛することはない」と求婚してくるのですが!?~

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
40 / 47

40 元婚約者との決別

しおりを挟む
「ミスティナ、待ってくれ!」

 背後から呼びかけられ、レイナルトの待つホールへ向かうミスティナの足が止まった。
 人気のない通路を振り返り、小さく息をのむ。
 ヴィートン公爵夫妻が来ることは想定済みだが、彼がいるとは思いもしなかった。

「リレット……どうしてここへ?」

「ヴィートン公爵夫人の後をつけたんだ」

 元婚約者は平然と言う。
 彼はヴィートン公爵夫人が騒ぎを起こしている間は、自分の身を隠してうまく忍び込んだのだろう。
 人の力をこそこそ利用しているのが、彼らしかった。

「ミスティナ、俺が迎えに来てあげたよ。だからもう安心だ」

「安心? あの……なんの話かしら。あなたが私をクルーラの代わりに帝国へ送れと提案したのよね? 『もう諦めよう』って」

「その話はやめてくれ、俺は悪くないんだ! そう、本当ならミスティナではなく、役に立たないクルーラを追放するべきだったのに……すべてはヴィートン公爵のせいだ! だから今のローレット王国はひどい状況になっている!」

 久々に会ったリレットは、相変わらずに思える。
 権威にへつらい、口を開けば言い訳と他者をおとしめることばかりだ。

「でもミスティナ、ヴィートン公爵はローレット王国を見捨てるつもりらしい。だから君が一緒に戻ってくれれば、俺たちの王国を再興させることができる!」

「俺たちの?」

「そうだろう? ミスティナの気持ちはわかっている。何度も俺の夢にやってきてくれたんだから」

 ミスティナには彼の理屈がよくわからない。
 ただ言いようのない薄気味悪さを感じた。

「……なんのこと?」

「俺たちはヴィートン公爵に虐げられていたけれど、一緒に耐えて支え合ってきたじゃないか。だからこれからは、ふたりでローレット王国を支配することができるはずだ!」

 リレットはまだミスティナの婚約者のつもりでいるらしい。
 しかも王国のことを考えているのではなく、権威ある立場になりたいという彼の欲望が、言葉の端々に滲んでいた。
 なによりミスティナには、リレットと支え合うどころか、おとしめられた記憶しかない。

「リレットの望んだ通り、私たちの婚約は破棄されているわ。それにあなたは私が浮気をしていると嘘をついてまで、クルーラの身代わりにしようとしたじゃない」

「ヴィートン公爵とクルーラの機嫌を損ねれば、君の命が危険にさらされていたんだ! だからあの嘘は最善の判断だった。俺たちは諦めるしかなかったんだ!」

(そうだったわ。彼は私を守るというよくわからない理屈で、私をクルーラと比較しておとしめ続けてきた……)

 しかしそれは、リレットの保身からの言い訳でしかなかった。

「俺はミスティナを救いに来たんだ! 危険で冷酷な皇太子なんて君にふさわしくない!」

「……ふさわしくない?」

「だってそうじゃないか。彼は皇太子という立場を利用して、君を密書で呼びつけた卑怯なやつだ! 恐ろしく残忍だと、世界中が恐れている男といて幸せになれるはずがない!」

 リレットの無知な決めつけに、ミスティナの気持ちは冷えびえとしていく。

「あなたにはわからないでしょうね」

 リレットに対して特別な感情を持ったことはない。
 望んで婚約したわけでもない。
 婚約していたときは彼と協力していきたいと思っていたが、今ではその気持ちすら消え失せている。

「レイは私に求婚してから、誠実に歩み寄ってくれたわ。だから私も彼が私にふさわしいかではなくて、私が彼にふさわしくありたいの」

 彼と過ごしたひとつひとつを思うと、温かな気持ちになる。

(私たちの婚約は、ふたりで選び取ったもの。一方的に婚約破棄をするなんて……私を大切にしてくれる彼の気持ちを踏みにじるようなこと、絶対にしないわ)

「なにより今の私の婚約者はリレットではありません。私が心から尊敬するレイナルト殿下よ」

 リレットはその事実を否定するように、顔を赤くして怒り出す。

「いいから早く来るんだ! あいつは噂通りのひどい男に決まっている! 君は俺に会えなかったつらさで、おかしくなっているだけだ!」

「つらかったのはむしろ、お父様を失ってから王国にいたあの日々よ!」

 なにより苦しかったのはアランが行方不明となり、フレデリカが悲しみに暮れていたころ。
 ミスティナは毎日のように膨大な仕事をリレットに押し付けられ、クルーラと比較されてはおとしめられた。
 そしてヴィートン公爵に媚を売るためだけに、密書で呼ばれたミスティナをクルーラの身代わりとして送ろうと言い出したのだ。

「あなたは今まで、ヴィートン公爵の権威にしがみつくことしか考えていなかった」

(だから私の大切な人たちを傷つけても、なにも感じなかった)

「さようなら。もうあなたに会うつもりはありません」

「待てミスティナ! 話を、」

「いいえ。私のことはもう諦めてください」

 背を向けたミスティナに、しかしリレットは詰め寄ろうとする。
 そのとき一陣の風が突き抜けた。
 ミスティナを守るように、リレットの前に黒髪の美丈夫が立ちはだかる。

「答えは出ただろう」

 ミスティナに届きかけた元婚約者の腕を、レイナルトはすでに捕らえていた。

「汚らわしい考えで俺の婚約者に触れるな。ティナは無粋なことを言わないが、おまえのしてきた卑屈な傲慢はアランから聞いている」

 レイナルトの眼差しと低く酷薄な声に、殺意とも憎悪ともつかぬ怒りが不吉に揺れていた。 

「俺を誰だか知っているだろう? 許されるとは思うなよ」

 容赦のない迫力に射抜かれ、リレットは冷や汗を吹き出し震え上がる。

「な、なにを……ひっ!!」

 リレットの顔中に、呪わしい魔術陣がシミのように浮かんだ。

「うわあああっ!!」

 おぞましい魔術の風が吹き荒れ、リレットは壁まで吹き飛ばされる。
 冷酷な皇太子は床にうずくまる弱者を見下ろしながら、抑揚のない声色で宣告した。

「おまえはもう、彼女だけは見ることができない。声も聞こえない。永遠にな」

「……なに?」

 リレットは顔をあげる。
 しかし彼の瞳に、そこにいるはずの人は映らなかった。
 こつ然と消えたミスティナの姿に、リレットはみるみるうちに青ざめて叫んだ。

「ミスティナ、どこだ!? 俺の話を聞いてくれ! 俺が王族になるためには、父のような破滅から助けられるのは、もう君しかいないんだ!!」

「ティナ、行くぞ」

 レイナルトは同行させていた衛兵に、その場を任せる。
 ミスティナは一度だけ、まだ虚しくわめいているリレットを振り返った。
 彼は衛兵に引きずられ、ヴィートン公爵夫人と同じく地下へと連行されていく。

「リレットにはもう、私の姿や声が見えないの?」

「ああ。もうティナはあいつにつきまとわれることもないから安心しろ。なにより俺が、あんなやつにティナの姿を見られたり声を聞かれたくない」

(たしかにあの様子は、他の人から見ても見苦しかったわよね)

 もう二度とリレットに絡まれることがなくなったと思うと、安堵が込み上げてくる。

「レイ、助けてくれてありがとう。それにごめんなさい、戻るのが遅くなってしまって」

「気にすることはない。ただティナが早く戻ると言っていたから、なにかあったのかと思って来たが……」

「聞きたくもない話だったでしょう」

「あいつの見苦しい言い訳と思い込みには辟易したが。……ティナはさっき、嬉しいことを言ってくれたな」

「あ、言ったわね! 『レイが意外とかわいいこと、わかってないわね!』って」

 きっぱりと告げると、ふたりの会話に間が空く。

「……言ったか?」

「あら。言わなかったかしら」

 ミスティナはわからなくなって首を傾げた
 その仕草も愛おしいというように、レイナルトは表情を緩める。

「ふたつほど言っておくが。かわいいのは俺ではなく君だ。それとこの先ああいうやつが来たとしても、俺はティナを放すつもりはない」

 レイナルトはそう宣言すると、彼女の手を取り微笑んだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...