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19 元婚約者の勘違い【another side】
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(俺が王女の夫に……? いずれ王権の頂点、王配になれるということか!?)
ミスティナとの政略結婚を持ちかけてきたヴィートン公爵夫妻は、下品で小者のように思えた。
しかし権力にこだわるリレットは舞い込んできた幸運にのぼせて婚約を受ける。
それから現実を知った。
(違う。ミスティナはもう、この国の王女なんかじゃない)
この国の王権はヴィートン公爵が握り、ミスティナは王女とは名ばかりの惨めな生活をしていた。
(没落貴族ともいえる俺との婚約は、ヴィートン公爵がミスティナにした嫌がらせだったんだ)
そう気づくと浮かれていた気持ちは一瞬で冷え、鬱屈とした腹立たしさが湧いた。
(いや、俺はこんなところで終わるつもりはない! どうせならこの立場をうまく利用して、もっと安定した権力を手に入れる男だ!)
ミスティナが嫌いなわけではなかった。
むしろひと目見たときから、彼女の前では必要以上に見栄を張ってしまう。
ミスティナは母と違って目を見て相槌を打ち、会えば楽しそうに笑ってくれた。
(だがミスティナの王女という肩書きは、あってないようなものだ)
リレットはミスティナの不遇な様子を見るたび、権力を捨てて自滅した父への軽蔑を思い出した。
その惨めな感情をぶつけるように、ミスティナに冷たい言葉を投げつける。
自分が権力を失ったミスティナの婚約者となったために、いずれ破滅するような気がして恐ろしかった。
そんな理不尽な葛藤から、リレットはクルーラと比較して彼女を貶めるようになる。
ミスティナは笑顔を見せなくなった。
リレットは余計におもしろくなくなり、意地になってミスティナとクルーラと比較し続ける。
そのうち、クルーラが本当にすばらしい人物に思えてきた。
それが当たり前となったころ、帝国の皇太子から密書が届く。
(これはチャンスだ。クルーラ様を本物の王女のように扱っている、あのバカな公爵たちの機嫌を取れるぞ!)
「密書での呼び出しには、私の婚約者であるミスティナを犠牲にしましょう。クルーラ王女の方がこの国には必要ですから」
ヴィートン公爵夫妻は、この言い方を気に入った。
そして「クルーラの専属近衛騎士としての称号と、王領の一部を下賜する。経営と執務に励め」と言われたときは、この選択が正しかったと納得する。
しかしミスティナの答えを聞いて、衝撃を受けた。
――では先ほどリレット様から申し入れられた婚約破棄、受けることにいたします。
リレットは自分が突き放していたときは気づかなかったが、彼女がすがってくると思い込んでいたらしい。
とっさにミスティナの彼女の親友、フレデリカを皇太子の元へ向かわせようと提案する。
ミスティナは冷めた眼差しで拒否し、それから一度もリレットを見ようとしなかった。
その夜から、リレットの夢にはミスティナが現れるようになる。
彼女ははじめて会ったころのように、リレットの目を見て相槌を打ち、笑いかけてくれた。
(ミスティナは俺のことが恋しくて、夢に現れてくるんだろう。なにより彼女の執務の的確さは特別だ。このままヴィートン公爵やクルーラなんかに付き合っていたら、この王国は終わってしまう。その前にミスティナを連れ戻して妻にすればすべてうまく行くのに……)
リレットは充血した目のまま歯噛みする。
(そうすれば豊かな王国とミスティナ、どちらも俺のものになるのに!)
そのとき執務室の扉の隙間から見覚えのある令嬢、フレデリカが通り過ぎていくのが見えた。
(待てよ。フレデリカなら執務に協力してくれるかもしれない)
彼女はミスティナを姉のように慕い、執務も積極的に手伝っていたはずだ。
「フレデリカ様!」
リレットは慌てて部屋を出て駆け寄る。
フレデリカは立ち止まりはしたが、リレットだと気づいてあからさまに顔をしかめた。
彼女はミスティナをおとしめるリレットを嫌っていたが、彼の提案でミスティナが追放されてからはいっそう冷たくなった。
「私、忙しいのだけど」
「ああ、知ってるよ。そういえば君は最近、ガラス産地の視察に熱心のようだね」
「知っているのなら、引き止めないでくださる?」
「大事な話なんだ。俺の執務を手伝ってほしい。よくやり方もわからないまま任されて、方針を決めるのも難しいし、量も多くてこなしきれない」
「自業自得でしょう。クルーラばかり褒め称えて、お姉……ミスティナ様の忠告には耳を貸さずに散々こきつかって、けなして、追放したくせに。彼女の仕事が大変で自分はできない? 呆れるわ」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろう」
「もう行くわね。私、あなたと話したくないの」
フレデリカが再び歩きはじめた。
リレットは執拗に追いかける。
(どうにかして手伝ってもらうために、うまく気を引かなければ……そうだ!)
「もしかしたら俺に、ミスティナからの便りが来るかもしれない。君も気になるだろう?」
「彼女の追放を提案したあなたに?」
フレデリカはまったく信じていないらしく、視線すら向けてこない。
「図々しい勘違いをするのね。届くのなら私よ」
「はは。姉妹で同じことを言うんだな。君もクルーラ様も、ミスティナからの便りが来ることを気にしているなんて」
それは何気ない一言だった。
しかしフレデリカの歩みはぴたりと止まる。
フレデリカはいぶかるように、リレットを睨んだ。
「……クルーラが? いったいどんな魂胆で、ミスティナ様からの便りを気にしているのかしら」
「え」
「あなた、さっきから話したがっていたでしょう? クルーラがなぜミスティナ様の頼りを気にしているのか、早く続きを言って」
意外なほど興味を示され、リレットは少し口ごもる。
しかし執務の協力を得たい一心で、クルーラが禁じられたのにミスティナの見送りをしたこと、そのときにミスティナに便りをもらう約束をしたと言っていたことを伝える。
フレデリカは厳しい表情のままひとりごとを呟く。
「自分の利益にしか興味のないクルーラが、お姉様の心配をして手紙を待っている? ……妙ね」
「フレデリカ様、なにか気になるのですか?」
「話は終わりよ。私は執務の協力として、また鉱石産地の視察に向かうわ」
「えっ!? いや、違う! 君の仕事の続きではなく、俺は事務作業を手伝ってほし……」
フレデリカはリレットの叫びにまったく反応しない。
思案にふけりながら足早に立ち去る彼女の後姿を見送り、リレットは途方に暮れた。
ミスティナとの政略結婚を持ちかけてきたヴィートン公爵夫妻は、下品で小者のように思えた。
しかし権力にこだわるリレットは舞い込んできた幸運にのぼせて婚約を受ける。
それから現実を知った。
(違う。ミスティナはもう、この国の王女なんかじゃない)
この国の王権はヴィートン公爵が握り、ミスティナは王女とは名ばかりの惨めな生活をしていた。
(没落貴族ともいえる俺との婚約は、ヴィートン公爵がミスティナにした嫌がらせだったんだ)
そう気づくと浮かれていた気持ちは一瞬で冷え、鬱屈とした腹立たしさが湧いた。
(いや、俺はこんなところで終わるつもりはない! どうせならこの立場をうまく利用して、もっと安定した権力を手に入れる男だ!)
ミスティナが嫌いなわけではなかった。
むしろひと目見たときから、彼女の前では必要以上に見栄を張ってしまう。
ミスティナは母と違って目を見て相槌を打ち、会えば楽しそうに笑ってくれた。
(だがミスティナの王女という肩書きは、あってないようなものだ)
リレットはミスティナの不遇な様子を見るたび、権力を捨てて自滅した父への軽蔑を思い出した。
その惨めな感情をぶつけるように、ミスティナに冷たい言葉を投げつける。
自分が権力を失ったミスティナの婚約者となったために、いずれ破滅するような気がして恐ろしかった。
そんな理不尽な葛藤から、リレットはクルーラと比較して彼女を貶めるようになる。
ミスティナは笑顔を見せなくなった。
リレットは余計におもしろくなくなり、意地になってミスティナとクルーラと比較し続ける。
そのうち、クルーラが本当にすばらしい人物に思えてきた。
それが当たり前となったころ、帝国の皇太子から密書が届く。
(これはチャンスだ。クルーラ様を本物の王女のように扱っている、あのバカな公爵たちの機嫌を取れるぞ!)
「密書での呼び出しには、私の婚約者であるミスティナを犠牲にしましょう。クルーラ王女の方がこの国には必要ですから」
ヴィートン公爵夫妻は、この言い方を気に入った。
そして「クルーラの専属近衛騎士としての称号と、王領の一部を下賜する。経営と執務に励め」と言われたときは、この選択が正しかったと納得する。
しかしミスティナの答えを聞いて、衝撃を受けた。
――では先ほどリレット様から申し入れられた婚約破棄、受けることにいたします。
リレットは自分が突き放していたときは気づかなかったが、彼女がすがってくると思い込んでいたらしい。
とっさにミスティナの彼女の親友、フレデリカを皇太子の元へ向かわせようと提案する。
ミスティナは冷めた眼差しで拒否し、それから一度もリレットを見ようとしなかった。
その夜から、リレットの夢にはミスティナが現れるようになる。
彼女ははじめて会ったころのように、リレットの目を見て相槌を打ち、笑いかけてくれた。
(ミスティナは俺のことが恋しくて、夢に現れてくるんだろう。なにより彼女の執務の的確さは特別だ。このままヴィートン公爵やクルーラなんかに付き合っていたら、この王国は終わってしまう。その前にミスティナを連れ戻して妻にすればすべてうまく行くのに……)
リレットは充血した目のまま歯噛みする。
(そうすれば豊かな王国とミスティナ、どちらも俺のものになるのに!)
そのとき執務室の扉の隙間から見覚えのある令嬢、フレデリカが通り過ぎていくのが見えた。
(待てよ。フレデリカなら執務に協力してくれるかもしれない)
彼女はミスティナを姉のように慕い、執務も積極的に手伝っていたはずだ。
「フレデリカ様!」
リレットは慌てて部屋を出て駆け寄る。
フレデリカは立ち止まりはしたが、リレットだと気づいてあからさまに顔をしかめた。
彼女はミスティナをおとしめるリレットを嫌っていたが、彼の提案でミスティナが追放されてからはいっそう冷たくなった。
「私、忙しいのだけど」
「ああ、知ってるよ。そういえば君は最近、ガラス産地の視察に熱心のようだね」
「知っているのなら、引き止めないでくださる?」
「大事な話なんだ。俺の執務を手伝ってほしい。よくやり方もわからないまま任されて、方針を決めるのも難しいし、量も多くてこなしきれない」
「自業自得でしょう。クルーラばかり褒め称えて、お姉……ミスティナ様の忠告には耳を貸さずに散々こきつかって、けなして、追放したくせに。彼女の仕事が大変で自分はできない? 呆れるわ」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろう」
「もう行くわね。私、あなたと話したくないの」
フレデリカが再び歩きはじめた。
リレットは執拗に追いかける。
(どうにかして手伝ってもらうために、うまく気を引かなければ……そうだ!)
「もしかしたら俺に、ミスティナからの便りが来るかもしれない。君も気になるだろう?」
「彼女の追放を提案したあなたに?」
フレデリカはまったく信じていないらしく、視線すら向けてこない。
「図々しい勘違いをするのね。届くのなら私よ」
「はは。姉妹で同じことを言うんだな。君もクルーラ様も、ミスティナからの便りが来ることを気にしているなんて」
それは何気ない一言だった。
しかしフレデリカの歩みはぴたりと止まる。
フレデリカはいぶかるように、リレットを睨んだ。
「……クルーラが? いったいどんな魂胆で、ミスティナ様からの便りを気にしているのかしら」
「え」
「あなた、さっきから話したがっていたでしょう? クルーラがなぜミスティナ様の頼りを気にしているのか、早く続きを言って」
意外なほど興味を示され、リレットは少し口ごもる。
しかし執務の協力を得たい一心で、クルーラが禁じられたのにミスティナの見送りをしたこと、そのときにミスティナに便りをもらう約束をしたと言っていたことを伝える。
フレデリカは厳しい表情のままひとりごとを呟く。
「自分の利益にしか興味のないクルーラが、お姉様の心配をして手紙を待っている? ……妙ね」
「フレデリカ様、なにか気になるのですか?」
「話は終わりよ。私は執務の協力として、また鉱石産地の視察に向かうわ」
「えっ!? いや、違う! 君の仕事の続きではなく、俺は事務作業を手伝ってほし……」
フレデリカはリレットの叫びにまったく反応しない。
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