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7 目的はただひとつ
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「よく来たな。ミスティナ・ローレット」
流入したばかりの前世の記憶に混乱しながらも、ミスティナは必死に思案した。
(……私の名前を知っている? もしかして彼は)
「俺はレイナルト・グレネイスだ」
ミスティナはようやく事情を理解しはじめる。
(彼が……密書を送った皇太子ね)
ミスティナは自分の変調を悟られないように集中して、優雅な淑女の礼をする。
「……お初にお目にかかります。ご存知の通り、私はお招きいただきましたローレット王国の王女、ミスティナでございます。レイナルト皇太子殿下、お会いできて光栄です」
「先に言っておく。無断でこの城から逃げようなどとは考えない方がいい」
(挨拶のように監禁を宣告されたわ)
相手は目的のためなら手段を選ばない冷徹な皇太子だ。
その胸の内を探るため、彼の気配に神経を研ぎすませる。
(……敵対国の王女を前にして、会った瞬間殺すつもりではないようね。値踏みされているのかしら)
レイナルトの視線を痛いほどに感じる。
「君は俺が密書を受け取った者の証として贈った花は持ってきていないようだ。受けとってくれたのか?」
「は、はい。あれは」
密書を受けた本人の証として持ってきたパンセリラの花は、先ほど惚れ薬の材料にしてしまった。
(……危険な惚れ薬を作れることは、誰にも言うわけにいかないわ)
ミスティナ緊張と睡魔と記憶の混乱の中、黙ったままでいる。
レイナルトは失くしたのだと思ったらしい。
「気に入らなかったようだな」
「い、いいえ! そうではありません」
「心配はいらない。証がなくても、君が俺の探していた人であることは間違いない」
彼はミスティナの透明感のある紫の瞳を、じっと見つめた。
その色はミスティナが国王の直系である子孫の証拠、王位継承者の持つ色彩でもある。
「もし別人が来ていたら処分するつもりだったが、その手間も省けたようだ」
彼が冷酷と呼ばれる理由を次々と体験していく。
(でも私はまだ生きている。つまり皇太子の目的は、やって来た私を真っ先に殺すことではない)
レイナルトはどこか楽しそうに、長年封じられたままだった書庫を見回していた。
「しかしこの古城の一室に、こんな隠し書庫があったのか。よく見つけたな」
前世の記憶でもともと知っていたのだが、表情には出さないようにすまして答える。
「勝手に部屋の奥へ立ち入り、申し訳ありませんでした」
「いや。興味深い。この書庫も、君も」
レイナルトは引き寄せられるように、ミスティナへと近づきはじめた。
彼の迫ってくる威圧感に、ミスティナは自然と後ずさる。
(私はアランを探すのよ。フレデリカが待っているもの。ここでヘマをして殺されるわけにいかないわ!)
迫りくる男を前に、ミスティナは挑むように見つめた。
「どうした、かわいい顔をして。なにか言いたそうだな」
(かわいそうな顔?)
状況が状況だけに、ミスティナはかわいいとかわいそうを聞き間違える。
これからいたぶられる予感に震えかけるが、必死に平静を装った。
「偉大なグレネイス帝国の皇太子殿下が、国交が閉ざされている国の王女である私をお招きくださったのは……なぜですか」
「その理由を聞く心積もりはあるようだな。話が早い」
彼が近づくたびに威圧感が迫りくる。
ミスティナはますます後ずさった。
石壁に突き当たった背筋がひやりとしたが、レイナルトはためらいもなく歩み寄った。
壁に片手をつき、ミスティナの逃げ場を封じる。
「俺の目的はただひとつ」
レイナルトは一歩下がり、ミスティナに向かって跪いた。
燃えさかる炎のような眼差しは、隠しきれない熱を帯びている。
「ミスティナ、約束する。君を必ず守る」
「は、はい……ん?」
「君しか愛することはない。どうか俺の妻になってほしい」
流入したばかりの前世の記憶に混乱しながらも、ミスティナは必死に思案した。
(……私の名前を知っている? もしかして彼は)
「俺はレイナルト・グレネイスだ」
ミスティナはようやく事情を理解しはじめる。
(彼が……密書を送った皇太子ね)
ミスティナは自分の変調を悟られないように集中して、優雅な淑女の礼をする。
「……お初にお目にかかります。ご存知の通り、私はお招きいただきましたローレット王国の王女、ミスティナでございます。レイナルト皇太子殿下、お会いできて光栄です」
「先に言っておく。無断でこの城から逃げようなどとは考えない方がいい」
(挨拶のように監禁を宣告されたわ)
相手は目的のためなら手段を選ばない冷徹な皇太子だ。
その胸の内を探るため、彼の気配に神経を研ぎすませる。
(……敵対国の王女を前にして、会った瞬間殺すつもりではないようね。値踏みされているのかしら)
レイナルトの視線を痛いほどに感じる。
「君は俺が密書を受け取った者の証として贈った花は持ってきていないようだ。受けとってくれたのか?」
「は、はい。あれは」
密書を受けた本人の証として持ってきたパンセリラの花は、先ほど惚れ薬の材料にしてしまった。
(……危険な惚れ薬を作れることは、誰にも言うわけにいかないわ)
ミスティナ緊張と睡魔と記憶の混乱の中、黙ったままでいる。
レイナルトは失くしたのだと思ったらしい。
「気に入らなかったようだな」
「い、いいえ! そうではありません」
「心配はいらない。証がなくても、君が俺の探していた人であることは間違いない」
彼はミスティナの透明感のある紫の瞳を、じっと見つめた。
その色はミスティナが国王の直系である子孫の証拠、王位継承者の持つ色彩でもある。
「もし別人が来ていたら処分するつもりだったが、その手間も省けたようだ」
彼が冷酷と呼ばれる理由を次々と体験していく。
(でも私はまだ生きている。つまり皇太子の目的は、やって来た私を真っ先に殺すことではない)
レイナルトはどこか楽しそうに、長年封じられたままだった書庫を見回していた。
「しかしこの古城の一室に、こんな隠し書庫があったのか。よく見つけたな」
前世の記憶でもともと知っていたのだが、表情には出さないようにすまして答える。
「勝手に部屋の奥へ立ち入り、申し訳ありませんでした」
「いや。興味深い。この書庫も、君も」
レイナルトは引き寄せられるように、ミスティナへと近づきはじめた。
彼の迫ってくる威圧感に、ミスティナは自然と後ずさる。
(私はアランを探すのよ。フレデリカが待っているもの。ここでヘマをして殺されるわけにいかないわ!)
迫りくる男を前に、ミスティナは挑むように見つめた。
「どうした、かわいい顔をして。なにか言いたそうだな」
(かわいそうな顔?)
状況が状況だけに、ミスティナはかわいいとかわいそうを聞き間違える。
これからいたぶられる予感に震えかけるが、必死に平静を装った。
「偉大なグレネイス帝国の皇太子殿下が、国交が閉ざされている国の王女である私をお招きくださったのは……なぜですか」
「その理由を聞く心積もりはあるようだな。話が早い」
彼が近づくたびに威圧感が迫りくる。
ミスティナはますます後ずさった。
石壁に突き当たった背筋がひやりとしたが、レイナルトはためらいもなく歩み寄った。
壁に片手をつき、ミスティナの逃げ場を封じる。
「俺の目的はただひとつ」
レイナルトは一歩下がり、ミスティナに向かって跪いた。
燃えさかる炎のような眼差しは、隠しきれない熱を帯びている。
「ミスティナ、約束する。君を必ず守る」
「は、はい……ん?」
「君しか愛することはない。どうか俺の妻になってほしい」
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