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2 プロローグ 婚約破棄と追放はチャンス
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「俺の婚約破棄を受け入れる? ミスティナ、俺はそんなことを」
「言いました。『婚約破棄に値する有責だ』って。ですからありがたく……いえ、粛々と受け入れます」
「い、いきなりそんな話をするなんて、どういうつもりだ!」
突然声を荒らげた婚約者に、ミスティナはおかしくなる。
(まさか私を敵国に追放するように仕向けながら、『王女の婚約者』という立場を手放すつもりはなかったのかしら。それとも私が口答えをしてショックなのかしら)
彼の胸の内はわからない。
しかしミスティナの心は決まっていた。
「密書には私の帰国予定が書かれていません。そして護衛も侍女もつけず『身ひとつで』向かわせるように、とありました。これは婚約者などの繋がりを断つようにと、暗に示しているのではありませんか?」
「だ、だが……。君が俺と離れたくないことはわかっている」
「あなたは『諦めよう』と言いましたよね」
「あ、諦めるのはフレデリカのことだ! 俺はもともとフレデリカを送ればいいと提案するつもりだった」
「それは最低です。私が行きます。なにより今の王国に、本当の王位継承権がある者は私だけです」
ミスティナは婚約者を見限るように視界から外す。
そして玉座でふんぞり返るヴィートン公爵に向き合った。
「無事に戻ってくる保証のない私に、婚約者は不要です」
「がっはっは! 自分のみじめな立場を理解しているようだな!」
ヴィートン公爵は下品な笑い声を玉座の間に響かせた。
「おまえが帰ってこなければ、ワシも都合がいい!」
ミスティナには彼の考えが手に取るようにわかる。
(ヴィートン公爵は私を『美形の皇太子を追いかけて帝国に行き、そのまま行方不明になったまぬけな王女』として亡き者にしたいのね)
そうなればこの王国の直系王族はいなくなる。
今は周辺国に配慮して「ミスティナ王女の後見人で国王代理」という立場を見せているが、ミスティナがいなくなれば堂々と国王を名乗る気なのだろう。
「実に愉快だ! リレット・バッカスター侯爵の申し入れにより、彼とミスティナの婚約破棄をワシが受理する!」
「っ、そ、そんな……」
元婚約者はショックを受けたように、呆然としている。
ヴィートン公爵は無神経に大笑いすると、ミスティナの足元に一輪の花を投げつけた。
「密書を受けた本人証明として、これを持っていけ!」
(……この花は!?)
ミスティナはおそるおそる、足元に落ちた薄紅色の花を拾い上げて『視』る。
彼女には王族直系に伝わる、不思議な鑑定眼を持っていた。
悪用されないように公には隠しているが、意識して『視』たものの状態や効果を知覚できる。
触れればさらに精度は上がった。
(間違いない。これは私が探していた花。……だけどなぜ皇太子が密書とともに送ってきたの?)
ミスティナはかすかな動揺を胸に押し込め、堂々と一礼した。
「帝国の皇太子殿下から密書でのお呼び出し、私がお受けいたします。では私がこなしていた執務の引き継ぎを、急いでリレット様に致します」
「えっ」
元婚約者は言いよどんだ。
彼はミスティナが押し付けていた仕事をどうするのか、頭になかったらしい。
ミスティナもさすがに呆れていると、仕事の苦労を知らない公爵はあっさりと言い捨てる。
「そんなものはリレットがやるだろう。おまえはさっさと密書で指定された場所へ行け」
「えっ? ちょっ、待っ……」
「では出立の準備にかかります」
ミスティナは口ごもる元婚約者を見ることもなく、玉座に背を向ける。
その潔い振る舞いを見て、ヴィートン公爵は面白くなさそうに立ち上がった。
「なんだその平然とした態度は! 人嫌いで残酷な、冷酷非道な皇太子に呼ばれたんだぞ? 恐れくらい見せたらどうだ」
「失礼いたします」
「かわいげがない! おまえに色仕掛けなどできるとは思えないが、ハニートラップでもすることだな!」
ミスティナは言葉に詰まる。
「どういうことですか?」
「相手は敵国の皇太子……そいつの弱みでも握ることができれば、我が国の利益になりそうだ。それまではミスティナ、おまえがこの王国に帰ってくることを許すつもりはない。行け!」
ヴィートン公爵は王女に追放宣言をすると、隣に座る夫人と楽しそうに顔を見合わせる。
「まぁ着いた瞬間に殺されれば、色仕掛けのしようもないだろうがな」
「ふふ、密書と一緒に、妙な花を贈ってきたのよ。もしかすると十三番目くらいの妾なら、考えてもらえるかもしれないわ」
玉座にはヴィートン公爵夫妻の嘲笑が響き渡った。
「私を帝国に追放したこと、後悔しますよ?」
その声は自惚れた彼らには届かない。
ミスティナは振り返ることもなく去った。
(これはようやく掴んだチャンスだわ)
ミスティナは今まで手に入れることを諦めていた、一輪の花に視線を落とす。
(だけど皇太子はどうやって、この絶滅種の花を手に入れたのかしら)
花の甘くよい香りが鼻孔をくすぐる。
なにか思い出せそうな気がした。
(彼と話をする必要がありそうね)
「言いました。『婚約破棄に値する有責だ』って。ですからありがたく……いえ、粛々と受け入れます」
「い、いきなりそんな話をするなんて、どういうつもりだ!」
突然声を荒らげた婚約者に、ミスティナはおかしくなる。
(まさか私を敵国に追放するように仕向けながら、『王女の婚約者』という立場を手放すつもりはなかったのかしら。それとも私が口答えをしてショックなのかしら)
彼の胸の内はわからない。
しかしミスティナの心は決まっていた。
「密書には私の帰国予定が書かれていません。そして護衛も侍女もつけず『身ひとつで』向かわせるように、とありました。これは婚約者などの繋がりを断つようにと、暗に示しているのではありませんか?」
「だ、だが……。君が俺と離れたくないことはわかっている」
「あなたは『諦めよう』と言いましたよね」
「あ、諦めるのはフレデリカのことだ! 俺はもともとフレデリカを送ればいいと提案するつもりだった」
「それは最低です。私が行きます。なにより今の王国に、本当の王位継承権がある者は私だけです」
ミスティナは婚約者を見限るように視界から外す。
そして玉座でふんぞり返るヴィートン公爵に向き合った。
「無事に戻ってくる保証のない私に、婚約者は不要です」
「がっはっは! 自分のみじめな立場を理解しているようだな!」
ヴィートン公爵は下品な笑い声を玉座の間に響かせた。
「おまえが帰ってこなければ、ワシも都合がいい!」
ミスティナには彼の考えが手に取るようにわかる。
(ヴィートン公爵は私を『美形の皇太子を追いかけて帝国に行き、そのまま行方不明になったまぬけな王女』として亡き者にしたいのね)
そうなればこの王国の直系王族はいなくなる。
今は周辺国に配慮して「ミスティナ王女の後見人で国王代理」という立場を見せているが、ミスティナがいなくなれば堂々と国王を名乗る気なのだろう。
「実に愉快だ! リレット・バッカスター侯爵の申し入れにより、彼とミスティナの婚約破棄をワシが受理する!」
「っ、そ、そんな……」
元婚約者はショックを受けたように、呆然としている。
ヴィートン公爵は無神経に大笑いすると、ミスティナの足元に一輪の花を投げつけた。
「密書を受けた本人証明として、これを持っていけ!」
(……この花は!?)
ミスティナはおそるおそる、足元に落ちた薄紅色の花を拾い上げて『視』る。
彼女には王族直系に伝わる、不思議な鑑定眼を持っていた。
悪用されないように公には隠しているが、意識して『視』たものの状態や効果を知覚できる。
触れればさらに精度は上がった。
(間違いない。これは私が探していた花。……だけどなぜ皇太子が密書とともに送ってきたの?)
ミスティナはかすかな動揺を胸に押し込め、堂々と一礼した。
「帝国の皇太子殿下から密書でのお呼び出し、私がお受けいたします。では私がこなしていた執務の引き継ぎを、急いでリレット様に致します」
「えっ」
元婚約者は言いよどんだ。
彼はミスティナが押し付けていた仕事をどうするのか、頭になかったらしい。
ミスティナもさすがに呆れていると、仕事の苦労を知らない公爵はあっさりと言い捨てる。
「そんなものはリレットがやるだろう。おまえはさっさと密書で指定された場所へ行け」
「えっ? ちょっ、待っ……」
「では出立の準備にかかります」
ミスティナは口ごもる元婚約者を見ることもなく、玉座に背を向ける。
その潔い振る舞いを見て、ヴィートン公爵は面白くなさそうに立ち上がった。
「なんだその平然とした態度は! 人嫌いで残酷な、冷酷非道な皇太子に呼ばれたんだぞ? 恐れくらい見せたらどうだ」
「失礼いたします」
「かわいげがない! おまえに色仕掛けなどできるとは思えないが、ハニートラップでもすることだな!」
ミスティナは言葉に詰まる。
「どういうことですか?」
「相手は敵国の皇太子……そいつの弱みでも握ることができれば、我が国の利益になりそうだ。それまではミスティナ、おまえがこの王国に帰ってくることを許すつもりはない。行け!」
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「私を帝国に追放したこと、後悔しますよ?」
その声は自惚れた彼らには届かない。
ミスティナは振り返ることもなく去った。
(これはようやく掴んだチャンスだわ)
ミスティナは今まで手に入れることを諦めていた、一輪の花に視線を落とす。
(だけど皇太子はどうやって、この絶滅種の花を手に入れたのかしら)
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