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55・ただいま
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「あーっ!!!」
しかし残念ながら、イリーネはその愛らしい顔を怒りで歪めてエールに食ってかかった。
「エール! 今、浄蜜虫が! 久々に良さそうな浄蜜虫がいたんだよ! あんたが来たから驚いて逃げてったじゃない!」
エールはお構いなしで地面に座り込んだイリーネに体を摺り寄せている。
「……イリーネ?」
「わっ、レルトラス! いた!?」
「いるよ。一体今までどうしてたんだい」
「えっ……あのボロい神殿の底から出た辺りまでは、なんとかエールに捕まってたっぽいけど、ものすごく疲れてたから途中で落ちたみたいで」
「無事だったんだね」
「うん。久々にひどい目に遭ったけど、慣れてるから。寝たら元気になったよ」
へらへらしたイリーネに対し、レルトラスは不機嫌になった。
「いったい何日寝ていたんだ」
「えっと……気づいたら月日が経っていたのは、ちょっとした物を捜していて」
「ちょっとした物? いらないだろう」
「いっ、いるよ!」
「いらない」
「なっ、何よ、勝手に決めつけないで! いる! 絶対いる!」
「俺はいらない」
「だから私がいるんだって!」
言い張って譲らないイリーネに、レルトラスは横暴な態度で眉間のしわを深める。
「そんなくだらないことをする暇があるのなら、早く帰ってくればいい」
「あんたは! ほんとに! いつも自分の都合でしか物事を考えない!」
「そうだね。わかっているのなら、従えばいいだろう」
「また始まった。横暴恫喝自己中!」
ぶつぶつ文句を垂れるイリーネに、レルトラスは歩み寄る。
エールが場所を譲るように座り込んでいるイリーネから離れると、レルトラスはそこに屈んだ。
「それで、見つかったのかい。探し物なら、俺の方が得意だよ」
「見くびらないで。ちゃんと自分で見つけた。……ほら」
イリーネは拗ねたように横目でちらりと見て、左手を上げる。
薬指にはすでに外せない魔術の解けている指輪が、いつものようにはめられていた。
「わ、私はこれ、結構気に入っていて。今まで見つけたどんな物よりも、一番……」
しどろもどろで言い訳するイリーネの頬が、見るみるうちに赤くなっていく。
「……イリーネ」
「あっ! もちろん深い意味はないというか! でも本当はちょっとあるんだけど……」
「イリーネ」
「だっ、ダメだ! やっぱ今のなし! それを公言するつもりはないので触れないで欲しいというか、その……あのですね!」
「イリーネ」
「はい!」
「うるさいよ」
「な、んっ……!」
レルトラスの顔が触れるほどに近づいていると気づいた時は、すでに口づけが落ちていた。
イリーネは驚いて声を上げかけたが、そのまま言葉さえも奪うように口を塞がれて、ろくに息もできなくなる。
起こっていることに理解が追い付かないままもがこうとすると、両手さえもまとめて大きなてのひらに囚われ、温かく柔らかいレルトラスの感触が、無防備な唇を食み、吸い、誘うようになぞり、執拗に弄んできた。
意識が蜜のようにとろけていく中、もう息が持たないというすれすれで、イリーネは甘やかな蹂躙から解放される。
「っ、ぁ……」
息切れたまま言葉を失ったイリーネに、ぞくりするほど妖艶な微笑が待ち構えていた。
(どういうこと? どうして? だって……)
感情が追い付かず、大きな瞳から涙が溢れた。
「嫌だ……」
「嫌なのか」
「嫌だよ! こんなの、酷い……」
途切れる言葉が、ずっと抱えてきた思いと嗚咽に交ざる。
「私、嫌だよ。このままレルトラスのサヒーマでいるの、耐えられない」
「君はずっとそんな心配をしているけれど、俺が世話しているのはサヒーマじゃない。イリーネだよ」
「だから、そういうの……」
「サヒーマはいらない。エールもさっき放した。俺はイリーネだけでいい」
「無理。もう嘘つけない」
イリーネはレルトラスの胸に額を押し付けた。
「好き」
言葉を受け、レルトラスは平然とした様子でイリーネの頭を撫でる。
「知っているよ」
「はっ?」
「見ればわかるだろう」
「う、嘘……」
イリーネはますます顔が熱くなってくると、それを鎮火しようとするような必死さで、額をレルトラスの胸に押し続けた。
「ようやく、自分からここに来てくれたね」
レルトラスは傷つけるのを恐れるようにそっと、胸元に飛び込んできたイリーネを抱きすくめる。
「だけどイリーネは弱いから。もし生きていたとしても、指輪が取れたら帰ってこないと思っていたよ」
はじめて聞くレルトラスの心細そうな声と共に、抱きしめてくる力が強まった。
(レルトラスは……弱虫な私のこと、ずっと待ってくれてたんだ)
イリーネはようやくレルトラスの思いを知ったような気がして、そのまま彼の腕の中で身を委ねる。
「私、レルトラスがそばにいてくれたから。だからもう逃げたくないって思ったんだよ。会えない母さんのことを追い回さなくても大丈夫」
「そうか。自分で帰って来たんだね。おかえり」
少し離れたところで見守っていたエールも、レルトラスに続いてのびのびと鳴いた。
(私の帰って来る場所、あるんだ)
イリーネは細い両腕を伸ばすと、レルトラスを思い切り包み込む。
「ただいま」
────────────────────────────
なんとか、ここにたどり着くことが出来ました。
拙い作品ですので読みにくい場面も多々あったと思います。それでも読んで下さったことに、本当に感謝です。
そして色々すみません。謎の気持ち悪いシーン挿入したり(それでも結構マイルドに直しました)恋愛も二人がぽんこつ過ぎるし(人選に問題がありました)。
他にも死んじゃったり。燃やしたり、嘘ついたり、他にもたくさん。みんな身勝手で……。
そんなとんでもない素材で構成された作品でしたが、お付き合い下さって本当にありがとうございました!
「あーっ!!!」
しかし残念ながら、イリーネはその愛らしい顔を怒りで歪めてエールに食ってかかった。
「エール! 今、浄蜜虫が! 久々に良さそうな浄蜜虫がいたんだよ! あんたが来たから驚いて逃げてったじゃない!」
エールはお構いなしで地面に座り込んだイリーネに体を摺り寄せている。
「……イリーネ?」
「わっ、レルトラス! いた!?」
「いるよ。一体今までどうしてたんだい」
「えっ……あのボロい神殿の底から出た辺りまでは、なんとかエールに捕まってたっぽいけど、ものすごく疲れてたから途中で落ちたみたいで」
「無事だったんだね」
「うん。久々にひどい目に遭ったけど、慣れてるから。寝たら元気になったよ」
へらへらしたイリーネに対し、レルトラスは不機嫌になった。
「いったい何日寝ていたんだ」
「えっと……気づいたら月日が経っていたのは、ちょっとした物を捜していて」
「ちょっとした物? いらないだろう」
「いっ、いるよ!」
「いらない」
「なっ、何よ、勝手に決めつけないで! いる! 絶対いる!」
「俺はいらない」
「だから私がいるんだって!」
言い張って譲らないイリーネに、レルトラスは横暴な態度で眉間のしわを深める。
「そんなくだらないことをする暇があるのなら、早く帰ってくればいい」
「あんたは! ほんとに! いつも自分の都合でしか物事を考えない!」
「そうだね。わかっているのなら、従えばいいだろう」
「また始まった。横暴恫喝自己中!」
ぶつぶつ文句を垂れるイリーネに、レルトラスは歩み寄る。
エールが場所を譲るように座り込んでいるイリーネから離れると、レルトラスはそこに屈んだ。
「それで、見つかったのかい。探し物なら、俺の方が得意だよ」
「見くびらないで。ちゃんと自分で見つけた。……ほら」
イリーネは拗ねたように横目でちらりと見て、左手を上げる。
薬指にはすでに外せない魔術の解けている指輪が、いつものようにはめられていた。
「わ、私はこれ、結構気に入っていて。今まで見つけたどんな物よりも、一番……」
しどろもどろで言い訳するイリーネの頬が、見るみるうちに赤くなっていく。
「……イリーネ」
「あっ! もちろん深い意味はないというか! でも本当はちょっとあるんだけど……」
「イリーネ」
「だっ、ダメだ! やっぱ今のなし! それを公言するつもりはないので触れないで欲しいというか、その……あのですね!」
「イリーネ」
「はい!」
「うるさいよ」
「な、んっ……!」
レルトラスの顔が触れるほどに近づいていると気づいた時は、すでに口づけが落ちていた。
イリーネは驚いて声を上げかけたが、そのまま言葉さえも奪うように口を塞がれて、ろくに息もできなくなる。
起こっていることに理解が追い付かないままもがこうとすると、両手さえもまとめて大きなてのひらに囚われ、温かく柔らかいレルトラスの感触が、無防備な唇を食み、吸い、誘うようになぞり、執拗に弄んできた。
意識が蜜のようにとろけていく中、もう息が持たないというすれすれで、イリーネは甘やかな蹂躙から解放される。
「っ、ぁ……」
息切れたまま言葉を失ったイリーネに、ぞくりするほど妖艶な微笑が待ち構えていた。
(どういうこと? どうして? だって……)
感情が追い付かず、大きな瞳から涙が溢れた。
「嫌だ……」
「嫌なのか」
「嫌だよ! こんなの、酷い……」
途切れる言葉が、ずっと抱えてきた思いと嗚咽に交ざる。
「私、嫌だよ。このままレルトラスのサヒーマでいるの、耐えられない」
「君はずっとそんな心配をしているけれど、俺が世話しているのはサヒーマじゃない。イリーネだよ」
「だから、そういうの……」
「サヒーマはいらない。エールもさっき放した。俺はイリーネだけでいい」
「無理。もう嘘つけない」
イリーネはレルトラスの胸に額を押し付けた。
「好き」
言葉を受け、レルトラスは平然とした様子でイリーネの頭を撫でる。
「知っているよ」
「はっ?」
「見ればわかるだろう」
「う、嘘……」
イリーネはますます顔が熱くなってくると、それを鎮火しようとするような必死さで、額をレルトラスの胸に押し続けた。
「ようやく、自分からここに来てくれたね」
レルトラスは傷つけるのを恐れるようにそっと、胸元に飛び込んできたイリーネを抱きすくめる。
「だけどイリーネは弱いから。もし生きていたとしても、指輪が取れたら帰ってこないと思っていたよ」
はじめて聞くレルトラスの心細そうな声と共に、抱きしめてくる力が強まった。
(レルトラスは……弱虫な私のこと、ずっと待ってくれてたんだ)
イリーネはようやくレルトラスの思いを知ったような気がして、そのまま彼の腕の中で身を委ねる。
「私、レルトラスがそばにいてくれたから。だからもう逃げたくないって思ったんだよ。会えない母さんのことを追い回さなくても大丈夫」
「そうか。自分で帰って来たんだね。おかえり」
少し離れたところで見守っていたエールも、レルトラスに続いてのびのびと鳴いた。
(私の帰って来る場所、あるんだ)
イリーネは細い両腕を伸ばすと、レルトラスを思い切り包み込む。
「ただいま」
────────────────────────────
なんとか、ここにたどり着くことが出来ました。
拙い作品ですので読みにくい場面も多々あったと思います。それでも読んで下さったことに、本当に感謝です。
そして色々すみません。謎の気持ち悪いシーン挿入したり(それでも結構マイルドに直しました)恋愛も二人がぽんこつ過ぎるし(人選に問題がありました)。
他にも死んじゃったり。燃やしたり、嘘ついたり、他にもたくさん。みんな身勝手で……。
そんなとんでもない素材で構成された作品でしたが、お付き合い下さって本当にありがとうございました!
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