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52・地の底から
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「もしこの穴に誰かを突き落として母さんが戻ってきたら、私は義賊でいられなくなる」
「イリーネ……」
「母さんが教えてくれたから。奪うんじゃなくて、必要な相手に分け与えるお手伝いをするんだって。まだ全然、分け与えるどころか、もらってばっかりだけど。いつかなりたいんだ。それにね」
イリーネは横たわっているレルトラスの赤い髪を撫でた。
「今の私は、こんな風にレルトラスを失うなんてできない」
ユヴィの瞳が光を失う。
ァァアアアァ……
巨大な穴の底から身の毛のよだつ高音が轟くと、ユヴィは寂しそうに笑った。
「母さんがイリーネに会えて喜んでる。イリーネが悪魔と仲良く迎えに行ってくれたら、母さんは帰って来てくれるかな」
「ユヴィ……」
「母さんを連れてきてよ、イリーネ」
ユヴィはイリーネに手を伸ばす。
肌に触れる直前で、幾何学模様が円のように浮かび上がると、接触を阻んで弾いた。
レルトラスの禍々しさが、神聖な空間を制圧する。
「害虫がイリーネに触るな」
衰弱が偽りと思えるほどの邪悪さに、ユヴィは一瞬で捕縛された。
「……嘘だろ。この清浄な空間で悪魔が魔術を使えるなんて」
ギァァアアア……
穴の底で、飢えを満たそうと供物を渇望する声が醜く反響する。
ァァァアアアアアア!
地の底から迫るそのおぞましい気配に動けないイリーネを、レルトラスが振り払った。
吹っ飛ばされたイリーネの目の前で、巨大な手の形をした漆黒が穴の底から突き上がり、レルトラスとユヴィを軽々とわしづかみにして引きずり込む。
「レルトラス! ユヴィ!」
混乱のまま悲鳴を上げるイリーネの側で、エールが訴えるように鳴き始めた。
それに気づいてイリーネがわずかに冷静さを取り戻すと、エールは穴へと一歩足を向けて鳴く。
(まさか……)
エールの助けに行く意思を感じ取ったが、イリーネは首を横に振った。
「行ったらダメなんだよ、エール。その下には、連れていけない。待っていて、私が……」
イリーネが震える足で歩き始めると、エールが堂々とした様子で立ちはだかり、長い尾を高らかに上げて鳴く。
(エール……もしかして気づいてる? 私がひとりで行っても戻って来れる可能性、ほとんどないこと)
見上げてくる気高い聖獣の態度に胸を打たれ、イリーネは自分よりずっと頼もしいエールを抱きしめた。
「私のこと、助けてくれようとしてるんだね」
エールは返事として恐れも見せずに気丈に鳴き、ひとりで向かうつもりだったイリーネは別の覚悟を決める。
(エールがいてくれるなら……できるよ)
「ありがとう。私たちの大切な人、迎えに行こう」
イリーネは片手に抱いたエールと共に、黒く塗りつぶされた果ての見えない地の底へ飛び込んだ。
「イリーネ……」
「母さんが教えてくれたから。奪うんじゃなくて、必要な相手に分け与えるお手伝いをするんだって。まだ全然、分け与えるどころか、もらってばっかりだけど。いつかなりたいんだ。それにね」
イリーネは横たわっているレルトラスの赤い髪を撫でた。
「今の私は、こんな風にレルトラスを失うなんてできない」
ユヴィの瞳が光を失う。
ァァアアアァ……
巨大な穴の底から身の毛のよだつ高音が轟くと、ユヴィは寂しそうに笑った。
「母さんがイリーネに会えて喜んでる。イリーネが悪魔と仲良く迎えに行ってくれたら、母さんは帰って来てくれるかな」
「ユヴィ……」
「母さんを連れてきてよ、イリーネ」
ユヴィはイリーネに手を伸ばす。
肌に触れる直前で、幾何学模様が円のように浮かび上がると、接触を阻んで弾いた。
レルトラスの禍々しさが、神聖な空間を制圧する。
「害虫がイリーネに触るな」
衰弱が偽りと思えるほどの邪悪さに、ユヴィは一瞬で捕縛された。
「……嘘だろ。この清浄な空間で悪魔が魔術を使えるなんて」
ギァァアアア……
穴の底で、飢えを満たそうと供物を渇望する声が醜く反響する。
ァァァアアアアアア!
地の底から迫るそのおぞましい気配に動けないイリーネを、レルトラスが振り払った。
吹っ飛ばされたイリーネの目の前で、巨大な手の形をした漆黒が穴の底から突き上がり、レルトラスとユヴィを軽々とわしづかみにして引きずり込む。
「レルトラス! ユヴィ!」
混乱のまま悲鳴を上げるイリーネの側で、エールが訴えるように鳴き始めた。
それに気づいてイリーネがわずかに冷静さを取り戻すと、エールは穴へと一歩足を向けて鳴く。
(まさか……)
エールの助けに行く意思を感じ取ったが、イリーネは首を横に振った。
「行ったらダメなんだよ、エール。その下には、連れていけない。待っていて、私が……」
イリーネが震える足で歩き始めると、エールが堂々とした様子で立ちはだかり、長い尾を高らかに上げて鳴く。
(エール……もしかして気づいてる? 私がひとりで行っても戻って来れる可能性、ほとんどないこと)
見上げてくる気高い聖獣の態度に胸を打たれ、イリーネは自分よりずっと頼もしいエールを抱きしめた。
「私のこと、助けてくれようとしてるんだね」
エールは返事として恐れも見せずに気丈に鳴き、ひとりで向かうつもりだったイリーネは別の覚悟を決める。
(エールがいてくれるなら……できるよ)
「ありがとう。私たちの大切な人、迎えに行こう」
イリーネは片手に抱いたエールと共に、黒く塗りつぶされた果ての見えない地の底へ飛び込んだ。
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