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49・朽ちた神殿
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石造りの神殿の奥から出てきた、癖毛の黒髪をした背の高い青年がイリーネを見下ろしている。
「ユヴィ……」
「やっぱりイリーネだ。どうしたの、全身傷だらけでひどい顔色じゃないか」
「ユヴィ、どうしよう……助けて」
酒場でタリカのことを教えてもらったまま会っていなかった幼い頃の友人を前に、イリーネは今までの張り詰めていた気持ちが緩み、泣きそうになる自分に耐えた。
「夜中にレルトラスとサヒーマたちが突然いなくなったの。もしかしたら、ガロ領主の手下に襲われたのかもしれない。だから追いかけてここまで来たけど、まだ見つけられないの。今は指輪まで解けて……もしかしたら、レルトラスが……」
ユヴィは恐怖に震えるイリーネの側で膝をついて、安心させるように肩を叩く。
「イリーネ、落ち着いて。彼はこの神殿の奥にいるし、サヒーマも一緒だよ」
「……いるの?」
「うん。事情を説明するから、行こう。手を貸すよ」
「いい。一人で歩ける」
「相変わらず、触られるの嫌いなんだな」
ユヴィは苦笑すると、案内するように神殿の奥へ足を向けたので、イリーネはふらつきながらも並んで歩く。
時折分かれ道が左右に現れても、ユヴィはイリーネに歩調を合わせながら迷わず突き進むので、目的の場所は一本道のようだった。
「イリーネの予想通り、サヒーマたちはガロ領主の手下に誘拐されかけてたよ。俺が見つけて、サヒーマたちはもらってここに連れて来たけどね。イリーネが迎えに来たしサヒーマたちは返すよ」
「そっか、良かった……。レルトラスは?」
「彼はサヒーマたちを捜していたらしくて、この神殿まで来てくれたんだ。サヒーマたちと奥にいる」
(とりあえず、レルトラスは生きてるんだ。エールも、他のサヒーマたちも……)
イリーネは指輪のとれた理由がまだ気になりつつも、とりあえず先ほどより気持ちが落ち着いてきた。
「だけどユヴィ……どうしてこんな山奥にいるの?」
「俺はここに住んでるんだよ」
「えっ。ラザレ領の外れにある、こんな朽ちた神殿に?」
イリーネはいつもユヴィが眠そうにしていた理由に思い当たった。
「もしかして、仕事のある日はこんな山奥から町まで通ってるの?」
「そうだよ。ここなら母さんといられるから」
「シモナの体調、良くないって言ってたもんね。サヒーマやレルトラスに会いに行ってから、様子見れるかな」
「うん。イリーネが来てくれたら喜んで、元気な母さんになってくれるかも」
(こんな山奥、静かすぎて不気味な感じもするけど、空気も澄んでるし体には良いのかな。町への買い出しとか不便だと思うけど、ユヴィはシモナのためならなんでもするようなところ、あったもんな)
イリーネは幼かったユヴィが母親に抱きついて幸せそうにしていた姿を思い出していると、ユヴィがちらりと目を向けてくる。
「イリーネ、久しぶりに会ったけど……また雰囲気変わったな。きれいになった」
ユヴィが少し気恥しそうに言うと、イリーネはあからさまに嫌な顔をした。
「私そんなに女くさい? 今は寝不足で山の中走って来たから結構汚いと思うんだけど……染料で肌を汚すだけじゃもう無理かな。顔の一部傷つけたり潰したりするのは、怖いからしたくないんだけど」
「おい、せっかく褒めてるんだから。少しは喜んでくれよ」
「あ、そっか。ごめん。嬉しいよ」
「適当に付け足すな。まぁ確かに、イリーネが小さい頃から危ない目に遭って来たのは知ってるから、気持ちもわかるけど」
「本当、ごめん。ユヴィがせっかく、ボロボロの私のこと和ませようとしてくれてるのに」
「そうだよ、俺にとってイリーネは昔から大切な人なんだ。だけどイリーネは相変わらず素っ気ないな。あの悪魔とサヒーマのことは、随分大切にしてるみたいだけど」
「う、うん……。ユヴィがタリカを紹介してくれたおかげもあって、サヒーマたちは元気になったよ。最近は結構、楽しくやってるんだ」
通路の先が少し開けて、奥に長い、薄暗い空間が現れる。
(何だろう。神聖な空気と不気味な感じが強くなったような……ここ、妙な気配がする)
未知の異様さを嗅ぎ取り、イリーネは入るのをためらっていると、空間の脇に年季の入った大きな檻が置かれていて、その中にサヒーマたちが閉じ込められていると気づいた。
現れたイリーネに反応して、一匹のサヒーマが鈴の音をさせながら前足で檻をひっかき、鳴いて呼ぶ。
「エール!」
「ユヴィ……」
「やっぱりイリーネだ。どうしたの、全身傷だらけでひどい顔色じゃないか」
「ユヴィ、どうしよう……助けて」
酒場でタリカのことを教えてもらったまま会っていなかった幼い頃の友人を前に、イリーネは今までの張り詰めていた気持ちが緩み、泣きそうになる自分に耐えた。
「夜中にレルトラスとサヒーマたちが突然いなくなったの。もしかしたら、ガロ領主の手下に襲われたのかもしれない。だから追いかけてここまで来たけど、まだ見つけられないの。今は指輪まで解けて……もしかしたら、レルトラスが……」
ユヴィは恐怖に震えるイリーネの側で膝をついて、安心させるように肩を叩く。
「イリーネ、落ち着いて。彼はこの神殿の奥にいるし、サヒーマも一緒だよ」
「……いるの?」
「うん。事情を説明するから、行こう。手を貸すよ」
「いい。一人で歩ける」
「相変わらず、触られるの嫌いなんだな」
ユヴィは苦笑すると、案内するように神殿の奥へ足を向けたので、イリーネはふらつきながらも並んで歩く。
時折分かれ道が左右に現れても、ユヴィはイリーネに歩調を合わせながら迷わず突き進むので、目的の場所は一本道のようだった。
「イリーネの予想通り、サヒーマたちはガロ領主の手下に誘拐されかけてたよ。俺が見つけて、サヒーマたちはもらってここに連れて来たけどね。イリーネが迎えに来たしサヒーマたちは返すよ」
「そっか、良かった……。レルトラスは?」
「彼はサヒーマたちを捜していたらしくて、この神殿まで来てくれたんだ。サヒーマたちと奥にいる」
(とりあえず、レルトラスは生きてるんだ。エールも、他のサヒーマたちも……)
イリーネは指輪のとれた理由がまだ気になりつつも、とりあえず先ほどより気持ちが落ち着いてきた。
「だけどユヴィ……どうしてこんな山奥にいるの?」
「俺はここに住んでるんだよ」
「えっ。ラザレ領の外れにある、こんな朽ちた神殿に?」
イリーネはいつもユヴィが眠そうにしていた理由に思い当たった。
「もしかして、仕事のある日はこんな山奥から町まで通ってるの?」
「そうだよ。ここなら母さんといられるから」
「シモナの体調、良くないって言ってたもんね。サヒーマやレルトラスに会いに行ってから、様子見れるかな」
「うん。イリーネが来てくれたら喜んで、元気な母さんになってくれるかも」
(こんな山奥、静かすぎて不気味な感じもするけど、空気も澄んでるし体には良いのかな。町への買い出しとか不便だと思うけど、ユヴィはシモナのためならなんでもするようなところ、あったもんな)
イリーネは幼かったユヴィが母親に抱きついて幸せそうにしていた姿を思い出していると、ユヴィがちらりと目を向けてくる。
「イリーネ、久しぶりに会ったけど……また雰囲気変わったな。きれいになった」
ユヴィが少し気恥しそうに言うと、イリーネはあからさまに嫌な顔をした。
「私そんなに女くさい? 今は寝不足で山の中走って来たから結構汚いと思うんだけど……染料で肌を汚すだけじゃもう無理かな。顔の一部傷つけたり潰したりするのは、怖いからしたくないんだけど」
「おい、せっかく褒めてるんだから。少しは喜んでくれよ」
「あ、そっか。ごめん。嬉しいよ」
「適当に付け足すな。まぁ確かに、イリーネが小さい頃から危ない目に遭って来たのは知ってるから、気持ちもわかるけど」
「本当、ごめん。ユヴィがせっかく、ボロボロの私のこと和ませようとしてくれてるのに」
「そうだよ、俺にとってイリーネは昔から大切な人なんだ。だけどイリーネは相変わらず素っ気ないな。あの悪魔とサヒーマのことは、随分大切にしてるみたいだけど」
「う、うん……。ユヴィがタリカを紹介してくれたおかげもあって、サヒーマたちは元気になったよ。最近は結構、楽しくやってるんだ」
通路の先が少し開けて、奥に長い、薄暗い空間が現れる。
(何だろう。神聖な空気と不気味な感じが強くなったような……ここ、妙な気配がする)
未知の異様さを嗅ぎ取り、イリーネは入るのをためらっていると、空間の脇に年季の入った大きな檻が置かれていて、その中にサヒーマたちが閉じ込められていると気づいた。
現れたイリーネに反応して、一匹のサヒーマが鈴の音をさせながら前足で檻をひっかき、鳴いて呼ぶ。
「エール!」
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