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48・指輪はするりと
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イリーネはとりあえずサヒーマ保護区へ向かってみたが、すぐ異変に気付く。
夜闇の中、見張りの人々が倒れていた。
不穏な気配にイリーネは一瞬身を強張らせたが、慌てて駆け寄る。
(この匂い……甘さは薄くて嫌な臭みが強い。粗悪なマブラの根で眠らされてる)
見張りのおっさんが死んでいないことにとりあえずほっとしたが、イリーネは一層警戒を強めて保護区内へと向かった。
入り口の扉は破壊されていて、中に入るとサヒーマたちの姿がどこにも見当たらない。
(全てのサヒーマを一度に運んだとすれば、複数犯だ)
イリーネは足元から這い上がる極度の恐れに耐えながら、必死に思考を張り巡らせた。
(マブラの根の匂いからすると、おそらくガロ北部で採れる安物のはず。マイフがサヒーマを飼っていることを知っていて、誘拐しようなんて集団で襲わせる奴……真っ先に怪しいのはガロ領主だ。ちょっと前に、貧乏くさいマイフがサヒーマを買い取った後、あっという間に被害金を支払ったから変に思っただろうし、それで元気になったサヒーマのことを知って、自分勝手な理屈で奪ってきたって考えれば一番納得いく)
イリーネはこうなる可能性に気づけなかった自分に苛立ちながらも、レルトラスが姿をくらませていることがひっかかる。
(もしかして、レルトラスは保護区に来てエールがいないことに気づいたのかもしれない。それで探しに行ったまま……)
左手の薬指に違和感を覚えて、イリーネは顔を曇らせた。
(変だな。今一瞬だけ、指輪に締め付けてくるような感覚があったけど……気のせいかな)
そう思っても、イリーネの中で妙な予感がざわめいて、いてもたってもいられなくなる。
──あの魔術は、かけた術者が死ねば解けます。
マイフカイルの言葉が蘇ってくると、ささいな指輪の変化がレルトラスの身に何かを及ぼしているとしか思えず、イリーネは胸騒ぎに駆られた。
(あいつが死ぬなんてありえない……だけどそれならどうして。どうして今度は指輪が緩くなってきたんだろう)
イリーネはいつもと様子の違う指輪に手を添え、きつく目を閉じる。
(ダメだ、冷静でいられない。どうすれば……)
指輪にばかり意識が向いているせいか、イリーネは糸で引かれるような、ある方向からわずかな張りがあることに気づいた。
顔を上げ、ラザレ領とガロ領との境界となっている、なだらかな山地を見つめる。
(今まで気づかなかったけれど、この指輪の引っ張るような感覚はきっと、レルトラスのいる方向だ。多分エールも……サヒーマたちも一緒にいる)
人さらいに遭ったこともあり、その山へ行くと思うだけで恐怖を感じた。
そしてイリーネが見当たらないことに気づき、心配するエアやタリカの様子も浮かぶ。
(二人が知ったら絶対行くなって止められる……だけど)
ならず者として生きてきた人生の中で、危ない橋をいくつか渡っているイリーネには、今行かなければ後悔するという直感があった。
(迷うまでもないよ。さっさとあいつを見つけて、笑い話にするんだ)
一人で行くと決めたイリーネは、指輪の指し示す方角へと走り出す。
*
極限まで神経をとがらせて山奥を進んでいたイリーネが、風化した石造りの神殿のような場所へ迷い込んだ頃には、夜が明け始めていた。
(なんだろう、この建物。嫌な感じがする)
イリーネは指輪の伝えてくるレルトラスの方角をひたすら進んだが、神殿の入り口に踏み込み、つい壁にもたれかかってしまうと、崩れ落ちるように座り込む。
革ベルトのポケットにしまってある飲み薬などで体力や感覚を強めてはいたが、それでも無理をしすぎているため、あちこちが強い痛みにさいなまれていた。
(レルトラス、エールもサヒーマたちも……みんな、どこにいるの。早く元気な顔を見せて)
その一心で走ってきたが、枝葉の生い茂る道なき道で傷だらけになった全身は悲鳴を上げている。
(だけど、この辺にいるはずなんだ)
壁に寄りかかったまま呼吸を整えていると、薬指にはめられた指輪はするりと石床に落ちた。
イリーネは目を見開き、信じられない思いでそれを拾い上げる。
「……嘘」
イリーネは震えるてのひらで指輪を包み、間違いであることを祈るように握りしめた。
(嘘だ、レルトラスが……)
「イリーネ」
名を呼ばれ、イリーネは驚いて顔を上げる。
夜闇の中、見張りの人々が倒れていた。
不穏な気配にイリーネは一瞬身を強張らせたが、慌てて駆け寄る。
(この匂い……甘さは薄くて嫌な臭みが強い。粗悪なマブラの根で眠らされてる)
見張りのおっさんが死んでいないことにとりあえずほっとしたが、イリーネは一層警戒を強めて保護区内へと向かった。
入り口の扉は破壊されていて、中に入るとサヒーマたちの姿がどこにも見当たらない。
(全てのサヒーマを一度に運んだとすれば、複数犯だ)
イリーネは足元から這い上がる極度の恐れに耐えながら、必死に思考を張り巡らせた。
(マブラの根の匂いからすると、おそらくガロ北部で採れる安物のはず。マイフがサヒーマを飼っていることを知っていて、誘拐しようなんて集団で襲わせる奴……真っ先に怪しいのはガロ領主だ。ちょっと前に、貧乏くさいマイフがサヒーマを買い取った後、あっという間に被害金を支払ったから変に思っただろうし、それで元気になったサヒーマのことを知って、自分勝手な理屈で奪ってきたって考えれば一番納得いく)
イリーネはこうなる可能性に気づけなかった自分に苛立ちながらも、レルトラスが姿をくらませていることがひっかかる。
(もしかして、レルトラスは保護区に来てエールがいないことに気づいたのかもしれない。それで探しに行ったまま……)
左手の薬指に違和感を覚えて、イリーネは顔を曇らせた。
(変だな。今一瞬だけ、指輪に締め付けてくるような感覚があったけど……気のせいかな)
そう思っても、イリーネの中で妙な予感がざわめいて、いてもたってもいられなくなる。
──あの魔術は、かけた術者が死ねば解けます。
マイフカイルの言葉が蘇ってくると、ささいな指輪の変化がレルトラスの身に何かを及ぼしているとしか思えず、イリーネは胸騒ぎに駆られた。
(あいつが死ぬなんてありえない……だけどそれならどうして。どうして今度は指輪が緩くなってきたんだろう)
イリーネはいつもと様子の違う指輪に手を添え、きつく目を閉じる。
(ダメだ、冷静でいられない。どうすれば……)
指輪にばかり意識が向いているせいか、イリーネは糸で引かれるような、ある方向からわずかな張りがあることに気づいた。
顔を上げ、ラザレ領とガロ領との境界となっている、なだらかな山地を見つめる。
(今まで気づかなかったけれど、この指輪の引っ張るような感覚はきっと、レルトラスのいる方向だ。多分エールも……サヒーマたちも一緒にいる)
人さらいに遭ったこともあり、その山へ行くと思うだけで恐怖を感じた。
そしてイリーネが見当たらないことに気づき、心配するエアやタリカの様子も浮かぶ。
(二人が知ったら絶対行くなって止められる……だけど)
ならず者として生きてきた人生の中で、危ない橋をいくつか渡っているイリーネには、今行かなければ後悔するという直感があった。
(迷うまでもないよ。さっさとあいつを見つけて、笑い話にするんだ)
一人で行くと決めたイリーネは、指輪の指し示す方角へと走り出す。
*
極限まで神経をとがらせて山奥を進んでいたイリーネが、風化した石造りの神殿のような場所へ迷い込んだ頃には、夜が明け始めていた。
(なんだろう、この建物。嫌な感じがする)
イリーネは指輪の伝えてくるレルトラスの方角をひたすら進んだが、神殿の入り口に踏み込み、つい壁にもたれかかってしまうと、崩れ落ちるように座り込む。
革ベルトのポケットにしまってある飲み薬などで体力や感覚を強めてはいたが、それでも無理をしすぎているため、あちこちが強い痛みにさいなまれていた。
(レルトラス、エールもサヒーマたちも……みんな、どこにいるの。早く元気な顔を見せて)
その一心で走ってきたが、枝葉の生い茂る道なき道で傷だらけになった全身は悲鳴を上げている。
(だけど、この辺にいるはずなんだ)
壁に寄りかかったまま呼吸を整えていると、薬指にはめられた指輪はするりと石床に落ちた。
イリーネは目を見開き、信じられない思いでそれを拾い上げる。
「……嘘」
イリーネは震えるてのひらで指輪を包み、間違いであることを祈るように握りしめた。
(嘘だ、レルトラスが……)
「イリーネ」
名を呼ばれ、イリーネは驚いて顔を上げる。
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