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46・エールみたい
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「懐いてくれると、余計にかわいくなるものだね」
よしよし、といった風に頭を撫でられていると感じた途端、イリーネの高鳴っている鼓動と対照的に、思考は冷ややかに静まる。
(そう、だった……)
「レルトラスは私のこと、エールみたいに思ってるんだったね」
「思わないよ。サヒーマはイリーネが守れと言うから保護しているだけで、俺が世話しているのはイリーネだから」
(結局、扱いは同列なんだ)
嬉しさと悲しさの間に揺さぶられ、イリーネの大きな瞳に涙が盛り上がる。
(最初から、わかってたのに。この気持ち、まただ……手に負えない)
イリーネは落胆のまま、自分に触れてくるその手を払いのけた。
「ごめん。私のこと、ほっといて」
溢れてくる涙を抑えられないまま、イリーネはレルトラスの腕の中から逃げ出すと、そのまま館へと駆けこむ。
*
イリーネが寝台の中で声を殺して泣いていると、遠慮がちなノック音が鳴った。
放っておくと、扉はうかがうように開かれてタリカが顔を出す。
「イリーネ、こんな夜中に外から帰って来たみたいだけど……。どうかしたの?」
明らかに心配してくれる声色を無視できなくなり、イリーネはかすれた酷い声で返した。
「ごめん。うるさくして。平気だから」
「どうしたの? そんな絶望的な声で……それって全然、平気じゃないよー」
タリカは声をかけながら入ってくると、ブランケットにくるまって嗚咽を漏らすイリーネの背中に手を当てて撫でる。
「もしかして、逃げ出そうとした途中で人さらいにでも遭って帰ってきたの?」
「違う。レルトラスが……」
イリーネはサヒーマのように撫でられて幸せになっていた自分を想像して、ひどくむなしくなる。
「だけどあんなの、私……やっぱり嫌だった」
部屋の中に、イリーネのすすり泣きが響く。
タリカははっとすると、何か勘違いをしてイリーネを諭した。
「あ、あのねイリーネ。びっくりしたとは思うけど……。レルトラスさんもああ見えて年頃の男の子だからー、イリーネと一緒にいたら、つい出来心でね」
「出来心……? 違うよ。レルトラスは会ったときから、ずっとああだった」
「そうだったの!? ……で、でもずーっとイリーネが隙見せてくれないから、やっぱり我慢できなくなっちゃったのかな? ……あーでも、私はイリーネの味方だよ! 私からレルトラスさんに、イリーネに心の準備が出来るまで待ってあげてねって伝えておくし」
「心の、準備?」
「そうだよ。レルトラスさんはね、イリーネのことを傷つけるのが怖いって思うくらい、本当に大切にしてくれてるんだから」
「わかってる。ただ私が、勝手にレルトラスのこと……」
イリーネの顔が再び熱くなってくる。
「っ、ダメだよ。この話絶対言わないで。もともと私がレルトラスの気持ちも考えないで、一方的なことを望んでるだけで」
「……ん?」
「強要できないことだって、わかってるよ。だけどさっきは、つい……」
「って、あれ? 私なんか勘違いしていて……まさかイリーネの方がレルトラスさんに強要? 望んでいるっていうことは、つまり……その」
タリカは口をぱくぱくさせながら、戸惑うレルトラスに意外と積極的に迫るイリーネを想像する。
新たな誤解を生んでいるとは知らず、イリーネはようやく自覚した慣れない恋心にうめき、身をよじってもだえた。
「ぅああ……やっぱ聞かなかったことにして。恥ずかしくて耐えられない。タリカ、ずっと気持ちをごまかしてた私のこと、今変な目で見てるよね……」
「そ、そんなこと……確かに驚いたけど。でもイリーネが自然とそういう気持ちになったとしても、全然変なことじゃないよ! レルトラスさん、意外と繊細なのかな?」
よしよし、といった風に頭を撫でられていると感じた途端、イリーネの高鳴っている鼓動と対照的に、思考は冷ややかに静まる。
(そう、だった……)
「レルトラスは私のこと、エールみたいに思ってるんだったね」
「思わないよ。サヒーマはイリーネが守れと言うから保護しているだけで、俺が世話しているのはイリーネだから」
(結局、扱いは同列なんだ)
嬉しさと悲しさの間に揺さぶられ、イリーネの大きな瞳に涙が盛り上がる。
(最初から、わかってたのに。この気持ち、まただ……手に負えない)
イリーネは落胆のまま、自分に触れてくるその手を払いのけた。
「ごめん。私のこと、ほっといて」
溢れてくる涙を抑えられないまま、イリーネはレルトラスの腕の中から逃げ出すと、そのまま館へと駆けこむ。
*
イリーネが寝台の中で声を殺して泣いていると、遠慮がちなノック音が鳴った。
放っておくと、扉はうかがうように開かれてタリカが顔を出す。
「イリーネ、こんな夜中に外から帰って来たみたいだけど……。どうかしたの?」
明らかに心配してくれる声色を無視できなくなり、イリーネはかすれた酷い声で返した。
「ごめん。うるさくして。平気だから」
「どうしたの? そんな絶望的な声で……それって全然、平気じゃないよー」
タリカは声をかけながら入ってくると、ブランケットにくるまって嗚咽を漏らすイリーネの背中に手を当てて撫でる。
「もしかして、逃げ出そうとした途中で人さらいにでも遭って帰ってきたの?」
「違う。レルトラスが……」
イリーネはサヒーマのように撫でられて幸せになっていた自分を想像して、ひどくむなしくなる。
「だけどあんなの、私……やっぱり嫌だった」
部屋の中に、イリーネのすすり泣きが響く。
タリカははっとすると、何か勘違いをしてイリーネを諭した。
「あ、あのねイリーネ。びっくりしたとは思うけど……。レルトラスさんもああ見えて年頃の男の子だからー、イリーネと一緒にいたら、つい出来心でね」
「出来心……? 違うよ。レルトラスは会ったときから、ずっとああだった」
「そうだったの!? ……で、でもずーっとイリーネが隙見せてくれないから、やっぱり我慢できなくなっちゃったのかな? ……あーでも、私はイリーネの味方だよ! 私からレルトラスさんに、イリーネに心の準備が出来るまで待ってあげてねって伝えておくし」
「心の、準備?」
「そうだよ。レルトラスさんはね、イリーネのことを傷つけるのが怖いって思うくらい、本当に大切にしてくれてるんだから」
「わかってる。ただ私が、勝手にレルトラスのこと……」
イリーネの顔が再び熱くなってくる。
「っ、ダメだよ。この話絶対言わないで。もともと私がレルトラスの気持ちも考えないで、一方的なことを望んでるだけで」
「……ん?」
「強要できないことだって、わかってるよ。だけどさっきは、つい……」
「って、あれ? 私なんか勘違いしていて……まさかイリーネの方がレルトラスさんに強要? 望んでいるっていうことは、つまり……その」
タリカは口をぱくぱくさせながら、戸惑うレルトラスに意外と積極的に迫るイリーネを想像する。
新たな誤解を生んでいるとは知らず、イリーネはようやく自覚した慣れない恋心にうめき、身をよじってもだえた。
「ぅああ……やっぱ聞かなかったことにして。恥ずかしくて耐えられない。タリカ、ずっと気持ちをごまかしてた私のこと、今変な目で見てるよね……」
「そ、そんなこと……確かに驚いたけど。でもイリーネが自然とそういう気持ちになったとしても、全然変なことじゃないよ! レルトラスさん、意外と繊細なのかな?」
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