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45・されてごらん
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「俺もね、親に捨てられたんだよ。彼らは俺に飽きたわけではなくて、殺せなかったようだけどね」
「そんな話……エアから聞いたの?」
「いや。俺は生まれたときから記憶があるし、ただ覚えているだけだよ」
レルトラスはそのまま、天気の話でもするかのような何気ない口ぶりで自分のことを話した。
「俺の生まれてすぐの記憶は、彼らがなにやら怒ったり怯えたりしていたことかな。その後下等な武器や魔術で襲われたけれど、無力な赤子でも弾いて反撃できる程度だったからね。彼らは殺せないと判断したらしく、俺はエアと共に王都から離れた場所へ送られたけれど……」
そこまで話すと、レルトラスは少し悩むように言葉を詰まらせる。
「会いたいどころか……俺は彼らに何も感じないよ。興味がないんだ。だから、イリーネが母親の話でそんな顔をする理由がわからない。行きたくても行きたくなくても、思うようにするだけだからね」
「……レルトラスは強いから。私にはできないことができるんだよ、きっと」
「そうなのか」
イリーネの言葉に、レルトラスは謙遜する様子もなく頷いた。
「すると、俺ならイリーネに出来ることがあるのかな。俺にできないことなんて治癒魔術くらいだろうし、言ってごらん。して欲しいことは何だい」
「え。そんなのないよ」
眉間にしわを寄せ、レルトラスは不満げに訴えてくる。
「何かないのか」
「ないね」
「遠慮しなくていいんだよ」
「ないものはないし」
「少しくらい……」
「毎日暇なのはわかるけど、何もないから。本当に、全く」
「……そうか」
レルトラスがあまりにも残念そうな息をつくので、イリーネの強張った表情もついほぐれて、包んでくれている手を握り返した。
「何もしなくていいんだよ。私は、レルトラスがいてくれるだけでいい」
夜の静寂が満ちる。
すると、イリーネは素直に出てきた言葉に思わぬ響きが浮き上がっているような気がして、慌てて沈黙を破った。
「ご、ごめん。なんか変な言い方に、」
「ああ、今ならいいのかな。俺にできることはなくても、イリーネにできることがあるよ」
「えっ、私?」
手を引かれ、イリーネはそのままレルトラスの両腕の中に招かれた。
夜風とレルトラスの匂いが混ざり合う彼の胸に頬を寄せたまま、イリーネの頭の中は真っ白になる。
顔は一気に上気して、心臓がこのままでは持ちそうない強さで鳴りはじめた。
「っあ、あの、」
「たまには、俺の好きにされてごらん」
レルトラスは秘め事のように囁きながら、ろくに手入れもされてい彼女の細い髪に指先を滑り込ませ、いいように梳かしていく。
その幸せな感触を味わう余裕もなく、イリーネはかちこちに固まっていた。
「あれ。あまり梳かしてないね」
甘い含み笑いに耳元をくすぐられ、恥ずかしさがこみあげる。
「い、いいんだよ。髪なんてどうでも」
「それは嘘だね。イリーネは俺の髪をきれいに結ってくれる……」
レルトラスはふと言葉を切ると、手入れのされていない長い髪を見つめ、それを愛おしむように口づけた。
「気づかなかったな。君は自分のことならお構いなしなのに、俺のことは随分大切にしてくれているらしい」
「そ、そんなつもりじゃ」
「嬉しいよ。飽きるとは思えない」
「……口先だけで言われても」
「俺は嘘をつかないからね」
「レルトラス……」
「飽きない」
イリーネはそれ以上反論できなくなる。
(敵うわけ、ないか)
降伏するように黙って身を預けると、レルトラスは意外そうに目をしばたいて、少し戸惑いながら彼女の髪を指先で慈しんだ。
「そんな話……エアから聞いたの?」
「いや。俺は生まれたときから記憶があるし、ただ覚えているだけだよ」
レルトラスはそのまま、天気の話でもするかのような何気ない口ぶりで自分のことを話した。
「俺の生まれてすぐの記憶は、彼らがなにやら怒ったり怯えたりしていたことかな。その後下等な武器や魔術で襲われたけれど、無力な赤子でも弾いて反撃できる程度だったからね。彼らは殺せないと判断したらしく、俺はエアと共に王都から離れた場所へ送られたけれど……」
そこまで話すと、レルトラスは少し悩むように言葉を詰まらせる。
「会いたいどころか……俺は彼らに何も感じないよ。興味がないんだ。だから、イリーネが母親の話でそんな顔をする理由がわからない。行きたくても行きたくなくても、思うようにするだけだからね」
「……レルトラスは強いから。私にはできないことができるんだよ、きっと」
「そうなのか」
イリーネの言葉に、レルトラスは謙遜する様子もなく頷いた。
「すると、俺ならイリーネに出来ることがあるのかな。俺にできないことなんて治癒魔術くらいだろうし、言ってごらん。して欲しいことは何だい」
「え。そんなのないよ」
眉間にしわを寄せ、レルトラスは不満げに訴えてくる。
「何かないのか」
「ないね」
「遠慮しなくていいんだよ」
「ないものはないし」
「少しくらい……」
「毎日暇なのはわかるけど、何もないから。本当に、全く」
「……そうか」
レルトラスがあまりにも残念そうな息をつくので、イリーネの強張った表情もついほぐれて、包んでくれている手を握り返した。
「何もしなくていいんだよ。私は、レルトラスがいてくれるだけでいい」
夜の静寂が満ちる。
すると、イリーネは素直に出てきた言葉に思わぬ響きが浮き上がっているような気がして、慌てて沈黙を破った。
「ご、ごめん。なんか変な言い方に、」
「ああ、今ならいいのかな。俺にできることはなくても、イリーネにできることがあるよ」
「えっ、私?」
手を引かれ、イリーネはそのままレルトラスの両腕の中に招かれた。
夜風とレルトラスの匂いが混ざり合う彼の胸に頬を寄せたまま、イリーネの頭の中は真っ白になる。
顔は一気に上気して、心臓がこのままでは持ちそうない強さで鳴りはじめた。
「っあ、あの、」
「たまには、俺の好きにされてごらん」
レルトラスは秘め事のように囁きながら、ろくに手入れもされてい彼女の細い髪に指先を滑り込ませ、いいように梳かしていく。
その幸せな感触を味わう余裕もなく、イリーネはかちこちに固まっていた。
「あれ。あまり梳かしてないね」
甘い含み笑いに耳元をくすぐられ、恥ずかしさがこみあげる。
「い、いいんだよ。髪なんてどうでも」
「それは嘘だね。イリーネは俺の髪をきれいに結ってくれる……」
レルトラスはふと言葉を切ると、手入れのされていない長い髪を見つめ、それを愛おしむように口づけた。
「気づかなかったな。君は自分のことならお構いなしなのに、俺のことは随分大切にしてくれているらしい」
「そ、そんなつもりじゃ」
「嬉しいよ。飽きるとは思えない」
「……口先だけで言われても」
「俺は嘘をつかないからね」
「レルトラス……」
「飽きない」
イリーネはそれ以上反論できなくなる。
(敵うわけ、ないか)
降伏するように黙って身を預けると、レルトラスは意外そうに目をしばたいて、少し戸惑いながら彼女の髪を指先で慈しんだ。
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