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44・答え合わせ
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動揺したイリーネが顔を伏せて硬直していると、レルトラスはそばまで来る。
「また逃げだしていたんだね。迎えに来たよ」
イリーネはどう返事をすればいいのか分からなくなり、結局ごまかすように笑った。
「レルトラス。あの……勝手に出かけたから、怒ってる?」
「そうだね。イリーネに迷惑な虫が寄ってくるから不快だよ」
「……そうだったのかな。よくわかってなくて、ごめん」
「どうして君は、そんなに館から出たがるんだろうね」
「変かな」
レルトラスはイリーネの冷えた手を捉えると、そのまま住み慣れた館へと向かう。
イリーネは包まれたてのひらに心地良さとやるせなさを感じた。
(こうやって手を繋ぐのも、レルトラスにとってはサヒーマのリードみたいなものだもんな)
「俺はわからないよ。こんなにかわいがっているのに、イリーネは何が不満で出て行きたがるのか」
「……私もだよ」
「自分のことなのに、わからないのかい?」
「そうだね。私、レルトラスといると落ち着かないから。苦しくなるし、悲しいし。泣きたくなるし、さびしくもなる」
「酷い状態だね」
「そう。それでいつも、自分にうんざりするんだ」
「だからあんなに逃げたがるのか」
繋いだイリーネの手がぴくりと動たことに気づき、レルトラスは難しい顔になる。
「違うのかい」
「……違わない。私、レルトラスに大切にされてるって気づくたび、怖くて逃げ出したくなる」
「だけどまだわからないな。逃げて、一体どこへ行くつもりなのか」
「レルトラスのいないとこ」
「迎えに行くよ」
「しつこいね」
「君もなかなかだよ。だけどどうしてだろうね。君が選ぶ方法はいつも逃げることばかりだ。まるで俺の元を離れて、一人でどこかへ行かなくてはならないと決めているみたいに」
返事の代わりに、イリーネの歩みが淀んだ。
その変化をレルトラスは見逃さず、二人は月明りの平原に立ち尽くす。
「答え合わせ、してくれるかい」
レルトラスは青く冴える丸い月を仰いだ。
「イリーネはずっと、行きたいところがあるんだろう」
「私……」
かすれた声が途切れて沈黙が落ちる。
レルトラスは振り返ってイリーネをうかがった。
「一体、どこへ行きたいんだい」
イリーネの胸に、小さな痛みが刺さる。
「……別に、ないよ」
目を逸らして笑うイリーネの手を、大きなてのひらが包んだ。
「今からでもいいよ。行こうか」
「だから、そんなの……」
「それが君の秘密かい」
「違うよ。別に、私……」
イリーネは張り付けた笑顔を上げると、威圧的な黒い瞳に囚われる。
月の下に、彼の冷たく美しい微笑が照らされていた。
「俺には、嘘をつかなくてもいいんだよ」
イリーネの瞳が揺れる。
(敵わない)
屈服すると、すがるように繋いだその手を握りしめた。
「……母さんの、とこ」
迷子になった子どものような声がぽつりと落ち、レルトラスは頷く。
「行こうか」
イリーネは恐れるように首を振った。
「行けない。飽きたら捨てるから後は好きに生きろって、先に言われてる」
しかしその言葉が母親の本心ではないと、イリーネ自身もどこかでわかっている。
(違う。母さんは嘘つきだから、そんなこと思ってない。きっと母さんは……)
それ以上考えることを恐れ、イリーネはまた笑った。
「だからかな。私、怖いんだ。レルトラスがいつか私に飽きるってわかったまま過ごすことが」
「俺がイリーネに飽きる?」
「多分、そのうち」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスは自分を頼るように掴んだまま震えている冷たい手をそっと包みなおすと、思い出したように呟く。
「そういえば、俺もか」
「え?」
「また逃げだしていたんだね。迎えに来たよ」
イリーネはどう返事をすればいいのか分からなくなり、結局ごまかすように笑った。
「レルトラス。あの……勝手に出かけたから、怒ってる?」
「そうだね。イリーネに迷惑な虫が寄ってくるから不快だよ」
「……そうだったのかな。よくわかってなくて、ごめん」
「どうして君は、そんなに館から出たがるんだろうね」
「変かな」
レルトラスはイリーネの冷えた手を捉えると、そのまま住み慣れた館へと向かう。
イリーネは包まれたてのひらに心地良さとやるせなさを感じた。
(こうやって手を繋ぐのも、レルトラスにとってはサヒーマのリードみたいなものだもんな)
「俺はわからないよ。こんなにかわいがっているのに、イリーネは何が不満で出て行きたがるのか」
「……私もだよ」
「自分のことなのに、わからないのかい?」
「そうだね。私、レルトラスといると落ち着かないから。苦しくなるし、悲しいし。泣きたくなるし、さびしくもなる」
「酷い状態だね」
「そう。それでいつも、自分にうんざりするんだ」
「だからあんなに逃げたがるのか」
繋いだイリーネの手がぴくりと動たことに気づき、レルトラスは難しい顔になる。
「違うのかい」
「……違わない。私、レルトラスに大切にされてるって気づくたび、怖くて逃げ出したくなる」
「だけどまだわからないな。逃げて、一体どこへ行くつもりなのか」
「レルトラスのいないとこ」
「迎えに行くよ」
「しつこいね」
「君もなかなかだよ。だけどどうしてだろうね。君が選ぶ方法はいつも逃げることばかりだ。まるで俺の元を離れて、一人でどこかへ行かなくてはならないと決めているみたいに」
返事の代わりに、イリーネの歩みが淀んだ。
その変化をレルトラスは見逃さず、二人は月明りの平原に立ち尽くす。
「答え合わせ、してくれるかい」
レルトラスは青く冴える丸い月を仰いだ。
「イリーネはずっと、行きたいところがあるんだろう」
「私……」
かすれた声が途切れて沈黙が落ちる。
レルトラスは振り返ってイリーネをうかがった。
「一体、どこへ行きたいんだい」
イリーネの胸に、小さな痛みが刺さる。
「……別に、ないよ」
目を逸らして笑うイリーネの手を、大きなてのひらが包んだ。
「今からでもいいよ。行こうか」
「だから、そんなの……」
「それが君の秘密かい」
「違うよ。別に、私……」
イリーネは張り付けた笑顔を上げると、威圧的な黒い瞳に囚われる。
月の下に、彼の冷たく美しい微笑が照らされていた。
「俺には、嘘をつかなくてもいいんだよ」
イリーネの瞳が揺れる。
(敵わない)
屈服すると、すがるように繋いだその手を握りしめた。
「……母さんの、とこ」
迷子になった子どものような声がぽつりと落ち、レルトラスは頷く。
「行こうか」
イリーネは恐れるように首を振った。
「行けない。飽きたら捨てるから後は好きに生きろって、先に言われてる」
しかしその言葉が母親の本心ではないと、イリーネ自身もどこかでわかっている。
(違う。母さんは嘘つきだから、そんなこと思ってない。きっと母さんは……)
それ以上考えることを恐れ、イリーネはまた笑った。
「だからかな。私、怖いんだ。レルトラスがいつか私に飽きるってわかったまま過ごすことが」
「俺がイリーネに飽きる?」
「多分、そのうち」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスは自分を頼るように掴んだまま震えている冷たい手をそっと包みなおすと、思い出したように呟く。
「そういえば、俺もか」
「え?」
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