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41・なんか勘違いしてるみたいだけど

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 タリカは女の自分から見ても惚れぼれする顔立ちのイリーネが、染料でわざと顔を汚すようなことをしなければならない事情を思い、ため息を漏らす。

「あの子義賊とか名乗ってるけど、平たく言えば身寄りのない孤児でしょ? わたしもシモナさんに飼育員として声かけてもらうまではそんな感じだったから、イリーネの大変だった生活はなんとなくわかるんだよねー」

 タリカはレルトラスの腕の中で安心しきっているエールを見つめながら、表情を曇らせた。

「だからイリーネにとっては、レルトラスさんに捕まって猫かわいがりされてるのが結構平和というか、安全というか。今までよりずっといい生活だと思うんだけど、何にこだわってるんだろう? 館を出て一人でやりたいこととか、あるのかなー?」

「俺のいないほうがやりやすいことなんて、何もないだろう」

「えっ、マイフカイル様とちょっとした内緒の約束することも許してくれないんで……ひゃうっ、睨まないで!」

 恫喝まがいの視線から目を背けると、タリカは念のため少し離れたところにある水場の位置を確認しながら提案する。

「で、でもわからないことって誰にでもあるから! レルトラスさんも、わからなかったらイリーネに聞いたらいいよー」

「イリーネはすぐ嘘をつく」

「あっ、イリーネ適当だもんね。でもそれって、嘘の裏に本音があるんだよ!」

「……なるほど。そうか」

 タリカの言葉を聞き、人の心を読み取るのが苦手なレルトラスは思案するように頷きながらエールを撫でている。

 なかなか一途な悪魔の様子に、タリカはとりあえず彼に燃やされず済んだと胸を撫でおろした。



 ***



 それから数日が過ぎ。

 イリーネは吉報を聞きつけてサヒーマ保護区へ立ち入ると、ふわっふわだった毛をきれいに刈り揃えられて、すっきりとした面立ちになったサヒーマたちに迎えられる。

 その姿は野生的ながらもやはり愛くるしく、小さな二つの角と短毛のヒョウ柄がよく見えてそれはそれでかわいいし、また伸びてくるもふもふを待つのも楽しみに思えた。

(その時にはここにいないの、少し残念だけど)

 イリーネが静かにサヒーマたちを愛でていると、タリカが一匹のサヒーマを連れて来る。

「見て、イリーネー。この子がエールだよ!」

 タリカは全てのサヒーマを見分けられるが、イリーネとレルトラスにはわかりにくいだろうからと、エールはマイフが以前イリーネにくれた鈴のついた首輪をしていた。

 好奇心が強い方なのか、エールは愛嬌のある目を輝かせてイリーネに近づいてくると、しきりに指先の匂いを嗅いでいる。

 イリーネはその子の好きにさせながら、レルトラスがエールと名付けたサヒーマについて、熱心に話していたことを思い出した。

(気に入ったんだな)

 イリーネは寂しげな笑みを浮かべると、その特別なサヒーマを丁寧に撫でてやる。

「エール。レルトラスのこと、よろしくね」

 タリカははっとして、イリーネの様子をうかがった。

「イリーネ、やっぱり館を去るつもりなの?」

 イリーネはどきりとするが、顔には出さずそれらしいことを言う。

「無理だよ、呪いの指輪ついてるから」

「それは知ってるけど……。だけどね、もし脱走出来たとしてもだよ! 私たちみたいな軟弱な乙女に、後ろ盾のない外の世界は過酷すぎるんだから。イリーネはずっーとレルトラスさんにかわいがってもらうのが一番だからね!」

「あいつだって、そのうち飽きるよ」

「あーそういうの考えたら不安なんだ? 気持ちもわかるけど、イリーネはそういうかわいいところ、もっと本人に見せたらいいんだよー!」

 イリーネは動揺したが、それを胸の奥に押し込めて言い張る。

「……なんか勘違いしてるみたいだけど、違うから。あいつも元々、サヒーマの世話の真似事をしたくて私を誘拐したんだし。エールの首輪、元は私のだからね」

「確かにあの人、わかりにくいけど……。でもね、この間ここにレルトラスさんが遊びに来た時なんて、全部イリーネの話題だけで会話繋げるくらいで、あれはさすがに重……えっと、イリーネのことばっかり考えるんだなーって」

「あいつ、他に何も考えることないんだね……大丈夫なのかな」

「心配してる? イリーネもなんだかんだで、レルトラスさんにはやさしいよねー」

「だからなんか勘違いしてるみたいだけど、違うからね!」



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