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38・色素の薄い人肌程度の塊
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レルトラスは張り切った様子でローブの下から悪魔の翼を広げると、見事な飛翔で川上へと飛び立った。
その優美に滑空する後ろ姿を、イリーネは少し白けた視線で見送る。
(いい子って……私はサヒーマじゃないんだけど)
ペット扱いは納得しているはずなのに、イリーネはもやもやと不満を抱えたまま河原に屈むと、色素の薄い石を選びながら手に取り、ぬくもり程度の発熱を確認し始めた。
ほどなくして風が吹いたかと思うと、側にレルトラスが着地する。
「色素の薄い人肌程度の塊って、これかな」
(は、早っ)
何年も憧れていた石の予感に、イリーネの胸は再び高鳴った。
(まさか成長石が、こんなに早く手に入るなんて……どうしよう。こ、心の準備が……)
イリーネは鼓動を抑えきれず、緊張した面持ちで顔を上げると、一瞬頭の中が真っ白になる。
獲物を捕らえたように自慢げなレルトラスの片手には、ずぶ濡れの少年がぶら下がっていた。
「首絞まってる!」
イリーネは思わず叫ぶと、急いで色白の少年を預かり河原に寝かせて、まずは呼吸を確認する。
「生きてる……ね。良かった。だけどどうしたの、この子」
「見てわからないのか。色素の薄い人肌程度の塊だろう」
堂々と言い放つレルトラスに、イリーネは唖然とした。
「そんなの石に決まってるでしょ!」
「そうなのか」
「そうだよ! 私がはっきり言わなかったのも悪いけど、どう考えても少年かっさらってくるのは違うから!」
イリーネが騒いでいると、ずぶ濡れで横たわっている少年は泣き声をあげ始めた。
「ご、ごめん。怖かったよね。悪魔にさらわれるなんて、とんでもない目に遭って……」
まだ幼い少年は胸に溜まっていたものを吐き出すように、しゃくりあげながらも必死に話す。
「ち、ちがうんだ。お兄ちゃんは、おぼれていたぼくを、た、助けてくれて……」
「えっ」
よほど怖い思いをしたのか、嗚咽を漏らしながら少年は続ける。
「森で木の実をとってたら、こわい男の人が、おいかけてきて……。あわてて川にとびこんだけど、うまく泳げなくて……」
(やっぱり人さらい、増えてるのかな)
「どうやら、俺が見つけたものは間違いだったようだね」
レルトラスは明らかに不機嫌な声色で言うと、彼の手に猛火が立ち昇った。
「処分するよ」
手の中で勢いを増していく火柱の凶悪な熱に、イリーネは青ざめる。
(こいつ、自分の間違いが面白くなくて、持ってきた男の子に八つ当たりする気だ!)
「待ってレルトラス、水辺で燃やしていいのはマイフだけだからね!」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスの炎を前に、泣きじゃくっていた少年は圧倒されたように目を見開くと、体を起こして叫んだ。
「お、お兄ちゃんは、魔術師だったのか!」
「いや。俺はどこにでもいるただの町人だよ」
「ええっ? お兄ちゃんの火、前に町に来たすごい大魔術師より、もっと大きくて熱くてかっこいいよ!」
憧れの眼差しを輝かせてくる少年に対して、レルトラスが眉を寄せて戸惑っていることにイリーネは気づく。
(あっ、レルトラスって怖がられることならあるけど、こんな風に構われる状況は慣れてないんだ。多分今、八つ当たりのこと忘れかけてるな)
イリーネはなんとか話を繋げようと、少年に声をかけた。
「このお兄ちゃん、すごいでしょ」
「すごい! すごすぎる!」
「お兄ちゃんはね、これからあんたに、面白い秘密を見せてくれるよ!」
「ひみつ……? お兄ちゃんのひみつ、見たい! すごそう!」
「すごいよ! このお兄ちゃんはね、手に持っているあの炎をいろんな色や形に変えることが出来るんだから! 普段は秘密だけど、色素の薄い人肌程度のぬくもりのあるあんたには特別に見せてくれるって!」
「ぼくは青い鳥がいい!」
「さっ、レルトラス! 青い鳥をお願いします!」
無茶ぶりされて、レルトラスはすっかり八つ当たりのことを忘れている。
「……こうか?」
レルトラスは手から昇る火柱を変化させると、少年の望み通り、青い炎で作られた鳥がサービスなのか複数現れ、仲良く空中を旋回する姿まで披露してくれた。
彼の秘密の魔術に、河原はおおいに盛り上がる。
その優美に滑空する後ろ姿を、イリーネは少し白けた視線で見送る。
(いい子って……私はサヒーマじゃないんだけど)
ペット扱いは納得しているはずなのに、イリーネはもやもやと不満を抱えたまま河原に屈むと、色素の薄い石を選びながら手に取り、ぬくもり程度の発熱を確認し始めた。
ほどなくして風が吹いたかと思うと、側にレルトラスが着地する。
「色素の薄い人肌程度の塊って、これかな」
(は、早っ)
何年も憧れていた石の予感に、イリーネの胸は再び高鳴った。
(まさか成長石が、こんなに早く手に入るなんて……どうしよう。こ、心の準備が……)
イリーネは鼓動を抑えきれず、緊張した面持ちで顔を上げると、一瞬頭の中が真っ白になる。
獲物を捕らえたように自慢げなレルトラスの片手には、ずぶ濡れの少年がぶら下がっていた。
「首絞まってる!」
イリーネは思わず叫ぶと、急いで色白の少年を預かり河原に寝かせて、まずは呼吸を確認する。
「生きてる……ね。良かった。だけどどうしたの、この子」
「見てわからないのか。色素の薄い人肌程度の塊だろう」
堂々と言い放つレルトラスに、イリーネは唖然とした。
「そんなの石に決まってるでしょ!」
「そうなのか」
「そうだよ! 私がはっきり言わなかったのも悪いけど、どう考えても少年かっさらってくるのは違うから!」
イリーネが騒いでいると、ずぶ濡れで横たわっている少年は泣き声をあげ始めた。
「ご、ごめん。怖かったよね。悪魔にさらわれるなんて、とんでもない目に遭って……」
まだ幼い少年は胸に溜まっていたものを吐き出すように、しゃくりあげながらも必死に話す。
「ち、ちがうんだ。お兄ちゃんは、おぼれていたぼくを、た、助けてくれて……」
「えっ」
よほど怖い思いをしたのか、嗚咽を漏らしながら少年は続ける。
「森で木の実をとってたら、こわい男の人が、おいかけてきて……。あわてて川にとびこんだけど、うまく泳げなくて……」
(やっぱり人さらい、増えてるのかな)
「どうやら、俺が見つけたものは間違いだったようだね」
レルトラスは明らかに不機嫌な声色で言うと、彼の手に猛火が立ち昇った。
「処分するよ」
手の中で勢いを増していく火柱の凶悪な熱に、イリーネは青ざめる。
(こいつ、自分の間違いが面白くなくて、持ってきた男の子に八つ当たりする気だ!)
「待ってレルトラス、水辺で燃やしていいのはマイフだけだからね!」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスの炎を前に、泣きじゃくっていた少年は圧倒されたように目を見開くと、体を起こして叫んだ。
「お、お兄ちゃんは、魔術師だったのか!」
「いや。俺はどこにでもいるただの町人だよ」
「ええっ? お兄ちゃんの火、前に町に来たすごい大魔術師より、もっと大きくて熱くてかっこいいよ!」
憧れの眼差しを輝かせてくる少年に対して、レルトラスが眉を寄せて戸惑っていることにイリーネは気づく。
(あっ、レルトラスって怖がられることならあるけど、こんな風に構われる状況は慣れてないんだ。多分今、八つ当たりのこと忘れかけてるな)
イリーネはなんとか話を繋げようと、少年に声をかけた。
「このお兄ちゃん、すごいでしょ」
「すごい! すごすぎる!」
「お兄ちゃんはね、これからあんたに、面白い秘密を見せてくれるよ!」
「ひみつ……? お兄ちゃんのひみつ、見たい! すごそう!」
「すごいよ! このお兄ちゃんはね、手に持っているあの炎をいろんな色や形に変えることが出来るんだから! 普段は秘密だけど、色素の薄い人肌程度のぬくもりのあるあんたには特別に見せてくれるって!」
「ぼくは青い鳥がいい!」
「さっ、レルトラス! 青い鳥をお願いします!」
無茶ぶりされて、レルトラスはすっかり八つ当たりのことを忘れている。
「……こうか?」
レルトラスは手から昇る火柱を変化させると、少年の望み通り、青い炎で作られた鳥がサービスなのか複数現れ、仲良く空中を旋回する姿まで披露してくれた。
彼の秘密の魔術に、河原はおおいに盛り上がる。
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