【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
38 / 55

38・色素の薄い人肌程度の塊

しおりを挟む
 レルトラスは張り切った様子でローブの下から悪魔の翼を広げると、見事な飛翔で川上へと飛び立った。

 その優美に滑空する後ろ姿を、イリーネは少し白けた視線で見送る。

(いい子って……私はサヒーマじゃないんだけど)

 ペット扱いは納得しているはずなのに、イリーネはもやもやと不満を抱えたまま河原に屈むと、色素の薄い石を選びながら手に取り、ぬくもり程度の発熱を確認し始めた。

 ほどなくして風が吹いたかと思うと、側にレルトラスが着地する。

「色素の薄い人肌程度の塊って、これかな」

(は、早っ)

 何年も憧れていた石の予感に、イリーネの胸は再び高鳴った。

(まさか成長石が、こんなに早く手に入るなんて……どうしよう。こ、心の準備が……)

 イリーネは鼓動を抑えきれず、緊張した面持ちで顔を上げると、一瞬頭の中が真っ白になる。

 獲物を捕らえたように自慢げなレルトラスの片手には、ずぶ濡れの少年がぶら下がっていた。

「首絞まってる!」

 イリーネは思わず叫ぶと、急いで色白の少年を預かり河原に寝かせて、まずは呼吸を確認する。

「生きてる……ね。良かった。だけどどうしたの、この子」

「見てわからないのか。色素の薄い人肌程度の塊だろう」

 堂々と言い放つレルトラスに、イリーネは唖然とした。

「そんなの石に決まってるでしょ!」

「そうなのか」

「そうだよ! 私がはっきり言わなかったのも悪いけど、どう考えても少年かっさらってくるのは違うから!」

 イリーネが騒いでいると、ずぶ濡れで横たわっている少年は泣き声をあげ始めた。

「ご、ごめん。怖かったよね。悪魔にさらわれるなんて、とんでもない目に遭って……」

 まだ幼い少年は胸に溜まっていたものを吐き出すように、しゃくりあげながらも必死に話す。

「ち、ちがうんだ。お兄ちゃんは、おぼれていたぼくを、た、助けてくれて……」

「えっ」

 よほど怖い思いをしたのか、嗚咽を漏らしながら少年は続ける。

「森で木の実をとってたら、こわい男の人が、おいかけてきて……。あわてて川にとびこんだけど、うまく泳げなくて……」

(やっぱり人さらい、増えてるのかな)

「どうやら、俺が見つけたものは間違いだったようだね」

 レルトラスは明らかに不機嫌な声色で言うと、彼の手に猛火が立ち昇った。

「処分するよ」

 手の中で勢いを増していく火柱の凶悪な熱に、イリーネは青ざめる。

(こいつ、自分の間違いが面白くなくて、持ってきた男の子に八つ当たりする気だ!)

「待ってレルトラス、水辺で燃やしていいのはマイフだけだからね!」

「それは俺が決めることだよ」

 レルトラスの炎を前に、泣きじゃくっていた少年は圧倒されたように目を見開くと、体を起こして叫んだ。

「お、お兄ちゃんは、魔術師だったのか!」

「いや。俺はどこにでもいるただの町人だよ」

「ええっ? お兄ちゃんの火、前に町に来たすごい大魔術師より、もっと大きくて熱くてかっこいいよ!」

 憧れの眼差しを輝かせてくる少年に対して、レルトラスが眉を寄せて戸惑っていることにイリーネは気づく。

(あっ、レルトラスって怖がられることならあるけど、こんな風に構われる状況は慣れてないんだ。多分今、八つ当たりのこと忘れかけてるな)

 イリーネはなんとか話を繋げようと、少年に声をかけた。

「このお兄ちゃん、すごいでしょ」

「すごい! すごすぎる!」

「お兄ちゃんはね、これからあんたに、面白い秘密を見せてくれるよ!」

「ひみつ……? お兄ちゃんのひみつ、見たい! すごそう!」

「すごいよ! このお兄ちゃんはね、手に持っているあの炎をいろんな色や形に変えることが出来るんだから! 普段は秘密だけど、色素の薄い人肌程度のぬくもりのあるあんたには特別に見せてくれるって!」

「ぼくは青い鳥がいい!」

「さっ、レルトラス! 青い鳥をお願いします!」

 無茶ぶりされて、レルトラスはすっかり八つ当たりのことを忘れている。

「……こうか?」

 レルトラスは手から昇る火柱を変化させると、少年の望み通り、青い炎で作られた鳥がサービスなのか複数現れ、仲良く空中を旋回する姿まで披露してくれた。

 彼の秘密の魔術に、河原はおおいに盛り上がる。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...