【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
25 / 55

25・青白い道しるべ

しおりを挟む
『タリカを、助けて』

 一言告げると、イリーネの腕の中にいる水の精霊の力が抜けた。

 それをきっかけとして獣の姿は原型が失われるようにほどけ、澄んだ液体が溶け溢れて地に注がれる。

 全身ずぶ濡れのまま、イリーネはひとりその場に座り込んだままでいた。

 唐突に失ってしまった、その存在のあっけなさに呆然とする。

「そんな……」

 不意に目の奥が熱を持つように痛んだが、イリーネは自分の顔をはたいて意識を奮い立たせた。

(あの精霊が命を振り絞って伝えてくれたんだ。悲しむのはその後でいい)

 イリーネは自分が羽織っているローブの中に腕を滑り込ませ、革ベルトのポケットから一枚の葉を取り出すと、近くにある小川で濡らして両方のまぶたにこすりつける。

 先ほどまで精霊がいて濡れている場所は、青白い光を放っていた。

(よし。これで見える)

 葉の力で霊力が光として感知出来るようになると、小屋の周辺に散る燐光の量から、あの透明な獣が執拗に攻撃されるたびに受けた痛ましい惨状が明らかになる。

(どうして、こんなこと……)

 イリーネは目をそむけたくなったが、その苦しみを無視して周囲を確認した。

(やっぱり、そうだ)

 道しるべのように、青白い光が山へ向かう入り口の奥へと続いている。

(間違いない。精霊はタリカを助けようとしてあんなに酷い怪我をしたんだ。タリカの身に何か悪いことが起こったのかも)

 イリーネは先ほどの精霊の無残な状態を見たこともあり、その先へ進んで目にするタリカの姿を思うと足が強張った。

 それでも精一杯、深呼吸をして意識的に自分の勝手な想像を落ち着かせようとする。

(ひるむな。まだ決まったわけじゃない。助けてって、あの精霊に託されたんだから……)

 何度もそう繰り返したが、なかなか身体の震えは収まらない。

(でも結局、私にあの子は助けられなかった。タリカだってきっともう……)

 忍び込んでくる無力感を言い訳にして、イリーネはその場から逃げ出したくなった。

 その時ふと、イリーネは自分の心を落ち着かせるように、無意識ではめている指輪を撫でていること気づく。
 
 薬指に宿るその美しい光沢を見つめていると、イリーネの表情がわずかにほぐれた。

(そうだ。あんな物騒な悪魔と数日いたんだ。このくらい大したことない。やれるよ)

「おみやげ、考えてあげないとな」

 そう言葉にすることで、少しとはいえ平静を取り戻せるような気がしてくる。

 イリーネは足元に咲いた鎮魂の意味を持つ小花を摘むと、青白い光を放つ精霊のいた地面に添えた。

「待っていて。あんたの代わりに、私がタリカを連れて帰るから」

 名も知らぬ精霊のいた場所にそう声をかけると、イリーネは迷いのない足取りで山へと続く道を進み始める。

 *

 青白い光を辿りながらしばらく山道を進むと、二人の男の無防備なしゃべり声が聞こえてきた。

「何回やっても、人さらいなんてやるもんじゃねぇと思うな。あーあ、身体がきつい」

「そうだけどよ。金が入った当日の夜の解放感はたまらねぇんだよな」

「だよな」

(良かった。くだらない話に夢中で私に気づいてない)

 イリーネは極力音を立てずに進めてきた足どりを緩めつつ、声の方へと向かう。

 山道を歩く二人の男の人相は悪く、汚れた軽装にバンダナという、いかにも悪漢のならず者といった見た目をしていた。

 彼らは背丈以上もある頑丈そうな一本の棒を互いの肩へ渡すように担ぎ、その棒の中央には大きな革袋が吊るされている。

(あの袋の中にきっとタリカがいる)

 イリーネは木々を利用して身を隠しつつ、慎重に会話を続けている男たちをうかがった。

「でも最近は身の危険を感じるだろ? ここら辺でやめようとも思うな」

「俺らみたいな人さらいが襲われるっていうあの話か? どうせ酔っ払いの嘘だろ」

「いや、最近のガロ領ならありえるぞ。物騒な奴らがうようよしてるからな。俺たちだって身寄りはないんだ。弱っているところを襲われる可能性もあるだろ」

「人さらいのお前がさらわれる心配するのか」

「するさ。全く……あくどい仕事すらやりにくい世の中なんて、ロクでもねぇよな」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...