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22・買いかぶるのは構わないけど

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 イリーネは身軽に空席のテーブルの間をすりぬけると、酒場の隅にあるソファで寝息を立てている癖毛の青年をつつく。

「ユヴィ。来たよ」

 そっと声をかけると、ユヴィは半分寝ぼけたまま、しかし慣れた様子で体を起こした。

「ああ、来てくれてありがとう。寝ていて悪かったね……」

 言いながらイリーネに気づくと、ユヴィは予想していなかったのか一瞬動きが止まり、ぱっと笑う。

「おい、驚かせるなよ! こんなにすぐ来てくれるなんて……夢かと思っただろ。でも、よくあのヤバそうな悪魔の監視から抜け出してこれたな」

「あいつ、意味わからないから今日は放置されたの。帰らないと厄災降りかかりそうで怖いから大人しく帰るけど」

「悪いな。まだ悪魔の魔術を解く方法は見つけていない」

「いいよ。今日は別件」

「へぇ、なんだろうな。イリーネは用事がないと人に関わろうなんてしないし……栄養管理士の力が必要な話か?」

「いや。全然」

「余計にわからないよ」

 ユヴィが寝ていたソファに腰をかけなおして隣の席を叩くので、イリーネも並んで座る。

「私、サヒーマの飼育に詳しい人を探しに来たんだ。シモナの知り合いとかで、誰か適任者がいないか聞きたくて」

「ああ、そういうことなら……母さんが認めていた一番弟子はジェスかな。いや、でも彼はエリート過ぎて多忙だし、今住んでる国が遠すぎるか。それならエメリダは……引退して、転勤がちな旦那さんと子育てに専念するって言ってたな。待てよ……そうだ、タリカがいる!」

「タリカ?」

「うん。タリカは俺の母さんも認めるくらい、サヒーマのことをよく知っているんだ。この間、彼女の引っ越した山の麓で変わった動物を色々見かけるから、食べ物について知りたいって俺のところに来てくれて話したんだ。タリカはガロ領でサヒーマの世話をしていたらしいけれど、ガロ領主の愛人に煙たがられたのか仕事を理不尽に解雇されたみたいで、最近ラザレ領に戻って来たって。仕事はまだ見つかっていないけど時間の自由ができたって言っていたし、サヒーマのこともきっと力になってくれるよ」

「へぇ、どこに行けば会えるかな」

「この酒場の店主に聞いてみな。小金握らせればすぐ教えてくれる」

 にっと笑うユヴィの表情は明るいのに肌がくすみ、目の下の濃いクマからも疲労感が滲んでいた。

「ユヴィ、あごひげ店主が言ってたけど、いつも店内で寝ているんだって? 忙しくしすぎたら辛くない?」

「大丈夫だよ。俺がしたくてやってることだから」

「あの……シモナってそんなに具合悪いの?」

「大丈夫。母さんには元気になってもらうよ。俺がついてるんだから」

(ユヴィも私と同じで父さんいないし、しかも母さんっこだったからな)

「だけどユヴィは仕事で、食べ物の効果を活かした体調管理の相談とかやっているんでしょ。そんなに疲労感漂わせていたら、客にもユヴィのアドバイスで効果があるのかって不審がられたりしない?」

「大切な母親の世話をしているって言ったら、結構みんな親切にしてくれるよ」

(ああ、エアみたいに絆の話に弱い客が多いのかな)

「私にも出来ることとかあったら言ってよ。シモナが元気になればサヒーマの協力だってしてもらえるだろうし、私も久々に探索とかしたいしね。そういえばこの間、偶然にも極上品の浄蜜のしずくを見つけたんだ。それは間違えてあの悪魔にあげちゃったけど、次見つけたらシモナに渡すよ」

「さすが。義賊の鏡」

「もちろん。金はもらうけど」

「とか言うくせに結構良心的な価格だろ」

「シモナが元気になれば、私のかわいいサヒーマたちにとって見返りがあるしね」

「そういう言い訳して親切にしてくれるところ、昔から変わらないな」

「買いかぶるのは構わないけど……。騙されてるって気づいた時には遅いよ」



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