【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

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17・人を燃やしてはいけません

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 基本的に他者に興味を持たず生きてきたレルトラスは、今まで思いもつかなかった悪趣味な知識を教えられると、難しい顔をして思い悩む。

「イリーネの秘密は何かな」

「私は秘密を持たないから」

「それなら作っておいて。俺のために」

(そんなのあったら、あんたにだけは絶対知られたくないけど)

「レルトラスはないの?」

「ないよ。だけどそうだね、イリーネのために何か考えておいた方がいいかな」

「うん。弱味なら握りたいかも」

 噛み合っているのかよくわからない会話の途中で、扉の奥から無駄にでかい男の声がまた聞こえてきたため、二人とも意識をそちらへと向けた。

「だからだね! ワシはあんたを信頼して預けた聖獣の飼育がずさんすぎて、ひどい損害を被っているのだよ! どう責任をとるつもりだ、ラザレ領主!」

 その野太い声に返しているのは、どこか弱々しくおろおろとした若い男、おそらくレルトラスのお世話になっているラザレ領主の声だった。

「し、しかしそれは突然のお話で、しかもこちらにサヒーマを育てるための準備が無いことはお伝えしたはずですし……」

「ワシから預かった責任を放棄するのか!」

「そうではありませんが、やって来た時にはすでにサヒーマたちも弱々しくて……」

「なんだと! ワシの不手際だというのか! そんな侮辱を受けるくらいなら、あんな貧弱な獣くれてやる! その代わり責任は全て負ってもらうがな! 被害金は全額払え!」

「ええっ、私がですか?」

「若造とはいえ、仮にも領主だろう! おまえが責任を取るべきだ、違うか! いいな、これから請求の準備をさせるから、覚悟しておくことだな!」

 謁見の間の扉が開かれると、ふてぶてしい足取りを響かせた丈の短い、しかし横にはボリュームのある男が従者を伴って出て行く。

 高級そうな衣装をはち切れさせそうに去っていくその後ろ姿を見ながら、イリーネは値踏みした。

(あの無駄に声のでかいおっさん、扱いきれなくて押し付けたサヒーマを理由に、ラザレ領主から金むしり取ろうとしてるな)

 話が終わったのをきっかけにレルトラスが歩き始めたため、イリーネも後に続いた。

 開かれた扉をくぐると、広々とした空間が広がっている。

 館の謁見の間は背面がガラス張りとなっていて、そばにたたずむ湖が水面をたゆたわせているのがよく見えた。

 その自然を感じられる開放的な室内の中央には細身の男がひとり、情けない様子で両手と膝を床についている。

(あいつがラザレ領主ではないと信じたいけど。でもおそらく……)

 年のころは30前後ほどに見えるその男は、身につけているガウンの仕立ての良さと、優男風の嫌味のない顔立ちに育ちの良さを感じるが、床に這いつくばる姿勢からは絶望感が垂れ流されていて残念な風格を醸し出している。

 周囲には数人の家令が取り囲み、傷ついた様子の領主に対してやさしい言葉をかけて諭していた。

「マイフカイル様、父親ほど年の離れたガロ領主を前に、しっかり事情を説明出来ていましたね。あなたの成長を感じましたよ」

「そうです。真面目に考えるのも大切ですが、床に這いつくばるのはやめて、気持ちを整えて前向きにいきましょう」

「甘いお菓子を用意しますからね。それを食べながら、皆で協力して考えれば良いのですよ」

(あの使用人たち、領主に対して褒めて伸ばすでやってるのかな。指輪の呪いを取る方法が知りたくて来たけど……。見た感じ、期待できなさそうだな)

 イリーネはラザレ領主の貧弱な佇まいにすでに目的を諦めかけていたが、それを知らないレルトラスは遠慮なく悲壮感漂わせる領主へ近づいていく。

 その威圧的な気配に顔を上げ、ラザレ領主は驚愕した。

「レルトラス……! なぜ今、ここにいるのですか!」

「ああ。問題でもあるのかい」

「し、しかし今はガロ領主殿がいらしていて、もしかしてすれ違ったのではないかと案じているのですが……」

「ああ。そういえば秘密のことで頭を悩ませていて、つい燃やすのを忘れていたよ」

「待って! いいのです! 忘れていていいのですよ! レルトラス、人を燃やしてはいけません!」

「そうか」
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