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16・厄災のような扱い

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(待てよ。レルトラスを小さい頃から知っているのなら、こいつの魔術を解除する方法とかわからないかな)

 イリーネの脳裏に、ちらりと打算が浮かんだ。

「ね、私もマイフに会うことって出来るかな」

「俺以外のやつに会いたいのか」

 自分に問題があると認識していないレルトラスは、懐く兆しを見せないイリーネに対して不快感をあらわにする。

 イリーネはひりつくような殺意を肌に受けると、身の危険を察して慌てて嘘を並べた。

「だ、だってそいつ、レルトラスの昔のこと知っているんでしょ? 気になるなあ、会ってみたいなあ。どうかな? だから私を燃やすのはもう少し後にして……」
 
「それなら行ってみようか」

 割と単純らしく、どことなく不機嫌を和らげたレルトラスは保護区の奥へと続く居館に向かって歩き始める。

 レルトラスの扱いが少しわかってきたイリーネは胸を撫でおろした。

(その領主、レルトラスとどんな間柄なのかは知らないけど、とりあえず様子見て……脅すとチクられるかもしれないし、賄賂渡して共犯にしたほうがいいかな。何か欲しいものとか、困りごととかあるといいけど)

 そんな感じで、イリーネは隣の悪魔を欺こうと大真面目に考え始めた。

 *

 ラザレ領主の白亜の館は、植物の新緑と鮮やかな湖に囲まれ、清涼な雰囲気をまとっている。

 そこに似つかわしくない、植物を枯らしそうな禍々しさを振りまくレルトラスは、堂々とした侵略者のように門をくぐった。

「貴様、何者だ!」

 ひとりの門衛がレルトラスを不審者だと判断したらしく、槍を向けて駆けてくる。

 レルトラスが近づいてくる羽虫を払うような仕草をすると、少し離れたところにいる門衛の身体はあっけなく吹き飛び、門の壁に叩きつけられた。

 周囲の衛兵たちが彼のそばに寄ってしきりに囁く。

「おい新人、彼は噂の客人だ」

「で、ですが今はガロ領主様がいらしているので、立ち入りは……!」

「いいから。うちの領主様のあの客人だけには関わるな」

「無慈悲であちこちから回されてきたところを、うちのお人好しな領主様の弱みに付け込んでここに居座っているらしい」

「とりあえず、目は合わせるなよ」

 レルトラスの事情を知っている衛兵たちは、一様に道を開け姿勢を低くした。

 その中を当然のように進んでいくレルトラスに、イリーネは居心地の悪さを感じながらも続く。

(厄災のような扱いだな。まぁ、たいして変わらないけど)

 その後は邪魔されることもない。

 広々とした館を進むと、謁見の間の巨大な扉が閉じられているというのに、そこから野太い男の声が轟いていた。

「ラザレ領主! ワシはあんたを見込んでうちのサヒーマを託したというのに、一体どうしてくれつもりだ!」

 レルトラスは聞こえてきた男の胴間声に嫌悪感を隠さず、眉をひそめる。

「下品な声だね。黙らせようか」

 言葉とほぼ同時に、彼の右手に炎の球体が現れ、音を立てて爆ぜながら膨らんだ。

「待って!」

 イリーネはレルトラスの前に出て歩みを止める。

「黙らせるよりも、話させた方が面白いかもよ」

(ここに来たのは領主の弱みや事情把握するのが目的だし)

 その下心は告げず、イリーネは扉のそばに飾られた彫刻の陰へ身を寄せて手招きすると、レルトラスが炎を消して隣へやって来た。

(あれ、まただ)

 肩が触れ合うほどの距離感を意識すると、イリーネは自分から呼びつけたというのに居心地の悪さを感じ始める。

(やっぱりこいつがそばにいると不愉快なくらい苦しくなる。なんか嫌だな、呪いと関係あるのかな)

 憂鬱そうにため息をつくイリーネの耳元で、レルトラスは不穏に微笑んだ。

「こそこそ盗み聞きをするのは、煩わしい奴を焼き払うよりも有意義なのか」

 イリーネは高鳴る鼓動が相手に聞こえないようにと祈りながら、赤らむ顔を隣の悪魔から背けた。

「人の秘密を知るの、楽しいでしょ」

「そういうものか」
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