【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

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14・唐突な命令

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(ここから解放されるのかな)

 イリーネは落ち着かずそわそわ待っていると、いつものことながら無遠慮に扉が開かれ、毒々しくも麗しい笑みを携えた悪魔がやってくる。

「行くよ」

(相変わらず唐突な命令だな)

「つまり、私のこと解放してくれるの?」

「愚かな望みは捨てたほうがいい。エアから聞いたけれど、散歩に行きたいようだね」

 あまり期待していなかったとはいえ、イリーネは鼻白んだ。

(なんだ。監視付きか)

 そして優雅に手を差し伸べてくるレルトラスを横目で見やる。

「何のつもり」

「繋いで」

 イリーネは差し出されている手の意味を知り、不覚にも顔が熱くなった。

「あ、あんたって……こういうこと、慣れてるの?」

「いや。好意を持って誰かを連れ出すのは初めてだよ」

(連れ出された奴、終わったな)

 しかし明らかに平静なレルトラスを前にすると、イリーネはひとりで狼狽していることがなんとなく悔しくもあり、つい素っ気ない言い方になる。

「つまり……私に首輪とリードをつける代わりとして手を繋ぐってこと?」

「そうだね。外で放すと逃げるだろうから」

「当然、っ」

 イリーネは言いかけた言葉をひっこめた。

(待てよ。弱体化した状態で逃げても捕まるだけなのはわかっているんだから、それなら逃げるための下調べだと思って、少しおとなしくして油断させた方が得策かも。身体も鈍っているから多少動かしたほうがいいだろうし)

 イリーネは差し出された手をそっと押して、彼の手をおろさせる。

「私は逃げないから。少し自由に行動させて。行こう」

 赤らんだ顔をふいと背けて、イリーネは外へ向かうため部屋を出た。

 *

 ほどなく、イリーネは部屋着となっている令嬢のような服を身にまとったまま、館の前に広がる風そよぐ平原を散策していた。

 エアもイリーネが我慢して着ることのできる服を心得てきていて、今身につけている胡桃色のワンピースも落ち着いて品のある形だったが、それは地味というよりも彼女の尖った華やかさをどこか柔らかく引き立てている。

 しかし数日の間で慣らされたとはいえ、イリーネは淑女丸出しで出かけるほどの勇気もなく、そのしとやかさをわざと崩すように、レルトラスの野営向きの上着を借りて羽織っていた。

 丈が長すぎるので腕はまくっているが、それを着ると自然と迫力が出て、不敵な笑みを浮かべれば世間知らずのお嬢様には見えない。

 イリーネのそばを歩く、深々とフードをかぶって悪魔の角と耳を隠しているレルトラスは、自分が着るのとは全く違う雰囲気になるイリーネの服装を、不思議そうに眺めた。

「面白いな。服ひとつで、イリーネの印象はくるくる変わる」

「よく言われる。大抵、しゃべったらがっかりされるけど」

「俺はイリーネの話に落胆したことがないよ」

「あんたは人の話、あんまり聞いてないから」

「そうか。なるほどね」

 嫌味を吸収してしまうレルトラスに呆れながらも、イリーネは少し離れたところにあるサヒーマたちの保護区に目を向ける。

(みんな、元気になったのかな)

「私、サヒーマたちを見てくるね。逃げないからレルトラスも自由にしてなよ。館に帰っていてもいいから」

 空を見上げているレルトラスを置き去りにして、イリーネは小走りで駆けると、保護区の柵に張り付いた。

 サヒーマたちは無邪気に寝そべったり、時折飛び交う蝶を追いかけたりとかわいい姿を見せてくれたが、毛づやはまだ戻っていない。

 領主はサヒーマの管理を見直したらしいが、もともと飼育が難しいこともあり、最悪の状態からは抜け出せたものの、すぐ順調とはいかないのかもしれない。

(そういえば、シモナはサヒーマの飼育員をしてたっけ。会えたら相談できるんだけどな)

 エアとの会話で母親のことを思い出したせいか、イリーネは母の友人であるドレッドヘアがトレードマークだった女のことを思い出す。

「イリーネ?」

 レルトラスではない男の声に呼ばれ、イリーネは自然と身構えて顔を向けた。

 質素な麻の服に革のベストを身につけた町人風の青年が、イリーネと同じようにサヒーマを観察していたのか、少し離れた柵のそばにたたずんでいる。

 癖の強い黒髪は個性的だが顔立ちはあっさりとしていて、どことなく落ち着いた雰囲気の青年だった。

(あれ。誰かに似ている気がする……)

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