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10・レルトラスの事情
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エアは積年の悩みのように、長いため息をつく。
「レルトラス様は行く先々で難色を示され、定住することも敵わず点々としているのです。そのような事情ですから、なかなか人と交流する機会が持てず、あのような振る舞いに……」
「なるほどね」
イリーネはレルトラスが去った後の、閉じられた扉を見つめた。
(まあ、私だってあいつほどではないにしても、自分の身を危うくするような危険を排除しているうちに、なるべく人と関わらない生き方になっているしな。人とどうやって話せば上手くいくのかわからない気持ちは理解できるけど)
レルトラスの事情に少し共感したイリーネは、正直に感想を口にする。
「あいつの事情なんて、私に関係ないし」
人間関係を避けてきた者相応の、雑な人当たりだった。
「見捨てないで下さい!」
エアは必死に食い下がってくる。
「イリーネ様がやって来たほんの少しの間で、レルトラス様に変化があるのです! イリーネ様のこと、すごく大切にされているようで……私は感激して最近涙腺が緩いくらいです!」
どこを見ればそうなるのか全く分からなかったが、イリーネの答えは明快だった。
「そろそろ外に出たいから、着ていた服返してくれる?」
「そんなことおっしゃらないで下さい!」
エアは泣きついてくる。
(涙腺が緩いのは本当みたいだな)
思いながら、イリーネは壁に手をついた。
猛毒を浴びてからの一連のことが積み重なり、弱体化した身体は少し動いただけで疲れ切っている。
その様子に気づき、エアは少女のような顔に悪い笑みを浮かべた。
「あらイリーネ様、やっぱり体調が戻っていないようですね! 少し静養がてら、ここにいてもいいではありませんか」
「嫌だよ」
エアの言うことも一理あるのだろうが、イリーネはあの男のことを思い出すと妙に胸がざわめいて、今まで以上に立ち去りたい気持ちだった。
扉が開かれ、相変わらずの唐突さでレルトラスが現れる。
口元にはいつもの冷たい微笑を浮かべていた。
「待たせたね、イリーネ」
「待ってない。むしろ永遠に会う予定なかった」
その口ぶりに動じる様子もなく、レルトラスはイリーネの目の前に立つ。
身長差の迫力と、悪魔の血筋特有の威圧感も重なり、イリーネはひるんでうつむいた。
(やっぱりこいつが来ると、勘が働くのか妙に緊張する。落ち着かない)
すでに逃げ出したくなっているイリーネに対して、レルトラスは逃がすつもりがないように妖しく微笑みながら命令する。
「イリーネ、目を閉じて」
「何、怖いんだけど」
「喜ぶと思うよ」
「だからそれが恐怖なんだって!」
「そうなのか。そんなことはないはずだけど……仕方ないな」
レルトラスが手を振り上げると、様子を見守っていたエアが小さく叫んだ。
「レルトラス様、何を……!」
異変に反応するのが遅れたイリーネは、気づけばもう全身が動かなくなっている。
「よし、これなら怖くても逃げられないね」
「……待って。何をするつもり、なの?」
「安心して。エアと相談してから決めたから、イリーネは喜ぶよ」
笑顔で決めつけ口調のレルトラスだが、すでにイリーネとエアをただならぬ恐怖の底へ突き落しているのは間違いなかった。
さらに二人には彼の言葉の意味がわからないので、余計にたちが悪い。
「レルトラス様は行く先々で難色を示され、定住することも敵わず点々としているのです。そのような事情ですから、なかなか人と交流する機会が持てず、あのような振る舞いに……」
「なるほどね」
イリーネはレルトラスが去った後の、閉じられた扉を見つめた。
(まあ、私だってあいつほどではないにしても、自分の身を危うくするような危険を排除しているうちに、なるべく人と関わらない生き方になっているしな。人とどうやって話せば上手くいくのかわからない気持ちは理解できるけど)
レルトラスの事情に少し共感したイリーネは、正直に感想を口にする。
「あいつの事情なんて、私に関係ないし」
人間関係を避けてきた者相応の、雑な人当たりだった。
「見捨てないで下さい!」
エアは必死に食い下がってくる。
「イリーネ様がやって来たほんの少しの間で、レルトラス様に変化があるのです! イリーネ様のこと、すごく大切にされているようで……私は感激して最近涙腺が緩いくらいです!」
どこを見ればそうなるのか全く分からなかったが、イリーネの答えは明快だった。
「そろそろ外に出たいから、着ていた服返してくれる?」
「そんなことおっしゃらないで下さい!」
エアは泣きついてくる。
(涙腺が緩いのは本当みたいだな)
思いながら、イリーネは壁に手をついた。
猛毒を浴びてからの一連のことが積み重なり、弱体化した身体は少し動いただけで疲れ切っている。
その様子に気づき、エアは少女のような顔に悪い笑みを浮かべた。
「あらイリーネ様、やっぱり体調が戻っていないようですね! 少し静養がてら、ここにいてもいいではありませんか」
「嫌だよ」
エアの言うことも一理あるのだろうが、イリーネはあの男のことを思い出すと妙に胸がざわめいて、今まで以上に立ち去りたい気持ちだった。
扉が開かれ、相変わらずの唐突さでレルトラスが現れる。
口元にはいつもの冷たい微笑を浮かべていた。
「待たせたね、イリーネ」
「待ってない。むしろ永遠に会う予定なかった」
その口ぶりに動じる様子もなく、レルトラスはイリーネの目の前に立つ。
身長差の迫力と、悪魔の血筋特有の威圧感も重なり、イリーネはひるんでうつむいた。
(やっぱりこいつが来ると、勘が働くのか妙に緊張する。落ち着かない)
すでに逃げ出したくなっているイリーネに対して、レルトラスは逃がすつもりがないように妖しく微笑みながら命令する。
「イリーネ、目を閉じて」
「何、怖いんだけど」
「喜ぶと思うよ」
「だからそれが恐怖なんだって!」
「そうなのか。そんなことはないはずだけど……仕方ないな」
レルトラスが手を振り上げると、様子を見守っていたエアが小さく叫んだ。
「レルトラス様、何を……!」
異変に反応するのが遅れたイリーネは、気づけばもう全身が動かなくなっている。
「よし、これなら怖くても逃げられないね」
「……待って。何をするつもり、なの?」
「安心して。エアと相談してから決めたから、イリーネは喜ぶよ」
笑顔で決めつけ口調のレルトラスだが、すでにイリーネとエアをただならぬ恐怖の底へ突き落しているのは間違いなかった。
さらに二人には彼の言葉の意味がわからないので、余計にたちが悪い。
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