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8・見た目と行動を一致させて下さい
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鏡と向き合ったイリーネにとって、直視することが苦痛なほど可憐な娘が映っている。
いつもフードで覆っていた長い金髪は丁寧に梳かされ、汚れが落ちた白い肌に、エアが用意した中で一番地味な群青色のワンピースを身につけていた。
見れば目が潰れる呪われた姿を前にしたかのように、イリーネは頑なに鏡から視線を背ける。
(なにこの無駄な装飾のある服……ひらひらして歩きにくいし、面倒くさくて切るのさぼっていた髪丸出しだし、こんな恰好で外歩く勇気ない……)
死んだ魚のような目を伏せるイリーネの周りを、エアは興奮気味にくるくる回りながら舞う。
「イリーネ様! 私以上に妖精です! ちいさい! かわいい! 着せ替えたいー! あっ、まだお化粧していませんね。ふふ、女の子のお世話はなんて楽しいのでしょう。ではこちらへ……」
黄色い声を上げてまとわりつくエアに向かって、イリーネは自分の血を狙う蚊を叩き潰すような勢いで両手をバチンと重ね合わせた。
エアはすれすれでその場を退散すると、天井の辺りから文句を言う。
「イリーネ様、見た目と行動を一致させて下さい!」
「それなら着ていた服、返して!」
「嫌ですよー。あんな少年のような服装より、今のお姿はとってもお似合いです。だいたいどうしてあんな小汚い恰好をなさっていたのですか!」
「スラム街歩くのに一番都合がいいからだよ! 返して!」
「そんな物騒な場所、歩かなければいいのです! さっ、行きますよ」
「行けない! 私は義賊なの! こんなぺらぺらな布の装備で外に出たら身も守れないし、弱い女に付け込む迷惑なやつが寄って来るし、戦闘もやりにくいし、なにより狩猟も採取も窃盗もできない!」
「イリーネ様、おてんばが過ぎますよ!」
「うるさい! 羽むしってやる!」
白熱する言い争いの中、無遠慮に部屋の扉が開く。
断りもなく立ち入ってくる禍々しくも美しい容貌の男に、イリーネは唖然とした。
彼は見覚えのある暗色のローブを身につけていたが、深々とかぶっていたフードはおろしている。
そこには燃えさかるような赤髪と異質に尖った耳、そばにはわずかに湾曲した山羊のような一対の角があらわになり、明らかに邪悪な悪魔の特徴を醸していた。
そしてそれが彼の見惚れるほど端麗な容姿と相まって、浮かべる微笑は蠱惑的ですらある。
イリーネは危険を察知して速やかに目を逸らした。
(なんだろう、引きつけられるような……悪魔の特殊能力かな。あまり見ないようにしよ)
警戒するイリーネの横を、エアがはしゃいだ様子で滑空して男のそばへ寄った。
「レルトラス様、見て下さい! イリーネ様の美しさ、見違えたでしょう!」
悪魔の容貌の男、レルトラスは常時張り付いている笑みを消すと、明らかに別人となったイリーネの姿を物珍しそうに見つめる。
(やばい。この不調と貧弱な装備のままあいつの一撃食らったら、受け身すらまともに取れない)
なにより、こんな落ち着かない恰好をしている自分の姿をさらすのは丸裸にされるより屈辱的に思え、イリーネはわずかにでも身を隠そうとしゃがみこみ、両腕で顔を隠した。
レルトラスは全く配慮のない足取りで近づいてくる。
「イリーネ、まだ観察が終わっていない。顔を見せてごらん」
「見るな!」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスは必死に姿を隠そうとしている細い腕をあっさりよけさせると、もう片方の手でイリーネの顎に手を添え強引に顔を向かせた。
イリーネは泉の底のように深い青の瞳を羞恥心で潤ませ、頬を真っ赤に上気させている。
その淡い桃色の唇は何かを告げかけるが、言葉にならず震えていた。
レルトラスは笑みも浮かべず瞬きもせず、その姿に心を奪われたように静止する。
そして黒く邪悪な眼差しに囚われたイリーネも心臓が高鳴り、未知の恐ろしいものから目が離せずに動けなかった。
いつもフードで覆っていた長い金髪は丁寧に梳かされ、汚れが落ちた白い肌に、エアが用意した中で一番地味な群青色のワンピースを身につけていた。
見れば目が潰れる呪われた姿を前にしたかのように、イリーネは頑なに鏡から視線を背ける。
(なにこの無駄な装飾のある服……ひらひらして歩きにくいし、面倒くさくて切るのさぼっていた髪丸出しだし、こんな恰好で外歩く勇気ない……)
死んだ魚のような目を伏せるイリーネの周りを、エアは興奮気味にくるくる回りながら舞う。
「イリーネ様! 私以上に妖精です! ちいさい! かわいい! 着せ替えたいー! あっ、まだお化粧していませんね。ふふ、女の子のお世話はなんて楽しいのでしょう。ではこちらへ……」
黄色い声を上げてまとわりつくエアに向かって、イリーネは自分の血を狙う蚊を叩き潰すような勢いで両手をバチンと重ね合わせた。
エアはすれすれでその場を退散すると、天井の辺りから文句を言う。
「イリーネ様、見た目と行動を一致させて下さい!」
「それなら着ていた服、返して!」
「嫌ですよー。あんな少年のような服装より、今のお姿はとってもお似合いです。だいたいどうしてあんな小汚い恰好をなさっていたのですか!」
「スラム街歩くのに一番都合がいいからだよ! 返して!」
「そんな物騒な場所、歩かなければいいのです! さっ、行きますよ」
「行けない! 私は義賊なの! こんなぺらぺらな布の装備で外に出たら身も守れないし、弱い女に付け込む迷惑なやつが寄って来るし、戦闘もやりにくいし、なにより狩猟も採取も窃盗もできない!」
「イリーネ様、おてんばが過ぎますよ!」
「うるさい! 羽むしってやる!」
白熱する言い争いの中、無遠慮に部屋の扉が開く。
断りもなく立ち入ってくる禍々しくも美しい容貌の男に、イリーネは唖然とした。
彼は見覚えのある暗色のローブを身につけていたが、深々とかぶっていたフードはおろしている。
そこには燃えさかるような赤髪と異質に尖った耳、そばにはわずかに湾曲した山羊のような一対の角があらわになり、明らかに邪悪な悪魔の特徴を醸していた。
そしてそれが彼の見惚れるほど端麗な容姿と相まって、浮かべる微笑は蠱惑的ですらある。
イリーネは危険を察知して速やかに目を逸らした。
(なんだろう、引きつけられるような……悪魔の特殊能力かな。あまり見ないようにしよ)
警戒するイリーネの横を、エアがはしゃいだ様子で滑空して男のそばへ寄った。
「レルトラス様、見て下さい! イリーネ様の美しさ、見違えたでしょう!」
悪魔の容貌の男、レルトラスは常時張り付いている笑みを消すと、明らかに別人となったイリーネの姿を物珍しそうに見つめる。
(やばい。この不調と貧弱な装備のままあいつの一撃食らったら、受け身すらまともに取れない)
なにより、こんな落ち着かない恰好をしている自分の姿をさらすのは丸裸にされるより屈辱的に思え、イリーネはわずかにでも身を隠そうとしゃがみこみ、両腕で顔を隠した。
レルトラスは全く配慮のない足取りで近づいてくる。
「イリーネ、まだ観察が終わっていない。顔を見せてごらん」
「見るな!」
「それは俺が決めることだよ」
レルトラスは必死に姿を隠そうとしている細い腕をあっさりよけさせると、もう片方の手でイリーネの顎に手を添え強引に顔を向かせた。
イリーネは泉の底のように深い青の瞳を羞恥心で潤ませ、頬を真っ赤に上気させている。
その淡い桃色の唇は何かを告げかけるが、言葉にならず震えていた。
レルトラスは笑みも浮かべず瞬きもせず、その姿に心を奪われたように静止する。
そして黒く邪悪な眼差しに囚われたイリーネも心臓が高鳴り、未知の恐ろしいものから目が離せずに動けなかった。
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