【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
5 / 55

5・気苦労の絶えない妖精

しおりを挟む
 ***



 主人が館に戻ってきた時、エアは嫌な予感がした。

 彼の両腕には、軽装の冒険者のような身なりをした小柄な人間が、ぐったりとした様子で抱えらえている。

 明らかに衰弱した客人に気づき、エアの顔色は見るみるうちに青ざめると、透ける膜のような羽を羽ばたかせて、凶暴さを秘めた麗しい容貌を持つ主人の前に飛んだ。

 手のひらサイズの少女のような妖精は、愛くるしい顔を怒りに染めて言い放つ。

「レルトラス様! 人間を燃やしたり飛ばしたり潰したりしてはいけないと、私があれほど……!」

「この子は平気だよ」

「平気なもんですか!」

 禍々しくも甘い笑顔で返事をする主人に、エアはついかっとなる。

「いいですか、あまりにも奔放にふるまうと、また別の領地へ回されますよ!」

「マイフは大丈夫だよ。脅しが通用する」

「ですから! それが追い出される要因を作っているので……っ!」

 エアはようやく、抱き上げられている人間が火傷を負っているわけでも、体の一部が吹き飛ばされているわけでも、潰されているわけでもなく、ただ汚れているだけだと気づいた。

 どうやら、いつもとは違う事情らしい。

「この方、どうなさったのですか?」

「エアはサヒーマの角の毒を知っているかい」

 主人の話がころころと変わるのは慣れているので、エアは気にせず首を傾げた。

「見たことはありませんが、確かゆっくりと死に至らしめる弱体化系の毒だと……」

 言いながら、数日前から館の向かいに早急に作られた柵の中へやってきた、目の保養ともいえるもふもふな幼獣たちを思い浮かべる。

「まさか、マイフカイル様が保護されているサヒーマたちが毒を持ったのですか? どうして?」

「エアでもわからないのか。環境変化のストレスで角が変性するらしいよ」

 言われてみれば、サヒーマたちはやってきた時点ですでに元気がなく気になっていたが、普段はお目にかかれない希少獣が衰弱することで、毒が作られるとは知らなかった。

 主人は腕の中に抱いている人を大切そうに抱えなおす。

「この人間の女……イリーネがサヒーマのことを教えてくれたり、角を取る応急処置もしてくれた。俺が毒のことを伝えて、マイフはガロ領に早馬を出すことにしたそうだよ」

 どこか得意げな様子の主人を見て、エアは目をしばたく。

 今日はかなり機嫌がいいようで、いつになく饒舌だ。

「俺とイリーネはその毒を吸ったのだけど、浄蜜のしずくだったかな。イリーネは一つしか持っていないのに、サヒーマを助けるためだと俺に譲ってくれたから、おかげで調子もすぐ戻ったしね」

「浄蜜のしずく! すごい、そんな貴重品を譲って頂けるなんて……」

 どうやら、主人が連れてきた人間は被害者ではなく恩人らしいと、エアもだんだん分かってくる。

 しかしその恩人は汚れているだけではなく、やはり血色が悪く思えた。

 エアは羽ばたいて自分の背丈ほどある恩人の顔に近づき、心配そうに覗き込む。

「この方はまだ、毒で身体が弱っているようですね」

 恩人を抱きかかえたままの主人も、わずかに眉を寄せた。

「マイフから奪ってきた解毒剤を飲ませたけれど、イリーネは相変わらずこんな状態のままだ。服用するまでに、少し時間が経ってしまったせいかな」

「それは心配ですね……」

 呼吸は落ち着いているので、あとは体力が戻るのを待つだけだとは思うが、サヒーマの毒に詳しい恩人は、おそらく自分の身が今のような状態になる可能性も理解して、主人とサヒーマを助けてくれたのだろう。

 なんて思いやりのある方なのだと、エアは感激してつい涙腺が緩む。

「それで、レルトラス様もこの方を心配なさって……」

 エアは言いよどむと、思いがけない可能性に気づいて主人をまじまじと見た。

「まさかレルトラス様、イリーネ様をこの館で静養させようと?」

「そうだね」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...