【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

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7・妖精は素手で捕まえられない

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 イリーネは綿のような手触りの雲の上に寝ころんで、ひなたぼっこをしている夢を見ていた。

(これ食べたら、身体がふわふわ浮いて空とか飛べないかな)

 思い立つと、雲をちぎって食べようと寝返りを打ち、それに合わせて実際の身体が動く。

「ふわっ」

 微妙な悲鳴を上げたイリーネは、柔らかい場所に沈む慣れない感触に目を覚ました。

 驚いて体を起こし辺りを見回すと、イリーネの背より高い置き時計やら煌びやかなランプやら、高級感溢れる調度品の飾られた室内にいる。

(まだ夢の中かな……)

 イリーネは高い天蓋の付いたふかふかの寝台の中で呆然としたまま、夢を見たのはこの寝心地のせいかと思い当たった。

 見慣れた安い酒場の客室とは大違いと言える。

「あら、目が覚めましたか!」

 明るい少女のような声がかけられ、イリーネはあたりを見回した。

 誰もいないと思った視界に、鳥のような素早い影が横切る。

「私はここです」

 イリーネの目の前に、てのひらにのるほどの大きさしかない小人が舞い込んだ。

 小人は背に四枚の羽を羽ばたかせながら空中に浮いている。

 イリーネは目を丸くした。

「あんた、妖精?」

 妖精は長い銀髪を手で整えながら、愛らしい笑顔でほほ笑んだ。

「はい、私はエアと申します。よろしければイリーネ様もそうお呼びくださ……っ!」

 話を最後まで聞かず、イリーネは素早く片手を振り上げるとエアの身体をわしづかみにしようとする。

 エアはすれすれで野蛮な振る舞いから逃れると、少し離れたところでホバリングをした。

「イリーネ様、それはどんな種族のなんの意味を持つ挨拶なのでしょうか」

「ならず者という種族の好奇心を満たすという意味の挨拶だよ。でもすごい敏捷性だね、ちょっと触らせてくれない?」

「ちょっとですみませんよね。寝ているだけではわかりませんでしたが、なるほど。イリーネ様は想像していたよりずっと、レルトラス様寄りの気性なのですね。いいですか、妖精をわしづかみしてはいけませんよ」

 イリーネは嫌な予感がして顔をしかめる。

 記憶の片隅から、不吉な笑顔で威圧的な言葉を放つ悪魔のような男が蘇ってきた。

「ここ、あの傲慢な男の家?」

「はい。お察しの通り、ここは私の主人、レルトラス様が住まう館です」

 エアは主人に対するイリーネの無礼な物言いを受け入れて、恭しく礼をする。

「イリーネ様、レルトラス様を助けて下さって本当にありがとうございました! 私はレルトラス様に言いつけられて、イリーネ様のお世話をしております。何かありましたら申し付け下さい」

「あ、そうなんだ。早速だけど、ここから出してもらえる?」

「ですが、体調は……」

「少しだるいけど、あの男のくれた解毒剤がよく効いたみたいで、もうほとんどいつも通り」

 実際は体が重く頭もぼんやりしていたが、イリーネは下手なダンジョンより危険そうなこの館を、あの威圧的な男がやってくる前に立ち去りたかった。

 イリーネのそれっぽい嘘に騙され、エアは安堵した様子で頷く。

「それを聞いてほっとしました。では準備をしますので、どうぞこちらへ」

「準備? ああ……」

 イリーネの身につけているものはエアが着替えされてくれたのか、いつもの薄汚れた旅装束ではなく、するりと肌触りの良い淑女用の寝間着だった。

「そうだね。こんな格好だと出られないし、荷物は?」

「はい。こちらへどうぞ!」

 イリーネは気怠いままエアに連れられると、館内に備えられた浴場で汚れを落としたり、ふんだんにフリルや宝石のあしらわれたドレスを勧められては断ったりしながら、いつの間にか身なりを整えられている。

 イリーネは早くここから逃げ出したい一心で戸惑いながらも従っていたが、さすがに想像とは違う状況だと気づいて首を傾げた頃には、すでに一段落着いていた。

「あの、私、ここから出たいだけで……」

「ええ、ええ。とってもお似合いですよ!」

 エアの両手に指先を引かれ、イリーネは壁に埋め込まれた全身を映せるほど大きな鏡の前に立たされる。

 映った姿を見て、絶望的な気持ちになった。

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