【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん

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1・目覚めたら牢獄

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 目を覚ますと、イリーネは氷のように冷えた石床に寝そべっていた。

 狭い石壁に囲まれ、鉄格子には金属の錠がかけられている。

 牢にいるらしい。

(さっさと逃げよ)

 イリーネは羽織っているローブの内側に手を滑り込ませながら、けだるさに顔をしかめた。

 全身は重く悪い熱を持ち、じくじくとした痛みと悪寒に蝕まれている。

(それでもやっぱり盗んでたか)

 イリーネは半分意識が飛びつつも、ちゃっかり手に入れていた鍵をローブの内側から取り出し、錠前を開けた。

(早く解毒しないと本当に死ぬかも。急ごう)

 よろめきながら牢を出ると、通路の奥から光が差し込んだ。

 足音を狭い通路に響かせ、誰かが近づいてくる。

(うわ、一番悪いタイミング)

 牢の薄暗さでよく見えないが、どこか禍々しさを孕んだ気配に覚えがあった。

 魔導士のような長いローブを身につけ、フードを目深にかぶった男は、牢から抜け出しているイリーネに気がつき、薄暗いのにはっきりわかるほど息をのむ。

 そして壁にもたれかかるほど苦しそうな相手に対し、どこか楽しげに笑った。

 しかしそれは、他者を和ませるというより胸騒ぎを覚えさせるような、不穏な気配を秘めている。

「そんな状態でよく逃げようと思うね」

 男は心底おかしそうな声色で言うと、片手に収まるほどの瓶を差し出した。

 かすめ取るように受け取ったイリーネはコルクを抜き、匂いを確認してから一気に飲む。

(助かった……かも、しれない。でも遅かった……かも、しれない)

 瓶を突き返しながら、イリーネは寒いというのに額に滲む嫌な汗をぬぐった。

 男が戻ってきたということは、気がかりなことの結果が出たのだろう。

「それで、ばらまいたサヒーマの毒はどうしたの」

 男は相変わらず、楽しそうに聞き返した。

「知ってどうするつもりだい?」

「このまま拾いに戻って、売ろうかと」

「面白いことを言うね。今、自分が苦しんでいる毒を拾ってまで売りたいなんて」

「売りたいというか、知りたいのほうが近いかな。私が見つけたものに、一体どんな力と価値があるのか」

「見つけたものに、どんな力と価値があるのか……」

 告げられた言葉を繰り返したまま男が黙り込んだ。

 イリーネは逃げられる隙が無いか辺りを見回し、男の背後の壁にかかった、今にも消えそうなかがり火に目を留める。

(あれをこの男に引っかけて、燃やしている間に逃げられないかな……)

 そんなことを考えてはみても、毒のせいか頭の中がぼんやりとしてまとまらない。

「そういえば、君の名前は?」

「……イリーネ、だっけ」

「イリーネ、回らない頭で物騒なことを考えているような顔をしているけど、逃げようとしても無駄だと言ったはずだよ」

「そうかな。やってみたら案外うまくいくかもよ」

「君ならやりかねないけど、そう言わなくてもいい。ちょうど、俺は生き物の世話をしてみたかったところなんだ」

 さらりと告げる言葉に無邪気な危険性を感じ取り、イリーネは出会ったときの直感を思い出す。

 関わってはいけない。

「やめときなよ。素性もはっきりしないならず者の娘なんて」

「それなら余計、都合がいい。さらっても誰も文句を言わないからね」

 男はゆっくりと歩み寄ってくる。

 イリーネは無意識に後ずさりながらも、男の気をそらそうと必死に頭を動かした。

「私なんかより……ほら、サヒーマとかかわいいよ。あれ、領主に譲ってもらえば?」

「俺はイリーネだけでいい」

 率直な好意を投げかけられ、イリーネは素直に不快感を顔に出す。

 今までの人生、褒め殺しに浮かれて自滅していった奴らを数えきれないほど見てきたが、この横暴な好意はそれ以上にたちが悪いと予感する。

「そういう言い方、迷惑なんだけど。放っておいて」

 不調からつい露骨な口ぶりになるが、身体は言うことをきかない。

 イリーネは壁に寄りかかったままずるずると崩れ落ち、そのまま昏睡した。

 男は宝物を扱うような丁重さでイリーネを横抱きにすると、薄暗い牢屋を引き返す。

「見つけたものに、一体どんな力と価値があるのか。なるほどね……」

 呟くその口元に笑みが浮かんだ。





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