上 下
54 / 86

54・ヴァルドラの真意

しおりを挟む
「はじめまして、私の名前はティサリアです! 好きな食べ物はふわふわカステラ! 趣味は、普段は内緒にしていますが竜に乗ること! 特技は、これも普段は内緒にしていますが解呪とか結界術とかアミュレット製作とか色々です!!」

 ティサリアはマイリーンを観客代わりにして、何度も練習した挨拶を噛まずに言い切った。

 大満足で見つめると、緋竜はしばし熟考する。

『……聞けば聞くほど、お前が何者かわからない』

「今の挨拶で私が怪しい者ではないと、あなたに知ってもらえれば十分です!」

『竜の巣に転がり落ちた後、恐れも見せず平然と自己紹介を始める者は怪しくないのか?』

「……そ、そう言われてみると……」

『いや、まあいい。気にしないことにしておく』

「あ、ありがとうございます! お近づきのしるしに、こちらをどうぞ!」

 ティサリアは背負っていたリュックをおろした。

 そこから竜たちが大好きな黄リンゴをひとつ取り出し、一瞬だけヴァルドラの側に近づいて置くと定位置に戻る。

 ヴァルドラは何も言わなかったが、顔を寄せてふんふんと匂いを嗅いでから、それを食べはじめた。

 洞の中に、しゃりしゃりとみずみずしい音が反響する。

(毒ではないかを確認していたけれど、すごくおいしそうに食べてるし……気に入ってくれたみたい)

 元気に自己紹介をして怪しさが増すのは想定外だったが、ティサリアは作戦が予定よりうまく行っていると、手ごたえを感じる。

(クレイに育ててもらっただけあって、ヴァルドラは一般的な野生の竜より人に慣れているし、おしゃべりも返すようになってくれている。だからあと一歩。あと一歩踏み込めれば大切な話ができるはず……)

 どう切り出そうか悩んでいると、ヴァルドラからティサリアに質問が向く。

『しかし、初めて見た。竜の言葉をここまで正確に理解できる人がいるのか』

「は、はい! コツがあるので、竜の伝えてくる思念の感覚をとらえるまでたくさん練習しましたが、ほとんどの人はそれで理解できるようになります。ヴァルドラも話したい人はいませんか?」

『……ところでなぜ、お前は俺の名を知っている』

「もちろん、あなたの名前を聞いたからです!」

 竜を恐れるアルノリスタで彼を保護し、名付けて育ててくれたのは、ただ一人しかいない。

 ティサリアの話が核心へと近づいた証拠に、緋竜は沈黙する。

 しかしティサリアは今しかないと確信し、迷わず続けた。

「クレイが私をヴァルドラに紹介したいと言ってくれました。だから私はあなたに会って、挨拶をしたかったんです!」

 氷のようなヴァルドラの瞳に苛立ちが浮かぶ。

 彼から発せられる威迫的な気配が大気を震わせ、ティサリアの肌をぴりぴりと刺した。

『去れ』

「……そうですよね。竜は近づいて来る生物が自身の力で蹂躙できる場合、自ら去ることはありません。嫌っていたり気分が悪ければ攻撃します。警戒していれば威嚇します。だけど私はクレイから聞きました。彼があなたを探して会いに行ったとき、あなたが静かに去ったことを」

 それはとても珍しいことだった。

「竜が弱者を前に自ら去るときは、相手を傷つけたくない理由があるときだけです。あなたは、クレイを傷つけないために、自分から去ったのですよね?」

『それでお前は、クレイを人質にでも取ったつもりで俺を脅しに来たのか? 無駄なことを……何が目的だ』

 威圧的な嘲笑をあげるヴァルドラに、ティサリアはひるむどころか、よくぞ聞いてくれましたと満面の笑みを浮かべる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

悪役令嬢を拾ったら、可愛すぎたので妹として溺愛します!

平山和人
恋愛
転生者のクロエは諸国を巡りながら冒険者として自由気ままな一人旅を楽しんでいた。 そんなある日、クエストの途中で、トラブルに巻き込まれた一行を発見。助けに入ったクロエが目にしたのは――驚くほど美しい少女だった。 「わたくし、婚約破棄された上に、身に覚えのない罪で王都を追放されたのです」 その言葉に驚くクロエ。しかし、さらに驚いたのは、その少女が前世の記憶に見覚えのある存在だったこと。しかも、話してみるととても良い子で……? 「そういえば、私……前世でこんな妹が欲しかったって思ってたっけ」 美少女との出会いが、クロエの旅と人生を大きく変えることに!?

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

処理中です...