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19・第二王子の噂

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「クレイルド王子はあの綺麗な顔からは想像もつかないほど、小さい頃はやんちゃだったらしいの」

「やんちゃ……」

「剣技は幼少のころから突き抜けていた才覚を現して、神童と呼ばれていたそうよ。そんな才能があったせいか、自分を襲った悪漢を返り討ちにしたり、凶悪竜を捕まえたり、従者もつけず王城を抜け出したこともあるらしいわ」

「王子なのに意外と……その、自由な方だったの?」

「噂だけを聞いて、そういう捉え方をする人もいるわね。でも本人から聞いたわけではないし、私も本当のことは知らないの。それに彼は気取らず親しみやすさのある人柄だという話も有名で、好ましく思う人も多いみたいよ。国内外問わず縁談話も尽きないそうだけれど、クレイルド王子自身が、そういう話はなぜか渋っていると聞いたこともあるわ」

 ティサリアは『相談』を受ける前に、クレイルドから「困っていて、内容だけでも聞いて欲しい」と言われたことを思い出す。

(困っているって、そのことかな? だから会った直後なのに、いきなりあの『相談』だったのかも……)

「だけど王子はあんなに熱心に面会を望んでくれたのだし、ティサのことを本当に気にして下さっているのね」

「あ、うん……」

 いつもの人違いみたいだよ、とは言いにくい。

 あの心配性の母が、王子のよからぬ噂を話しながらも、にこにこしている。

(意外かも)

「変わった噂の多い王子が私に会いに来て、お母様は心配しないの?」

「噂は噂よ。まずはあなたと彼の問題だからね。だけど確かに、不思議と心配はないのよね。あんなティサを久しぶりに見れたからかしら」

「私?」

「あら、気づいていないの? 王子がお見えになった時もお帰りになられた時も、彼を見つめるティサはとても優しい顔になるのよ」

「そう、なのかな……?」

 ティサリアは困惑した様子で首を傾げる。

 母はどこか楽しそうだ。

「たった一日会っただけで、私はそう感じたの。今はわからなくても一緒に過ごせば、次第に彼のことが好きになると思うわ」

「お母様に言われると、本当にそうなりそうだから。やめて」

「あら、どうして。困ることでもあるの?」

「……あっ、もうこんな時間! お母様は夜更かししないのにごめんね。おやすみなさい!」

 わざとらしく切り上げて、自分の部屋へと向かう。

(危ない危ない。あのまま話していたら、お母様の暗示にかけられそう。私がクレイとうまくいったら、喜んでくれるんだろうけど)

 ティサリアは心底幸せそうな笑顔を投げかけてくるクレイルドを思い出し、胸の奥がくすぐられるように温かくなった。

(だけどあんなに嬉しそうにされたら……人違いなのに、知らないふりはできないよ)

 自室に戻る途中、妹の部屋から明かりが漏れている。

(マイリーはまだ起きてるんだ。今日の様子からすると……もしかして感情が高ぶりすぎて眠れないのかな)

 夕食には、クレイルドからもらったあの珍味が一品として出された。

 それは東国で捕れた海産物を、塩漬けにして熟成させたものらしい。

 強い塩味が独特の風味でまろやかになり、癖になる味わいだと家族にも好評だったが、中でもマイリーンが一番感激してはしゃいでいた。

(マイリーは「今日は私の珍味記念日よ!」って謎の宣言をしながら、しょっぱいのに夢中になって食べて、その後水をがぶ飲みし過ぎて動けなくなっていたけど。あの後大丈夫だったのかな)

 ティサリアはマイリーンの部屋の前で声をかけてみる。

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