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5・謎と誤解が深まっていく
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会った時に感じた、得体の知れない気配はどこへ消えたのか。
ティサリアが何か告げようとしていることに気づいた男は、長く豊かなまつげに縁どられた美しい瞳を輝かせている。
これ以上ないほど期待されていると感じて、ティサリアはつい、開きかけた口を結んだ。
(すごく、ものすごく、言いにくいな……)
彼はおそらく、理由があって会えなかった想い人らしき相手を、自分だと勘違いしている。
そんな予想はついたが、ここまで嬉しそうにされてしまうと、先ほど人違いの婚約破棄を告げられた時や、魅了の呪術に気づいた時とも違う緊張が込み上げてくる。
(がっかりさせてしまうけど)
ティサリアは慎重に、しかし否定的に首を横に振った。
「私は先ほど婚約破棄を告げられた、エリザベート様という方ではありません」
「わかってるよ」
(つまり、別人の人違いってことかな……)
今夜はティサリアにとって珍しいほど、なかなかはっきりとした顔立ちに見える化粧を施したのだが、この国にはこれと似た顔の女性が少なくとも二人はいるらしい。
(さっきの婚約破棄みたいに、とんでもない勘違いをぺらぺら話させるのは申し訳ないから、早めに気づいてもらいたいけど)
ティサリアの憂慮をよそに、警備兵らしき男は制帽の下に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「ようやく会えたんだな」
「あの、感動中にすみません。人違いなんです」
「ん? つまり、俺のことを覚えていないってことか……なるほどね。それならそれで良かったけれど」
(えっ、覚えていなくても良いの?)
探している人に覚えてもらいたくない過去とは、一体何なのか。
(怪しすぎる)
「安心して。怪しい者ではないから」
(信じられる要素が見つからない)
「……あの、警備兵さん」
「警備兵? ああ、俺か。俺はね……そう、クレイって呼んで」
「クレイ?」
「うん、そんな風に」
早速名を呼ばれて、クレイと名乗った男は心底嬉しそうにしている。
(そんな風に微笑まれると、悪い人には見えないけど……)
話せば話すほど男に対する謎と誤解が深まっている気がした。
「待って下さい、警備兵さん。あなたは人違いをしているんだと思います」
「どう? こういう格好、似合うようになったかな?」
「え? ええ。それはもちろん似合ってますが」
(あなたほど美形なら、誰から見ても、何を着ても似合うと)
そう冷静に思うが、クレイと名乗った男はティサリアに似合うと言われたことがよほど嬉しかったのか、涼しげな目に甘やかな色を浮かべて微笑む。
「俺はね、こうやってあちこちの夜会に潜入して、警備ついでに君が来るのを探していたんだ。もちろん、諦めるつもりはなかったけれど、本当に会えたのか……」
(……つまり)
ティサリアはこの美しい男が、自分と人違いしている女性になかなか重めな執念を持っているらしい、という結論にたどり着く。
(どうしよう、完全に誤解されてる。まさかさっきみたいに、突然婚約破棄を宣言するようには見えないけれど)
クレイがあまりにも喜んでいるので、事実を突きつけるのも胸が痛むが、言わないでいるのはもっと申し訳なく感じた。
「あの、感極まっているところに水を差しますが……残念ながら人違いなんです」
「? どうしてさっきから人違いだなんて言うの?」
「私、信じられないほど人違いにあうんです。さっきだって」
「ああ。さっきの君、あの自滅男に何か施していたね」
(わ、バレてる)
「だけどそのことを知られたくなくて、急いで会場を離れた」
(わわ、そっちもバレてた)
「自分が関与していることを隠したいから。合ってる?」
「えっと……」
「だけど助けずにはいられなかった。君は人の注目を集めることが苦手なのに。どうして?」
「そ、それは、あの……」
想像以上の鋭い指摘にティサリアが口ごもると、クレイは追及の代わりに微笑んだ。
「ね。俺が探していたのは、君だよ」
ティサリアが何か告げようとしていることに気づいた男は、長く豊かなまつげに縁どられた美しい瞳を輝かせている。
これ以上ないほど期待されていると感じて、ティサリアはつい、開きかけた口を結んだ。
(すごく、ものすごく、言いにくいな……)
彼はおそらく、理由があって会えなかった想い人らしき相手を、自分だと勘違いしている。
そんな予想はついたが、ここまで嬉しそうにされてしまうと、先ほど人違いの婚約破棄を告げられた時や、魅了の呪術に気づいた時とも違う緊張が込み上げてくる。
(がっかりさせてしまうけど)
ティサリアは慎重に、しかし否定的に首を横に振った。
「私は先ほど婚約破棄を告げられた、エリザベート様という方ではありません」
「わかってるよ」
(つまり、別人の人違いってことかな……)
今夜はティサリアにとって珍しいほど、なかなかはっきりとした顔立ちに見える化粧を施したのだが、この国にはこれと似た顔の女性が少なくとも二人はいるらしい。
(さっきの婚約破棄みたいに、とんでもない勘違いをぺらぺら話させるのは申し訳ないから、早めに気づいてもらいたいけど)
ティサリアの憂慮をよそに、警備兵らしき男は制帽の下に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「ようやく会えたんだな」
「あの、感動中にすみません。人違いなんです」
「ん? つまり、俺のことを覚えていないってことか……なるほどね。それならそれで良かったけれど」
(えっ、覚えていなくても良いの?)
探している人に覚えてもらいたくない過去とは、一体何なのか。
(怪しすぎる)
「安心して。怪しい者ではないから」
(信じられる要素が見つからない)
「……あの、警備兵さん」
「警備兵? ああ、俺か。俺はね……そう、クレイって呼んで」
「クレイ?」
「うん、そんな風に」
早速名を呼ばれて、クレイと名乗った男は心底嬉しそうにしている。
(そんな風に微笑まれると、悪い人には見えないけど……)
話せば話すほど男に対する謎と誤解が深まっている気がした。
「待って下さい、警備兵さん。あなたは人違いをしているんだと思います」
「どう? こういう格好、似合うようになったかな?」
「え? ええ。それはもちろん似合ってますが」
(あなたほど美形なら、誰から見ても、何を着ても似合うと)
そう冷静に思うが、クレイと名乗った男はティサリアに似合うと言われたことがよほど嬉しかったのか、涼しげな目に甘やかな色を浮かべて微笑む。
「俺はね、こうやってあちこちの夜会に潜入して、警備ついでに君が来るのを探していたんだ。もちろん、諦めるつもりはなかったけれど、本当に会えたのか……」
(……つまり)
ティサリアはこの美しい男が、自分と人違いしている女性になかなか重めな執念を持っているらしい、という結論にたどり着く。
(どうしよう、完全に誤解されてる。まさかさっきみたいに、突然婚約破棄を宣言するようには見えないけれど)
クレイがあまりにも喜んでいるので、事実を突きつけるのも胸が痛むが、言わないでいるのはもっと申し訳なく感じた。
「あの、感極まっているところに水を差しますが……残念ながら人違いなんです」
「? どうしてさっきから人違いだなんて言うの?」
「私、信じられないほど人違いにあうんです。さっきだって」
「ああ。さっきの君、あの自滅男に何か施していたね」
(わ、バレてる)
「だけどそのことを知られたくなくて、急いで会場を離れた」
(わわ、そっちもバレてた)
「自分が関与していることを隠したいから。合ってる?」
「えっと……」
「だけど助けずにはいられなかった。君は人の注目を集めることが苦手なのに。どうして?」
「そ、それは、あの……」
想像以上の鋭い指摘にティサリアが口ごもると、クレイは追及の代わりに微笑んだ。
「ね。俺が探していたのは、君だよ」
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