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26・触れられたくない話題
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(近い。顔近い、っていうかくっついてる……!)
「あ、ごめん」
ジェイルは哀れなほど真っ赤になって狼狽しているリセの様子に気づき、名残惜しそうに額を離してため息をついた。
「やっぱ俺、変になってるな。だけどそんな格好して、どこに出かけてたんだ?」
「出かけてないよ。お客様に、挨拶を少し」
「誰」
(気のせいかな。ジェイルの声色、いつもより怖いような……)
「サヴァード王子って、知ってる?」
知っているに決まっていることを聞くと、ジェイルは不機嫌に眉を寄せた。
「何された」
「えっ?」
リセは詰問されるような口調に怯むが、気持ちの整理がつく前に側妃の話を知られると、ジェイルの苛立ちに油を注ぐ可能性や、逆に「おめでとう」と歓迎されてしまっても後に引けない気がして、つい隠したくなる。
「精霊獣のことを聞かれていて。ほら、この間溺れ森で会った男の人。その時は私も気づかなかったんだけど。あの方がサヴァード王子だったの」
「あいつが色ボケ王子?」
「あの方が噂の!?」
「言われてみると、くだらない感じは相変わらずだったか……。髪を染めていたのは戻したんだな、雰囲気変わっていて気づかなかった」
「サヴァード王子は初めて会った時、私とジェイルの周囲の自然だけ、木々や草が元気になっていた話を教えてくれたの。ジェイルは気づいた?」
「いや、見惚れてたから」
「何に?」
「……それで、あいつはどうしてそんな話をしに来たんだ?」
「サヴァード王子はその時のことを不思議に思って、私の話を聞きに来たんだって。国と精霊のためになるかもしれないって、色々なことを考えてくれていて」
「そんなの真に受けるな。どうせリセをその気にさせるために、精霊を話題に使ってるだけだから……まさかお前。婚約してやるから王都に来いとか言われてないよな?」
触れられたくない話題に近づいた気がして、リセの心臓がどきりと跳ねる。
「な、ないよ」
リセの動揺した態度に、ジェイルの眉間のしわが深くなる。
「ない? あいつがのこのこやって来て、何もないわけないだろ。まさか今夜部屋に来いとか言われてないよな?」
「ないよ、全然ない!」
「じゃあ弱み握られて正妃になれって脅されたのか?」
「違うよ、私は側妃が合ってるって……あ」
「はぁ? ふざけんな。まだ色ボケやがって何言ってんだあいつ」
リセはいつにない剣幕で凄むジェイルの威迫感に震え上がったが、その後に胸の奥に疼いた安心感からふと、瞳が潤んだ。
ジェイルはその様子に気づくと、自分の荒れた言葉に思い当たったのか、慌てて手で口を押える。
「……や、大丈夫だから。もし無理やり約束させられても。どうとでもしてやるから、泣くな」
泣くなと言われると余計思いやりが沁みるようで、リセは最近よく出るようになった表情を隠すように顔を両手で覆った。
「まさかもう、何かされたのか?」
「違うよ。ジェイルがすごく怒るから、ほっとして」
「怒る俺にほっとしてる? ……また口下手節が出てるぞ。意味わからないから、理由くらい言え」
「だってもしジェイルに、人見知りの私は側妃が合ってるからそうしたほうがいいって言われたらどうしようって、怖かった……」
「あんな奴の所に行ったら、さらうよ」
その言葉は素直に嬉しかったが、しかしより一層、リセは自分の中に別の思いがくっきりと浮かび上がるような気がした。
(ジェイルは私にずっと親切にしてくれるけど……。私は、ジェイルのために何か出来てるのかな)
リセは一度だけ見たジェイルの安らかな寝顔を思い出すと、やはりサヴァードの提案を捨ててはいけないような苦しさがこみあげてくる。
「私ね、サヴァード王子と話したけど、精霊や国のこときちんと考えてくれていた。今は動揺していてどうすればいいのかわからないけれど、側妃の話は落ち着いてから考えてみようかな……」
「何言ってんだ? 落ち着いて考えれば余計にありえな……まさか、俺よりあいつの方がマシとか?」
「そ、それは……」
(あれ? そういえば私、側妃の話の後からずっとジェイルのことばかり気になって、サヴァード王子のことを考える隙間もなかった)
「あ、ごめん」
ジェイルは哀れなほど真っ赤になって狼狽しているリセの様子に気づき、名残惜しそうに額を離してため息をついた。
「やっぱ俺、変になってるな。だけどそんな格好して、どこに出かけてたんだ?」
「出かけてないよ。お客様に、挨拶を少し」
「誰」
(気のせいかな。ジェイルの声色、いつもより怖いような……)
「サヴァード王子って、知ってる?」
知っているに決まっていることを聞くと、ジェイルは不機嫌に眉を寄せた。
「何された」
「えっ?」
リセは詰問されるような口調に怯むが、気持ちの整理がつく前に側妃の話を知られると、ジェイルの苛立ちに油を注ぐ可能性や、逆に「おめでとう」と歓迎されてしまっても後に引けない気がして、つい隠したくなる。
「精霊獣のことを聞かれていて。ほら、この間溺れ森で会った男の人。その時は私も気づかなかったんだけど。あの方がサヴァード王子だったの」
「あいつが色ボケ王子?」
「あの方が噂の!?」
「言われてみると、くだらない感じは相変わらずだったか……。髪を染めていたのは戻したんだな、雰囲気変わっていて気づかなかった」
「サヴァード王子は初めて会った時、私とジェイルの周囲の自然だけ、木々や草が元気になっていた話を教えてくれたの。ジェイルは気づいた?」
「いや、見惚れてたから」
「何に?」
「……それで、あいつはどうしてそんな話をしに来たんだ?」
「サヴァード王子はその時のことを不思議に思って、私の話を聞きに来たんだって。国と精霊のためになるかもしれないって、色々なことを考えてくれていて」
「そんなの真に受けるな。どうせリセをその気にさせるために、精霊を話題に使ってるだけだから……まさかお前。婚約してやるから王都に来いとか言われてないよな?」
触れられたくない話題に近づいた気がして、リセの心臓がどきりと跳ねる。
「な、ないよ」
リセの動揺した態度に、ジェイルの眉間のしわが深くなる。
「ない? あいつがのこのこやって来て、何もないわけないだろ。まさか今夜部屋に来いとか言われてないよな?」
「ないよ、全然ない!」
「じゃあ弱み握られて正妃になれって脅されたのか?」
「違うよ、私は側妃が合ってるって……あ」
「はぁ? ふざけんな。まだ色ボケやがって何言ってんだあいつ」
リセはいつにない剣幕で凄むジェイルの威迫感に震え上がったが、その後に胸の奥に疼いた安心感からふと、瞳が潤んだ。
ジェイルはその様子に気づくと、自分の荒れた言葉に思い当たったのか、慌てて手で口を押える。
「……や、大丈夫だから。もし無理やり約束させられても。どうとでもしてやるから、泣くな」
泣くなと言われると余計思いやりが沁みるようで、リセは最近よく出るようになった表情を隠すように顔を両手で覆った。
「まさかもう、何かされたのか?」
「違うよ。ジェイルがすごく怒るから、ほっとして」
「怒る俺にほっとしてる? ……また口下手節が出てるぞ。意味わからないから、理由くらい言え」
「だってもしジェイルに、人見知りの私は側妃が合ってるからそうしたほうがいいって言われたらどうしようって、怖かった……」
「あんな奴の所に行ったら、さらうよ」
その言葉は素直に嬉しかったが、しかしより一層、リセは自分の中に別の思いがくっきりと浮かび上がるような気がした。
(ジェイルは私にずっと親切にしてくれるけど……。私は、ジェイルのために何か出来てるのかな)
リセは一度だけ見たジェイルの安らかな寝顔を思い出すと、やはりサヴァードの提案を捨ててはいけないような苦しさがこみあげてくる。
「私ね、サヴァード王子と話したけど、精霊や国のこときちんと考えてくれていた。今は動揺していてどうすればいいのかわからないけれど、側妃の話は落ち着いてから考えてみようかな……」
「何言ってんだ? 落ち着いて考えれば余計にありえな……まさか、俺よりあいつの方がマシとか?」
「そ、それは……」
(あれ? そういえば私、側妃の話の後からずっとジェイルのことばかり気になって、サヴァード王子のことを考える隙間もなかった)
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