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25・目の保養
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ジェイルの部屋に着くと、拭いきれない魔力の残滓が漂っていた。
魔術で防壁を張り巡らせていたので、建物への損傷は全くない。
しかし室内には未だ、凍てついた空気と灼熱に燃え焦げた気配がないまぜとなっていて、その異様な残り香だけでリセは十分に圧倒された。
「ジェイルって、本当にすごい力を持ってるんだね」
「そうか? 今使える程度なんて、お遊びみたいなものだから」
リセは直接ジェイルが魔術を躍らせる光景を目にしなくても、数々の異名を持つ伝説の魔術師の片鱗を見た気がして、呆然と部屋に立ち尽くす。
(みんながジェイルの力に興味を持つ理由が分かったかも。だけどこんなに強い力を使って、体に負担はないのかな)
「調子は悪くない? あの、もしよければ……」
「いや。休憩はもう少し先にしとく」
誤解が解けたあの日から、ジェイルは「笑ってくれたときに取っておく」と言ったきり、リセに触れることは一度もなかった。
(私がいることで、かえってジェイルの負担になってる気がする。私にできることは何もないのかな……)
リセは自分を抱き枕にして眠る、一度だけ見た安らかで美しい寝顔を思い出す。
(私がサヴァード王子に協力して国内の環境を良くすることができたら、自然の影響を受ける精霊獣のジェイルも元気になるはずだけど……)
黙り込むリセに、ジェイルは歩み寄ってその顔をしげしげと覗き込んだ。
「どうした。部屋では魔術禁止だったのか?」
「そんなことないよ。だけど珍しいね。どうして魔術を使ってみたの?」
「今の俺の魔力の使える範囲を確認したかったんだ。何か起こったら、どの程度自分の身を守れそうか目安が欲しかったから。結果は微妙だったけど、それがわかっただけマシか」
(どうしてそんなこと調べようと思ったんだろう。もしかして、近々出て行くつもりとか?)
リセはふと、ジェイルの不調以外、彼をここに引き留めておけるものが何もないと気づく。
(そっか。ジェイルの体調が戻ったら、お別れなんだ……)
リセが呆然としていると、先ほどから見つめ続けてくるジェイルはぽつりと呟いた。
「ところでリセ。そんな格好してどこかへ出かけてきたのか?」
言われてようやく、リセはよそ行き姿のままだと気づく。
(そうだ。私、ジェイルに会いたくて何も考えずまっすぐ来たんだった)
しかし王子に会ったこと、特に今は側妃の話をするような気にはなれず、リセはジェイルの視線から逃れるように慌てて背を向けた。
「こ、この服装だと掃除もしにくいから、今着替えて──」
リセはその場を離れようとドアノブを握ったが、ジェイルは扉に手をついてそれを拒む。
「その恰好」
低く囁く声に振り返ると、そばで見下ろしてくる蠱惑的な眼差しと目が合い、どきりとした。
「あんま他の人に見せたくない」
(まさか私の服装……テニーの気合いが空回りして、人に見せるのはやめておいた方がいいほど失敗してる?)
そう思うと一層逃げ出したくなったが、今も吸い付くような眼差しが注がれていることを意識してしまうと、リセのただでさえ熱い顔に羞恥心がありありと浮かぶ。
リセは泣いたあの夜から、ジェイルの前だと動揺が表情に現れつつあった。
(普通のことなんだろうけど、気持ちが顔に書いてあるって恥ずかしい……)
迫られて逃げ場のないリセは、せめてもの抵抗として顔を横に背ける。
「ジェイル、お願い。私の見た目、相当変だってことがわかったから、見ないで」
「リセは変じゃないだろ。どっちかって言うと、俺が変になりそうで怪しい」
「そこまで酷いの!? ごめんなさい……すぐ着替えて、」
「いや、あいつは追い出すように気をつけるから。少し目の保養。だから行くなよ」
(あいつ? 色ボケ王子さんがやってくるって、よく言ってるけど。伝説の魔術師に苦戦を強いる相手……どんな人なんだろう)
余計なことを考えているとジェイルの顔が回り込み、リセを正面から捉えた。
息もできない。
ジェイルはそっと口づけるかのように額同士を重ねると、物欲しげにリセを見つめた。
魔術で防壁を張り巡らせていたので、建物への損傷は全くない。
しかし室内には未だ、凍てついた空気と灼熱に燃え焦げた気配がないまぜとなっていて、その異様な残り香だけでリセは十分に圧倒された。
「ジェイルって、本当にすごい力を持ってるんだね」
「そうか? 今使える程度なんて、お遊びみたいなものだから」
リセは直接ジェイルが魔術を躍らせる光景を目にしなくても、数々の異名を持つ伝説の魔術師の片鱗を見た気がして、呆然と部屋に立ち尽くす。
(みんながジェイルの力に興味を持つ理由が分かったかも。だけどこんなに強い力を使って、体に負担はないのかな)
「調子は悪くない? あの、もしよければ……」
「いや。休憩はもう少し先にしとく」
誤解が解けたあの日から、ジェイルは「笑ってくれたときに取っておく」と言ったきり、リセに触れることは一度もなかった。
(私がいることで、かえってジェイルの負担になってる気がする。私にできることは何もないのかな……)
リセは自分を抱き枕にして眠る、一度だけ見た安らかで美しい寝顔を思い出す。
(私がサヴァード王子に協力して国内の環境を良くすることができたら、自然の影響を受ける精霊獣のジェイルも元気になるはずだけど……)
黙り込むリセに、ジェイルは歩み寄ってその顔をしげしげと覗き込んだ。
「どうした。部屋では魔術禁止だったのか?」
「そんなことないよ。だけど珍しいね。どうして魔術を使ってみたの?」
「今の俺の魔力の使える範囲を確認したかったんだ。何か起こったら、どの程度自分の身を守れそうか目安が欲しかったから。結果は微妙だったけど、それがわかっただけマシか」
(どうしてそんなこと調べようと思ったんだろう。もしかして、近々出て行くつもりとか?)
リセはふと、ジェイルの不調以外、彼をここに引き留めておけるものが何もないと気づく。
(そっか。ジェイルの体調が戻ったら、お別れなんだ……)
リセが呆然としていると、先ほどから見つめ続けてくるジェイルはぽつりと呟いた。
「ところでリセ。そんな格好してどこかへ出かけてきたのか?」
言われてようやく、リセはよそ行き姿のままだと気づく。
(そうだ。私、ジェイルに会いたくて何も考えずまっすぐ来たんだった)
しかし王子に会ったこと、特に今は側妃の話をするような気にはなれず、リセはジェイルの視線から逃れるように慌てて背を向けた。
「こ、この服装だと掃除もしにくいから、今着替えて──」
リセはその場を離れようとドアノブを握ったが、ジェイルは扉に手をついてそれを拒む。
「その恰好」
低く囁く声に振り返ると、そばで見下ろしてくる蠱惑的な眼差しと目が合い、どきりとした。
「あんま他の人に見せたくない」
(まさか私の服装……テニーの気合いが空回りして、人に見せるのはやめておいた方がいいほど失敗してる?)
そう思うと一層逃げ出したくなったが、今も吸い付くような眼差しが注がれていることを意識してしまうと、リセのただでさえ熱い顔に羞恥心がありありと浮かぶ。
リセは泣いたあの夜から、ジェイルの前だと動揺が表情に現れつつあった。
(普通のことなんだろうけど、気持ちが顔に書いてあるって恥ずかしい……)
迫られて逃げ場のないリセは、せめてもの抵抗として顔を横に背ける。
「ジェイル、お願い。私の見た目、相当変だってことがわかったから、見ないで」
「リセは変じゃないだろ。どっちかって言うと、俺が変になりそうで怪しい」
「そこまで酷いの!? ごめんなさい……すぐ着替えて、」
「いや、あいつは追い出すように気をつけるから。少し目の保養。だから行くなよ」
(あいつ? 色ボケ王子さんがやってくるって、よく言ってるけど。伝説の魔術師に苦戦を強いる相手……どんな人なんだろう)
余計なことを考えているとジェイルの顔が回り込み、リセを正面から捉えた。
息もできない。
ジェイルはそっと口づけるかのように額同士を重ねると、物欲しげにリセを見つめた。
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