【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました

入魚ひえん

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10・ため息(ジェイル視点)

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「ため息なんてついて、どうしたの?」

 窓枠を拭いているリセに言われて、ジェイルは無意識に出ていたそれに気づいた。

「ああ……変化しないなと思って」

 ソファに寝そべっていたジェイルは読んでいる本を開いたまま顔にのせて、またうっかりため息をつく。

 ここに来てから随分日も経ったが、一向に変化の兆しがなかった。

 その間、リセは令嬢らしくもなく「昔は結構していたの」とジェイルに関わる身の回りの世話をこなしている。

 そうして自然と一緒にいる時間が増えて、ジェイルに対する緊張感もだいぶ和らいでいるように見えた。

(変な奴)

 今まで数多の人がジェイルに会いたがった。

 ジェイルは目に映る彼らが、ジェイルの持つ噂や能力や見た目に憑りつかれたように、ひたすら何かを欲しがっているだけなのだと知っている。

(面倒くさい。やってくる奴らはどれも、それぞれが思い描く欲望を満たす道具が欲しくて俺に群がってくる)

 そう理解しているジェイルは、世話になっているリセにも彼女の望んでいる『抱き枕』を与えたいと考えているが、それは親切心ではなく、見返りを求められることが当然になりすぎていて、無償で何かをしてもらうのが苦痛なだけだった。

(いっそのこと、抱き枕にならないなら要らないって追い出されたほうが気は楽だけど)

 それどころか、リセはジェイルが退屈しないようにと良さそうな本を探して取り寄せたり、精霊獣の体質を調べて専用の食材を準備して料理を作ったり、今も時間が空いたからと部屋を掃除している。

(どう見ても、俺の世話に自分の使えるすべての時間を費やしてるよな。適当に手を抜けって言っても、返って来る言葉はいつも「こうしてるのが一番楽しいから」って……大丈夫か、こいつ)

 今も一生懸命動いてるリセがそばを横切り、良い香りがほんのり甘く鼻腔をくすぐってきた。

 それはわざとらしいものでもないのに、ジェイルは誘われるように顔にのせている本を少し持ち上げて視線を送る。

 リセは相変わらず熱心に調度品を拭いていた。

 その黒髪も肌も無暗に手入れをしすぎていないためか、リセには自然な美しさが宿っていて、まだ原石であるかのような未知の魅力さえ醸している。 

(かわいいとこ、あるよな)

 ぽつりと浮かんだ思いに、ジェイルはあっけにとられた。

(……どうした俺。ガラじゃないこと考えてる)

 ジェイルにとって女は会えばすり寄って来るわずらわしいものでしかなく、綺麗だからといって心を動かされたこともない。

 今までにも各国の才女や姫や令嬢あらゆる女性が、それぞれの持っている容姿や能力を武器に、ジェイルの何かを得ようと必死に気を惹こうとしてきた。

 ジェイルはその姿をはじめの頃は軽蔑し、次第に何も感じなくなり、最近は見たくも無くなった。

(人見知りか、そうだな。今は本当に、誰の顔も見たくない)

 そうだったはずだが、最近のジェイルはリセに対してふと、奇妙な感情を覚えることがある。

(いや、ダメだ。悪い癖が出る前にリセのことを考えるはやめておいた方がいい。とりあえず、一方的に世話を受けてごろごろするのは意外と苦痛だ。さっさと見返り用の抱き枕渡したい)

 ジェイルはリセへと向きたがる意識を逸らそうと、再び本で顔を覆った。

 今日何度目かわからないため息をつくと、リセの声がかかる。

「身体、そんなにつらいの?」

 ジェイルが「変化しない」とため息ばかり漏らしているので、リセはその姿に触れてもらって、病んだ体を楽にしたいせいだと思ったらしい。

 それに気づいた途端、先ほどまで抑えようとしていたささやかな欲望が疼いた。

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