7 / 32
7・後悔
しおりを挟む
何を言われるのかとリセが壁際で硬直していると、ジェイルは精悍に光る眼差しを向けてきた。
「どうして俺には敬語になったんだ。父親や侍女には割と気軽にしてただろ。俺とも初めて会った日みたいに話せよ」
「……恐れ多くて」
「恐れるな。だいたい、あいつらだって同じ人間だろ。怖くないのか?」
「侍女のテニーは五年も前から私のお世話をしつつ、人と話すための練習相手になってくれました。お父様はあのふっくらした見た目とくりくりした瞳が、どこかもふもふな精霊を思わせて可愛らしいでしょう? それに敬語を使ったら拗ねてしまうので何年も練習しました」
「俺も拗ねればさっさとまともに話せるのか?」
「えっ、今ですか? 何年も訓練したと話したのに、随分気が短い」
「確かに気は短い方かもな。だけどそんなに怯えていてまともに俺の世話が出来るのか? 俺は五年も人見知り克服につき合うようなのんきじゃないし、さっさと慣れろ」
「そうですね……。だけど気軽に声をかけるなんて、考えただけで怖気が」
「面倒だな」
リセが身震いしているとジェイルはつかつか足音を立てて歩み寄り、リセがひるんだ時には手を取っていた。
「……っ!」
「リセ」
リセは壁に背をつけて硬直する。
その耳元にジェイルは顔を寄せ、妙に甘く催促した。
「手を離して欲しいなら俺の名前、呼び捨てしてみろ」
(こんな近くで、呼び捨て……!)
リセはさずけられた課題に戦慄したが、この荒療治から逃れたい一心で必死に声を絞り出す。
「様!」
「逆だろ。そっちは捨てるほう」
ジェイルは刃物さえ弾きそうな存在感のある手をリセの白い指先に絡めていく。
みるみるうちにリセの顔から血の気が引いた。
「や、やめ……」
「お前は昨日やめなかったな。ほら、早く」
「ご、ごめ、なさ」
「そう思うなら、名前呼んで」
「さ、ま」
「だから逆」
「ジ、ェ」
リセの言葉がぶつりと途切れる。
ジェイルは気が付くと同時に手を伸ばし、気を失って床に崩れ落ちかけるリセの身体を支えた。
室内に沈黙が落ちる。
「……悪い。やりすぎた」
腕にかかるリセの重みを受け止めたまま、ジェイルから深々と後悔の息が吐き出される。
*
リセがおそるおそる扉を開くと、先ほどジェイルを案内した客間が現れた。
(あれ、どうしたんだろう)
寝室から出てきたリセに気づいていないはずがないのに、ソファに腰掛けたジェイルは頭を落とし、うなだれたままでいる。
リセは恐るおそる声をかけた。
「ジェイル様、あの……」
ジェイルは顔を上げることもなく応える。
「大丈夫か」
「はい。気づいたら奥の寝室で寝かせてもらっていましたが、そこはきっとジェイル様用のベッドで……」
「俺はまだ使ってないから休んでもらっていた。もしそれでも嫌悪感があるのなら悪かった」
「いえ、そんな……。お気遣い、申し訳ないくらいです。ありがたく使わせていただいたので、元気になりました。寝具はすぐに取りかえますので、少しお待ち下さい」
「いい。それより少し休め。俺が嫌ならこの部屋から出て行けばいいし、リセがここにいるのなら俺は寝室に行くから」
いつもと違い視線すら向けてこないジェイルの横顔は、明らかに落胆している。
「どうしたのですか?」
「どうして俺には敬語になったんだ。父親や侍女には割と気軽にしてただろ。俺とも初めて会った日みたいに話せよ」
「……恐れ多くて」
「恐れるな。だいたい、あいつらだって同じ人間だろ。怖くないのか?」
「侍女のテニーは五年も前から私のお世話をしつつ、人と話すための練習相手になってくれました。お父様はあのふっくらした見た目とくりくりした瞳が、どこかもふもふな精霊を思わせて可愛らしいでしょう? それに敬語を使ったら拗ねてしまうので何年も練習しました」
「俺も拗ねればさっさとまともに話せるのか?」
「えっ、今ですか? 何年も訓練したと話したのに、随分気が短い」
「確かに気は短い方かもな。だけどそんなに怯えていてまともに俺の世話が出来るのか? 俺は五年も人見知り克服につき合うようなのんきじゃないし、さっさと慣れろ」
「そうですね……。だけど気軽に声をかけるなんて、考えただけで怖気が」
「面倒だな」
リセが身震いしているとジェイルはつかつか足音を立てて歩み寄り、リセがひるんだ時には手を取っていた。
「……っ!」
「リセ」
リセは壁に背をつけて硬直する。
その耳元にジェイルは顔を寄せ、妙に甘く催促した。
「手を離して欲しいなら俺の名前、呼び捨てしてみろ」
(こんな近くで、呼び捨て……!)
リセはさずけられた課題に戦慄したが、この荒療治から逃れたい一心で必死に声を絞り出す。
「様!」
「逆だろ。そっちは捨てるほう」
ジェイルは刃物さえ弾きそうな存在感のある手をリセの白い指先に絡めていく。
みるみるうちにリセの顔から血の気が引いた。
「や、やめ……」
「お前は昨日やめなかったな。ほら、早く」
「ご、ごめ、なさ」
「そう思うなら、名前呼んで」
「さ、ま」
「だから逆」
「ジ、ェ」
リセの言葉がぶつりと途切れる。
ジェイルは気が付くと同時に手を伸ばし、気を失って床に崩れ落ちかけるリセの身体を支えた。
室内に沈黙が落ちる。
「……悪い。やりすぎた」
腕にかかるリセの重みを受け止めたまま、ジェイルから深々と後悔の息が吐き出される。
*
リセがおそるおそる扉を開くと、先ほどジェイルを案内した客間が現れた。
(あれ、どうしたんだろう)
寝室から出てきたリセに気づいていないはずがないのに、ソファに腰掛けたジェイルは頭を落とし、うなだれたままでいる。
リセは恐るおそる声をかけた。
「ジェイル様、あの……」
ジェイルは顔を上げることもなく応える。
「大丈夫か」
「はい。気づいたら奥の寝室で寝かせてもらっていましたが、そこはきっとジェイル様用のベッドで……」
「俺はまだ使ってないから休んでもらっていた。もしそれでも嫌悪感があるのなら悪かった」
「いえ、そんな……。お気遣い、申し訳ないくらいです。ありがたく使わせていただいたので、元気になりました。寝具はすぐに取りかえますので、少しお待ち下さい」
「いい。それより少し休め。俺が嫌ならこの部屋から出て行けばいいし、リセがここにいるのなら俺は寝室に行くから」
いつもと違い視線すら向けてこないジェイルの横顔は、明らかに落胆している。
「どうしたのですか?」
5
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。
ゲームにはほとんど出ないモブ。
でもモブだから、純粋に楽しめる。
リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。
———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?!
全三話。
「小説家になろう」にも投稿しています。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる