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57・なぜ
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サリアという名を口にしたときの、フロイデンの優しい表情を思い出すと、私の胸の奥が重苦しくなった。
──彼女はアドレの姉君で、本当に果物が好きでね。会うときはいつも、どんな果物が出てくるのかと楽しみにしてくれた。
──僕には金と場所が必要なんだ。彼女を迎えるためにも……。
フロイデンがレオルなら知っていて、私を誘拐してまで聞こうとしていた事って……。
気づくのと同時に、レオルが以前、私にお姉様の髪飾りを預けてくれた時に告げた言葉が蘇る。
──姉さんは俺を連れて戦渦から逃げてくれたけど、その後亡くなった。
「彼女は……サリアはどうしている?」
フロイデンの期待に満ちた声に問われても、私は何も言えずにいた。
見晴らしの良い丘を夜風が吹き抜けていく。
それからどのくらい経ったのか……重苦しい時間ばかりが過ぎていき、ふと、フロイデンは力が抜けたように地に座り込んだ。
「……嘘、だろう?」
返事を出来ずにいる私の沈黙に、フロイデンが耐えられないといった様子で声を荒げた。
「どうして黙っている? 言ってくれ、彼女は無事だと! アドレと同じようにあの戦渦を逃げ延びて、今は幸せに暮らしていると言ってくれ!!」
目が合うと、フロイデンのすがりつくような瞳が失望に染まった。
「なぜだ? なぜ彼女が……」
フロイデンは悲しみに顔を歪めて、身を絞るように嗚咽を漏らし始める。
「坊ちゃん……」
トムとサムも、それ以上の言葉が見つからないようだった。
フロイデンはひとり、絶望で我を忘れたように泣き崩れて止まらなくなる。
「なぜ、なぜなんだ! ありえない!」
突然金切り声を上げたフロイデンは腰に下げた短剣を抜き、それを振りかざしながら私へと走り叫ぶ。
「なぜサリアはいないのに、アドレは幸せに生きているんだ!」
血走った眼で迫りくるフロイデンは、大きく腕を振り上げた。
私の喉元めがけて、彼の持つ刃が月の光を弾く。
その一部始終が他人事のように、いやにゆっくりと感じられた。
彼の絶望を前に、私の身体が動かない。
「なぜだ!」
背後にいるトムとサムが駆け付けようとしたけれど、間に合わなかった。
「坊ちゃん、ダメだ!」
「姐さん、危ねぇ!」
その時なぜか、会ったばかりのレオルが私の身の上に起こったことを知り、悲しみに染めたあの瞳が思い浮かんだ。
──助けに行ってやれなくて、ごめんな。
このまま私が短剣を受ければ、レオルはずっと……。
私は反射的に手を振り上げる。
しかし魔力ではない別の何かを投げつけた感触に驚いて、魔力暴発を出し損ねた。
「あっ!」
代わりに私の手元からは、しまいそびれていたゾンビ猫スペシャルなケーキが、見事な軌道を描いて飛んで行く。
そしてフロイデンの顔に威勢のいい音を立てて弾けた。
──彼女はアドレの姉君で、本当に果物が好きでね。会うときはいつも、どんな果物が出てくるのかと楽しみにしてくれた。
──僕には金と場所が必要なんだ。彼女を迎えるためにも……。
フロイデンがレオルなら知っていて、私を誘拐してまで聞こうとしていた事って……。
気づくのと同時に、レオルが以前、私にお姉様の髪飾りを預けてくれた時に告げた言葉が蘇る。
──姉さんは俺を連れて戦渦から逃げてくれたけど、その後亡くなった。
「彼女は……サリアはどうしている?」
フロイデンの期待に満ちた声に問われても、私は何も言えずにいた。
見晴らしの良い丘を夜風が吹き抜けていく。
それからどのくらい経ったのか……重苦しい時間ばかりが過ぎていき、ふと、フロイデンは力が抜けたように地に座り込んだ。
「……嘘、だろう?」
返事を出来ずにいる私の沈黙に、フロイデンが耐えられないといった様子で声を荒げた。
「どうして黙っている? 言ってくれ、彼女は無事だと! アドレと同じようにあの戦渦を逃げ延びて、今は幸せに暮らしていると言ってくれ!!」
目が合うと、フロイデンのすがりつくような瞳が失望に染まった。
「なぜだ? なぜ彼女が……」
フロイデンは悲しみに顔を歪めて、身を絞るように嗚咽を漏らし始める。
「坊ちゃん……」
トムとサムも、それ以上の言葉が見つからないようだった。
フロイデンはひとり、絶望で我を忘れたように泣き崩れて止まらなくなる。
「なぜ、なぜなんだ! ありえない!」
突然金切り声を上げたフロイデンは腰に下げた短剣を抜き、それを振りかざしながら私へと走り叫ぶ。
「なぜサリアはいないのに、アドレは幸せに生きているんだ!」
血走った眼で迫りくるフロイデンは、大きく腕を振り上げた。
私の喉元めがけて、彼の持つ刃が月の光を弾く。
その一部始終が他人事のように、いやにゆっくりと感じられた。
彼の絶望を前に、私の身体が動かない。
「なぜだ!」
背後にいるトムとサムが駆け付けようとしたけれど、間に合わなかった。
「坊ちゃん、ダメだ!」
「姐さん、危ねぇ!」
その時なぜか、会ったばかりのレオルが私の身の上に起こったことを知り、悲しみに染めたあの瞳が思い浮かんだ。
──助けに行ってやれなくて、ごめんな。
このまま私が短剣を受ければ、レオルはずっと……。
私は反射的に手を振り上げる。
しかし魔力ではない別の何かを投げつけた感触に驚いて、魔力暴発を出し損ねた。
「あっ!」
代わりに私の手元からは、しまいそびれていたゾンビ猫スペシャルなケーキが、見事な軌道を描いて飛んで行く。
そしてフロイデンの顔に威勢のいい音を立てて弾けた。
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