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53・お願いしているの

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「……先に言っておくが、浮かれるような場所ではない。町から北の森だ」

「北の森? あそこは夜に盗賊や魔物が出ることで有名よ。それなら私はこれから行く予定だった、南東にある小高い丘を提案するわ」

「北の森だ」

「どうして? 南東の丘は見晴らしも良いし、夜のピクニックにも最適よ。それに昼間なら釣りや木の実やキノコ、色々採ったりしても面白そうだから、あなた達が気に入ったら今度遊びに行っても楽める、とってもいい所なの。そこにしましょう!」

「君に拒否権はない」

 頑なな男たちに、私は静かに笑う。

「あら、どうかしら?」

 緊迫した沈黙が流れた。

「……君は自分の立場を、理解しているのか?」

「誘拐でいいのよね? だけど私、この後楽しい予定があるから、用事は早く終わらせたいの。レオルに場所を伝える役は、後ろの一人がやってくれる予定でいたのでしょう?」

「そ、そんなことは言われなくても分かっている」

「良かった、それならこれからのことも考えてくれていそうね。聞きたかったのだけれど、あなた達は北の森なんて物騒な場所で、どうやってレオルとまともな交渉をするつもりなの? 私やあなたたちの身の安全はどのように守るの? どのような危険を想定していて、どのように対処するつもりなの?」

 見回すと、全員が目を逸らして黙った。

 誰も意見を言わないので、それからは私が話した分だけ提案が通り、彼らを先導して町の南東にある小高い丘へ案内する。

 カシュラ王国から来た人たちだから、ここの事情に詳しくなかったのだろうけれど、大切な話をする場所の下調べを怠っているのは心配になるわ。

 それに、私が指定した場所へのこのこついてくるのも。

 丘に着くと、少し離れたところに森と湖が広がっている。

 見上げると夜空は広くて、ところどころ雲が流れて月が見え隠れした。

 やっぱりいい場所だわ。

 レオルを待っている間、収納袋から錬金釜を出してディノと一緒に散歩したい気分だけど、面倒事は先に片づけたほうがいいわよね。

 私は振り返った。

 伝言役を私の家の側に残して来たため、フロイデンは二人になった付き人の男たちと見晴らしのいい夜景を眺めている。

「あなた達にお願いがあるの。レオルに近づくのはやめてちょうだい」

 私の言葉にフロイデンは顔を引き締めた。

「君に指図されるつもりはない」

「あら、そんな態度でいいのかしら」

「……先ほどからの振る舞いもそうだが、君は自分の立場をわかっていないようだ」

「そうかしら? 私はレオルと交渉するための大切な人質で、お互いのために提案をしているのよ。ただ、人質だって危害を加えられたら、お返しくらいするけれど」

「ずいぶん度胸のある人質のようだが、こっちは男三人だ。君に何ができる」

「その時分かるわ」

 まだ発していないのに、抑えきれない魔力の気配が、私の皮膚を撫でるようにばちばちと爆ぜる。

 私の暴発の力を知って利用しようと考える者が現れれば、私はそれを避けるため町を出るか、その力を知られる心配がないように彼らが物言わなくなる状態にするか……もちろん、町を去るつもりなんてない。

「お願いよ。レオルから手を引いてちょうだい」

 自然と笑みをこぼして告げる。

 男たちが息をのみ、フロイデンの顔も強張った。

「……僕を脅す気か」

「聞こえなかったの? お願いしているの」

 じっと見つめると、男たちはおろおろと落ち着きのない態度で動揺している。

 まだお願いしているだけなのに。

「あなたたち、この程度の荒事もあまり向いていないように見えるわ」

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