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46・ためらい
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「レオル、見て。いい天気よ」
誘導尋問を受ける前に話題を変えようと、私は遠くへ視線を向ける。
気付けば馬車は町の中心地を抜けて、田園風景に差し掛かっていた。
「馬車の乗り心地、やっぱり良くなったわ。オルドー様も気に入ってくれたみたいだし」
「衝撃緩和石を付けたおかげで馬の負担が少ないって、コシマさんも喜んでたな」
「だけど衝撃緩和石のレシピ改良が一番難航しているの。早く契約をまとめて、馬車酔いしない馬車を普及させたいってオルドー様が期待してくれているのに」
「ああ、契約か……」
「いよいよね。もうほとんど話はまとまっているのだし、契約の時に名前を書く練習だって毎日欠かさずしているわ」
隣をうかがうと、無言のレオルの横顔がなぜか心細そうに見えて、ふと抱きしめたくなる。
だけど突然よぎった思いを行動に移すことはできなくて、私は少しでも元気が出るようにと笑顔を向けた。
「レオル、心配しないで。私の絵は相変らずだけど、字は上達したの」
「なぁリシア、そのことだけど……」
レオルは何か言いかけたまま口をつぐむと、まっすぐ道の先を見つめて黙ってしまう。
「珍しいわね、レオルが話すのをためらうなんて」
「そうだな」
どうしたのかしら。
それを知ることにわずかな不安が差し込んだけれど、レオルが一人で思い悩んでいるのはもっと心配だった。
「レオル、話したいことがあったら遠慮しないで言ってちょうだい。私はレオルと会って、話して、色々な望みを叶えてもらい続けているの。私だってレオルの力になりたいわ」
レオルは意外そうに目をぱちぱちさせてから、微笑んでくれた。
「ありがとう」
そのまま話は終わってしまったけれど、レオルの表情がさっきより明るくなった気がしたので、言いかけたことは話してくれる時を待つことに決める。
折角馬車に揺られているのだし、私はオルドー様になった気持ちで携帯ビスケットを食べてみようと、鞄にしまっていたものをいくつか取り出した。
最近は別々の簡略化レシピで作った物を改良するために、食べ比べばかりしている。
「レオルも食べない?」
「今朝は夢見が悪かったから、やめとく」
「そう? 顔色は良いけれど、具合でも悪いの?」
「いや。調子に問題はないから」
ということは、ずいぶん嫌な夢を見たのね。
だけどレオルがそれ以上言わないので、私は先ほどと同じように話してくれる時を待つことに決めてビスケットへと意識を移し、味の感じ方や感触を確かめながら食べ続けた。
三本目のビスケットを口に運んだ時、レオルがいつもの心配を始める。
「なぁリシア、最近はそれしか食べてないだろ。飽きないのか」
「飽きるようなものだったらいい商品にならないもの。少し食べすぎているかもしれないけれど、太らないように分量は決めているし、運動もしているし……。あっ、そうだわ! ダイエット用の携帯食を作るのもおもしろそうね」
「あまり根詰めるなよ」
「だけどレシピで他の人が作れるようになれば、もっと色々な人に食べてもらえるもの。それに他の味もたくさん作りたいし……レオルは興味ないかしら?」
「俺はリシアののめり込みっぷりが心配かもな。今朝は巨大化した携帯ビスケットにリシアが食われる夢で目が覚めた」
夢見が悪いってそのことかしら?
かなり愉快な状況だと思うけれど。
「私のことだから、食べられたら内側からかじり尽くしたでしょう?」
自信満々に答えて、再びビスケットを食べようとする目の前で、レオルの黒髪がさらりと揺れた。
私は息を止める。
触れてしまいそうなほど近くに、レオルの頬が寄った。
誘導尋問を受ける前に話題を変えようと、私は遠くへ視線を向ける。
気付けば馬車は町の中心地を抜けて、田園風景に差し掛かっていた。
「馬車の乗り心地、やっぱり良くなったわ。オルドー様も気に入ってくれたみたいだし」
「衝撃緩和石を付けたおかげで馬の負担が少ないって、コシマさんも喜んでたな」
「だけど衝撃緩和石のレシピ改良が一番難航しているの。早く契約をまとめて、馬車酔いしない馬車を普及させたいってオルドー様が期待してくれているのに」
「ああ、契約か……」
「いよいよね。もうほとんど話はまとまっているのだし、契約の時に名前を書く練習だって毎日欠かさずしているわ」
隣をうかがうと、無言のレオルの横顔がなぜか心細そうに見えて、ふと抱きしめたくなる。
だけど突然よぎった思いを行動に移すことはできなくて、私は少しでも元気が出るようにと笑顔を向けた。
「レオル、心配しないで。私の絵は相変らずだけど、字は上達したの」
「なぁリシア、そのことだけど……」
レオルは何か言いかけたまま口をつぐむと、まっすぐ道の先を見つめて黙ってしまう。
「珍しいわね、レオルが話すのをためらうなんて」
「そうだな」
どうしたのかしら。
それを知ることにわずかな不安が差し込んだけれど、レオルが一人で思い悩んでいるのはもっと心配だった。
「レオル、話したいことがあったら遠慮しないで言ってちょうだい。私はレオルと会って、話して、色々な望みを叶えてもらい続けているの。私だってレオルの力になりたいわ」
レオルは意外そうに目をぱちぱちさせてから、微笑んでくれた。
「ありがとう」
そのまま話は終わってしまったけれど、レオルの表情がさっきより明るくなった気がしたので、言いかけたことは話してくれる時を待つことに決める。
折角馬車に揺られているのだし、私はオルドー様になった気持ちで携帯ビスケットを食べてみようと、鞄にしまっていたものをいくつか取り出した。
最近は別々の簡略化レシピで作った物を改良するために、食べ比べばかりしている。
「レオルも食べない?」
「今朝は夢見が悪かったから、やめとく」
「そう? 顔色は良いけれど、具合でも悪いの?」
「いや。調子に問題はないから」
ということは、ずいぶん嫌な夢を見たのね。
だけどレオルがそれ以上言わないので、私は先ほどと同じように話してくれる時を待つことに決めてビスケットへと意識を移し、味の感じ方や感触を確かめながら食べ続けた。
三本目のビスケットを口に運んだ時、レオルがいつもの心配を始める。
「なぁリシア、最近はそれしか食べてないだろ。飽きないのか」
「飽きるようなものだったらいい商品にならないもの。少し食べすぎているかもしれないけれど、太らないように分量は決めているし、運動もしているし……。あっ、そうだわ! ダイエット用の携帯食を作るのもおもしろそうね」
「あまり根詰めるなよ」
「だけどレシピで他の人が作れるようになれば、もっと色々な人に食べてもらえるもの。それに他の味もたくさん作りたいし……レオルは興味ないかしら?」
「俺はリシアののめり込みっぷりが心配かもな。今朝は巨大化した携帯ビスケットにリシアが食われる夢で目が覚めた」
夢見が悪いってそのことかしら?
かなり愉快な状況だと思うけれど。
「私のことだから、食べられたら内側からかじり尽くしたでしょう?」
自信満々に答えて、再びビスケットを食べようとする目の前で、レオルの黒髪がさらりと揺れた。
私は息を止める。
触れてしまいそうなほど近くに、レオルの頬が寄った。
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