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40・ケーキの恨み

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 錬金部屋へ入ると、ディノが「おかえり! おかえり!! おかえり!!!」と、明らかに期待に満ちた様子で出迎えてくれたので、私は丁寧に謝罪してから抱き潰れたケーキの箱を差し出す。

 ディノはレオルにおねだりしていたお店の箱が潰れていることに気づいて目玉を剥き、猫と人間の中間のような悲鳴を上げた。

「どうして、どうして……! こんないたわしい姿に!!!」

 ディノが震える手で箱を開けると、中には赤と青のベリーと小ぶりのハーブが飾られた、見た目も鮮やかな二色の層で作られたムースケーキが少し崩れている。

 ディノはなにやらこの世の終わりのように泣き叫んでいるけれど、大げさだと思うわ。

 ちょっと形は悪くなったけれど、私がかつて作り続けた、ゾンビ気味のホラー猫よりずっとまともだもの。

「箱に守られていたし、そこまで酷くないわ。それにすごく美味しそうよ」

「美味しいのは大前提なんだよぉ! フィリシア、芸術家なんだから美しさを忘れてはいけないよぉ!」

「むなしい芸術からはもう足を洗ったわ。今の私は実用的な世界の方でやっていくつもりよ」

「フィリシアっ!」

「文句があるのなら、私が頂こうかしら。レオルにもそう言われたし、明日、ディノの代わりに私がお礼と感想を伝えるわ」

 私が手を伸ばすとディノはさっと箱を遠ざけ、借りてきた猫のように大人しくケーキを食べ始めた。

 はじめからそうすればいいのに。

「だけどごめんなさい。私が責任を持って運ぶと決めたのに、気づいたらつい腕に力を込め過ぎてしまった結果なの」

「ふんっ。どうせレオルと変顔勝負でもして、笑いをこらえていたんだろう?」

「それならこらえる間もなく、一瞬で圧勝する自信があるわ」

「さすがだなぁフィリシア! 僕の嫌味にそこまで恥ずかしげもなく勝利宣言されると、もう怒る気も失せたよ!」

 さっきの、嫌味だったのね。

 気づかず真剣に答えていたわ。

「だけどこんな風に箱を抱き潰すなんて……これはフィリシア流の芸術なの?」

「変顔勝負の予想より地味で申し訳ないのだけれど、私、レオルといるとよく力が入ってしまうの」

「ああ、いつもの悪癖かぁ。でもあれって、リシアが相変わらず頑なだから、レオルも歪んだ癖を身に付けているんだと思うな。確かに千年前は誰かに頼ることも出来なかったんだろうけど、リシアはもう少し甘えることを覚えたらいいよ。今はレオルがいてくれるんだし」

「存分に甘えている気がするけれど」

「それなら今日だって、レオルを荷物持ちにして、ケーキの箱を潰さないように持たせれば良かったんだよ!」

「あなたが笑顔で言うと、なんでも悪者の所業に思えて来るわ」

「そう? だけどフィリシア、僕はいつだって君の味方だし、最近は元気がなさそうだから心配しているんだよ。このケーキが食べたい悩みだったら諦めてもらうけれど、レオルとの関係程度なら、僕に相談してよ!」

 ディノにレオルの悩み相談をしても、納得のできる回答がもらえた記憶は無いけれど。

「悩みならあるわ。レオルには諦めるって言ったけれど、私、自分を百人くらい欲しいの」

 たったそれだけの情報で、ディノの目が輝いた。


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