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39・自分の欲しい物
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私、必要とされる物を作るのは好きだけど……。
それは自分の欲しい物が特に思い浮かばないから、誰かが欲しがってくれる物を作りたいのかもしれない。
「私の欲しい物……考えておくわ。だから今は、誰かが喜んでくれる物を作りたいの」
「リシアのお人好しはわかってるけれど、あれ以上作れば怪しまれるだろ。そうなれば誰かに錬金釜の存在を知られる危険も上がるし、そこは割り切れよ」
私は不満をぐっと我慢するような気分で、ケーキの入った箱を抱えた両腕に力を入める。
「わかってるわ」
「どうかな。そこまで後に引けなくなればむしろ諦めがついて、ディノと一緒に逃げるって言い出しそうな顔をしてる」
だって私が、千年前から来た厄災の王女だと知られたら。
暴発するほどの危険な魔力を持っていることや、錬金釜で色々な物を作れることを知られたら。
この力に興味を持つ人が善良とも限らないし、ここにはいられなくなるかもしれない。
私はいつまで続くかもわからない幸せな日々を、手加減するような気持ちで暮らすことにもやもやしている。
「その様子だと、リシアは都合が悪くなれば俺を置いて、さっさとここから逃げるつもりみたいだな」
「……」
「追いかけるけど」
「わ、私は平気よ。レオルは今、隣にいるし。それで十分満足しているわ」
だけど以前の、別れを覚悟した時に思い知ったあの寂しさが怖くて、レオルと離れることは考えないようにしていた。
住んでいる別館が近づいてくると、オルドー様やヘリン様、イライナ様、コシマさんにボリー……今まで会った様々な相手の顔が浮かんでは消えて、私の胸の中がざわついた。
街灯に照らされながら並んで歩く、いつもと変わらない私たちの影を見つめる。
「レオル、心配しないで。私はこの町にやってきたばかりだけれど、とても居心地が良いの。だから出て行くことにならないように、もっとたくさん作りたいなんて無理を言うのは諦めるわ」
レオルの片腕が私の頭を包むように伸びてきて、以前つけてくれたお姉様の形見の髪飾りを撫でた。
「リシア、もう泣かなくていいからな」
「あの時のことは忘れてちょうだい」
「忘れない。あれは今まで頑張ってきた俺にとって、人生のご褒美だから」
レオルの言っている意味が本当にわからないのは、私だけじゃないと思うわ。
「レオルって、私以外からもよく変人扱いされるでしょう」
「リシアまでそんなこと言うのか」
やっぱり……。
「大丈夫だから」
「そうは言われても、さすがにここまで歪んでいると心配にもなるわ」
「大丈夫だって」
私の肩が引かれて、気づくとレオルの腕の中に閉じ込められていた。
「もしリシアがどこかへ行っても、俺が見つける。ここへ帰ってこれるようにするし、何も心配することはないから」
大丈夫なのは、レオルではなくて私のことだったらしい。
「それに、オルドーもヘリンもイライナも、リシアが来てから変わったよ。だから俺たちと会えなくなるのは、リシアだけの問題だなんて寂しい考え方、するな」
そんな風に言われると、目の奥が熱くなってきて、私はぎゅっと両腕に力を込める。
これは、いつものあれかしら。
私を泣かせにかかって楽しむという、親切のような意地悪のような……。
悔しいけれど、こんな風に翻弄されてばかりだと、レオルは私より私のことを知っている気がする。
「レオル、苦しいわ」
「あ、ごめん」
レオルは慌てて体を離すと、ぎくりとした様子で私を見下ろした。
「それ……半分俺のせいだよな。絶対騒ぐだろうけどディノに謝っておいてくれないか? 許してくれなかったら、全部リシアが楽しめばいいよ」
「えっ」
「明日、感想聞かせて」
レオルは手を振って去っていく。
ふと視線を落とすと、先ほどから抱きしめ潰していた、ケーキの入った箱が腕の中にあった。
それは自分の欲しい物が特に思い浮かばないから、誰かが欲しがってくれる物を作りたいのかもしれない。
「私の欲しい物……考えておくわ。だから今は、誰かが喜んでくれる物を作りたいの」
「リシアのお人好しはわかってるけれど、あれ以上作れば怪しまれるだろ。そうなれば誰かに錬金釜の存在を知られる危険も上がるし、そこは割り切れよ」
私は不満をぐっと我慢するような気分で、ケーキの入った箱を抱えた両腕に力を入める。
「わかってるわ」
「どうかな。そこまで後に引けなくなればむしろ諦めがついて、ディノと一緒に逃げるって言い出しそうな顔をしてる」
だって私が、千年前から来た厄災の王女だと知られたら。
暴発するほどの危険な魔力を持っていることや、錬金釜で色々な物を作れることを知られたら。
この力に興味を持つ人が善良とも限らないし、ここにはいられなくなるかもしれない。
私はいつまで続くかもわからない幸せな日々を、手加減するような気持ちで暮らすことにもやもやしている。
「その様子だと、リシアは都合が悪くなれば俺を置いて、さっさとここから逃げるつもりみたいだな」
「……」
「追いかけるけど」
「わ、私は平気よ。レオルは今、隣にいるし。それで十分満足しているわ」
だけど以前の、別れを覚悟した時に思い知ったあの寂しさが怖くて、レオルと離れることは考えないようにしていた。
住んでいる別館が近づいてくると、オルドー様やヘリン様、イライナ様、コシマさんにボリー……今まで会った様々な相手の顔が浮かんでは消えて、私の胸の中がざわついた。
街灯に照らされながら並んで歩く、いつもと変わらない私たちの影を見つめる。
「レオル、心配しないで。私はこの町にやってきたばかりだけれど、とても居心地が良いの。だから出て行くことにならないように、もっとたくさん作りたいなんて無理を言うのは諦めるわ」
レオルの片腕が私の頭を包むように伸びてきて、以前つけてくれたお姉様の形見の髪飾りを撫でた。
「リシア、もう泣かなくていいからな」
「あの時のことは忘れてちょうだい」
「忘れない。あれは今まで頑張ってきた俺にとって、人生のご褒美だから」
レオルの言っている意味が本当にわからないのは、私だけじゃないと思うわ。
「レオルって、私以外からもよく変人扱いされるでしょう」
「リシアまでそんなこと言うのか」
やっぱり……。
「大丈夫だから」
「そうは言われても、さすがにここまで歪んでいると心配にもなるわ」
「大丈夫だって」
私の肩が引かれて、気づくとレオルの腕の中に閉じ込められていた。
「もしリシアがどこかへ行っても、俺が見つける。ここへ帰ってこれるようにするし、何も心配することはないから」
大丈夫なのは、レオルではなくて私のことだったらしい。
「それに、オルドーもヘリンもイライナも、リシアが来てから変わったよ。だから俺たちと会えなくなるのは、リシアだけの問題だなんて寂しい考え方、するな」
そんな風に言われると、目の奥が熱くなってきて、私はぎゅっと両腕に力を込める。
これは、いつものあれかしら。
私を泣かせにかかって楽しむという、親切のような意地悪のような……。
悔しいけれど、こんな風に翻弄されてばかりだと、レオルは私より私のことを知っている気がする。
「レオル、苦しいわ」
「あ、ごめん」
レオルは慌てて体を離すと、ぎくりとした様子で私を見下ろした。
「それ……半分俺のせいだよな。絶対騒ぐだろうけどディノに謝っておいてくれないか? 許してくれなかったら、全部リシアが楽しめばいいよ」
「えっ」
「明日、感想聞かせて」
レオルは手を振って去っていく。
ふと視線を落とすと、先ほどから抱きしめ潰していた、ケーキの入った箱が腕の中にあった。
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