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15・蜂蜜が食べたい

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 「平気よ。私、レオルから見える範囲にいるようにするわ。私が採取している間は暇だろうから、あなたは錬金釜や付属の遺物でも見ていてくれない?」

 そう提案すると、レオルは少し考えた様子で頷いている。

「まぁ近くにいるならいいか」

「いいわよ。遠くには行かないもの」

 採取に行く私に気づき、ディノが二足歩行で駆け寄ってくる。

「僕は蜂蜜が食べたいなぁ」

「錬金釜と一体化しているのに食べられるの?」

「食べすぎると機能に影響するけど、楽しむ程度なら平気だよ。フィリシア、僕は蜂蜜が食べたいなぁ」

「わかったわ。でも負担にならない程度にしてね」

 私はあまり遠くへ行かないように距離を確認しながら、蜂の巣を見つけては魔力を暴発させる。

 レオルがうるさいし、手に傷ができないように少し気を使うわね。

 そうして採った蜂の巣は、ディノと手分けして拾っても、両腕から溢れそうなほどの量になった。

 落とさないように歩く姿が、お互いにぎこちない。

「自然豊かだから、取り放題ね」

「ふふ……さっそく錬金釜で、蜂蜜にしてもらおう」

 ディノの口元に滲んだよだれが光っている。

 千年経っても、相変わらずね。

 思っていると、妙な音が耳に障った。

 運ぶことに集中していたせいか、背後から何かが近づいてくるのにようやく気付く。

 振り返ると、木々の合間から見上げるほどに大きい影が跳び出してきた。

 猪によく似ている、口元から尖った牙を突き出した獣、フォレストオークが獰猛な目を血走らせながら地面を蹴り、気づけばもう目の前に迫っている。

 私の足元で、ディノが驚いたまま硬直していた。

 抱えて逃げるのは間に合わない。
 
 私がとっさに持っていた蜂の巣を放って手を振りかざすと、襲い来る巨体に空砲の一撃が弾けた。

 轟く暴発を受けたフォレストオークが、どうと地面に倒れると土埃が舞う。

 先ほどの魔力暴発で、興奮させてしまったのかしら。

 気をつけないといけないわね。

 けぶる視界の中、レオルが思わぬ早さで私たちの元へ駆け寄って来る。

「悪い、錬金釜に夢中になって気づくのが遅れた。怪我はないか?」

「平気よ」

 と言ったのに、レオルは私の手を取ると、少しだけ赤く腫れたてのひらに視線を落とした。

「痛いだろ」

 すごく心配そうにされてしまい、こっちが慌ててしまう。

「そうでもないわ。このくらい慣れてるもの」

「慣れるなよ」

 レオルはすぐそばの草地からマジックハーブを採ると、それを私に握らせる。

 そっと包んでくる大きなてのひらを見つめていると、なんだか自分がお姫様として扱われているようで恥ずかしくなった。

 というか、お姫様だったはずだけれど……なんだかおかしい気がするわ。

「レオルって本当に心配性なのね」

「リシアがさせるんだろ?」

 そう笑みを向けられ、言葉に詰まる。

 ……私って、思っているより迷惑人物なのかしら。

 鈍感な自分に、少し反省する。

「気をつけるわ。ディノもごめんなさい、あんな目に遭って驚かせたわよね」

 ディノは私の胸に体を寄せて震えている。

 よっぽど怖かったらしい。

 抱きしめると、ディノは蜂の巣をがっちりと両腕に包み、ぶつぶつ呟いていた。

「これだけは……これだけは命に代えても守るんだ……!」

 命に代えたら食べられないと思うけれど。

「ディノ、ずいぶんお腹が空いているのね」

「だって僕、思えば数百年も食べていないんだよ。錬金釜と一体化したから飢えで死んだりはしないけど、食事は僕の恋人なんだ。いつも愛しい。君に会いたい」

 君って……食事のことかしら。

 そういえば瓦礫から助け出した時も、怪我や孤独よりも食べられないことがつらかったと嘆いていたわね。 

「蜂蜜、作ってみるわ」

 私の言葉に、ディノの目が期待で光った。

「だけどフィリシア、君はすごい獲物を忘れているよ、気づいてる?」

「獲物?」

 ディノは暴発で倒れた森の獣に目を向ける。

「錬金釜付属の収納箱には、まさに今のためにあるような、とっておきのおすすめ機能がついているんだ!」


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