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65 条件と視察
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聖騎士団に捕縛されたライハント王子とマイア王女は今、重罪を犯した囚人として国際監獄に投獄されています。
弁解の余地がないほど証拠がそろっているため、極刑を免れることはできません。
また、彼らの調査の過程で国の財政が破綻しかけていることが明らかになり、ソディエ国民から怒りの声が上がりました。
ソディエ国王夫妻は国外追放の末、国際裁判で訴えられています。
彼らは罪が確定しだい、過酷な鉱山に送られて返済のための労役が課されるそうです。
こうしてソディエ国王の直系の王族は罪人として、王族の身分を剥奪されることになりました。
そのためソディエ王国の新国王として、王弟であり、正当な王位継承権のあるネスト公爵が即位する予定です。
彼はすでに国王代理として手腕を振るっています。
裏取引の温床となっていたヴァイス商会も解体され、犯罪に関わった者も捕縛されました。
ヴァイオラ様は王妃となり、マイア王女の薬草園や施療院の管理を引き継ぎました。
そのため慈善活動は、以前のシャーロット王女のときのように健全な後援となっていくはずです。
さらにネスト公爵はソディエ王国の物流の要として、新たにネスト商会を設立しました。
ヴァイス商会とは違う、国内外の健全な物流を担う商会です。
しかし前国王たちが財政を食いつぶしていたことで資金繰りは厳しく、国内の経済と流通の停滞が懸念されていました。
そこで私はハリエット夫人から贈られた莫大な教育費を、ネスト商会に出資することにしました。
これで東の地の食品をはじめ、世界中のおいしいものが私の元までやってきます!
◇
明日はいよいよ、私とミュナがロアフ領へ戻る日です。
ブリザーイェット領のお食事はホワイトソースが多く、ドリアやグラタン、クリームスープなど懐かしくて大好きなのですが、ロアフ領の豊かな食材も恋しくなってきました。
「ミュナ、そろそろねるね! おねえさんなるから、ひとりではみがき!」
夕食を終えたミュナは、はりきって洗面台のある部屋に向かいます。
私はその姿を見送りながら、これからのことを思いました。
帰ったら早くセレイブ様に相談したいのですが、いつ会えるのかはまだわかりません。
荷造りを終えた部屋で今後について思案していると、予想外の訪問者が来ました。
「セレイブ様!」
このひと月ほど、セレイブ様はとても忙しかったのです。
ロアフ辺境伯の代理としてネスト公爵と同行して極北近くに滞在しながら、交易の拠点候補地の視察をしていました。
私とミュナは明日ロアフ領に帰るのに、ブリザーイェットに滞在する最後の夜にわざわざ来るなんて……。
「いったいどうしたのですか?」
「北方諸島のブリザードを飛竜で突き抜けてきた」
「えっ!? 荒れ狂う暴風雪の中を無理に移動したのですか?」
「無理ではない。リシェラと会えない過酷さと比べれば、そよ風のようなものだ」
セレイブ様が振り返ると、トマスさんが笑顔で現れました。
彼はこうばしい小麦の香りとともに、いくつものドーナツを載せた大皿をテーブルに置きます。
「セレイブ様はリシェラ様に、私の作ったドーナツを食べさせられないことが心残りだったそうです」
セレイブ様……そのために遠い北の島から飛竜で飛び立ち、荒れ狂うブリザードの中を突き進んで来てくれたのですね。
たしかにドーナツは、できたてが最高においしいですから。
トマスさんが退室する前にお礼を伝え、私たちは並んでソファに座ります。
「リシェラ、会いたかった」
セレイブ様のくちびるを額に受けると、ひんやりしました。
「だがこのひと月、リシェラの元へ来ることができずにいた。すまない」
「私なら大丈夫です。北方から送られてくる荷物と手紙で、セレイブ様の元気な様子を知ることができましたから」
「元気ではないさ。ずっとリシェラが恋しかった」
「では、セレイブ様も一緒に食べましょう! 幼い私はトマスさんの作ったドーナツを食べると、とても元気が出ました!」
セレイブ様の整った顔に微笑が浮かびます。
「リシェ、ありがとう」
セレイブ様はさっそくドーナツを手に取り、私の口元まで運んでくれました。
ほのかなぬくもりを顔に感じながら頬張ると、表面のさっくりとした歯ごたえを感じます。
そして内側のしっとり柔らかい甘み、表面にはつやつやとしたチョコレート……これが私の子供時代のごちそうです!
私たちはドーナツを交互に食べながら、互いに離れて過ごしたひと月について話しました。
「セレイブ様の北方の地の視察はどうでしたか?」
「ネスト公爵は何度もリシェラに感謝していた。ネスト商会への出資はもちろん、君が提案したフロスベイン公国との交易は、予想を超えた可能性に満ちていると」
フロスベイン公国は、ハリエット夫人の故郷でもある極北に近い島国です。
貧しい辺境のため、今までは交易も手つかずの状態でした。
そのため私はセレイブ様と行った小島に咲いていた、熱を放つ花のような珍しい品があるかもしれないと思ったのです。
予想は大当たりでした。
「セレイブ様が送ってくれた海産物の保存食、とてもおいしかったです! ハリエット夫人は故郷のハーブティーが気に入っていました。強い解毒効果があるようで、数日前から一緒に食事をとるほど体調も回復しています」
私がハリエット夫人から教育費を受け取るとき、彼女に出した条件……。
それはブリザーイェット領の取引先として、解体されたヴァイス商会のかわりにネスト商会を検討すること。
そのためにフレディやハリエット夫人が、ネスト商会で取り扱う予定の品を試すことでした。
「フレディはネスト商会で扱う品をとても気に入って、すでに取引協定を結ぶ準備をはじめています。ハリエット夫人は生まれ育った島の薬草の価値に、とても驚いていました」
ネスト商会が取引先としてブリザーイェット領とロアフ領と協定を結べば、ソディエ王国の経済は早急に立て直せます。
そしてこの交易が成功すれば、フロスベイン公国も潤うはずです。
ハリエット夫人も故郷のハーブティーの解毒作用で、順調に健康を取り戻していくでしょう。
「俺の妻はやさしいな。それに先見の明もある」
セレイブ様はごほうびのように、甘いドーナツを口に運んでくれました。
「とりあえず俺にできることは一息ついた。これからはリシェラと一緒に過ごせる時間が取れる。それにネスト商会からは近々、東の地の商品が届く予定だ」
「いよいよ本物のおモチと対面できるのですね……!」
北の島だけではなく、東の地方にも魅力的なおいしいものがあるのです!
私が今後の美食を思って胸をときめかせていると、セレイブ様は私の手を取りました。
「リシェラ、これは君に頼まれていたものだ」
私のてのひらの上で緑と黒の宝石がきらめきます。
それはシャーロット王女とオスカー様の婚約指輪でした。
「セレイブ様、今夜一緒に……ミュナにあのことを話しませんか?」
「ああ。そうだな」
でもやっぱり、ロアフ領に帰ってからにしたほうが、落ち着いて話せるでしょうか。
私がいつになく緊張していると、セレイブ様は最後のドーナツを食べさせてくれました。
「ブリザーイェットで過ごす間、ミュナは楽しく過ごしていたようだな」
「はい。ミュナはおねえさんになると、とてもはりきっていました。それにセレイブ様が喜ぶものを準備したので見せたいと……」
「あっ、セレイブさまね!」
ミュナが部屋に戻ってきました。
歯みがきも終え、自分で着たのか寝間着姿です。
弁解の余地がないほど証拠がそろっているため、極刑を免れることはできません。
また、彼らの調査の過程で国の財政が破綻しかけていることが明らかになり、ソディエ国民から怒りの声が上がりました。
ソディエ国王夫妻は国外追放の末、国際裁判で訴えられています。
彼らは罪が確定しだい、過酷な鉱山に送られて返済のための労役が課されるそうです。
こうしてソディエ国王の直系の王族は罪人として、王族の身分を剥奪されることになりました。
そのためソディエ王国の新国王として、王弟であり、正当な王位継承権のあるネスト公爵が即位する予定です。
彼はすでに国王代理として手腕を振るっています。
裏取引の温床となっていたヴァイス商会も解体され、犯罪に関わった者も捕縛されました。
ヴァイオラ様は王妃となり、マイア王女の薬草園や施療院の管理を引き継ぎました。
そのため慈善活動は、以前のシャーロット王女のときのように健全な後援となっていくはずです。
さらにネスト公爵はソディエ王国の物流の要として、新たにネスト商会を設立しました。
ヴァイス商会とは違う、国内外の健全な物流を担う商会です。
しかし前国王たちが財政を食いつぶしていたことで資金繰りは厳しく、国内の経済と流通の停滞が懸念されていました。
そこで私はハリエット夫人から贈られた莫大な教育費を、ネスト商会に出資することにしました。
これで東の地の食品をはじめ、世界中のおいしいものが私の元までやってきます!
◇
明日はいよいよ、私とミュナがロアフ領へ戻る日です。
ブリザーイェット領のお食事はホワイトソースが多く、ドリアやグラタン、クリームスープなど懐かしくて大好きなのですが、ロアフ領の豊かな食材も恋しくなってきました。
「ミュナ、そろそろねるね! おねえさんなるから、ひとりではみがき!」
夕食を終えたミュナは、はりきって洗面台のある部屋に向かいます。
私はその姿を見送りながら、これからのことを思いました。
帰ったら早くセレイブ様に相談したいのですが、いつ会えるのかはまだわかりません。
荷造りを終えた部屋で今後について思案していると、予想外の訪問者が来ました。
「セレイブ様!」
このひと月ほど、セレイブ様はとても忙しかったのです。
ロアフ辺境伯の代理としてネスト公爵と同行して極北近くに滞在しながら、交易の拠点候補地の視察をしていました。
私とミュナは明日ロアフ領に帰るのに、ブリザーイェットに滞在する最後の夜にわざわざ来るなんて……。
「いったいどうしたのですか?」
「北方諸島のブリザードを飛竜で突き抜けてきた」
「えっ!? 荒れ狂う暴風雪の中を無理に移動したのですか?」
「無理ではない。リシェラと会えない過酷さと比べれば、そよ風のようなものだ」
セレイブ様が振り返ると、トマスさんが笑顔で現れました。
彼はこうばしい小麦の香りとともに、いくつものドーナツを載せた大皿をテーブルに置きます。
「セレイブ様はリシェラ様に、私の作ったドーナツを食べさせられないことが心残りだったそうです」
セレイブ様……そのために遠い北の島から飛竜で飛び立ち、荒れ狂うブリザードの中を突き進んで来てくれたのですね。
たしかにドーナツは、できたてが最高においしいですから。
トマスさんが退室する前にお礼を伝え、私たちは並んでソファに座ります。
「リシェラ、会いたかった」
セレイブ様のくちびるを額に受けると、ひんやりしました。
「だがこのひと月、リシェラの元へ来ることができずにいた。すまない」
「私なら大丈夫です。北方から送られてくる荷物と手紙で、セレイブ様の元気な様子を知ることができましたから」
「元気ではないさ。ずっとリシェラが恋しかった」
「では、セレイブ様も一緒に食べましょう! 幼い私はトマスさんの作ったドーナツを食べると、とても元気が出ました!」
セレイブ様の整った顔に微笑が浮かびます。
「リシェ、ありがとう」
セレイブ様はさっそくドーナツを手に取り、私の口元まで運んでくれました。
ほのかなぬくもりを顔に感じながら頬張ると、表面のさっくりとした歯ごたえを感じます。
そして内側のしっとり柔らかい甘み、表面にはつやつやとしたチョコレート……これが私の子供時代のごちそうです!
私たちはドーナツを交互に食べながら、互いに離れて過ごしたひと月について話しました。
「セレイブ様の北方の地の視察はどうでしたか?」
「ネスト公爵は何度もリシェラに感謝していた。ネスト商会への出資はもちろん、君が提案したフロスベイン公国との交易は、予想を超えた可能性に満ちていると」
フロスベイン公国は、ハリエット夫人の故郷でもある極北に近い島国です。
貧しい辺境のため、今までは交易も手つかずの状態でした。
そのため私はセレイブ様と行った小島に咲いていた、熱を放つ花のような珍しい品があるかもしれないと思ったのです。
予想は大当たりでした。
「セレイブ様が送ってくれた海産物の保存食、とてもおいしかったです! ハリエット夫人は故郷のハーブティーが気に入っていました。強い解毒効果があるようで、数日前から一緒に食事をとるほど体調も回復しています」
私がハリエット夫人から教育費を受け取るとき、彼女に出した条件……。
それはブリザーイェット領の取引先として、解体されたヴァイス商会のかわりにネスト商会を検討すること。
そのためにフレディやハリエット夫人が、ネスト商会で取り扱う予定の品を試すことでした。
「フレディはネスト商会で扱う品をとても気に入って、すでに取引協定を結ぶ準備をはじめています。ハリエット夫人は生まれ育った島の薬草の価値に、とても驚いていました」
ネスト商会が取引先としてブリザーイェット領とロアフ領と協定を結べば、ソディエ王国の経済は早急に立て直せます。
そしてこの交易が成功すれば、フロスベイン公国も潤うはずです。
ハリエット夫人も故郷のハーブティーの解毒作用で、順調に健康を取り戻していくでしょう。
「俺の妻はやさしいな。それに先見の明もある」
セレイブ様はごほうびのように、甘いドーナツを口に運んでくれました。
「とりあえず俺にできることは一息ついた。これからはリシェラと一緒に過ごせる時間が取れる。それにネスト商会からは近々、東の地の商品が届く予定だ」
「いよいよ本物のおモチと対面できるのですね……!」
北の島だけではなく、東の地方にも魅力的なおいしいものがあるのです!
私が今後の美食を思って胸をときめかせていると、セレイブ様は私の手を取りました。
「リシェラ、これは君に頼まれていたものだ」
私のてのひらの上で緑と黒の宝石がきらめきます。
それはシャーロット王女とオスカー様の婚約指輪でした。
「セレイブ様、今夜一緒に……ミュナにあのことを話しませんか?」
「ああ。そうだな」
でもやっぱり、ロアフ領に帰ってからにしたほうが、落ち着いて話せるでしょうか。
私がいつになく緊張していると、セレイブ様は最後のドーナツを食べさせてくれました。
「ブリザーイェットで過ごす間、ミュナは楽しく過ごしていたようだな」
「はい。ミュナはおねえさんになると、とてもはりきっていました。それにセレイブ様が喜ぶものを準備したので見せたいと……」
「あっ、セレイブさまね!」
ミュナが部屋に戻ってきました。
歯みがきも終え、自分で着たのか寝間着姿です。
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