上 下
61 / 66

61 証拠と罰

しおりを挟む
「ミュナはシャーロット王女と同じ、緑色の瞳をしています」

 わたくしはこの塔に立てこもって調合を続け、オスカーの愛を得ようとした。
 得たはずだった。
 その信じがたい結末を、リシェラは迷わず断言した。

「それはオスカー様がシャーロット王女と再会した証拠です」

「っ、そんなわけないでしょう! わたくしはオスカーに媚薬を飲ませた! それで娘が生まれたのです!」

 でも不可解なことに、オスカーに媚薬を飲ませるたび、わたくしは意識を失うのだ。
 あの薬にはそんな効果などないのに。
 そして緑の瞳の娘が生まれてぞっとした。

「マイア王女は知っていますか? 祈りが天まで届き、亡くなった方との再会が叶った話を」

「……」

 わたくしは数え切れない罪を重ね、血を吐く思いで調合を続けたのだ。
 すべては愛を手に入れるため。
 それなのに死んだシャーロットにまた奪われたなんて、認められるわけがなかった。

 だけどオスカーは違う。

 わたくしが育児を放棄したので、オスカーは慣れない赤子の世話をしていた。
 そしてわたくしのいないところで、楽しそうにシャーロットの思い出話を聞かせていた。
 とてもやさしい声で、ミュナと呼びながら。

 その名は古代ティラジア語で愛を意味する言葉だ。
 シャーロットとオスカーとの婚約が正式に決まった日、ふたりが嬉しそうに話していたのをこっそり覗き見て知った。

 ふたりは子どもが好きで、楽しそうに将来のことを語っていた。
 シャーロットは息子ならミーラン、娘ならミュナという名前をつけたいと笑っていた。

 オスカーはシャーロットの好きな「オモチ」や「モナカ」もいいんじゃないか、なんておどけていたけれど。
 彼は結局、シャーロットの願いを叶えてしまう。

 リシェラの視線を頭上に感じる。
 わたくしは猫の耳から伝わる感情を隠すため、収穫祭でもらったカボチャをくり抜いて作られた大きな器をかぶった。
 ……重い。

 やはり猫の特徴は呪わしい。
 美しさにこだわるわたくしが、こんなふざけた格好をするしかないのだから。

「やはりミュナは、オスカー様とシャーロット王女の娘なんですね」

「……そんなどうでもいいことを暴いて、なにが楽しいの?」

「私はミュナの母について、本当のことを知りたかっただけです。でも……マイア王女がミュナを誘拐しようとした理由が、どうしてもわかりません」

 リシェラはあらゆることを見抜いていたのに、わたくしの孤独を理解できないようだ。
 どうせ家族に恵まれ才能を認められ、愛に満たされて育ったのだろう。

 そう、この女はシャーロットと同罪だ。

「見ればわかるでしょう? わたくしの問題はこの姿だけです」

 シャーロットが愛されても、わたくしは愛されない。
 その理由なんて、獣の特徴があるかないかだけ。

「わたくしは美しくなるため、変化薬を完成させなければいけません。だからわたくしと同じ、醜い姿をした幼女を使って薬の実験をしたいのです」

 獣の特徴を隠す青い染料は、ケルゲオの花に魔石などを混ぜて作る。
 改良するにはもっと魔石が必要だ。
 しかしそれは魔獣が死んだ後に残った魔力の塊のため、とても希少なものでもある。

 ライハントに暗示をかけてリシェラの力を知ったわたくしは、彼女を捕まえることにした。
 リシェラの力を利用して動物を乱獲すれば、たくさんの調合材料が取れる。
 その中に魔獣がいれば魔石も手に入る。

「マイア王女……まさか」

 しばらく呆然としていたリシェラは、わたくしの言葉が信じられないとでもいうように声を震わせる。

「ミュナを誘拐させて買い取ろうとしたのは、未完成の変化薬を飲ませようと……」

「ええ。喜ばしい話でしょう。美しくなれるのですから」

「……ケルゲオの花が毒だと、マイア王女も知っているはずです」

「もちろん命を落とす可能性はあります。でもそれがどうしたというのです。あの幼女も醜い状態で生きているより、人の姿を手に入れたほうが幸せでしょう」

 わたくしはいつも懐に忍ばせている香水瓶を手に取ると、自分の身体へ思う存分に吹きかけた。
 リシェラはあからさまにギョッとしている。

 でもわたくしはケルゲオの根で作られたその匂いに包まれると、死期の近づいた猫のように心が安らぐのだ。
 未完成の変化薬を試すにつれ、嗅覚が変化するほど身体が毒されているのだろう。

「リシェラ、わたくしは変化薬を完成させる必要があります。そこを避けなさい」

「嫌です。マイア王女を逃がしたりしません」

「ふふっ、強がっているのはわかっていますよ? わたくしはケルゲオの根の濃密な匂いをまとったのですから。あなたはわたくしを取り押さえるどころか、近づくことすらできないでしょう」

「いいえ。ミュナは渡しません」

 リシェラの瞳に、見たことのないような激情が揺らいでいる。

「マイア王女、私は本当に怒っています。ミュナを実験道具のように扱うなんて許しません!」

 凛とした声と表情に、胸の底からモヤモヤとしたものが膨れ上がっていく。
 あんなに醜い娘を、なぜそこまで愛そうとするのだ。

「リシェラにわたくしの痛みなんてわかるわけがないのです! わたくしと違ってすべてを持っている、愛されるために生まれてきたようなあなたには!」

 わたくしは激情のまま、リシェラの頬めがけて手のひらを振り下ろす。
 手首に鈍痛が叩き込まれた。
 リシェラは着ていたローブの中から杖を取り出し、鋭い一撃でわたくしの手を払いのける。

「っ!!」

 わたくしは起こったことが信じられないまま、よろめいて壁に身を寄せた。

「なっ、なぜケルゲオの根の匂いをまとったわたくしに、意識を失わず近づけたの……!?」

「嗅覚の魔法は時間経過で解けるんです」

 リシェラは軽々と身をひるがえすと、杖の先端をわたくしに突きつけた。

「な、なにを……」

「私、許さないと言いましたよね」

 迷いのない言葉に、わたくしは震えた。
 リシェラがなにをするつもりかがわからず、余計に恐ろしい。
 どうにか油断させて逃げる隙を作らなければ。

「ま、待ってリシェラ。あなたならわかってくれますよね? どうかわたくしの話を聞いて……」

「嘘は聞き飽きました」

 突きつけられた杖から鮮烈な光が発射される。
 わたくしは真っ白なまばゆさにさらされながら、リシェラの声を聞いた気がした。

「これは花火ではないので、お腹もゴロゴロしません。ただこれから、マイア王女はどうがんばっても、変化薬を作れなくなりました」

 閃光から解放されると、わたくしは床に膝をつく。
 痛むのは、先ほど平手打ちを払われた手首だけ。

 ではあの光の意味は?
 リシェラはわたくしに、いったいなにを……。
 いや、リシェラは私を驚かせただけかもしれない。

 そう思ったとき、よく響く凛とした声が室内に響いた。

「リシェラ!」

 間違いない、セレイブ様の声だ。

 わたくしは閃光で一時的に視力を奪われている。
 それでも音や気配で開け放たれた大窓から、彼が室内に飛び込んできたことはわかった。

 でもここは塔の最上階だ。
 セレイブ様はどうやって単身で乗り込んだのだろう。
 そんな疑問を持ちつつも、わたくしは彼に対して強い違和感を覚えた。

 違う、セレイブ様だけではない。

 先ほどから……わたくしがあの光を受けてから。
 この部屋は、なにかおかしい。

 塔に侵入したセレイブ様の気配が、わたくしの前に立ちはだかった。


しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

処理中です...