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58 王家の結末

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 聖騎士たちの登場に、ライハント王子は気圧されつつも高慢な態度で返します。

「無知な聖騎士どもは知らないのか。俺はソディエ王国の王子、ライハント! 次期国王になる男だ!」

「ではライハント王子、よく聞いてくれ。あなたにブリザーイェット侯爵の母、ハリエット夫人の殺人未遂罪の捕縛状が出ている」

「なっ、なんだと!?」

「ハリエット夫人は長年、滋養の効果がある薬草茶を飲んでいた。しかしヴァイス商会が毒を吸った薬草茶にすり替え、心身を病んだことが発覚している。ライハント王子が裏取引をしたからだ」

 それはまるで、ミュナの日記に書かれていることを裏付けるような内容でした。
 会場中の注目を浴びたライハント王子の表情は、みるみるうちに恐怖で歪んでいきます。

「……う、嘘をつくな! おまえたちの言うことはすべてデタラメだ!!」

「調査の詳細はすべて記録されていて、偽りでないことを第三者も確認できる。すでにヴァイスの商人たちは捕縛され、ライハント王子の罪を認めた。証拠の帳簿も没収している」

「違う! その商人が俺をはめようとしているだけだ!」

「いい忘れていたが、ライハント王子の罪状は他に国庫横領罪、宝物庫の窃盗罪、偽装金貨取引罪、および投棄罪、無認可薬購入罪、および使用罪、および他者へ無認可薬を摂取させた傷害罪。さらにリシェラ・ロアフ卿夫人の人身売買など、数多の捕縛状が出ている」

「いや違う! 俺が誘拐したのは娘だ! リシェラを誘拐した覚えなんて……」

「ヴァイス商会の倉庫群に、リシェラ夫人が閉じ込められた痕跡がある。誘拐犯も捕らえられ、証言も一致した。先ほどこの夜会で騒ぎ立てた事情確認も含め、これからあなたを強制連行する」

「やめろ! 俺は悪くない!!」

 そんな言い訳を聖騎士たちが聞く様子はありません。
 ライハント王子が上席から引きずり降ろされたので、唖然としてたソディエ国王夫妻は顔を怒りに染めて声を荒げました。

「蛮族の獣たち、おやめなさい! ライハントは我が国の王子ですよ! 罪人のように扱うなんて許しません!!」

「そうだぞ、ここはソディエ王国、国外のルールなど知らん! 我が王宮騎士よ、その無礼なやつらを捕らえろ!!」

 しかし王宮騎士たちは動きません。
 聖騎士の調査は国際法で守られているため、抵抗すれば妨害罪で連行されることを知っているのでしょう。

「なにをしている! 私の、ソディエ国王の命令だぞ!!」

「不敬罪に値しますよ!!」

「そんなことよりソディエ国王夫妻、あなたたちも重要参考人として聴取状が出ている。これから王子とまとめて連行する」

「ふざけるな! 私はソディエ王国の国王だ!!」

「そうよ、私たちをなんだと思ってるの!!」

「さっさと捕まえたほうがソディエ王国のためだと思っている。だいたいそんな愚かなワガママをしてるから、民の信頼まで失うんだ。周りを見てみろ、誰も同情すらせずに呆れてる」

 その言葉に国王夫妻は会場を見渡すと、ようやく自分たちを見る視線に気づいて愕然としています。

「なぜだ、なぜそんな目で見る。私は国王だぞ?」

「そうよ。私たちは……」

 聖騎士たちはライハント王子、そしてソディエ国王夫妻をあっという間に捕らえました。
 国王夫妻は連行される間、絶望したように沈黙しています。

「違う、俺のせいではない!」

 しかしライハント王子は今も周囲を見ようともせず、わめき続けました。
 そして悪臭を放ちながら私のそばを通ったとき、突然暴れたのです。

「助けてくれ、リシェラ!」

 ライハント王子は聖騎士たちに床に押し付けられましたが、駄々をこねるように騒いでいます。

「リシェラ、俺が君をソディエ王国の王妃にしてやる! だから俺の罪状を否定してくれ! ふたりでやり直そう!!」

 やり直すとは、なんの話でしょうか。
 はじめから絆はありません。
 ライハント王子は鼻血を流しながら叫んでいます。

「リシェラだけはいつだって臆病な俺を許してくれた! 今度だってそうに決まっている!!」

 さすがに聞いていられず、私はライハント王子に向かって一歩踏み出しました。
 動物を恐れる臆病さと、自分の利益のために人の命を道具のように扱う弱さ。
 彼がなぜ、どちらも同じように受け入れられると思っているのか理解できませんが、私の答えは決まっています。

「ライハント王子はミュナに危害を加えようとしました。私はそれを許すつもりがないので、ここに来たのです。あなたがすることは許しを乞うではなく、自分の犯した罪と向き合うことでしょう」

「そ、そんな……。リシェラ、俺を見捨てないでくれ! 君は俺のことを、誰よりもわかってくれていたじゃないか!!」

「はい、私はライハント王子がどういう人か、あなたよりよく知っています。あなたは自分のために私を捕まえて利用し、自分を守るために私の首を切り落とす人です。巻き戻った後も、あなたはあなたのままでした」

「な、なにを言って……」

「さよなら。もう会うことはありません」

「い、嫌だ! 嘘だと言ってくれ!」

「本当です」

 ライハント王子はまだわめいていますが、聖騎士たちに引きずられて見えなくなりました。
 彼に近づくとかなり臭かったので、私はセレイブ様の胸に顔を寄せて鼻を休めることにします。
 セレイブ様は私をいたわるように、頭を抱いてくれました。

「リシェラ、大丈夫か?」

「はい。セレイブ様は世界で一番いい匂いですから」

「一番はリシェラだろう。君からは幸せな香りがする」

 それは知りませんでした。
 自分の匂いはわからないものですが、セレイブ様が気に入ってくれたのなら安心です。

「リシェラはジンジャーに乗って、先にミュナの下へ戻っていてくれ。俺は予定通り、ライハント王子の暴挙や犯罪に関して聖騎士に証言する。リシェラにはこれ以上あの害虫と関わらせたくないが、いいな?」

「はい。ありがとうございます」

 こうしてライハント王子の誕生パーティーは、ソディエ国王夫妻と王子が聖騎士団に連行される非常事態となって幕を下ろしました。
 とりあえずは王弟であるネスト公爵が国王代理に決まったので、政は大きな混乱もなく進みそうです。

「リシェラ、君が俺の願いを叶えてくれる話を覚えているか?」

「はい、私から提案した取引ですから。もちろん覚えています」

 契約結婚の期限が切れる前に話すと言われたので、もしかすると契約に関わる内容かもしれません。
 でも恐れることはありません。
 私はセレイブ様の妻の役に再雇用してもらうため、こつこつと交渉の準備を整えていたのです。

「この件が終わったら話そう。それまでにリシェラが欲しいものを考えておいてくれ」

「えっ……セレイブ様の願いなのに、私の欲しいものですか?」

「そうだよ。詳しくはそのときに説明する」

「セレイブ!」

 声のする方を見ると、金髪をひとつにまとめた聖騎士様が軽やかに駆け寄ってきました。
 ライハント王子たちを捕らえるとき、中心になって話していた方です。

「このまま予定通り国際裁判の手続きを進めるぞ。いいな?」

「ああ。全部片付けてくれ。今夜までにあれだけの罪状が取れたのだから、調査はかなり進んだようだな」

「リシェラ 夫人・・のおかげです」

 金髪の聖騎士様は私を見ると、にっこり笑って一礼しました。

「聖騎士団の調査へご協力くださり、ありがとうございます。あなたが堅物な夫を手懐けて倉庫群に潜入してくださったおかげです。そしてチョコから『リシェラ様にいただいたビスケットがとてもおいしかった』と、飼い主としてお礼を伝えるように言われています」

「こちらこそありがとうございます。聖騎士様とチョコの協力で早々に調査していただけたので、私がミュナを誘拐したという冤罪から逃れることができました。オモチは元気にしていますか?」

「はい、おかげで使役猫の訓練は進んでいます。近々ケルゲオ草の判別ができる使役猫が育つはずです」

 聖騎士団ではケルゲオ草を利用して危険な新薬が生み出された可能性が高いと判断して、これからその成分の解明に力を注ぐそうです。
 ケルゲオの根から作られる記憶障害が起こる新薬について判明すれば、今回の事件についてさらに正確な調査が進みます。

「なによりオモチが聖騎士団舎の料理に関して熱心にダメ出ししているので、食事内容がかなり改善されました」

「オモチは相変わらず元気なようですね」

「そうでもありません。平気なふりをしていますが、窓からロアフ領の方角を見てはリシェラ様の作るごちそうを恋しがっているようです」

 その姿を想像して一緒に笑っていると、セレイブ様は私の腰を抱き寄せました。

「ディラック、チョコやオモチを利用して俺の妻になれなれしく話題を振るな懐くな近づくな。なによりリシェラに寄りすぎだ」

「ん、そうか? まぁおまえが溺愛するほどかわいい方だからな、つい近づきすぎたかも……ひっ! 殺気垂れ流して睨むな、一般人なら失神してるぞ! リシェラ夫人・・って呼ばれるのを聞いて嬉しそうにする愛嬌を思い出せ」

「おまえの軽口にリシェラを付き合わせるつもりはない。もう話は終わっただろう」

「おい待て。会場にいなかったマイア王女の正体は報告したほうがいいだろ」

「マイア王女の正体ですか?」

 その言葉に、私は思い当たることがありました。
 聖騎士たちは彼女について、どこまで突き止めたのでしょうか。
 私の表情の変化に気づいたのか、セレイブ様はやさしく髪を撫でてくれます。

「リシェラは無理をしなくてもいい。マイア王女については俺が聞いておくから」

「いいえセレイブ様、私は平気です。マイア王女の正体とはなにか、きちんと知っておきたいのです」

「リシェラがそういうのなら、止めはしないが」

 私たちのやり取りを見ていた聖騎士様は、にやりと笑って声を潜めました。

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