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◇◇◇
「セレイブ・ロアフのお嬢を、何事もなく連れ去ることができたな」
「ああ、あの夫婦がライハント王子の誕生パーティーに参加するため、留守にする情報を入手していたからな。だが夫婦は娘を置いていくことが心配だったんだろう。邸宅の警備の騎士や結界などを強化していたようだが……」
「あのお嬢の方から敷地を抜け出し、俺たちの前に現れたのは好都合だったよ。おびき寄せて誘拐する手間が省けた」
機嫌の良い誘拐犯たちは、連れ去った私を小さな倉庫に横たわらせました。
薄目を開けてあたりを確認すると、小窓から深夜の月光が差し込んでいます。
どうやら私はミュナのふりをすることで、人身売買の拠点に招いてもらうことに成功したようです。
私は動物たちの協力を得て、ライハント王子がミュナを誘拐するという計画を事前に知っていました。
それを逆手に取り、出立するふりをして実際は家で待機していたのです。
私の体は今、巨大化とは反対に魔力を縮めることで、ミュナほどの大きさになっています。
まだ自分より大きなチーズを食べられるほど小さくはなれませんが、幼女くらいなら問題ありません。
そしてお義姉様に特殊メイクをしてもらって、猫耳としっぽをつけてもらいました。
本物のミュナは安全なところで、私が頼んだお手伝いをしています。
「お嬢は睡眠薬入りの飴も喜んで食べてくれた。本当にいい子だ」
私はその睡眠薬を分解する飴を先に食べていたので、適度に熟睡することができて意識もスッキリしています。
飴もおいしかったです。
「そんなお嬢には差し入れをして、しばらくここで寝ていてもらおう。俺たちの迎えは一日後だからな」
誘拐犯は倉庫に鍵をかけると、私を置き去りにして去っていきます。
こうして順調に、人身売買の拠点を突き止めることができました。
あとは聖騎士団に報告すれば、ミュナを狙う悪い組織をすぐに摘発できるはずです。
でも、その前に……。
私は誘拐犯が置いていった茶色い包みをほどくと、三角形に握られた白い穀物を発見しました。
東方の食材辞典で見ました、これが噂のオニギリですね!
夜食になりますが、今日はお昼から食べていないので、お腹もペコペコです。
私はオモチの嗅覚を魔法で再現して、毒ではないことを確認します。
それどころか空腹を刺激するおいしそうな匂いです。
はじめて知ったノリの香りに、見たことのない青く広い海に思いを馳せてしまいました。
では、さっそくいただきます!
……これは!
しっとりとしたごはんと塩味の取り合わせが、本当においしいです!
さらに中心部では宝物のように隠されていたウメボシを発見しました。
その酸味に驚きつつもさらなる食欲をかき立てられ、あっという間に二個とも完食します。
満足した私は魔法で氷の鍵を生成し、倉庫を出ました。
それからも氷の鍵を作ることで、別の倉庫の中を確認していきます。
調べていくうちに、一般的な食品や日用品の他に、東方の商品を見つけました。
緑茶などのお茶やお米、この乾麺はうどんでしょうか。
調味料や醸造酒なども置かれています。
やはり東の地の商品は、私のすぐ近くまで輸入されていました。
でもこの倉庫群を管理する組織が市場に卸さず独占しているので、私のところまで商品がやってこなかったようです。
それにしてもこの東方の食品、どうやって食べるのでしょうか、どんな味がするのでしょうか……!
私は心を踊らせる一方で、他の倉庫で嫌な匂いのする品々も見つけます。
そこには明らかに怪しい薬や毒が保管されていました。
裏取引用の品でしょうか。
中には滋養で有名な薬草もありましたが、毒で汚染された異臭がします。
その薬草を見て、私は以前、収穫祭でセレイブ様に薬用クッキーを食べさせてもらったことを思い出します。
あのクッキーの小麦は別の成分を与えることで、それぞれの薬用効果が違いました。
もしかするとこの滋養の薬草は薬効成分ではなく、毒を吸わせて育てたのかもしれません。
どうやらこの倉庫群の持ち主は、危険な商品売買にも手を染めているようです。
さらに奥へ進むと、異様な倉庫を見つけました。
オモチの嗅覚を借りた私には、なにかが腐敗したような悪臭を放っているのがわかります。
しかしこれを確認しにきたのです、気合を入れて突入します!
そこには一面、薄紅色の花を咲かせた草が保管されていました。
乾燥させて木箱に収められたり、塩漬けにされて瓶に詰められています。
すべて東の地から運ばれたケルゲオ草のようです。
東方の食材事典によると、ケルゲオ草の原産は東の地だと書かれていました。
ケルゲオはありふれた見た目で、雑草と見分けることが難しい草です。
ただ東の地にあるサクラという木によく似た花が咲くので、開花時にはケルゲオ草だと判断できるそうです。
見るとどれも美しい花です……でも、ミュナの鼻をつまむ気持ちがわかりました。
これで東の地の商品を独占し、ミュナの誘拐を企む首謀者も確信しました。
もうミュナの安全と美食を奪われるつもりはありません。
私は目的の品を確認したので、倉庫群を囲む高い壁に氷の階段をつくって脱出しました。
少し離れた木々から、複数の影が現れます。
セレイブ様とジンジャー、そしてジンジャーと同じくらいの体格の犬、チョコの姿が見えました。
「リシェラ!」
彼の声を頼りに、私は一目散に駆け抜けました。
セレイブ様は私を受け止めて、しっかりと抱き返してくれます。
思い切り息を吸うと、かすかなコーヒーの香りに鼻が癒やされました。
この調査に協力してもらうことが、セレイブ様にお願いした私の取引条件でした。
誘拐の事前情報で、ミュナが傷つけれられれば買い取りはされないことが判明していました。
私は魔法を使えるので自分の身も守れます。
それでもセレイブ様は心配していましたから、取引条件にしなければ止められていたと思います。
「リシェラ、会いたかった……。そんなに顔を歪めて、恐ろしい目にあったんだな」
「はい。人生初の凶悪臭体験でしたが、今はセレイブ様の良い匂いに包まれて幸せです。それに睡眠薬の飴は甘くて快眠できました。オニギリもおいしくて、東の地の食品をますます取り戻したくなりました」
それから私が倉庫群で見たことを説明をすると、犬のチョコは利発そうな顔で聞いています。
このかわいい子は、セレイブ様が調査を依頼している聖騎士様の使役獣です。
『リシェラの話によると、あの倉庫群で人身売買や裏取引、それに独占された東の地の商品が保管されているみたいね』
「間違いありません。さっそく聖騎士様に伝えてくれますか?」
『もちろんよ。リシェラのおかげでこんなに早く拠点が見つかったんだから、この悪事はすぐ露見するわ。楽しみにして待っていて!』
チョコが機敏に立ち去ろうとすると、ジンジャーが慌てて犬の言葉で話しかけました。
『あっ、チョコ……あの、暗いから気をつけてね!』
『ありがとう。ジンジャーも気をつけて!』
『……うん!』
ジンジャーはチョコの去る姿を、尾をぶんぶん振って見送りました。
そんな彼に魔法をかけて騎乗できるほどの大きさにすると、セレイブ様が専用の鞍を着けます。
セレイブ様はミュナサイズの私を腕の中に包むようにふたり乗りをして、ジンジャーを走らせました。
私たちは後ほどライハント王子の誕生パーティーに出席するため、距離の近いネスト公爵邸で身支度を整えて向かうことになっています。
見ると地平線に朝焼けが滲んでいる時間になっていました。
「リシェ、疲れただろう。ほら」
そういってセレイブ様は、私に小さな紙の包みをくれました。
「料理長がリシェラの作ったレーズンをとても気に入っていただろう? これはそのレーズンにチョコレートをからめた甘味らしい」
「わぁ、嬉しいです! たくさん魔法を使ったせいか、すごくお腹が空いていました」
「良かった。会えない間、リシェの喜ぶ声が聞きたかった」
セレイブ様はさっそく私の口にチョコレートを運んでくれます。
その甘美な味に、私の心臓が跳ねました。
「レーズンチョコ、おいしいです!」
想像以上の深い味わい……好みの味とはこういうことなのでしょうか。
私は惹かれるように食べさせてもらううちに、ゆらゆらと良い気分になりました。
セレイブ様は横向きに座っていた私が落ちないように、彼の体にしっかり腕を回させてくれます。
「リシェ、疲れたのか少しふらふらしてるな……。少しでも楽になるなら、もっと俺にもたれかかってくれ」
「はい、ありがとうございます」
セレイブ様は私を甘やかすように、またレーズンチョコを運んでくれます。
私はますますふわふわな心地になって、いつも心のどこかで思っていることを、自然と口にしていました。
「セレイブ様は私の想像するお母様みたいです」
「……そうなのか? リシェラの母が俺のように無愛想でいかついのは想像できないが」
「私はよく想像しています。セレイブ様は強くてやさしくて、お母様にそっくりなんです」
だからこんなにふわふわドキドキするのでしょうか。
「私はもしお母様に会えたら、してほしいことがたくさんありました。それをセレイブ様が全部叶えてくれた気がします」
「それなら俺が何度でも叶えるよ。リシェがしてほしいこと、全部俺に言えばいい」
「そ、それはさすがに……」
もう成人もしているのに、ミュナのような年ごろから願っていた幼心を口にするのは恥ずかしい気がします。
そんな羞恥心を溶かすように、セレイブ様はまたレーズンチョコを食べさせてくれます。
ジンジャーに乗りっぱなしのせいか、ふわふわからクラクラになっていくような心地です。
「恥ずかしいなら、俺にだけ話してくれればいい。これはリシェと俺の秘密にするから」
「でもジンジャーが聞いて……」
「ぼ、僕は犬だから、人間のことはよくわからないワン!」
ジンジャーは精一杯、犬キャラを演じてくれています。
そうですね、こんな機会はなかなかありません。
「では、あの……よしよしって撫でてくれますか?」
「ああ。リシェはいい子だからな。よしよし」
勇気を出してお願いすると、私の髪を愛おしむように指先が流れていきます。
セレイブ様、やっぱり私の想像するお母様とそっくりです。
口の中に残ったレーズンをよくよく味わっていると、なんだか気持ちが大きくなってきて、私がお母様にして欲しかったことが溢れてきました。
「もっと、ギュッと抱きしめてほしいです」
「いいよ」
私を包むセレイブ様の腕に少し力を込められました。
想像するお母様よりたくましい体つきですが、お母様ならこんな風に抱きしめてくれる気がします。
「おやすみのキスもしてくれますか?」
「おやすみ、リシェ」
私の額に柔らかい感触がします。
目を閉じたので本当のお母様にしてもらった気がしました。
「でも本当は、もっとたくさんして欲しいです」
「……リシェは本当にかわいいな」
セレイブ様の美貌が引き寄せられるように近づくと、私のつむじ、額、こめかみ、耳に頬……丁寧に口づけが落ちていきます。
お母様、私のことを覚えてくれているのでしょうか?
「今でも私のことを好きでいてくれますか?」
答えのかわりに、セレイブ様はハッとするほど強く私を抱きしめました。
その胸元に耳を押し当てられると、セレイブ様の鼓動が聞こえてきます。
あ、ドキドキしてる私よりもっと速いです。
「セレイブ・ロアフのお嬢を、何事もなく連れ去ることができたな」
「ああ、あの夫婦がライハント王子の誕生パーティーに参加するため、留守にする情報を入手していたからな。だが夫婦は娘を置いていくことが心配だったんだろう。邸宅の警備の騎士や結界などを強化していたようだが……」
「あのお嬢の方から敷地を抜け出し、俺たちの前に現れたのは好都合だったよ。おびき寄せて誘拐する手間が省けた」
機嫌の良い誘拐犯たちは、連れ去った私を小さな倉庫に横たわらせました。
薄目を開けてあたりを確認すると、小窓から深夜の月光が差し込んでいます。
どうやら私はミュナのふりをすることで、人身売買の拠点に招いてもらうことに成功したようです。
私は動物たちの協力を得て、ライハント王子がミュナを誘拐するという計画を事前に知っていました。
それを逆手に取り、出立するふりをして実際は家で待機していたのです。
私の体は今、巨大化とは反対に魔力を縮めることで、ミュナほどの大きさになっています。
まだ自分より大きなチーズを食べられるほど小さくはなれませんが、幼女くらいなら問題ありません。
そしてお義姉様に特殊メイクをしてもらって、猫耳としっぽをつけてもらいました。
本物のミュナは安全なところで、私が頼んだお手伝いをしています。
「お嬢は睡眠薬入りの飴も喜んで食べてくれた。本当にいい子だ」
私はその睡眠薬を分解する飴を先に食べていたので、適度に熟睡することができて意識もスッキリしています。
飴もおいしかったです。
「そんなお嬢には差し入れをして、しばらくここで寝ていてもらおう。俺たちの迎えは一日後だからな」
誘拐犯は倉庫に鍵をかけると、私を置き去りにして去っていきます。
こうして順調に、人身売買の拠点を突き止めることができました。
あとは聖騎士団に報告すれば、ミュナを狙う悪い組織をすぐに摘発できるはずです。
でも、その前に……。
私は誘拐犯が置いていった茶色い包みをほどくと、三角形に握られた白い穀物を発見しました。
東方の食材辞典で見ました、これが噂のオニギリですね!
夜食になりますが、今日はお昼から食べていないので、お腹もペコペコです。
私はオモチの嗅覚を魔法で再現して、毒ではないことを確認します。
それどころか空腹を刺激するおいしそうな匂いです。
はじめて知ったノリの香りに、見たことのない青く広い海に思いを馳せてしまいました。
では、さっそくいただきます!
……これは!
しっとりとしたごはんと塩味の取り合わせが、本当においしいです!
さらに中心部では宝物のように隠されていたウメボシを発見しました。
その酸味に驚きつつもさらなる食欲をかき立てられ、あっという間に二個とも完食します。
満足した私は魔法で氷の鍵を生成し、倉庫を出ました。
それからも氷の鍵を作ることで、別の倉庫の中を確認していきます。
調べていくうちに、一般的な食品や日用品の他に、東方の商品を見つけました。
緑茶などのお茶やお米、この乾麺はうどんでしょうか。
調味料や醸造酒なども置かれています。
やはり東の地の商品は、私のすぐ近くまで輸入されていました。
でもこの倉庫群を管理する組織が市場に卸さず独占しているので、私のところまで商品がやってこなかったようです。
それにしてもこの東方の食品、どうやって食べるのでしょうか、どんな味がするのでしょうか……!
私は心を踊らせる一方で、他の倉庫で嫌な匂いのする品々も見つけます。
そこには明らかに怪しい薬や毒が保管されていました。
裏取引用の品でしょうか。
中には滋養で有名な薬草もありましたが、毒で汚染された異臭がします。
その薬草を見て、私は以前、収穫祭でセレイブ様に薬用クッキーを食べさせてもらったことを思い出します。
あのクッキーの小麦は別の成分を与えることで、それぞれの薬用効果が違いました。
もしかするとこの滋養の薬草は薬効成分ではなく、毒を吸わせて育てたのかもしれません。
どうやらこの倉庫群の持ち主は、危険な商品売買にも手を染めているようです。
さらに奥へ進むと、異様な倉庫を見つけました。
オモチの嗅覚を借りた私には、なにかが腐敗したような悪臭を放っているのがわかります。
しかしこれを確認しにきたのです、気合を入れて突入します!
そこには一面、薄紅色の花を咲かせた草が保管されていました。
乾燥させて木箱に収められたり、塩漬けにされて瓶に詰められています。
すべて東の地から運ばれたケルゲオ草のようです。
東方の食材事典によると、ケルゲオ草の原産は東の地だと書かれていました。
ケルゲオはありふれた見た目で、雑草と見分けることが難しい草です。
ただ東の地にあるサクラという木によく似た花が咲くので、開花時にはケルゲオ草だと判断できるそうです。
見るとどれも美しい花です……でも、ミュナの鼻をつまむ気持ちがわかりました。
これで東の地の商品を独占し、ミュナの誘拐を企む首謀者も確信しました。
もうミュナの安全と美食を奪われるつもりはありません。
私は目的の品を確認したので、倉庫群を囲む高い壁に氷の階段をつくって脱出しました。
少し離れた木々から、複数の影が現れます。
セレイブ様とジンジャー、そしてジンジャーと同じくらいの体格の犬、チョコの姿が見えました。
「リシェラ!」
彼の声を頼りに、私は一目散に駆け抜けました。
セレイブ様は私を受け止めて、しっかりと抱き返してくれます。
思い切り息を吸うと、かすかなコーヒーの香りに鼻が癒やされました。
この調査に協力してもらうことが、セレイブ様にお願いした私の取引条件でした。
誘拐の事前情報で、ミュナが傷つけれられれば買い取りはされないことが判明していました。
私は魔法を使えるので自分の身も守れます。
それでもセレイブ様は心配していましたから、取引条件にしなければ止められていたと思います。
「リシェラ、会いたかった……。そんなに顔を歪めて、恐ろしい目にあったんだな」
「はい。人生初の凶悪臭体験でしたが、今はセレイブ様の良い匂いに包まれて幸せです。それに睡眠薬の飴は甘くて快眠できました。オニギリもおいしくて、東の地の食品をますます取り戻したくなりました」
それから私が倉庫群で見たことを説明をすると、犬のチョコは利発そうな顔で聞いています。
このかわいい子は、セレイブ様が調査を依頼している聖騎士様の使役獣です。
『リシェラの話によると、あの倉庫群で人身売買や裏取引、それに独占された東の地の商品が保管されているみたいね』
「間違いありません。さっそく聖騎士様に伝えてくれますか?」
『もちろんよ。リシェラのおかげでこんなに早く拠点が見つかったんだから、この悪事はすぐ露見するわ。楽しみにして待っていて!』
チョコが機敏に立ち去ろうとすると、ジンジャーが慌てて犬の言葉で話しかけました。
『あっ、チョコ……あの、暗いから気をつけてね!』
『ありがとう。ジンジャーも気をつけて!』
『……うん!』
ジンジャーはチョコの去る姿を、尾をぶんぶん振って見送りました。
そんな彼に魔法をかけて騎乗できるほどの大きさにすると、セレイブ様が専用の鞍を着けます。
セレイブ様はミュナサイズの私を腕の中に包むようにふたり乗りをして、ジンジャーを走らせました。
私たちは後ほどライハント王子の誕生パーティーに出席するため、距離の近いネスト公爵邸で身支度を整えて向かうことになっています。
見ると地平線に朝焼けが滲んでいる時間になっていました。
「リシェ、疲れただろう。ほら」
そういってセレイブ様は、私に小さな紙の包みをくれました。
「料理長がリシェラの作ったレーズンをとても気に入っていただろう? これはそのレーズンにチョコレートをからめた甘味らしい」
「わぁ、嬉しいです! たくさん魔法を使ったせいか、すごくお腹が空いていました」
「良かった。会えない間、リシェの喜ぶ声が聞きたかった」
セレイブ様はさっそく私の口にチョコレートを運んでくれます。
その甘美な味に、私の心臓が跳ねました。
「レーズンチョコ、おいしいです!」
想像以上の深い味わい……好みの味とはこういうことなのでしょうか。
私は惹かれるように食べさせてもらううちに、ゆらゆらと良い気分になりました。
セレイブ様は横向きに座っていた私が落ちないように、彼の体にしっかり腕を回させてくれます。
「リシェ、疲れたのか少しふらふらしてるな……。少しでも楽になるなら、もっと俺にもたれかかってくれ」
「はい、ありがとうございます」
セレイブ様は私を甘やかすように、またレーズンチョコを運んでくれます。
私はますますふわふわな心地になって、いつも心のどこかで思っていることを、自然と口にしていました。
「セレイブ様は私の想像するお母様みたいです」
「……そうなのか? リシェラの母が俺のように無愛想でいかついのは想像できないが」
「私はよく想像しています。セレイブ様は強くてやさしくて、お母様にそっくりなんです」
だからこんなにふわふわドキドキするのでしょうか。
「私はもしお母様に会えたら、してほしいことがたくさんありました。それをセレイブ様が全部叶えてくれた気がします」
「それなら俺が何度でも叶えるよ。リシェがしてほしいこと、全部俺に言えばいい」
「そ、それはさすがに……」
もう成人もしているのに、ミュナのような年ごろから願っていた幼心を口にするのは恥ずかしい気がします。
そんな羞恥心を溶かすように、セレイブ様はまたレーズンチョコを食べさせてくれます。
ジンジャーに乗りっぱなしのせいか、ふわふわからクラクラになっていくような心地です。
「恥ずかしいなら、俺にだけ話してくれればいい。これはリシェと俺の秘密にするから」
「でもジンジャーが聞いて……」
「ぼ、僕は犬だから、人間のことはよくわからないワン!」
ジンジャーは精一杯、犬キャラを演じてくれています。
そうですね、こんな機会はなかなかありません。
「では、あの……よしよしって撫でてくれますか?」
「ああ。リシェはいい子だからな。よしよし」
勇気を出してお願いすると、私の髪を愛おしむように指先が流れていきます。
セレイブ様、やっぱり私の想像するお母様とそっくりです。
口の中に残ったレーズンをよくよく味わっていると、なんだか気持ちが大きくなってきて、私がお母様にして欲しかったことが溢れてきました。
「もっと、ギュッと抱きしめてほしいです」
「いいよ」
私を包むセレイブ様の腕に少し力を込められました。
想像するお母様よりたくましい体つきですが、お母様ならこんな風に抱きしめてくれる気がします。
「おやすみのキスもしてくれますか?」
「おやすみ、リシェ」
私の額に柔らかい感触がします。
目を閉じたので本当のお母様にしてもらった気がしました。
「でも本当は、もっとたくさんして欲しいです」
「……リシェは本当にかわいいな」
セレイブ様の美貌が引き寄せられるように近づくと、私のつむじ、額、こめかみ、耳に頬……丁寧に口づけが落ちていきます。
お母様、私のことを覚えてくれているのでしょうか?
「今でも私のことを好きでいてくれますか?」
答えのかわりに、セレイブ様はハッとするほど強く私を抱きしめました。
その胸元に耳を押し当てられると、セレイブ様の鼓動が聞こえてきます。
あ、ドキドキしてる私よりもっと速いです。
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