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「……マイア王女?」
セレイブ様の表情が突然、温度を失ったように冷えびえとしたものに変化しました。
そして足早に駆け寄り、私を守るように腰を抱いて寄せます。
「マイア王女、私の妻にどんなご用ですか?」
セレイブ様が硬質な声色でそう聞くと、マイア王女は怯んだように口をつぐみました。
薬師としてのプライドから、植物の生育で私に負けたと認めたくないのかもしれません。
彼女の動揺を察して、セレイブ様の眼差しがますます鋭くなりました。
「なぜ質問に答えないのですか。リシェラの夫である私に言えないようなことを話していたとしか思えません」
「そ、それは……」
マイア王女はしどろもどろになっています。
私はセレイブ様の耳元で経緯を説明すると、その涼しげな瞳が暗く陰りました。
「リシェラがライハント王子との婚姻を勧められた?」
「はい。セレイブ様の妻はマイア王女が代わりになってくれるそうですが、私はその申し入れを拒否して妻の座を守ったところです。裏庭の勝利です」
「? そうか、ありがとう。でもこれ以上君が不快な話をする必要はない」
セレイブ様は私の額に口づけてから、青ざめたマイア王女を見下ろしました。
「マイア王女、私の大切な妻にあの愚かな害虫との婚姻を勧めるとは、非常識にもほどがあります。あなたが私の妻になるという発言も不愉快だ。あなたはロアフ領への入領禁止の謹慎が解除されたばかりだというのに、またこのような行いをするのですか」
「でもわたくしはソディエの王女として、ロアフ領との友好を強める貢献ができます。他にも薬師として活躍していますので、セレイブ様とあなたの使役魔獣のケアのお手伝いもできます。私はソディエの王女ですが、こう見えても動物は好きなのです」
マイア王女は訴えるように、許可もなく彼の手を握りしめようとしました。
その無礼な行動に対して、セレイブ様は顔をしかめて払いのけます。
「マイア王女がどう思っていようと、ジンジャーはあなたを嫌っています。それに再びこのような振る舞いをするのなら、今までの問題行動を反省していないとしか考えられない。即刻ソディエ王国に抗議文を送り、マイア王女のロアフ領立入禁止を通告します」
「そ、そんなセレイブ様! わたくしにはあなたが必要なのです!」
「これ以上あなたのたわごとを聞くつもりはない。……さぁリシェラ、もう行こう」
セレイブ様は私を片腕に抱き寄せたまま、マイア王女に背を向けました。
そして遠く離れた観客席にいるミュナたちの方へ歩きはじめます。
セレイブ様は私を離さず、私の頭にぴたりと頬を寄せました。
「リシェラに嫌な思いをさせた。すまない」
「セレイブ様のせいではありません」
それに私はライハント王子との結婚を勧められて、迷惑な縁談を申し込まれて困るセレイブ様の気持ちが少しわかった気がします。
「でも私、マイア王女がロアフ領へ入ることを禁止されていたことを知りませんでした。なにか大きな問題を起こしたのですよね?」
「ああ。彼女の不適切な振る舞いのせいで、ティラジア王国とソディエ王国の民をはじめ、世界を混乱させる事態になりかけた」
それは二年ほど前、セレイブ様のお兄様であるオスカー様がネイランダー山脈で発見され、葬儀を終えて間もないころだったそうです。
セレイブ様はロアフ領にソディエ王国の騎士を招き、両国の連携を確認するための合同訓練を行っていました。
そのときマイア王女は慈善活動の移動中に、偶然立ち寄られたそうです。
「訓練の見学だけなら問題はなかった。だがマイア王女はソディエ王国騎士団とロアフ辺境伯騎士団、そして視察に来た王侯の面前で突然、俺に求婚した」
その話題は瞬く間に互いの国を巡ったといいます。
ソディエ王国で人気の高いマイア王女と、世界中で名を轟かせるセレイブ様が婚約するのだと注目され、誤解を受けてしまったのです。
そして世界各国はセレイブ様の結婚相手しだいで、外交や交友に大きな影響が出ることになります。
そのため唐突な偽の情報に惑わされ、世界中が混乱しました。
ソディエ王国との友好を兼ねての合同訓練中の最中に起きた、マイア王女の立場と状況をわきまえない行動に、セレイブ様もロアフ辺境伯夫妻も失望しました。
でもそれ以上に、マイア王女のご両親であるソディエ王国夫妻の激高は凄まじいものだったといいます。
彼らはマイア王女がセレイブ様に身勝手な求婚をしたと激怒したそうです。
もともとマイア王女が病弱だという理由で、彼女の結婚を許していなかったこともあるのでしょう。
しかもマイア王女の求婚は、友好関係にあるセレイブ様にロアフ辺境伯に迷惑をかけ、世界中を惑わせる事態を引き起こしました。
ソディエ国王夫妻はマイア王女に対し、烈火のごとく叱責したといいます。
その結果、マイア王女はティラジア王国やロアフ領やセレイブ様への謝罪、離宮に幽閉されて一年間の謹慎、二年間のロアフ辺境伯領への入領禁止が命じられました。
王族が貴族を殺めたときと同等の、とても重い処分です。
そして今年の夏に、マイア王女のロアフ辺境伯領の入領禁止は解かれたばかりでした。
セレイブ様はマイア王女が兄のオスカー様が愛したシャーロット王女の慈善活動を引き継いでいることへの謝意や、国家間の友好のため、ソディエ王国側の謝罪を受け入れました。
ソディエ王家が下した以上の罰を、マイア王女に求めなかったそうです。
「だが彼女の非常識な振る舞いはこれで二度目。なによりリシェラが巻き込まれるのなら話は別だ。こんなくだらないことに、リシェラとの貴重な時間を邪魔されるつもりはない」
「ありがとうございます。でも私はこのようなことがあれば、何度でもセレイブ様の妻の座を守ります。セレイブ様を困らせるマイア王女に代わりをしてもらうつもりはありません」
「当然だ。こんなにかわいい妻の代わりはどこにもいない」
セレイブ様は私の頭をやさしく撫でてくれました。
きっとお役に立てたのだと思います。
「あっ、リシェラ!」
ミュナは私たちが近づいてきたことに気づいたようです。
ジンジャーの背中から飛び降りると、勢いよく駆けて私の脚に抱きつきました。
「くさいひと、いなくなった?」
「はい。慈善活動の合間の見学だったそうですから、きっと目的地に向かわれたと思います。それにセレイブ様が追い払ってくれましたから、もう来ることもありません」
「いなくなってよかったね、あのひとくさいひと!」
「たしかに臭っていたわ」
「僕もマイア王女は昔から臭くて嫌だったよ」
見るとオモチとジンジャーも観客席にだらけて寝そべっています。
「だってマイア王女からは毒や薬の混ざっている臭いがするんだ。しかも今回は前に会ったときより強烈になっていたよ。同じ薬師でもお母さんはあんな匂いしないのに」
ジンジャーにとってお母さんとは、セレイブ様のお母様で一流の薬師でもあるロアフ辺境伯夫人のことです。
つまりマイア王女のまとう臭気は優秀な薬師でも扱わない、なにか特別なものということでしょうか。
「ただ僕もマイア王女の臭いが苦手だけど、ミュナとオモチはもっと嫌がっているみたいだね」
「当然よ。マイア王女からはケルゲオの根の臭いがするもの。あれは健康な猫にとって、強烈な悪臭なの」
そういえばオモチはピクニックで会ったとき、ケルゲオの実に「その気になる」効果があると言っていました。
でも部位や処方によって効果が違うそうなので、根には別の効果があるのかもしれません。
「そのケルゲオの根が猫にとって悪臭を放つということは、体に悪いものなのですか? もしかしてマイア王女の身体が衰弱したり……」
「いいえ、衰弱するほど摂取するなんて難しすぎるわ。ケルゲオの根の毒性は意識を奪うものだから」
「意識を奪う毒、ですか……」
「猫にとってケルゲオの根は悪臭で、普段は忌避するの。でも死期が近づくと嗅覚が変化して、安心する匂いに感じられるわ」
寿命を悟った猫たちは住み慣れた場所から離れてその根を食べて、意識と苦痛を鈍らせるそうです。
そして今まで忘れていたり気づいていなかった大切な相手との記憶が蘇ってくる中、誰にも最期の姿を見せずに旅立つといいます。
猫にとってケルゲオの根は、大切な相手との別れを意味する毒でもあり、安らかな旅立ちの薬でもありました。
「気になっていたのだけど、マイア王女の護衛騎士たちからもケルゲオの根の悪臭がしたのよ。ただ彼らには近づかなかったから、根を飲んで意識が混濁しているのかはわからないけれど」
私にはマイアは意識がはっきりしてたように見えたので、ケルゲオの根を食べているようには思えませんでした。
「もしかするとマイア王女は、ケルゲオの根を利用して新薬を作っているのでしょうか?」
マイア王女は新薬の調合に熱心なことでも有名でした。
慈善活動の一環で薬草園を保護したり、熱冷ましや頭痛止めなどさまざまな新薬を調合して、施療院や孤児院などに無料で配っているそうです。
「その可能性はあるわね。マイア王女自身もなにか薬を飲んでいるのか、妙な体臭がしたし。新薬を作っているのなら、自分で作った薬を試しているのかもしれないわ」
そう考えると、マイア王女はたくましい実験精神で、さまざまな薬草を扱ったり試薬した可能性もありそうです。
その結果、最高級の香り袋でもごまかせない、犬や猫にとって耐え難い悪臭をまとうようになったのかもしれません……。
それから私たちは気を取り直し、保冷箱に持参した差し入れを休憩中の騎士たちにふるまいました。
ミュナは騎士たちにアイスを勧めたり、裏庭の話をしたり、以前は人を怖がっていたのが信じられないほど積極的です。
だから今日は疲れたのかもしれません。
ミュナはいつもより早く眠りにつきました。
私はそれから私室に明かりをつけて、魔獣の魔力原理書を読むことにしました。
こうして読書で知識を取り入れて実験を繰り返し、この夏は水魔法を氷点下以下にして冷やしてアイスを作る目標も達成しました。
でも私の身体を小さくして、自分より大きなチーズを食べる目標はまだ果たせていません。
もちろん叶えてみせます!
「リシェラ、まだ起きているのか」
扉の外から、聞き慣れた声がかけられました。
部屋の明かりが廊下に漏れて、私が起きていることに気づかれたようです。
扉を開けるとセレイブ様がほほえんで頭を撫でてくれたので、私は意外に思いました。
「セレイブ様、どうしたのですか?」
彼が夜に私の部屋に来るなんて、はじめてのことです。
なにか特別なお話があるのでしょうか。
セレイブ様の表情が突然、温度を失ったように冷えびえとしたものに変化しました。
そして足早に駆け寄り、私を守るように腰を抱いて寄せます。
「マイア王女、私の妻にどんなご用ですか?」
セレイブ様が硬質な声色でそう聞くと、マイア王女は怯んだように口をつぐみました。
薬師としてのプライドから、植物の生育で私に負けたと認めたくないのかもしれません。
彼女の動揺を察して、セレイブ様の眼差しがますます鋭くなりました。
「なぜ質問に答えないのですか。リシェラの夫である私に言えないようなことを話していたとしか思えません」
「そ、それは……」
マイア王女はしどろもどろになっています。
私はセレイブ様の耳元で経緯を説明すると、その涼しげな瞳が暗く陰りました。
「リシェラがライハント王子との婚姻を勧められた?」
「はい。セレイブ様の妻はマイア王女が代わりになってくれるそうですが、私はその申し入れを拒否して妻の座を守ったところです。裏庭の勝利です」
「? そうか、ありがとう。でもこれ以上君が不快な話をする必要はない」
セレイブ様は私の額に口づけてから、青ざめたマイア王女を見下ろしました。
「マイア王女、私の大切な妻にあの愚かな害虫との婚姻を勧めるとは、非常識にもほどがあります。あなたが私の妻になるという発言も不愉快だ。あなたはロアフ領への入領禁止の謹慎が解除されたばかりだというのに、またこのような行いをするのですか」
「でもわたくしはソディエの王女として、ロアフ領との友好を強める貢献ができます。他にも薬師として活躍していますので、セレイブ様とあなたの使役魔獣のケアのお手伝いもできます。私はソディエの王女ですが、こう見えても動物は好きなのです」
マイア王女は訴えるように、許可もなく彼の手を握りしめようとしました。
その無礼な行動に対して、セレイブ様は顔をしかめて払いのけます。
「マイア王女がどう思っていようと、ジンジャーはあなたを嫌っています。それに再びこのような振る舞いをするのなら、今までの問題行動を反省していないとしか考えられない。即刻ソディエ王国に抗議文を送り、マイア王女のロアフ領立入禁止を通告します」
「そ、そんなセレイブ様! わたくしにはあなたが必要なのです!」
「これ以上あなたのたわごとを聞くつもりはない。……さぁリシェラ、もう行こう」
セレイブ様は私を片腕に抱き寄せたまま、マイア王女に背を向けました。
そして遠く離れた観客席にいるミュナたちの方へ歩きはじめます。
セレイブ様は私を離さず、私の頭にぴたりと頬を寄せました。
「リシェラに嫌な思いをさせた。すまない」
「セレイブ様のせいではありません」
それに私はライハント王子との結婚を勧められて、迷惑な縁談を申し込まれて困るセレイブ様の気持ちが少しわかった気がします。
「でも私、マイア王女がロアフ領へ入ることを禁止されていたことを知りませんでした。なにか大きな問題を起こしたのですよね?」
「ああ。彼女の不適切な振る舞いのせいで、ティラジア王国とソディエ王国の民をはじめ、世界を混乱させる事態になりかけた」
それは二年ほど前、セレイブ様のお兄様であるオスカー様がネイランダー山脈で発見され、葬儀を終えて間もないころだったそうです。
セレイブ様はロアフ領にソディエ王国の騎士を招き、両国の連携を確認するための合同訓練を行っていました。
そのときマイア王女は慈善活動の移動中に、偶然立ち寄られたそうです。
「訓練の見学だけなら問題はなかった。だがマイア王女はソディエ王国騎士団とロアフ辺境伯騎士団、そして視察に来た王侯の面前で突然、俺に求婚した」
その話題は瞬く間に互いの国を巡ったといいます。
ソディエ王国で人気の高いマイア王女と、世界中で名を轟かせるセレイブ様が婚約するのだと注目され、誤解を受けてしまったのです。
そして世界各国はセレイブ様の結婚相手しだいで、外交や交友に大きな影響が出ることになります。
そのため唐突な偽の情報に惑わされ、世界中が混乱しました。
ソディエ王国との友好を兼ねての合同訓練中の最中に起きた、マイア王女の立場と状況をわきまえない行動に、セレイブ様もロアフ辺境伯夫妻も失望しました。
でもそれ以上に、マイア王女のご両親であるソディエ王国夫妻の激高は凄まじいものだったといいます。
彼らはマイア王女がセレイブ様に身勝手な求婚をしたと激怒したそうです。
もともとマイア王女が病弱だという理由で、彼女の結婚を許していなかったこともあるのでしょう。
しかもマイア王女の求婚は、友好関係にあるセレイブ様にロアフ辺境伯に迷惑をかけ、世界中を惑わせる事態を引き起こしました。
ソディエ国王夫妻はマイア王女に対し、烈火のごとく叱責したといいます。
その結果、マイア王女はティラジア王国やロアフ領やセレイブ様への謝罪、離宮に幽閉されて一年間の謹慎、二年間のロアフ辺境伯領への入領禁止が命じられました。
王族が貴族を殺めたときと同等の、とても重い処分です。
そして今年の夏に、マイア王女のロアフ辺境伯領の入領禁止は解かれたばかりでした。
セレイブ様はマイア王女が兄のオスカー様が愛したシャーロット王女の慈善活動を引き継いでいることへの謝意や、国家間の友好のため、ソディエ王国側の謝罪を受け入れました。
ソディエ王家が下した以上の罰を、マイア王女に求めなかったそうです。
「だが彼女の非常識な振る舞いはこれで二度目。なによりリシェラが巻き込まれるのなら話は別だ。こんなくだらないことに、リシェラとの貴重な時間を邪魔されるつもりはない」
「ありがとうございます。でも私はこのようなことがあれば、何度でもセレイブ様の妻の座を守ります。セレイブ様を困らせるマイア王女に代わりをしてもらうつもりはありません」
「当然だ。こんなにかわいい妻の代わりはどこにもいない」
セレイブ様は私の頭をやさしく撫でてくれました。
きっとお役に立てたのだと思います。
「あっ、リシェラ!」
ミュナは私たちが近づいてきたことに気づいたようです。
ジンジャーの背中から飛び降りると、勢いよく駆けて私の脚に抱きつきました。
「くさいひと、いなくなった?」
「はい。慈善活動の合間の見学だったそうですから、きっと目的地に向かわれたと思います。それにセレイブ様が追い払ってくれましたから、もう来ることもありません」
「いなくなってよかったね、あのひとくさいひと!」
「たしかに臭っていたわ」
「僕もマイア王女は昔から臭くて嫌だったよ」
見るとオモチとジンジャーも観客席にだらけて寝そべっています。
「だってマイア王女からは毒や薬の混ざっている臭いがするんだ。しかも今回は前に会ったときより強烈になっていたよ。同じ薬師でもお母さんはあんな匂いしないのに」
ジンジャーにとってお母さんとは、セレイブ様のお母様で一流の薬師でもあるロアフ辺境伯夫人のことです。
つまりマイア王女のまとう臭気は優秀な薬師でも扱わない、なにか特別なものということでしょうか。
「ただ僕もマイア王女の臭いが苦手だけど、ミュナとオモチはもっと嫌がっているみたいだね」
「当然よ。マイア王女からはケルゲオの根の臭いがするもの。あれは健康な猫にとって、強烈な悪臭なの」
そういえばオモチはピクニックで会ったとき、ケルゲオの実に「その気になる」効果があると言っていました。
でも部位や処方によって効果が違うそうなので、根には別の効果があるのかもしれません。
「そのケルゲオの根が猫にとって悪臭を放つということは、体に悪いものなのですか? もしかしてマイア王女の身体が衰弱したり……」
「いいえ、衰弱するほど摂取するなんて難しすぎるわ。ケルゲオの根の毒性は意識を奪うものだから」
「意識を奪う毒、ですか……」
「猫にとってケルゲオの根は悪臭で、普段は忌避するの。でも死期が近づくと嗅覚が変化して、安心する匂いに感じられるわ」
寿命を悟った猫たちは住み慣れた場所から離れてその根を食べて、意識と苦痛を鈍らせるそうです。
そして今まで忘れていたり気づいていなかった大切な相手との記憶が蘇ってくる中、誰にも最期の姿を見せずに旅立つといいます。
猫にとってケルゲオの根は、大切な相手との別れを意味する毒でもあり、安らかな旅立ちの薬でもありました。
「気になっていたのだけど、マイア王女の護衛騎士たちからもケルゲオの根の悪臭がしたのよ。ただ彼らには近づかなかったから、根を飲んで意識が混濁しているのかはわからないけれど」
私にはマイアは意識がはっきりしてたように見えたので、ケルゲオの根を食べているようには思えませんでした。
「もしかするとマイア王女は、ケルゲオの根を利用して新薬を作っているのでしょうか?」
マイア王女は新薬の調合に熱心なことでも有名でした。
慈善活動の一環で薬草園を保護したり、熱冷ましや頭痛止めなどさまざまな新薬を調合して、施療院や孤児院などに無料で配っているそうです。
「その可能性はあるわね。マイア王女自身もなにか薬を飲んでいるのか、妙な体臭がしたし。新薬を作っているのなら、自分で作った薬を試しているのかもしれないわ」
そう考えると、マイア王女はたくましい実験精神で、さまざまな薬草を扱ったり試薬した可能性もありそうです。
その結果、最高級の香り袋でもごまかせない、犬や猫にとって耐え難い悪臭をまとうようになったのかもしれません……。
それから私たちは気を取り直し、保冷箱に持参した差し入れを休憩中の騎士たちにふるまいました。
ミュナは騎士たちにアイスを勧めたり、裏庭の話をしたり、以前は人を怖がっていたのが信じられないほど積極的です。
だから今日は疲れたのかもしれません。
ミュナはいつもより早く眠りにつきました。
私はそれから私室に明かりをつけて、魔獣の魔力原理書を読むことにしました。
こうして読書で知識を取り入れて実験を繰り返し、この夏は水魔法を氷点下以下にして冷やしてアイスを作る目標も達成しました。
でも私の身体を小さくして、自分より大きなチーズを食べる目標はまだ果たせていません。
もちろん叶えてみせます!
「リシェラ、まだ起きているのか」
扉の外から、聞き慣れた声がかけられました。
部屋の明かりが廊下に漏れて、私が起きていることに気づかれたようです。
扉を開けるとセレイブ様がほほえんで頭を撫でてくれたので、私は意外に思いました。
「セレイブ様、どうしたのですか?」
彼が夜に私の部屋に来るなんて、はじめてのことです。
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