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16 別荘での歓迎
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「実は俺の兄、ミュナの父親はすでに亡くなっている。兄は俺を信じてミュナを託してくれたらしい。だから俺はミュナの後見人になると決めた」
どうやらロアフ卿がこれほど真剣なのはミュナのため、そして旅立たれたお兄様への思いのようです。
彼が自分についてここまで踏み込んだ話をしたのは、私の応援したい気持ちが伝わったのかもしれません。
「だがミュナは俺をはじめ他の者も恐れている。俺は彼女との関係を良くする方法を探して、この隣国のマリスヒル伯爵領に来たが……」
別荘に着いたばかりの慌ただしさの中、ミュナが別荘の三階の窓によじ登ると木へ飛び移って逃げ出してしまったので、慌てて捜し回っていたところだといいます。
「ふふっ」
思わず笑ってしまうと、ミュナとロアフ卿は同時に私を見ました。
その表情がよく似ていて、ふたりの血の繋がりを感じます。
誤解ですれ違っているなんて、なんだかさみしいです。
「ミュナの人並み外れた身体能力を見て、お世話をしているメイドさんも驚いたでしょうね」
「ああ。今までずっとおとなしかったので気づけなかったが、突然人間の能力を超越した動きで壁を乗り越え、あっという間に姿が見えなくなったそうだ」
「私もミュナと会ったとき、とても驚きました」
でもミュナはロアフ卿に引き取られるまで、どうやって暮らしていたのでしょうか。
猫の言葉しか理解できないのは、人を怖れているのは、なぜなのでしょう。
私はしがみついてくるミュナの背中を撫でながら話しかけました。
「ミュナの行動力はすごいですね。でも笑い話になるのは、ロアフ卿のもとへ無事に帰ることができたからですよ。ロアフ卿はミュナが大切なので、とても心配していました」
ミュナはかぶっているフードの下で、耳をじっと立てて聞いていました。
白亜の森から別荘へ戻ることをためらっていたのは、言葉の通じない不安があったのかもしれません。
でも帰らないと言わなかったのですから、嫌なわけではないはずです。
「リシェラ、俺の思いを代弁してくれてありがとう」
ロアフ卿が私を見つめて、微笑を浮かべています。
彼の笑顔が素敵だと知ったのは、このときがはじめてでした。
◇
私たちはロアフ卿の滞在する別荘の荘厳な門をくぐり、広いエントランスに入ります。
ジンジャーが伝えておいてくれたらしく、細身の老執事を中心に、ずらりと並んだ使用人たちに迎え入れられました。
彼らは口々に、私がミュナを助けてくれたと感謝しています。
ただ私はロアフ卿からお姫様のように抱き上げられたままなので、ちょっと恥ずかしいのですが……。
私の腕の中にいるミュナは人々から顔を背けて、しがみついていました。
『たくさんひと、おこってる……』
もしかしてミュナは人の言葉の意味がわからないので、大勢の声が怖いのかもしれません。
そういえばエレナの乗った馬車が乱暴に近づいてきて御者に怒鳴られたときも、混乱して道路に飛び出していました。
「おこっていませんよ。突然いなくなってしまったミュナが見つかって、みんな嬉しいんです」
『うれしい……』
「ひとりで外にいると、危ないこともあります。だから無事にミュナと会えて喜んでいますよ」
「ミュナお嬢様、よかった……!」
広間の奥の扉から、三つ編みの若いメイドが慌てた様子でやってきました。
その頬は赤く、彼女がやってくると冷気が流れてきます。
外でミュナを探し回っていたようです。
「リシェラ様、ミュナお嬢様を保護してくださって、なんとお礼を言ったらいいのか……! このご恩は忘れません! ミュナお嬢様、さっそくこちらを……」
若いメイドは手に持っていた青いリボンの付いたカチューシャを持っていて、それをミュナにつけようとしました。
しかしミュナは言葉がわからないので、差し出されたカチューシャを怖がっているようです。
「私がミュナに着けてもいいですか?」
私はカチューシャをメイドから受け取って、装飾品だと説明します。
ミュナは『へんなにおい』と言いながらも着けさせてくれました。
するとミュナの猫耳に変化が起きます。
それにスカートからのぞいていた、長い猫の尾も縮むように見えなくなっていきます。
気づくとミュナは普通の子のような姿になっていますが、もしかして……。
「このカチューシャを着けると、ミュナの猫の特徴が消えるのですか?」
「はい。この青いリボンは特殊な染料を使った生地なのです。ソディエ王国に滞在中は、ミュナお嬢様に着けてもらうことことにしています」
「そのままでかわいいのに、もったいないです……!」
つい本音を漏らして、私は慌てて口元を抑えました。
すると使用人たちの雰囲気が、先ほどより和やかになった気がします。
彼らはソディエ王国で暮らす私がミュナに対して好意を持っているかわからず、緊張していたのかもしれません。
そのくらい、ソディエ王国で獣は邪悪だと嫌われています。
ミュナの安全のためにも、この国にいる間は猫の耳と尾を隠すことが必要かもしれません。
でもミュナは事情がわからないので、カチューシャをとって別荘から飛び出してしまったようです。
ロアフ卿は先ほどエレナに絡まれた一件を、使用人たちの中心にいる老執事に話しています。
この別荘の警備を強化するために、王宮騎士の増援まで命じてくれていました。
「ロアフ卿、私ならそこまでしていただかなくても平気です」
私はマリスヒル伯爵やライハント王子に追われている身なので、ご迷惑をかける前に出立するつもりです。
「侍医に見ていただいたら、私はお暇しますので、っ」
ロアフ卿は私のくちびるに人差し指を軽く当てると、老執事と話を続けます。
「ミュナを保護してくれたリシェラは俺の恩人だ、最上のもてなしを提供したい。まずは彼女の汚れた服や壊れた靴の弁償を早急にする必要がある。このままでは、ひとりで歩くことすら難しい」
ロアフ卿に気づいて、先に別荘へ戻っていた魔獣犬のジンジャーが元気に尻尾を振ってやってきます。
「とか言ってるけど、本当はリシェラが靴をはいて突然いなくなってしまわないように、ずっと抱きしめたまま離したくないんでしょ?」
「ああ、よくわかったな」
ジンジャーとロアフ卿のやり取りを聞く使用人たちは表情を変えていませんが、私たちに注がれる視線が妙に強まったような気がします。
「ということでリシェラ、俺が靴を贈った後もここにいると約束してくれ。もし逃げるような素振りを見せれば、ずっとこの腕の中にいてもらうことになるが……いや、それもいいか」
「えっ」
「どうした。まさかリシェラは逃げるつもりなのか? それなら、」
「っ、逃げません!」
「そうか残念……いや、よかったのか。リシェラ、改めてようこそ、我が別荘へ」
「お、お招きいただき、ありがとうございます」
私とロアフ卿のやり取りを見て、上品そうな老執事は一瞬硬直していたように見えましたが、やがて深々と頷きました。
「すでに侍医は待機しております。どうぞこちらへ」
「案内はいらない。リシェラは俺が連れて行く」
ロアフ卿は老執事に告げると、私とミュナを抱いたまま別荘の廊下を進みはじめました。
どうやらロアフ卿がこれほど真剣なのはミュナのため、そして旅立たれたお兄様への思いのようです。
彼が自分についてここまで踏み込んだ話をしたのは、私の応援したい気持ちが伝わったのかもしれません。
「だがミュナは俺をはじめ他の者も恐れている。俺は彼女との関係を良くする方法を探して、この隣国のマリスヒル伯爵領に来たが……」
別荘に着いたばかりの慌ただしさの中、ミュナが別荘の三階の窓によじ登ると木へ飛び移って逃げ出してしまったので、慌てて捜し回っていたところだといいます。
「ふふっ」
思わず笑ってしまうと、ミュナとロアフ卿は同時に私を見ました。
その表情がよく似ていて、ふたりの血の繋がりを感じます。
誤解ですれ違っているなんて、なんだかさみしいです。
「ミュナの人並み外れた身体能力を見て、お世話をしているメイドさんも驚いたでしょうね」
「ああ。今までずっとおとなしかったので気づけなかったが、突然人間の能力を超越した動きで壁を乗り越え、あっという間に姿が見えなくなったそうだ」
「私もミュナと会ったとき、とても驚きました」
でもミュナはロアフ卿に引き取られるまで、どうやって暮らしていたのでしょうか。
猫の言葉しか理解できないのは、人を怖れているのは、なぜなのでしょう。
私はしがみついてくるミュナの背中を撫でながら話しかけました。
「ミュナの行動力はすごいですね。でも笑い話になるのは、ロアフ卿のもとへ無事に帰ることができたからですよ。ロアフ卿はミュナが大切なので、とても心配していました」
ミュナはかぶっているフードの下で、耳をじっと立てて聞いていました。
白亜の森から別荘へ戻ることをためらっていたのは、言葉の通じない不安があったのかもしれません。
でも帰らないと言わなかったのですから、嫌なわけではないはずです。
「リシェラ、俺の思いを代弁してくれてありがとう」
ロアフ卿が私を見つめて、微笑を浮かべています。
彼の笑顔が素敵だと知ったのは、このときがはじめてでした。
◇
私たちはロアフ卿の滞在する別荘の荘厳な門をくぐり、広いエントランスに入ります。
ジンジャーが伝えておいてくれたらしく、細身の老執事を中心に、ずらりと並んだ使用人たちに迎え入れられました。
彼らは口々に、私がミュナを助けてくれたと感謝しています。
ただ私はロアフ卿からお姫様のように抱き上げられたままなので、ちょっと恥ずかしいのですが……。
私の腕の中にいるミュナは人々から顔を背けて、しがみついていました。
『たくさんひと、おこってる……』
もしかしてミュナは人の言葉の意味がわからないので、大勢の声が怖いのかもしれません。
そういえばエレナの乗った馬車が乱暴に近づいてきて御者に怒鳴られたときも、混乱して道路に飛び出していました。
「おこっていませんよ。突然いなくなってしまったミュナが見つかって、みんな嬉しいんです」
『うれしい……』
「ひとりで外にいると、危ないこともあります。だから無事にミュナと会えて喜んでいますよ」
「ミュナお嬢様、よかった……!」
広間の奥の扉から、三つ編みの若いメイドが慌てた様子でやってきました。
その頬は赤く、彼女がやってくると冷気が流れてきます。
外でミュナを探し回っていたようです。
「リシェラ様、ミュナお嬢様を保護してくださって、なんとお礼を言ったらいいのか……! このご恩は忘れません! ミュナお嬢様、さっそくこちらを……」
若いメイドは手に持っていた青いリボンの付いたカチューシャを持っていて、それをミュナにつけようとしました。
しかしミュナは言葉がわからないので、差し出されたカチューシャを怖がっているようです。
「私がミュナに着けてもいいですか?」
私はカチューシャをメイドから受け取って、装飾品だと説明します。
ミュナは『へんなにおい』と言いながらも着けさせてくれました。
するとミュナの猫耳に変化が起きます。
それにスカートからのぞいていた、長い猫の尾も縮むように見えなくなっていきます。
気づくとミュナは普通の子のような姿になっていますが、もしかして……。
「このカチューシャを着けると、ミュナの猫の特徴が消えるのですか?」
「はい。この青いリボンは特殊な染料を使った生地なのです。ソディエ王国に滞在中は、ミュナお嬢様に着けてもらうことことにしています」
「そのままでかわいいのに、もったいないです……!」
つい本音を漏らして、私は慌てて口元を抑えました。
すると使用人たちの雰囲気が、先ほどより和やかになった気がします。
彼らはソディエ王国で暮らす私がミュナに対して好意を持っているかわからず、緊張していたのかもしれません。
そのくらい、ソディエ王国で獣は邪悪だと嫌われています。
ミュナの安全のためにも、この国にいる間は猫の耳と尾を隠すことが必要かもしれません。
でもミュナは事情がわからないので、カチューシャをとって別荘から飛び出してしまったようです。
ロアフ卿は先ほどエレナに絡まれた一件を、使用人たちの中心にいる老執事に話しています。
この別荘の警備を強化するために、王宮騎士の増援まで命じてくれていました。
「ロアフ卿、私ならそこまでしていただかなくても平気です」
私はマリスヒル伯爵やライハント王子に追われている身なので、ご迷惑をかける前に出立するつもりです。
「侍医に見ていただいたら、私はお暇しますので、っ」
ロアフ卿は私のくちびるに人差し指を軽く当てると、老執事と話を続けます。
「ミュナを保護してくれたリシェラは俺の恩人だ、最上のもてなしを提供したい。まずは彼女の汚れた服や壊れた靴の弁償を早急にする必要がある。このままでは、ひとりで歩くことすら難しい」
ロアフ卿に気づいて、先に別荘へ戻っていた魔獣犬のジンジャーが元気に尻尾を振ってやってきます。
「とか言ってるけど、本当はリシェラが靴をはいて突然いなくなってしまわないように、ずっと抱きしめたまま離したくないんでしょ?」
「ああ、よくわかったな」
ジンジャーとロアフ卿のやり取りを聞く使用人たちは表情を変えていませんが、私たちに注がれる視線が妙に強まったような気がします。
「ということでリシェラ、俺が靴を贈った後もここにいると約束してくれ。もし逃げるような素振りを見せれば、ずっとこの腕の中にいてもらうことになるが……いや、それもいいか」
「えっ」
「どうした。まさかリシェラは逃げるつもりなのか? それなら、」
「っ、逃げません!」
「そうか残念……いや、よかったのか。リシェラ、改めてようこそ、我が別荘へ」
「お、お招きいただき、ありがとうございます」
私とロアフ卿のやり取りを見て、上品そうな老執事は一瞬硬直していたように見えましたが、やがて深々と頷きました。
「すでに侍医は待機しております。どうぞこちらへ」
「案内はいらない。リシェラは俺が連れて行く」
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