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「でもセレイブ・ロアフ卿が断っているのを知って縁談を申し込むのは、ご迷惑になりませんか?」
私の意見に、家族みんながぎょっとした様子で怒りはじめます。
「なによお義姉様、自分がエレナと違って目立たないからひがんでいるのね! エレナは縁談を申し込むって決めたの!」
エレナはいつものように自分の意見を通すつもりのようです。
でも私の時間が巻き戻る前の記憶では、エレナはセレイブ・ロアフ卿にまったく相手にされず、仕方がないといった様子でライハント王子と婚約していました。
「リシェラと違ってエレナは美しいんですもの。迷惑なんてありえません」
「そうだぞリシェラ、おまえはひどすぎる! 支度金がたくさんもらえるところに後妻にやりたかったが、ろくな縁談がない!」
義父は私をちらりと見て、ため息をつきました。
「まさかこんなに邪悪な者が養女としてやってくるとはな……。我が家にはエレナがいたんだから、ほしかったのは支援金だけだというのに」
その言葉は、時が巻き戻る前にも聞きました。
あのときは動揺して頭の中が真っ白になってしまいましたが、今は違います。
「お義父様が私を養女にしたのは、私に隠れてもらっていた支援金が目的だったんですね」
この話を聞くまで知らなかったことですが、養女となった私の教育費を援助するために、実家の後妻であるハリエット夫人が多額の支援金を出してしていたそうです。
そしてリスの証言が正しいのなら、義父は義母がすでにエレナを身ごもっていたことを隠し、私を跡継ぎにすると嘘をついて、支援金ほしさに養女の提案をしたのでしょう。
家庭に興味のない私の実父なら気にせず、体よく私を追い払えると考えそうです。
「それがどうした! リシェラが未成年の間に届けられる支援金は、もうすべて使い切ったし、返すつもりもない! 今日呼び出したのは、おまえの今後について言っておくためだ!」
義父は顔を真っ赤にして声を荒らげています。
「リシェラは不吉すぎるから、まともな結婚どころか後妻にすら選ぶ者がいなかったんだぞ! 後妻になれないなら支度金がもらえないし、未成年でないなら支援金ももらえない。つまり役立たずだ! 今すぐ出ていけ!」
義父の言葉に、以前はとてもショックを受けました。
義父に追い出すのを明日にして欲しいと頼み込み、私は動物たちに別れを告げながら落胆しました。
――私には自分の家庭を持つことができないのでしょうか。
でも処刑という結末から戻ってきた今は、違うことを感じています。
私は幸せな家庭に憧れていましたが、追い詰められてライハント王子の求婚を受けたことが悲劇のはじまりでした。
だからこれからは結婚に囚われず、好きに暮らしていくのも素敵だと思うのです。
「はい。私は今日成人しました。結婚などは自分で決めますし、平民となって自立する権利があります!」
「権利!?」
義母もエレナも唖然として私を見ています。
義父はバカにしたように笑いました。
「なにを偉そうに! 気味の悪い力を持ったおまえが、まともな結婚なんてできるわけないだろう!」
「はい。結婚はもういいのです。わかっているのは、私が今後マリスヒル伯爵家と関わらず生きていくことだけです」
「なっ、金はどうするつもりだ! おまえが未成年の間に支給されていた金はない! すべて使い果たしている!」
「もちろん、成人した私が未成年のときの支援金を求めることはありません」
支援金の不正使用についてなら、もう手は打っています。
それよりこれ以上、出立を遅らせたくはありません。
義父はお金を返せと言われなかったので安心したようです。
私の思惑も知らず、嘲笑を響かせました。
「ははははっ! 生家から捨てられ、結婚もできず平民に成り下がったおまえの面倒を見てやる義理はないしな! リシェラ、おまえをマリスヒル伯爵家から絶縁する! 今すぐ出ていけ!」
もう彼らが家族ではないと思うと、気分は軽くなりました。
義母とエレナも平然とした私に動揺しているのか、顔をひきつらせて笑っています。
「リシェラがいなくなれば、せいせいするわ!」
「お義姉様には平民がお似合いよ!」
今までは食事を抜かれる恐怖から、口答えもできませんでした。
でも今日は私が成人になる誕生日。
ここから逃げ出しても、未成年として保護者の元へ連れ戻されることはありません。
「マリスヒル伯爵家のみなさま、ではこれで」
私は自由を手に入れるため、足取り軽く邸宅を出ました。
そして溶けかけてぬかるむ雪道を力強く踏みしめながら、寒さの和らいだ青空を見上げます。
どうやら来訪するあの人と会わずにすみそうです。
大丈夫。
なにも持っていなくても、今の時期なら身一つでも移動できます。
私には素敵な友達がいるのですから!
◆
釈然としない心をごまかすように、ワシはワインを手放せずに飲んでいた。
リシェラのやつ、珍しく口答えしおって!
支援金のことがバレているとは気づかなかったが、使ってしまったものは返すつもりはないぞ!
だがリシェラはなぜ、ワシが支援金を勝手に使い込んでいたことを知っていたのだ?
突然追い出してやったというのに、なぜあんなに落ち着いていたんだ?
……いや、そんなことはどうでもいい。
リシェラは邪悪な獣と話せる不気味な女だ。
支援金がもらえる未成年の間だけは我慢していいたが、もうワシの敷地に置いてやる価値もない。
だがなにか嫌な予感がするのは、気のせいか……。
そのとき、家令が慌てた様子でやってくる。
緊急の来訪者の名を告げられて、ワシは信じられず声をあげた。
私の意見に、家族みんながぎょっとした様子で怒りはじめます。
「なによお義姉様、自分がエレナと違って目立たないからひがんでいるのね! エレナは縁談を申し込むって決めたの!」
エレナはいつものように自分の意見を通すつもりのようです。
でも私の時間が巻き戻る前の記憶では、エレナはセレイブ・ロアフ卿にまったく相手にされず、仕方がないといった様子でライハント王子と婚約していました。
「リシェラと違ってエレナは美しいんですもの。迷惑なんてありえません」
「そうだぞリシェラ、おまえはひどすぎる! 支度金がたくさんもらえるところに後妻にやりたかったが、ろくな縁談がない!」
義父は私をちらりと見て、ため息をつきました。
「まさかこんなに邪悪な者が養女としてやってくるとはな……。我が家にはエレナがいたんだから、ほしかったのは支援金だけだというのに」
その言葉は、時が巻き戻る前にも聞きました。
あのときは動揺して頭の中が真っ白になってしまいましたが、今は違います。
「お義父様が私を養女にしたのは、私に隠れてもらっていた支援金が目的だったんですね」
この話を聞くまで知らなかったことですが、養女となった私の教育費を援助するために、実家の後妻であるハリエット夫人が多額の支援金を出してしていたそうです。
そしてリスの証言が正しいのなら、義父は義母がすでにエレナを身ごもっていたことを隠し、私を跡継ぎにすると嘘をついて、支援金ほしさに養女の提案をしたのでしょう。
家庭に興味のない私の実父なら気にせず、体よく私を追い払えると考えそうです。
「それがどうした! リシェラが未成年の間に届けられる支援金は、もうすべて使い切ったし、返すつもりもない! 今日呼び出したのは、おまえの今後について言っておくためだ!」
義父は顔を真っ赤にして声を荒らげています。
「リシェラは不吉すぎるから、まともな結婚どころか後妻にすら選ぶ者がいなかったんだぞ! 後妻になれないなら支度金がもらえないし、未成年でないなら支援金ももらえない。つまり役立たずだ! 今すぐ出ていけ!」
義父の言葉に、以前はとてもショックを受けました。
義父に追い出すのを明日にして欲しいと頼み込み、私は動物たちに別れを告げながら落胆しました。
――私には自分の家庭を持つことができないのでしょうか。
でも処刑という結末から戻ってきた今は、違うことを感じています。
私は幸せな家庭に憧れていましたが、追い詰められてライハント王子の求婚を受けたことが悲劇のはじまりでした。
だからこれからは結婚に囚われず、好きに暮らしていくのも素敵だと思うのです。
「はい。私は今日成人しました。結婚などは自分で決めますし、平民となって自立する権利があります!」
「権利!?」
義母もエレナも唖然として私を見ています。
義父はバカにしたように笑いました。
「なにを偉そうに! 気味の悪い力を持ったおまえが、まともな結婚なんてできるわけないだろう!」
「はい。結婚はもういいのです。わかっているのは、私が今後マリスヒル伯爵家と関わらず生きていくことだけです」
「なっ、金はどうするつもりだ! おまえが未成年の間に支給されていた金はない! すべて使い果たしている!」
「もちろん、成人した私が未成年のときの支援金を求めることはありません」
支援金の不正使用についてなら、もう手は打っています。
それよりこれ以上、出立を遅らせたくはありません。
義父はお金を返せと言われなかったので安心したようです。
私の思惑も知らず、嘲笑を響かせました。
「ははははっ! 生家から捨てられ、結婚もできず平民に成り下がったおまえの面倒を見てやる義理はないしな! リシェラ、おまえをマリスヒル伯爵家から絶縁する! 今すぐ出ていけ!」
もう彼らが家族ではないと思うと、気分は軽くなりました。
義母とエレナも平然とした私に動揺しているのか、顔をひきつらせて笑っています。
「リシェラがいなくなれば、せいせいするわ!」
「お義姉様には平民がお似合いよ!」
今までは食事を抜かれる恐怖から、口答えもできませんでした。
でも今日は私が成人になる誕生日。
ここから逃げ出しても、未成年として保護者の元へ連れ戻されることはありません。
「マリスヒル伯爵家のみなさま、ではこれで」
私は自由を手に入れるため、足取り軽く邸宅を出ました。
そして溶けかけてぬかるむ雪道を力強く踏みしめながら、寒さの和らいだ青空を見上げます。
どうやら来訪するあの人と会わずにすみそうです。
大丈夫。
なにも持っていなくても、今の時期なら身一つでも移動できます。
私には素敵な友達がいるのですから!
◆
釈然としない心をごまかすように、ワシはワインを手放せずに飲んでいた。
リシェラのやつ、珍しく口答えしおって!
支援金のことがバレているとは気づかなかったが、使ってしまったものは返すつもりはないぞ!
だがリシェラはなぜ、ワシが支援金を勝手に使い込んでいたことを知っていたのだ?
突然追い出してやったというのに、なぜあんなに落ち着いていたんだ?
……いや、そんなことはどうでもいい。
リシェラは邪悪な獣と話せる不気味な女だ。
支援金がもらえる未成年の間だけは我慢していいたが、もうワシの敷地に置いてやる価値もない。
だがなにか嫌な予感がするのは、気のせいか……。
そのとき、家令が慌てた様子でやってくる。
緊急の来訪者の名を告げられて、ワシは信じられず声をあげた。
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