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2 三年前の誕生日

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『おはようリシェラ! おめでとう!』

 寝ぼけた私はにぎやかな祝いの言葉で目を覚ましました。
 見上げている天井は、木の板がむき出しています。

『おめでとう!』

 声のした方に視線を移すと、穴の空いた床の隅に、アナグマの親子が五匹並んで笑っています。

『おめでとう!』

『おめでとう!』

『おめでとう!』

「あ、ありがとうございます……」

 私はお祝いされている理由もわからないまま、お礼を言いました。
 ここは夢の中でしょうか。
 アナグマの親子たちも、ライハント王子によって乱獲されてしまったはずです。

「あの……ここは?」

『リシェラ、寝ぼけてるの? 君の住んでいる小屋じゃないか!』

「……そう、みたいですね」

 私は古びた薄布をよけると、壊れかけたベッドから下りました。
 建て付けの悪い窓を開けると、広い緑地が広がっています。
 遠くには私の養家であるマリスヒル伯爵邸が見えました。

 どういうことでしょうか?
 私はライハント王子に騙されてマリスヒル伯爵家を去ってから、ここに戻ったことはありません。
 見ると草むらをかきわけてやってきたリスとキツネ、そして野ウサギが小屋に近づいてきました。

『おめでとうリシェラ!』

『おめでとう!』

 動物たちはひょこひょこ跳ねながら、私を祝う言葉をかけてくれます。
 でもアナグマの親子と同じく、彼らもライハント王子に捕まったまま戻ってこなかったはずです。

「みなさん、どうしてここにいるんですか?」

『そりゃ、今日は特別な日だからね!』

「……特別な日?」

『ふふっ。リシェラは僕たちのお祝いをしてくれるのに、自分のことは忘れちゃったの?』

 既視感のあるやり取りです。
 でもまさか、そんなことがありえるのでしょうか。
 私が信じられずに黙っていると、青い小鳥たちが窓際に留まり、柔らかに鳴きました。

『リシェラ、二十歳の誕生日おめでとう!』



 ◇

 今日は私の二十歳の誕生日?

 どういうことでしょうか。
 私は二十三歳になっていて、つい先ほどライハント王子に騙されて処刑されたはずなのですが……どう見ても生きてますね。
 それにここは私が暮らしていた小屋で、着ている服もいつものメイドのお下がりです。
 私が呆然としていると、茶色いリスが壁を登って窓枠に腰かけました。

『リシェラ、今日の朝食はこの小屋じゃなくて、大きな家で食べるって言ってたよね』

「……ええ」

 私は二十歳の誕生日に、いつもは別に食事をとっている義父のマリスヒル伯爵から朝食に呼ばれています。
 義父は私の縁談を探していると言っていて、その話をする予定でした。
 でも実際は金払いの良い後妻先を見つけられなかったと怒り出して、私を突然追い出すと宣言するのです。

 だけどもし、今日が二十歳の誕生日だったら……。
 私は処刑された記憶を持ったまま、三年前の誕生日に時間が巻き戻っているということでしょうか?

『リシェラ、おめでとう!』

『おめでとう!』

 その後も私の誕生日を祝いに、マリスヒル伯爵邸の周辺に住んでいる動物たちがやってきました。
 人間に乱獲されて、もう会えないと思っていたのに。

『リシェラ、どうしたの?』

 私は目元をおさえていたハンカチをしまい、心の底から笑いました。

「心配しないでください。ただ嬉しくて!」

『リシェラの誕生日だからね。ぼくたちも嬉しいよ!』

 彼らに祝われながら、私はひとつの可能性に行き着きました。

 私の時間は処刑される三年前、二十歳の誕生日に巻き戻っているのではないでしょうか。
 そういえば処刑される直前、誰かの声が聞こえた気がします。
 もしかしてあの声が、私のことを助けてくれたのでしょうか?

 事実はわかりません。
 でももし時間が巻き戻っているのなら、戸惑っている暇はなさそうです。

 以前は利用されて命と友達を失ってしまいましたが、二度目はもう騙されません!

「あの、みなさんに聞きたいことがあるんです。私がマリスヒル伯爵の養女としてやってきてから、エレナは生まれました。その時期を知っている方はいますか?」

『ぼく、知ってるよ』

 窓際に腰掛けたリスが手を上げました。

『リシェラの義妹が生まれたのは秋だったよ。木の実を落ち葉の下に隠した帰り道、あの邸宅を探検して見たから間違いないさ!』

「私は春に来たので、大体半年後ですね……」

 エレナが一年後に生まれたという話は、やはり嘘だったようです。
 マリスヒル伯爵家の跡取りとして私を養女にしたとき、義母はすでにエレナを妊娠していたのでしょう。

『リシェラ、黙り込んでどうしたの? 困ったことがあったらぼくたちが協力するよ』

「ありがとうございます。実はみなさんにお願いがあります」

『もちろんいいよ! リシェラはどんな誕生日プレゼントがほしいの?』

「プレゼントというのは、少し変かもしれませんが……」

 私は動物たちに、ひとつ頼みごとをしました。

『あははっ! そりゃお祭りみたいで楽しそうだな!』

『他の子たちにも声をかけておくから、きっと盛り上がるわ!』

『でもどうして、そんなおもしろそうなことをするの?』

「もちろん。しっかりお返ししますから!」

 みなさんはなかなか乗り気なようで、楽しげに話し合っています。
 私はさっそく、傾いた机の前に座りました。

 今のうちに、二十歳のときは知らなかったマリスヒル伯爵の不正を明らかにする用意をしておかなくては。
 私は実家の後妻、ハリエット夫人に手紙を書きはじめました。


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